2-10 清廉なる導き手 その4 白髪赤眼のレア
青ざめて硬直したリーンズィを前にして、フライトジャケット風のミリタリーコートの少女は腕を組み、不愉快そうに鼻を鳴らした。
薄闇の中でも尚白い首筋を反らしながら、フリアエ系列機らしい完璧な顔貌に、しかし人間的な侮蔑を浮かべる。そこには、フリアエやヘカトンケイル、コルトが備えていたような超越的な雰囲気は存在しない。
瞳は全てを飲み込んで沈黙の虚無へと誘う黒ではなく、業火を浮かべて揺れる工業用アルコールのように透明で赤く、ただ見つめられているだけで突き刺してくるように鋭い印象を与える。髪は色素が欠落して一切が白い。世界はこれ一色であり、雑多な色合いの有耶無耶には興味など無いという姿勢が強く表れている。
他のフリアエ系列機と対面した時とは真逆の恐怖が、リーンズィの生体脳を冒す。白髪の少女の背丈はよくよく観察すれば然程恵まれたものではない。あるいはミラーズと同程度なのでないかとリーンズィは概算したが、それでも睨めつけられると身を竦めてしまいそうになる。
大型の肉食獣でも目の当たりにしているかのような、本能に訴求する威圧感。
真なる暴力と破壊に慣れきったものの眼差しだ。
「情けない、情けないわね。その人工脳髄は骨董品なの? どうすればいいかも分からない不要品なの。歩く粗大ゴミ、本物のゴミだって言うんなら話は分かるわ。でも違うわ、違うでしょうアルファⅡモナルキア。これぐらいで動揺されたら困るのよ。一言ぶつけられたら、二言三言は返さないと、いっそオーバードライブで殴りかかりでもしないと、舐められるわよ。戦闘用スチーム・ヘッドは機能を停止するその瞬間まで一瞬一秒たりとも戦うことから逃げられない。わたしたちには眠ることも停滞も許されていない。戦い続ける以外に自身の有用性を証明する手段はないのよ。そして勝利できない兵士に価値は無いの」
希有な美声で繰り出される一言一言が突き放すような勢いを持っていて、その物言いの傲岸さと、言葉の孕む故の知れぬ怒りの感情を、ライトブラウンの髪の少女はただ身を竦めて受け止めることしか出来ない。
どうして初対面のスチーム・ヘッドにここまで罵らなければならないのか理解が追いつかなかったが、本体とのリンクを切断されて不安定になっていたリーンズィの胸は軋んだ。
呼吸が浅くなり、手足が見知らぬ誰かの異物であるかのように重くなる。
マスターが、ヘルメットの内側で深く溜息を吐いた。
叱るというよりは呆れた調子で白髪の少女へ言った。
「おいおいおい、待てよ、さっきからいつの時代の話をしてるんだよ。あんた顔合わせるなりあーだこーだ言うもんじゃねえだろ」
「そうね。でもつい二十年か三十年ほど前のことじゃない」
「何が、つい、だよ。めちゃくちゃ前じゃねえか。俺たちだって、千年も二千年も稼動している機体じゃないんだ、年長者ぶるのはやめろ。おいリーンズィ! 真に受けるなよ。継承連帯の旗掲げて余所の国に攻め込んでた時代じゃ無いんだ、クヌーズオーエで口が悪くたって、良いことは一つもない。荒くれの筆頭だったファデル軍団長でさえ、ロジーの真似をして丁寧に話すようになってきた。そういう時勢の流れなんだよ」
「違うわ、違うわ。マスターは勘違いをしてる。ファデルだから、どんな喋り方でも良いのよ。あいつは人当たりも良いし、指揮能力もある。それに、ただのハイブリッド型パペットにしてはそれなりに善く武器を使う方だわ。だから、統率者として皆から認められてる。でもわたしやあなたは違うのよ、アルファⅡモナルキア。わたしやあなたは、皆に好かれてるファデルとは違うの」
だいたいね、と白髪の少女は不満そうにマスターを指差した。
