#11 港町サンライズ
ミーティアを出発してからおよそ4日ほど経ち、マナの大森林を抜けて平原に出てからしばらくすると、港町サンライズに到着した。
竜車を預かり所に入れて外に出てみると、港には多くの船が係留していて、荷物を出し入れしている様子が伺えた。
町の景観には和を感じる建物がちょくちょく混ざっている。日の国の関連施設なのだろうか。
「これから住んでもらう家をご紹介……と行きたいところだが、今日は宿に泊まってもらう。家具の搬入とかがあるからな」
「宿屋さん選びって旅の醍醐味だよね! 楽しみだなあ」
「あー、済まないがもう決まってるんだ」
「そうなんだ……でもカイさんのお勧めならいいところだと思うな」
「まあ程々に期待しといてくれ」
やっぱり日の国の宿になるんだろうか。それはそれで楽しみだ。
街中を歩いていると、若い冒険者達が多く見受けられるように思う。屈強な男たちが大勢いる船着き場とはまるで違う雰囲気だ。
気になってアストラルに訪ねてみた。
「この街は宿も多いし、近くの"星の平原"はそんなに強いモンスターも出没しないし、役に立つ薬草やらも採取できるから新人冒険者にお勧めされてるんだ。お前たちも冒険者になったら、まずはそこで基本を学ぶといいぞ。エステルには今更だろうけどな」
「まー私は魔法の修行ができれば構わないよ。……大魔法使ったら間違いなく平原が焼け野原になるから別の場所探したいけど」
「そこは小技の方も練習しとけ、地味なのも大切だぜ。まあ強くなるほどトレーニングの場所に困るのは分かるんだが」
そういえばエステルの全力は未だに見たことがない。範囲の広い攻撃魔法を持っているのだろうか。平原を焼け野原にするような規模の魔法を使う機会はあまり無いような気もするが……。
そしてアストラルはアストラルで悩みがあるらしい。
「あ、志郎。あんたにも協力してもらうかも」
「俺が?」
「うん。適当に魔力供給役になってくれればいいから」
「えー」
魔力供給役て。
「わたしの場合は周りから魔力吸って大魔法使うから、パートナー組むのに魔力バカなあんた以上の適任はそうそういないわけよ」
「おーけーその喧嘩買った。だが協力はしてあげよう」
褒められてるんだか喧嘩売られてんだか……というか同居やらパーティやらの件に承諾したのはそれ目当てじゃなかろうな。まあいいんだけど。ただ、とばっちりで俺が死なないかが非常に心配だ。
「大魔法とやらに巻き込まないようにしてくれよ?」
「……努力はするよ」
エステルが憂いを帯びた顔で頷く。彼女にしては珍しい表情だ。
(あのね、志郎兄ぃ)
ユートがこそこそと耳打ちしてくる。なんだ?
(エステルちゃん、ボクがいたせいで全力出せなくて捕まっちゃったみたいだから、気にしてるんだと思うの。応援してあげて)
「そこ、余計なこと言わない」
「ひゃんっ」
内緒話があっさりバレてユートが尻叩きされる。……しかしあの時捕まっていたのにはそんな事情があったのか…。そういう事なら積極的に協力してもいいかもしれない。
「あれは別にユートのせいってわけじゃないし。あと志郎、あんたも別に気使わなくていいからね。これはわたしの問題であってあんたの問題じゃないから」
「……まあ、それはそれとして特訓に付き合える時は付き合うよ。俺の方でも何か参考になるかもしれないし」
「あっそ。……ありがと」
エステルがぷいっとそっぽを向く。これは……照れて、いるのか? 今日は何か降ってくるかもしれん……。
思考を読まれたのかエステルに背中を叩かれた。ユートはニコニコしている。
そうこうしているうちに、宿屋に到着した。
数階建ての高い建物で、瓦屋根になっている。入り口の上に取り付けられた看板には、でかでかと何かの文字が書かれている。宿の名前だろうか。
見るからに日の国って感じの宿屋だ。
「ここは俺たちが懇意にしている旅館だ。今日はなんとタダで泊めてあげるから感謝するように」
「ありがとう、カイさん、ミツキさん!」
「ありがたやー」
「ゴチになります」
三者三様にカイとミツキに感謝を述べる。
「あ、部屋割りはどうしようか? この前は僕らが勝手に決めちゃったけど」
「わたしはユートと一緒で構わないよ。値段安くできるんなら志郎も一緒でもいいけど……何が起こるかは保証しかねるよ、色々な意味で」
じとーっとした視線をエステルが向けてくる。ええ……?
