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#1 放浪者

 轟々と、大森林のある一点を中心に、風が渦を巻くように唸っていた。その上空を流星のように飛行している男がいる。


「これはまた……"今回"のは大物だな」


 男は愉快そうに口の端を吊り上げた。彼が向かう先は風の渦の中心点。


 茶髪の少年がそこにいた。

 その目は意識がないかのように虚ろで、ぼうっとしたまま立ち尽くしている。


 やがて吹き荒れていた風が止み―――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆「――あれ?」


 気がつけば、着の身着のまま夜の森の中に立っていた。周囲を見てみると、淡く青い光を放つ葉を持つ木や草、花々が鬱蒼と茂っている。どこまでも続いていそうな幻想的な森林のど真ん中に俺は居た。

 足元を見ると、俺を中心としてミステリーサークルのように不自然な形に草がなぎ倒されている。

 俺は今まで住宅街に居て……そう、部活を終えて家に帰る途中だったはず……だ。ここは一体?


「なんだこれ。どういうこった……」


 まず落ち着こう。俺の名は志郎。年は16くらい。日本人。

 ……? 名字が思い出せない。自分は……年齢を考えれば多分学生だったはずだ。

 どうも記憶がはっきりしないが、それも含めて明らかに異常事態だ。


 あれか? 神隠しの類か、それとも今流行りの異世界転移だとかか。

 食べ物はどうする? 人のいる場所にいくには?

 ……ここで生きていけるのか? この後何をどうすればいいのか……思考が纏まらない。


 ふと上空を見ると、白く光る何か軌跡が見えた。流れ星……?

 そう思った瞬間、それは俺の正面に降ってきた。

 音もなく着地したそれは、狼の毛並みを連想させる長い銀髪に赤い瞳を持ち、道着のようなものを身に着けた筋骨逞しい男だった。

 男は静かにこちらに歩いてくる。あー、どうしよう……。

 考えあぐねていると、男の方から話しかけてきた。


「どうも初めまして。俺はアストラルだ。お前さんは?」


 日本語を喋った!?


「……俺は志郎。だと思う」


 びっくりして片言で返事してしまった。なんだよ"だと思う"って……と自分でも思うのだが記憶があやふやなので仕方がない。

 ともかく、目の前の男はアストラルというらしい。明らかに日本人ではないし、それ以前に地球人かどうかもよくわからない。地球にこんな光る森林は多分無いはずだと思う。


「大体事情はわかっている。別の場所に居たが、気がついたら突然ここに居た……だろ?」

「何か知ってるのか? 何がどうなってこんなことに?」

「昔からたまーにあるのさ。"こことは違う場所から来た"っていう人物が突然現れるのは。もっとも、現れる場面を見たのは初めてだがね……お前さんみたいな存在のことを、俺たちは"放浪者"と呼んでいる」


 どうやらこの世界ではこういう事例がある、らしい。しかしこの人は何者だろうか……悪い人という感じはしないが不安だ。さっきどこかから降ってきたときも音もなく着地してたあたり、かなりの強者だ。それに心の内を読まれているような感じもする。


「何で言葉が通じるんだ?」

「企業秘密……と言ってみたいところだが、まああれだ。翻訳魔術というやつをお前さんにかけた。"何を言おうとしているのか"ということを読み取ったり伝えたりできるのさ」


 魔術!……どうやら俺は本格的にファンタジーな世界に迷い込んでしまったようだ。


「不安に思うのも仕方ないが……安心しろ、取って食うわけじゃないし危害を加えるつもりもない。もう夜だし、とりあえず落ち着いて話せる場所まで歩こうぜ」

「ん……。わかった」


 先行き不安なのは変わらないが、どのみち他に宛はない。ひとまずアストラルの言うことに従うことにした。




 アストラルに連れられて道なき道を歩く。木々や草の光のためか遠くの方までよく見えており、夜でもそれほど不安感はなかった。森の中では蛍のようにほんのりと光を放つ虫や、青い翼を持った小鳥などが見受けられ、神秘的な光景だった。