「弱い者イジメみたいに言われるのは心外よ、心外。わたしの方がこの出来損ないよりずっと先輩なんだから、わたしなりに後輩を思って、アドバイスしてあげてるだけ」
「俺が徒弟を何人抱えてるか知らんわけじゃ無いだろ。その俺が言う、そういうのは指導じゃない、ただ罵倒して、お前が気持ちよくなってるだけだ。大概にしとけよ、そんなだから友達がいないんだよ。せめて後輩に好かれる努力ぐらいはしたほうが良いと思うがね」
「馴れ合うつもりはないわ。真なるスチーム・ヘッドは常に孤高であるべき。そして戦場において最強であることを志向し、自覚するべきなのよ。本当ならあなたとも話したくないぐらいなんだから」
「そういう態度が良くないって言ってるんだ。そんなだから、あんたには友達も知り合いも増えないし、お前のブランドの商品だって付き合い以外では売れない。何故か分かってるんだろ。あんたがそうやって格好付けて、ビビって、人付き合いを避けてるからだよ」
「へぇ。へぇ?」
少女はずかずかとマスターに歩み寄り、小さな体で思い切りスチーム・ヘッドを睨み付けた。
「偵察機がよくも偉そうに言うようになったわね。キル・スコア一桁の分際で……」
「俺の専門は敵撃破じゃないからな。あんたのキルスコアだって俺のアシストがあってのものだ。ああ、エース様はさぞかし目が良いんだろうな。この間も大活躍だったそうじゃないか。一部隊丸ごと食われてるのに、首斬り兎の接近に全く気付かなかったんだって?」
「……この。未帰還が前提の、運に恵まれただけの偵察機のくせに。自分一人じゃ何にも出来ないカトンボが。良い気になるんじゃない!」
少女は髪を掻き毟りながら怒鳴り、威圧的に口角を上げた。
「人のやってる商売のことだって、何よ、あなただって、味を貶されるのが怖くてこんな夜更けにしか仕事をしないんでしょ。そんな弱い人にどんな説教が出来るっていうの」
「何だ? 着ぐるみ無しで俺とやる気か? 装備におんぶに抱っこのパペットと違って俺はこのボディでなら素手でもそこそこやるぜ。リーチが違う、筋出力も桁が違う。その貧相な体に一度分からせてやった方が良いみたいだな」
「分からせられるのはあなたのほうよ、ペーダソス。パペットなんてただの道具。真に強いスチーム・パペットは素手でも凡百の兵士を圧倒する。蒸気甲冑も戦闘経験も無いあなたは、成人男性のボディを使っても、肋骨の浮いたこのわたしのボディを倒せない」
「そうかい。試してみるか?」
「良い機会ね。その頭ねじ切って、街灯にでも吊るしてあげる」
夜明けの紺碧が色褪せていた。
世界の一切合切が、骨が砕け血が吹き飛び、終わらない断末魔の悲鳴で、何もかもを染め上げるのを待っている。
睨み合う二機のスチーム・ヘッドの放つ剣呑な気配に、空気が冷たく凍てついていく。
俄に緊張がみなぎった刹那。
にゃーと気の抜けた声が響いた。
「ケンカですか」
と、移動販売車の傍に佇んでいたレーゲントが声を掛けてきた。
抱き上げられた三毛猫が再びジングルのようにニャーと鳴いた。
「はあっ!?」
白髪の少女が飛び退いた。拳法でも繰り出すかのような構えを取り、レーゲントを見て息を吐いて力を抜いた。
殺気の籠もった声で切り返す。
「はっ、夜警のレーゲントじゃないの。驚かさないでよ、パペットを呼びそうになったじゃない」
レーゲントは殺気を浴びせられても平然としていたが、抱えられている猫はあからさまに威嚇の声を上げた。
よしよし、と猫を宥めながら聖歌隊の少女は歌う。
「夜間のケンカは禁止です。パペットも禁止です。ごめいわくになるので」
「なっ……ロングキャットグッドナイト?! いつのまに……」
突然の介入に狼狽えたのはマスターも同じだった。