「え、志郎兄ぃといっしょにお泊り? ドキドキ……」
「ごめんなさい二部屋でお願いします」
速攻で頭を下げる。ユートは何故か期待しているようだが、流石にお泊りで女子2人と同室になる勇気はない。あとエステルに何されるかわからなくて怖い。
ユートはちょっとしょんぼりしていて羽根が垂れ下がっている。エステルはいつも通りの表情なのでよくわからない。
入り口ののれんをくぐると、受付には和服っぽい衣装を着こなした美人さんが立っていた。
「いらっしゃいませ……おや、これはカイ様にミツキ様。ようこそいらっしゃいました」
「うん。今日は後ろの彼ら3人を泊めてあげてほしい。二部屋で片方は二人用ね。代金は僕たちが支払うよ」
「俺も?」
「割り勘ね」
「仕方ないなー」
「兄さんが奢るって言い始めたんでしょうに」
「あら、お二人の紹介であればお支払い頂かなくても結構ですよ?」
「いや、それはそれで悪いしね……」
カイ達が受付の人とやり取りをしていると、受付の奥からお盆を持った人が歩いてきた。
「旅館"火輪"へようこそいらっしゃいました」
そう言って俺たちに茶碗を渡してくる。それはもしや……
「まずはこのお茶を飲んで日の国的雰囲気を味わってくれたまえ」
カイに勧められて茶碗の中身を飲んでみると…緑茶によく似ている……いや玄米茶か? 懐かしい香りと味に心が安らぐ……。
「ちょっと苦いけど美味しいね! それにいい匂い……」
「わたしも初めて飲むけど案外いい感じだ(苦いって聞いて敬遠してたけど)」
「癒やされるー」
「うんうん、気に入ってくれたようで何より」
やっぱり日の国は日本なんじゃなかろうか、なんて思ってしまう。並行世界的なうんちゃらで。
宿内に売店があるというので見に行ってみると、日の国製だという食べ物やアクセサリなどの土産物が沢山並んでいた…何だか修学旅行だかに行った時の土産物屋を思い出す光景だ。
「わ、何だかいっぱいあるよ。どれにしようかなー。あ、この猫のぬいぐるみ可愛いなー。……尻尾が2つあるんだ、不思議」
「なんだこれ……龍姫様ペンダント? 確か龍月家の姫さんだっけ……。まあいいや、とりあえず茶葉セットでも買っとこ」
「お、刀売ってる! ……なんだ、模造刀か」
流石に本物は置いてないらしい。後で武器屋でも見に行こうかな……。ロマンだよね刀。いやカイから貰った短刀もあるけど。でも"魔剣"で使うとなれば模造刀でもいいのかな……。
悩んでいると横からカイが話しかけてきた。
「ちゃんとした刀は値段高いぞー」
「あ、やっぱり?」
「最低でも金貨数枚からになるな。しかも日の国でしか売ってないし」
「あー……それじゃ無理か」
今の自分では手を付けられないな、うん。
模造刀は値段もそんなにしないので結局買ってしまった。重さは本物並みらしいから素振り用にでもしようか。
部屋は如何にも和って感じのデザインだった。畳もある! しかし装飾物は中華の意匠も混ざってるような感じもして、不思議な気分になった。
そしてこの宿にはお風呂がある。実際に風呂場に立ち入った時はお風呂だー!と心の中で喜びの声を上げてしまった。温泉ではないにしろ石造りのお風呂がそこにあった。というか考えてみたらこれまで風呂に入ってなかった。きちんと全身の垢を洗い流してからお湯に浸かる。ああ癒やされる…至福のひとときだ。
お湯に浸かりながらこれからの事を考える。翌朝には用意された家へと行くことになるだろう。カイ達はこの町を拠点にしているらしいが、これからどうするのだろうか。
「教師役もあの人達なのかな……」
もうここまで世話になりっぱなしなのだ。目をかけてくれてるのはわかるが、そろそろ申し訳なくもなってくる。
(何で俺たちにあんなに良くしてくれてるんだろう?)
アストラルは放浪者を保護する権限があるとか言っていたから、まあ分からなくもないが…カイとミツキはそれに付き合ってるだけなのだろうか。本当に?
今の状況は、考えてみればつまりアストラルと如月家に管理・監視されてる状態と言えなくもないわけだが。
それか、如月家の修行の内容に冒険者の後輩を指導することも含まれてるとか…。
(まあ、考えても仕方ないかもしれないな……)
少なくとも悪巧みはしてない……と思うしかない。今のところは。
余談だが、この後俺と同じく湯上がり姿のユートとエステルに遭遇し、何だかお互いにちらちら見合う妙な光景ができあがっていた。ユートは照れているような顔をし、エステルにはそっぽを向かれ、俺の方は何だかドギマギしてしまった。二人とも黙ってると普通に美人なんだよな…。考えてみると、元の世界じゃこんな状況殆ど無かった気がする。
ともかく、明日からいよいよ新生活だ。ユートとエステル。あの2人を始めとした同居人とこれから仲良くやっていけるだろうか。
■Tips
・星の平原
港町サンライズからマナの大森林の間に広がる広大な草原。
出現するモンスターはそれほど強くないが、初心者冒険者にとっては気を抜けない。
特にマナの大森林近くに出没するダブレッグや走るキノコは多くの初心者のトラウマになっている。