 しばらく歩くと、開けた場所に出た。土がむき出しになった円形の広場のような場所で、端からは林道のようなものが伸びている。広場の中央にはテントが一つだけ設置してあり、側に薪の跡のようなものが残っている。……どうやらキャンプ場のようだ。


 アストラルはどこからともなく木材を取り出し、薪の跡に置いて火を付けた。――どこから木材を取り出したのか、どうやって火を付けたのかは全くわからなかった。


 少し肌寒かったから炎の暖かさが心地よい。体の芯まで温まっていくような気がした。




「さて、どこから話したものかな……まずはお前さんの居た場所について教えてもらいたいんだが、いいか?」


 そうアストラルが言った。俺が"遠く"から来た事はわかっているようだし、とりあえず世界と国の名前を言えばいいだろうか。とりあえず、地球という世界(本当は星だけど)の日本という国から来たことと、俺の世界についての簡単な説明をした。科学技術が発達しているだとか、魔力だの魔法だのが存在しないといったことだ。


「ふーむ……科学技術が発展した世界・地球に、日本国か。……まさか……いや、わからんな。どうやらお前さん、相当遠くからやってきたみたいだな」

「やっぱり心当たりはないんだな」

「ああ。こちらじゃあ世界自体に名前がついてるわけじゃあないしな。……似たような国に、東の海を渡った先にある"日の国"ってのがある。ここは"星の国"にある"マナの大森林"だ。ここみたいに整備された道ならともかく、さっきみたいな森の奥は冒険者か何かしらの事情を持つ奴くらいしか近寄らんようなとこさ」


 【日の国】【星の国】に【冒険者】……地球では創作の中でしか聞かないような単語が次々と出てくる。


「じゃあアストラルは冒険者なのか?」

「まあ……そんなもんだ。あちこち見て回ってるのさ」

「なあ、俺みたいなのが元の場所に戻る方法ってどこかにないのか?」

「状況によるんだが……そもそも世界が違うとかだと完全に元通りの世界に行き着くのは不可能に近いと思うぞ。異なる世界を人間が行き来するすべは、俺の知っている限りじゃ存在しないからな……」


 はっきりと否定されてしまった。……元々の記憶があやふやだったせいか、意外とショックは少なかった。しかし帰れない、か――思ったよりも平気ではあるけど、自分はそんなに故郷に未練のない人間だったのだろうか。


「じゃあ、この世界で生きていくしかないってことか……」

「ああ。だがまあ、暫くの衣食住は保証できるぜ」

「それはありがたいけど、何でそこまで?」

「ちょうどお前さんのような身寄りのない奴を引き取ろうってところを知っていてね。まあ、孤児院みたいなものになるのかな。悪くない場所だとは保証するぜ」


 孤児院、か。天涯孤独の身になってしまったのは確かだし、そこにお世話になるしかないのだろうか。アストラルのことを完全に信用したってわけじゃないが、サバイバル能力に自信があるわけでもないし、たった独りで生きていく術なんて身につけていない。野垂れ死ぬくらいなら素直に従った方がマシ……なのだろう。


「ちなみに出来たてだから暫く一人で暮らすことになるが、そこはまあ我慢してくれ」

「出来たて? まあ大丈夫だと思うよ」

「そりゃ結構。食べ物とかは心配しなくていいから、まあ掃除でもやっていてくれれば構わないぜ」


 家事一般ならできるから何とかなる……かな?


「読み書きなんかも、まあ教本と翻訳魔術があるから何とかなるだろう。そこら辺は教師も付ける予定だし」

「わかった……何から何までありがとう」

「いや、構わんよ。お前さんのように突然現れた身寄りのない人間を保護するのも俺の役目なのさ」




 その後も少し話をした後、アストラルがテントの中から何かを取り出してきた。


「さて、そろそろ飯にするか。お前さんの口に合うかわからんが……」


 そう言ってアストラルは包みとコップを渡してきた。包みを開いてみると……これは、揚げたおにぎり……か?