先ほどまでロングキャット・グッドナイトがいた位置を見遣り、数匹の猫が野次馬のようにこちらを眺めているだけであることを確認する。
「え、あの位置にいたはずだよな……」
「はい。いま来ました。おはようございますロングキャットグッドナイトです。得意技は猫がびっくりしないように静かに歩くことです。皆さんはびっくりしたみたいですね」
栗色の猫っ毛をしたレーゲントはうつろな目をしており、全く表情を変化させず、記譜をなぞるかのような無機質な言葉で名乗った。
浮世離れしており見目は良いが、愛想や媚笑と言った要素はどこにも存在していない。
レーゲントは、猫を掲げた。
白髪の少女とマスターが戸惑い、沈黙したのを確認して、また朗々と歌った。
「これは猫です。和睦の使者です」
「……何なの。戦闘能力を持たないレーゲントごときが、猫を抱えて何をしにきたの」
「リリウム様に命じられた夜警なので。夜間のケンカは禁止ですよ。リリウム様がそうお決めになられました」
「何の権限があってわたしに……」
「はい、ありません、赤い目をした人、あなたがキャットよりも上位の勇士だと言うことは知っています。あなたがたは強くて、子猫でも潰すように、わたしなどは一捻りでしょう。でもそんなお強い人が、キャットの如き弱い猫を虐めるはずがありません。そうですね、赤い目をした人。本当に強いお人なら、皆を守れます。ルールだって守れるはずです」
猫のレーゲントは毅然として言い切った。気圧されたところはどこにも見受けられない。
一歩も引くことなく、殺気立つ白髪の少女に進言する。
「……そうかもね」赤い瞳の奥で炎が揺れた。「ルールは守る。それは兵士としても当然のこと」
「はい。当然のことです」猫がニャーと鳴いた。「今のは同意のニャーです」
「さっきから何。猫語でも分かるの?」
「分かりません。分かるわけ無いです」
「そ、そうなの……」
「でもわたしキャットの心は猫なので、キャットの気持ちはつまり猫の気持ちです」
「全然分からないけど、分かったわ……」
マスターと目配せして、互いに緊張を解いた。
殺気を放っていない白髪の少女は、外見年齢相応の神経質で美貌で首を傾げる。
「ケンカは終わりましたね。では罰の時間です」
「罰あるの?!」
「罰があっての規則なので」
「違うの。これはその、喧嘩じゃない、喧嘩じゃない」白髪の少女は焦ったように手を振る。「誰も殴り合ったりしてないでしょ」
「そうだよ、まだそこまでは行ってないってロングキャット!」
「でも泣いている人がいます」
「いやいや、泣いている人なんて……」
猫のレーゲントは二人ではなく、座席に座ったままピクリとも動かないリーンズィに寄り添った。
猫を片手で抱えて、頭を撫でた。
リーンズィは無言で、翡翠色の瞳からぽろぽろと涙を零していた。
白髪の少女の言葉が精神に爪を立てていた。強くなければ無用である、ガラクタも同然である。リーンズィには反論を出力することが出来ない。
現在の彼女はまさしく無力で、自分の力だと考えていたものは残らずアルファⅡモナルキアに簒奪されてしまった。
否、それも正しい認識では無い。
最初から、自分だけに許された大切な何かではなかった。自分は何にも値しない、自分を調停防疫局のエージェント、アルファⅡモナルキアだと信じ込んでいただけの滑稽な何かなのだ。何の有用性も持たない憐れな機体。歩いて喋るだけのジャンク品。
白髪の少女の言動は、悉くがリーンズィの崩れかけた部分を切り裂いていた。
不死病患者は血を流せない。肉体は不滅であり、演算された魂が壊れた肉体を瞬時に再生する。
だから本当に傷ついたとき、血潮の代わりにただ涙を零す。
猫のレーゲントは、優しげな声音になった。
