2-9 第二十四番攻略拠点 その5
ミフレシェットと名付けられた大鎧が開放型の駐車場で停止すると、集合住宅の下層階の窓から上半身を六本腕の蒸気甲冑で覆った技術者たちがゾロゾロと這い出してきた。
検疫所にいたスチーム・ヘッドと同型で、いずれも頭部は多眼の潜水服じみた風貌をしており、多腕であることも含めて、俯瞰分岐宇の傍流に位置する空漠、認知宇宙の外側の淀みに潜む……認知宇宙の……?
「外側……潜む……何?」
リーンズィは首を傾げた。
認知宇宙の外側の淀み? 自分自身が何を演算しているのか理解が出来ない。
ライトブラウンの少女は髪を指先で巻いて己の思考を精査した。認知宇宙の外側の淀み認知宇宙の外側の■■■■■■■■「 もう、意味など無いというのに 」【生命管制より通達:認知機能を再度ロックします。指定した記憶ログを消去してください】いいいいいいずれいずれいずれも。
リーンズィは命令に従い、何を考えていたのかを忘却した。
リーンズィは眩暈を覚えた、と認識した。
人工脳髄からの人格転写にエラーが出たのだろうか。
改めてスチーム・ヘッドたちを観察する。いずれも頭部は多眼の潜水服じみた風貌をしており、多腕であることも含めて、海洋の大深度で暮らしている甲殻類をリーンズィに想起させた。
全ての腕部が工具と結合されており機械を整備する以外の機能を持っていないように見えた。
『脱ぐのに時間が掛かるのがぁ、大型蒸気甲冑の面倒なところだ。まぁ面倒なところを言い出したらキリがねぇけど』
溜息交じりに語るファデル。その巨大な金属甲冑の兵士に、四本腕のスチーム・ヘッドが群がり、各所に設けられたメンテナンスハッチの開放を始めた。
不朽結晶製の螺旋には不朽結晶製の螺旋回しが必要であるらしい。
ポーキュパインはと言えば、別の住居を根城にしているようで、彼とはそこで解散となった。
下ろされたリーンズィが、去っていくポーキュパインに向かって手を振ると、彼はどうしようもない過ちを見逃された、裁かれることを望んでいる罪人のように、どこか躊躇いがちに手を振り返した。
「彼はどうしたのだろう?」
リーンズィは首を傾げてミラーズに尋ねた。
「どう言うべきか。後ろめたいことでもあるみたいだ」
「考えるまでもありません。大きな戦争の鎧を着て寄り添っているくせに、アカフィストたちで子供みたいに遊んでいるところを見られて恥ずかしかったのでしょう」
返事はどこか侮蔑を含んでいた。リーンズィは目を見開いた。その金髪の、どこかあどけない面持ちの、慈しみ深い少女が、そんな声音で物を言うとは思っていなかった。
「……君は感染者たちに商経済の真似事をさせていることに関して、そこまで否定的なのか?」
「良いかしら、神はこのように法を修めていらっしゃいます。『人を誤った行いへ導く者は、如何なる理由であれ、死を以て罪を償わせるべきである』」
人形のような目鼻を微動だにさせず、腕組みをして己が身を抱きしめる。
「継承連帯と言いましたか、人類の文化を守っているつもりかも知れませんが、彼らはあれほど多くの魂無き者たち、既に神の御国に招かれた人々を、神が不要と定められた悪徳の文明、その虚栄の再現に、投入しているのです。どうしてこれを罪と見做さずにいられましょうか」
そこまで一気に言い切って、すぐにリーンズィの応答を遮った。
咳払いを一つ。
「大丈夫よ、分かってるから。私の言ってることは、まともではないのでしょうね。だいたい、それじゃあ聖歌隊はどうなのかって聞かれたら、そこでもうこの非難は意味がなくなっちゃうんだから」
これは問えと言外に求められているのだな、とリーンズィは非言語的に直観した。
請われたとおりの質問をした。
「スヴィトスラーフ聖歌隊はどうなる? 原初の聖句で不死病患者たちを操っているのでは?」
「……聖歌隊の再誕者はね、苦しみ嘆く者のために己自身の純潔を与える献身と、死の苦痛を永劫繰り返すことを償いの一つとして数えるの。あと、不死を約束された世界で、敢えてもう一度失われる命として蘇った点が言い訳になるのよ。あらゆる禁忌は不滅の世界にあって、再度失われる生命によって償われる。だから、救世のために全てを捧げた再誕者による一切の罪は、楽園からの追放を前提として神の御国で赦される」
ミラーズの言わんとするところを察して、ライトブラウンの髪の少女は首を傾げた。
「そして、その理論はそっくり他のスチーム・ヘッドも援用できてしまう、ということか」