「米、あるんだな」

「米を知ってるのか?」

「日本じゃ主食だったんだ」

「なるほどな。日の国原産の米は美味くてな……やっぱり日の国と似ているな、日本とやらは」


 何にせよ見慣れたものが出てくるのはありがたい! 一口食べてみると、日本の米とは少し違う味がする。具は菜っ葉に包まれていて、鳥のレバーのような感触と味、そして香辛料の風味がする。……美味い!


「口に合うようで何よりだ。具の方はワイバーンの肝だ。精が付くぞ~」

「ぐっ……ワイバーン!?」


 爬虫類は鶏肉のそれに似たような味がすると言うが……ワイバーンとは。


「ははは、地球にも居たのか?」

「架空の存在だけどな……まあ色々な物語に登場してるよ。一般的には前足のないドラゴンって感じの怪物って言われてる」

「大体合ってるな。こいつは一般じゃあまり流通してない一部の冒険者御用達の食材だ。何せ凶暴だしモンスターとしては強力だからなあ……少数が狩られてるだけなのさ」


 ドラゴン肉……とは少し違うけど、それでもロマンを感じる食材だ。そう考えると少し元気が湧いてきた気がする。それにしても希少な素材をポンとお出ししてくるとは……アストラルは旅人のような格好だが見かけによらずお金持ちなのかもしれない


 ちなみにコップの中身の方は野菜出汁のスープのような味で、これもまた美味しかった。




「よーし、飯も食ったことだし少し運動でもするか。志郎! お前さんには例え一人になっても何とか生きていけるようなすべを教えてやる」


 運動……これはあれですか、特訓というやつ?


「見たところお前さんの持つ魔力は控えめに言ってもずば抜けている。まずはそれをコントロールする方法を教えよう」

「魔力? 魔法を使うのに使うようなあれか?」

「おお、話が早いな。まあ厳密には色々あるんだが……ともかくそれの初歩の初歩を教える」


 こんな状況では何だが、少しワクワクしてきた。俺が魔力を持っているとは……チートってほどじゃないだろうが意外だ。この世界で生きていくうえで便利に使えるかもしれないし、悪いことをしなくても生きていけるかもしれない……。







 故郷を飛び出して旅に出て、でもわたしとしては強く関心を持つ出来事はあんまりなかった。

 何か刺激が欲しいなと思って冒険者家業なんかもやってみたりしたけど、戦いとかが趣味なわけでもないし、精々世渡りの知識を得るのと新しい魔法の開発に役立つくらいだった。おかげですっかり火力主義の魔法使いになってしまったけれど。

 早まったかなーと思うこともあったけど、でもあの故郷に居続けるよりはこっちの方がマシではあった。

 旅は嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、何か目新しい刺激が欲しい。でもわたし1人では実力的に不十分で、しかし人間関係であれこれ気を使わなきゃいけないのはめんどくさい。

 そんなこんなで独り身で星の国の首都を離れて、新たな旅に出ようとしている最中だ。

 ―――転機が来たのは、そんな折だった。







 私は、ボクは、冒険に出たいなあと思っているのです。

 ボクの面倒を見てくれている博士やその周りの人達は本当に良い人だけれども、外の世界に関する本を読む度に、冒険への憧れはいや増すばかりです。

 この世界にはボクの見たことのない不思議な景色に溢れていると、本には書かれていました。

 水晶でできた谷! 世界の果てのような巨大な壁や滝! まるで星のように草花が光り輝く星の国!

 ボクのドキドキが少しでも伝わったでしょうか。

 ボクはとても非力で、外に出ても何もできないかもしれないけど……それでも冒険は憧れなのです。

■Tips

・志郎

 茶髪のショートウルフ。赤に近い茶色い瞳。根はのんびり屋でマイペースな性格。割と問答無用な所あり。表情筋はあまり動かない。身体能力は元からそこそこ高め。味の濃いものが好き。


・放浪者

 何処とも知れぬ場所から現れた素性不明の者たち。他の誰も知らないような知識を持っていると言うが……?


・魔力

 この世界に住まう生き物が持つ力。生き物そのものが持つ力を魔力と呼び、空気中に漂うそれはマナと呼ばれる。

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