「アルファⅡモナルキア軍団のリーンズィさん、だいじょうぶですか。ロングキャットグッドナイトです。もうだいじょうぶですよ。猫もいます」
「大丈夫だ……」ライトブラウンの髪の少女は撫でられるがまま、強がって言葉を紡いだ。「私は何時だって大丈夫だ」
「だいじょうぶではないから泣くのです。猫もそうです。辛くないときは泣いたりしません。何があったのですか? あの二人に何か酷いことをされたのですか」
「いや、俺たちは……」
「私はただ……」
「彼女たちは関係ない」とリーンズィは躊躇なく言った。
マスターと白髪の少女は、リーンズィを見つめた。
「彼女たちは何もしていない。そこの白髪の機体も、きっと私のことを思って色々な言葉をかけてくれた。でも、でも私は、私が無用な存在になってしまったことに……耐えられない。この存在の無意味さ、仲間と信じた者さえ信じられない狭量さに、耐えられない……」
「ご自分を許せないのですね」
「認められない……」
「でも、わたしキャットだけは許します。あなたを認めます。猫もいます。猫は誰かのことをいらないとか、弱いとか、そんな冷たいことは言いません。ポカポカでお日様みたいな猫なので」
ロングキャットグッドナイトはリーンズィの髪を掻き上げて、それから抱えていた猫をリーンズィの胸元に押し込んで抱えさせ、温かな毛玉の感触を味合わせた。
「どうですか。ポカポカでしょう」
「……温かい」
「この温度を忘れないで下さい。いつでもあなたをいやしてくれる猫がいるのです。猫はいつも傍にいます。路地裏の窓とか、向かいのホームとか、色んな場所から私たちを見守ってくれています。どうか忘れないで下さい。わたしたちは、あなたをずっとずっと愛しています。どうかどうか、泣きやんでください。誰かが悲しい思いをするのは、猫が死ぬのと同じぐらい悲しい。不死の恩寵の最後は、猫と一緒で、穏やかで温かい場所で迎えるべきなのですから、悲しいまま終わるのはいやです」
「……善処する」リーンズィは胸元の猫の体温にミラーズを思い出していた。「悲しいままでは終わりたくない」
「はい。いっぱいしてください。ハレルヤハ、顔色が良くなりましたね。今日の猫はここまでです」
ゆるりとした手つきで猫を引き剥がし、再び抱き上げ、レーゲントはマスターと白髪の少女に向き直った。
「皆さんも忘れないで下さい。猫はいます。どこにでも猫はいます。何故なら猫は神が遣わした見張り番そのものだからです。猫はいます。昼間の路地裏に、夜の天井裏に、高いビルの淵にいて、下界を見下ろしています。あなたがたを監視しています。どうか、猫を忘れないで下さい。彼らはウォッチャーです。神はいつも猫たちを通じてわたしたちを見て下さっているのです……ハレルヤハ」
異様な言説だった。
今回は白髪の少女が半歩引いて曖昧な顔をする番だった。
「赤い目の人も。猫はいます。よろしくお願いします」
「そ、そうね……猫はいるわね。可愛いわね」
「この愛らしさが猫で、天使です。天使は猫です」
「ロンキャ、俺知らなかったんだが聖歌隊ってそういう教義なのか……?」
「半分ぐらいそうです。半分は違います。スヴィトスラーフ聖歌隊監視猫福音派です。一人派閥です」
それでは、と猫のレーゲントは甘やかな声で歌い、待機させていた猫たちを連れて歩き出した。
「とにかくケンカは駄目ですので」
「肝に銘じておくよ」
「ハレルヤハ、信仰に光がありますように。猫たちの朝ご飯の時間なので失礼します」
「ちょっと待ってくれ。疑問なんだが、いやあんまり関係ないが……」
マスターが呼び止めると、猫のレーゲントは「はい。迷える子猫たちに疑問に答えるのがロングキャットグッドナイトです」と返事をした。