「そうなのよ。敵をも愛し最後には救済を与える、というのがスヴィトスラーフ聖歌隊の教義だったんだもの。気に入らない相手には当てはまらないって一概には切り捨てられないの。神命で軽重はつけられても、本質は変えられない。目指した場所、選んだ道がちょっと違っただけってことで、受け入れるしかない。だから、ただあんまり気に入らないかなっていう気持ちを、理屈で丸める前に、とりあえず言葉として吐き出したの。意識も無い、見も知らない人たちの体を使って、おままごとみたいなことして弄ぶだなんて最低でしょ。ええ、ええ、分かっていますよ。人のことは言えないのよね」
「私は彼らは赦されるべきだと思う。君たち聖歌隊と同じく」
「そうね」ミラーズは溜息をついた。「私も赦します。ハレルヤハ、みんな幸せになりますように」
話し込んでいるうちに、技術者の一人が強化外骨格の下肢でコツコツとアスファルトを叩きながら近寄ってきた。
「我々も議論に参加しても?」
ミラーズは誰が見ても余所行きの笑顔だと分かる表情で首を振った。
「残念ながら話は今終わったところですよ」
技術者は淀みなく言葉を繋いだ。
「それでは数秒前に特定のある一面においてのみ切断された会話でなく諸君らの意識活動に沿って継続されてきた時系列としての重層的価値を付与された意味総体を参照する会話系統、それに連なることについての許可を願いたい。いかがか?」
ミラーズは応じない。金色の和毛の下で、翡翠の瞳が困惑した調子で揺れていた。ネットワーク上で『この人の言葉はどこの何語ですか、ユイシス』などと質問をしている辺り、技術者の発した言葉を正確に理解できていない様子だ。
「私たち調停防疫局に用があるのか?」
代わってリーンズィが応じた。意味を理解する必要はほぼないという素早い判断だった。
「感謝する。正確には、諸君らの得たと思しき情報について関心があるのだ」
そのスチーム・ヘッドは、己の重量を長期間支えることに特化した下肢部を折り畳んで、枯れ木のような縦に長い体を屈め、リーンズィだけでなくミラーズにも多孔のヘルメットが見えるよう頭を下げた。
「睦まじい会話に割り込もうとした非礼を許してくれるだろうか、調停防疫局のミラーズ」
「……良いでしょう」
ミラーズは神妙な面持ちで首肯する。未完成であるが故に完成している、退廃の筆を添えられた整った顔貌。漏れる吐息すら魅力的だったが、リーンズィにも分かり始めたことがある。
ミラーズはよく分からない事態が起きたら神妙そうな顔をすれば良いと思っているのだ。
自分ほど整った容貌をしていると、ただ困惑を押し殺して息をしいるだけでも絵になると確信しているらしい。そしてそれはまさしく事実なのだなと密かに感心する。
「でも、私たちの知っている言葉だなんて、大したことない些事ばかりだと思いますよ。私どものような浅学な者では、あなたがたのように賢い御方を満足させられないのではありませんか?」
頬を薄く染め、心のひだをくすぐるような媚笑を作りながら、受け手を焦らす素っ気ない声を出す程度は造作も無い。それでいてブーツの足先を摺り合わせたり、緩く腕を組んで薄い布地に僅かに体躯をなぞらせたりと、その気になれば容易く手折れる花であることをアピールする微妙な所作にも気が回っている。
今にも接吻を始めそうなほどの距離感に、リーンズィの心臓は奇妙なほど揺れ動いた。思考を同じ機体、アルファⅡモナルキアで極めて低い深度で共有しているため、天使の翼のような波打つ金髪を持つこの少女の動作の意図が非言語的に理解可能だった。
これは自身と同格程度と見込んだ存在を相手にする時の、特に衒いの無い、殆ど息をするように発せられる演技である。こうしたミラーズの仕草を観察する見るのは初めてだったが、そうしてリーンズィははたと気付いた。
初対面の時も、即ちミラーズが未だキジールという名称だったときも、このようなテクニックを駆使していた可能性はどの程度あるだろうか。
ユイシスに回答を求めれば、即座に統計として整理されたデータを入手出来るだろうが、リーンズィは敢えてその思考を、己が転写されている少女の脳髄だけで完結させようとした。ヘリの機上でユイシスに指摘された『ユーモアの欠如』は、つまり自分自身で考える能力を持たないという指摘では無かったのか。とにかく、状況から判断して自力で結論を導き出せるようにならなければ、アルファⅡモナルキアの子機以上の存在にはなれない。
それにしてもミラーズから学習すべきことはまだまだあるようだ、とふわふわとした髪を蠱惑的に掻き上げる目下の少女に熱っぽい視線を向ける。所作の一つ一つが魅力的で、従わずにはいられない、さもなければ従わせずにはいられない、相反する引力を伴っているように感じられる。
しかし、と疑問が生じる。
熟練のスチーム・ヘッド相手にこのような表面的な誘惑は通用するのだろうか?