「その猫たち……普段何を食べて生きているんだ? 俺もパンのひとかけらに毎日悩んでる。猫用の食品なんてこのクヌーズオーエで安定供給出来るわけないし……」
レーゲントは首を傾げた。
「聖父様曰く、預言者イエスは言われました、『取って食べなさい。これは私の肉です』。与える相手は誰でも良いのです。猫にもそうします」
「食べさせるものが何も無いだろ?」
「わたしの血肉があるではないですか」
レーゲントは心底不思議そうに言った。
「不死の恩寵がわたしにはあります。それで十分です。腕の一本二本切り落として猫たちに与えるのは、そんなに難しくないです。人肉食は禁忌ですが猫に与えてはならないルールはありません。苦痛は献身の喜びであり、満足して眠る猫たちを抱いて過ごす朝は至福です。神の愛があり、猫がいます」
「……その、あんたは。何か食べていかないか?」
「いいえ結構です。ロングキャットグッドナイトはお日様を待つしもべなので」
そうして猫のレーゲントは去っていった。
「……ええと、ええとね。謝罪するわ、アルファⅡモナルキア。あなたがそこまでダメージを受けていたとは予想してなかった。精神的なタフネスはあると思い込んでた」
白髪の少女はリーンズィの対面に座り、パンの切れ端をもぐもぐと咀嚼しながらコーヒーを啜った。
彼女の奢りでコーヒーのおかわりをもらったライトブラウンの髪の少女は、マグカップから立ち上る湯気が梯子のように紺碧の空へ昇っていくのを泣きはらした目で追った。
「……大丈夫だ。あのレーゲントのおかげで、大分持ち直した。それに君の言うことは大部分において正しい。私は戦闘用スチーム・ヘッドではないが……有用性を証明できないなら、不要な存在だ。どこにも行けない。何一つ得ることが出来ない……」
ずず、とコーヒーを啜る。
白髪の少女はリーンズィの弱気な姿勢に苛々としている様子だったが、冷たい言葉を重ねることはしなかった。傷ついたスチーム・ヘッドになんと言葉を掛ければ良いのか分からないらしかった。
「……マスターと君は友人なのか?」
「え? うん。腐れ縁よ。仕事の付き合い」
「俺らはコルト少尉と同じで、クヌーズオーエ解放軍以前からの仲間だ。多少、世界にズレはあるけどな」鍋をガスコンロの火で温めながらマスター。「喧嘩はよくするがマジでやってるわけじゃない」
「羨ましいな。本当に信頼できる仲間……では解放軍の幹部……?」
「俺は違う。幹部はそっちの白髪女だよ」
「白髪女とはまた言ってくれるわね。気にしてるのに」少女は赤い目を伏せて溜息を吐いた。「はいはい、わたしが悪かった悪かった。あなたの言うとおり、先の失態は独力での補足と撃破に固執したわたしの責任。専門家の目が必要だった」
「分かれば良いんだよ。次は上手くやろう」
「ヘカトンケイルも言ってたけど、近いうちにペーダソスにも声がかかると思うから、準備をしておいて。これ以上首斬り兎を放置出来ない」
「俺はいつでも備えてるよ」
「そう。で? キャロットと鶏肉のスープはまだ?」
「だぁーもう。一煮立ちさせるのに時間がかかるんだよ」コトコトと鍋が鳴る。
「スープ?」リーンズィはすんすんと鼻を鳴らした。「良い匂いだ」
「ペーダソス……マスター、マスターね。彼が一番得意で一番自慢なのは、実はスープの方なのよ。任務が終わって、勇士の館でヘカントンケイルに、その……『メンテナンス』して貰って、夜明け時に彼のスープを飲んで帰る。これがわたしの黄金パターンね。ま、お客も稀だしスープを頼むような酔狂者も滅多にいないから、固定客はわたしぐらいかな。本当に情けない店なの」
「悪口やめろ。後輩の教育に悪いだろ。ほらスープだ、お待ち」
器に注いだスープが二つ、テーブルに置かれた。