門番のスチーム・ヘッド、グリエルモなどは男女両方の肉体を使っていたようだが……。
リーンズィは自分自身のことを忘れて、現状とは全く関係ない思考に没入しそうになった。
「それでは、改めて調停防疫局のエージェント、アルファⅡモナルキアが同位体、リーンズィに問う」
技術者のスチーム・ヘッドにそれらの誘惑は全く通じていないようだった。
冷静な声で呼びかけられて我に返る。自分はいったい何を考えているのだろう、と首輪型人工脳髄の不調を疑った。特に発熱などしている気配は無いが、明らかに思考から連続性が剥離しつつある。戦闘による慢性的な肉体の疲労か、統合支援AIが事務手続きに処理能力の多くを割いているためか……。
「調停防疫局のエージェント、我々が知る一つの名を問う。衛星軌道開発公社セブンス・コンチネント。この企業に関連する記憶は無いか?」
ぴくり、と身震いして、リーンズィはブラウンの髪を揺らした。ミラーズに魅了されていた精神が現実の深度に引き戻される。
何故その名を、とは言わない。
参画を表明するにあたって、アルファⅡモナルキアは、廃協会のスチーム・ヘッド、蒸気車椅子のヘカントンケイルへと、見聞きしてきたものを余さず報告している。
この技術者はおそらく彼女から情報を得ていたのだろう。
照会を拒否する権利も、拒否する必要も感じなかった。
リーンズィはただ義務と善意によって記憶の開陳を決定した。そのような行動を取った方が最終的に利益が大きくなる、といった打算が演算から抜け落ちているのを、外部化した自己像を参照した段階で発見して、慌ててそのような意図を付け加え、だから女児だ、幼女だと言われるのだ、と内心で叱責する。
本体たるアルファⅡモナルキアから転送されてくる記憶は、数日前に放り出されたあの灼熱の荒野だ。
命を繋ぐために土埃の中でミラーズと血の冷却を行い、<時の欠片に触れた者>の襲来を迎えた。
その最中に遭遇した、奇妙な形状のスチーム・ヘッドたち。
彼らが、確かその名を肩書きとしていた。
セブンス・コンチネント。衛星軌道開発公社。
地の豊穣ではなく、星の海を願った夢追い人どもの末裔。
存在しない大陸は、宇宙にある。
「……都市焼却機フリアエに誘導された先の時間枝で、そのセブンス・コンチネントの所属だと名乗る個体と遭遇した。その時間はどうやら彼らによって運営されているようだった。君は公社の所属なのか?」
「ああ。我々は衛星軌道開発公社セブンス・コンチネントの所属技術者だ」
六本の機械腕を小さく広げながら技術者は言った。
「勿論、現在は異なる。私の認知宇宙では、世界の趨勢は、人類文化継承連帯が完全に掌握した。公社も諸君らの前身団体と同じく早い段階で解体されて、彼らに加わったのだ。私にしても主任技術者であるヘカントンケイルとともに、継承連帯へ合流した身分にすぎない。もっとも、当時はヘカントンケイルは一人しか存在しなかったが」
「……今は複数いるのか?」
「肯定だ。私も正確な数は把握していない。違う時間枝では量産されているらしい。……しかし、それは現在の会話とは関係ない。諸君らが観てきたことを知りたいのだ。調停防疫局のリーンズィ、重ねて問う。その世界では我々の計画はどの程度まで進行していた? 恒星の収容と環天体の形成には成功していたか。揺籃拠点として地球環境の保全はどうか?」
リーンズィは眉根を寄せて、意味するところを考えようとしたが、無駄だった。
「貴官の発言の意図が正確に理解出来ない。だが……天体のコントロールという点では、部分的には成功していたように見える」
「部分的に、はあり得ない。我々開発公社セブンス・コンチネントの最終目標は、このソーラーシステムの恒久的な安定化なのだから。そのように言葉を濁す様から、地球環境の保全には失敗していたと推察する。重ねて察するに人類と呼べる外観の人類は、完全に姿を消していたのだな」
「肯定する。隅々まで見たわけではないから、確証は無い。だが、私もそのように感じた。スチーム・ヘッドでも活動すら危うい環境で、彼らはかなり歪な身体改造を重ねていた」
あの極限化で知覚した光景が、不意にビジョンとして去来した。
見渡す限りが燃え落ちた赤茶けた大地。膨脹した太陽、あるいは太陽を装う知覚不可能な何らかの存在。生物に対して友好的で無い灼熱の冷酷。
枯死した樹木の如き異形のスチーム・ヘッド、そして果てを歩む、炎に包まれた<時の欠片に触れた者>。
あの死を迎えた風景に人類の文明が遺されていたとは到底思えない。