「一人で二杯も飲むのか」
「そっちはリーンズィの分よ。お金はわたしが持つわ。先輩面したいから付き合って」
「ありがとう。では……」ライトブラウンの髪の少女はおそるおそるスープを啜った。「味がする」
「美味しいでしょ? 大のお気に入りなの」
「? よく分からない。食べ物を食べた経験が少ないので、味がするとしか」
「あはは!」白髪の少女は頬を綻ばせた。「残念ね残念ね、マスター?」
「普通なら一杯飲むのに一週間分の給金が必要なスペシャルメニューなんだが……まぁそいつ何か全然分かってないみたいだし、構わん。いずれ美味いって言ってくれるさ」
「うん。すまない。いつか価値が分かるようになったら、二人にはちゃんとお礼をする」リーンズィは悲しげに嗤った。「アルファⅡモナルキアに復帰できればだが……ところで、君はどうして私にここまでよくしてくれる?」
「え?」コーヒーを一口。「どういうこと? あなたのことが心配なのは本気よ。そこまで調子落ちてると思わなくて、キツい言い方になってしまったけど。何故心配なのかっていうのも考えていたんだけど、やっぱりわたしと貴女は、本質的には先輩と後輩だと思うのよね」
「でも私は君を知らない」
「え……ええっ」白髪の美少女は目を丸くした。「えっ……ちょっと待って……もしかして……わたしのことぜんぜん、何にも分からない……とか? ずっと、最初から、そういう感じだったの?!」
「初対面ではないのか? 君みたいに美しいスチーム・ヘッドを忘れるはずが無い」スープの器を両手で持ちながらリーンズィは眉根を寄せた。「どこかであっただろうか……」
「あれ、リーンズィはこいつとよろしくやってたわけじゃないのか?」
ライトブラウンの少女は眉根を寄せたまま首を傾げた。
「よろしくやる? 何を……?」
「じゃああんた……おいおい。あれだけ息巻いてたのに、いつも通りヘカトンケイルに全身を任せて……待て待て照準波を当てるな分かった分かった」
「人のプライバシーを変な流れで暴露しないで。欲求不満みたいな勘違いされたら嫌よ」
事実だろうが、と吐き捨てたマスターがさっとキッチンカーに身を隠した。
リーンズィはぼんやりとしながら白髪の少女との顔の距離を詰める。
「君は……誰なんだ? 私も私に良くしてくれた人の名前は覚えておきたい」
「知ってるはずだぜ、リーンズィ」マスターが声を上げた。「そいつは悪名高い……やめろやめろ照準波やめろ! 黙ってるって!」
白髪の少女は悩ましげに考え始めた。
「リーンズィ、ちょっと待ってね。今決めるから」
「名前というのは今から決めるものなのか?」
「……ここは本名伏せてポイント稼がないと……勘が良さそうだし……でもでも、今のうちに何とかして取り戻していかないと……ううう、焦って何かやると上手くいかないのよね。何か良い感じのやつあるかな……レッドアイ、うーん分かりそう……あっ」
何やらブツブツと考え込んでいたが、意を決して、深呼吸を数回。
絶世の美貌を持つ白髪の少女は、利発そうな笑みを浮かべながら、席から腰を上げて、リーンズィの両手を包み込むようにして握った。
「わたしは、レア。レアと呼んで。多目的雑貨店ホワイトラビット・クロックワークスの店主を務めている、レアよ。よろしくね、アルファⅡモナルキアのエージェント、リーンズィ。気安くレア先輩とかレアお姉様とか呼んでくれても良いわよ」
分かった、と頷いたリーンズィに、レアと名乗る少女は高揚に頬を上気させた。
「そ、そう? そう! やったー!」
一瞬だけ度を超して浮かれ、すぐに元に戻る。
「あなたみたいなスチーム・ヘッドには結構詳しいの。良かったら、待望の後輩のために少しぐらい知恵を貸してあげるわよ?」