そしてそれらはビジョンではないのだとライトブラウンの髪の少女の瞳の奥で火花が散った。あれは現実だ。時空間という薄い皮膜の向こう側に横たわる有り得たかも知れない、あるいは交わらないだけで確実に存在してる代替の現実世界。
最後に見た怪物、<時の欠片に触れた者>について思考が及びそうになるたび意識が飛びかけるが、血液を分け合っていた時のミラーズの薫りが、意識を繋ぎ止める。
合点がいくと、何故だか嘔吐感が湧いてくる。
サイコ・サージカル・アジャストが完璧に機能していたおかげで意識しなかったが、あの世界で人類は完全に滅びていたのだ。
不死病すら人類を人間のままでは保存できなかった。
遺されたのは技術者たちの夢が産み落とした異形の生物だけ。
あるいはミラーズとリーンズィ、二人の少女とアルファⅡモナルキアだけが、人間の形をした存在だったのかも知れない。
青ざめた少女に、技術者が尋ねた。
「エージェント、駆動体の生命管制が乱れている。不具合か?」
「いや……見てきたことを、思い出していた。とても言い尽くせない。それだけだ。視覚レコードが必要なら譲渡の用意がある」
「申し出に陳謝する。だが不要だ。地球環境の制御失敗は、予想された風景に過ぎないからだ。やはり我々は歴史の主流から姿を消す道こそが正統なのだろう」
その技術者は何の感慨も無さそうな声音で言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
リーンズィが不可思議そうに見上げると、六本ある腕の一本を彼女の肩にそっと置いた。
「我々の計画は当初から破綻を見込まれていた。衛星軌道開発公社は、どのような経路を辿っても、おそらくいずれかの段階で致命的な破局を迎える。諸君らが観測したのは、我々が行き当たるであろうと予測していた限界の、その一つだ。我々は諸君らを通して、我々の計画、その予測が本質的に無謬であったことを確認できた。心より感謝する」
「……分からない。何について感謝している?」リーンズィは首を振った。「私の感情読解が未成熟なせいだろうが、失敗を喜んでいるような言い振りに見える」
公社の技術者は虚空に手を翳し、仮想の制御卓を操作していた。
「その理解は正しい。むしろ不理解をこそ怪しむ。我々は試行から導かれた一つの極点を直接的では無いにせよ観測できたことを喜んでいる。我々の計画はまだ始まっていない。代替世界における我々の失敗の様態は高価値のデータである。正統な報酬が必要だ。戦術ネットワーク上の諸君らのアカウントにトークンを送信しておいた。これにて我々の関係は対等である。今後も正統な交渉を望む、調停防疫局のエージェント諸君」
「おいティリンス9991、足下見てねぇよな? 阿漕な商売をしてるやつぁ居場所を無くしちまうぜ」
開放された大鎧の胸部から這い出てきたのは、ファデルから盗み読みをした記憶と合致する外観の小麦色の肌の少女だ。大型蒸気甲冑の人工脳髄接続針、その脳髄にまで達する傷跡から血が流れており、蒸発する煙で虚ろな冠を作っている。
遠隔操作したファデルの鎧、不朽結晶の巨人の姿勢を操作し、蒸気甲冑の掌へ降りて、女王陛下に完全武装の軍艦を任された船乗りが係船柱に脚を載せるような姿勢で、まるで波の荒れ具合でも眺めるかのように、汗と血で裸身を晒したまま、何ら臆することなく、切れ長の瞳でリーンズィたちを眺めた。
驚いたが、誰も一言も口を利かない。邪魔をしてはいけない気がしたので、リーンズィも他のスチーム・ヘッドに同調して沈黙を貫いた。
そうしてポーズを取っているうちに、ファデルの様子がおかしくなってきた。
気まずそうだった。
技術者の一人が作業的に差し出してきたブランケットを乱暴に掴み取って短く切りそろえた髪をくしゃくしゃと拭い、チラチラと眼下のアルファⅡや技術者を見遣り、その後はガウンのように纏って肌を隠した。
また何か言うかと思ったがそうはしなかった。
小気味よくリズムを踏みながら黙って機体から降りてきた。
「……だ、誰かリアクションしろよ、恥ずかしいだろ」
ファデルは裸身を隠すためにやや身を屈めながら責めるように呟いた。
「リアクションしろと言われても、私は何も見ていない。というか見えない。見えなくされた」
『認知機能のロックを解除しました』と復帰したらしいユイシス。『ユイシスより通達。クヌーズオーエ解放軍への登録手続きの全行程を終了しました。危険な状況でしたね。ただでさえやや胡乱な生育状態なのです。パペット乗り特有の露出への抵抗感の薄さを学習しては社会生活に支障が出ます』
「しかし、聖歌隊も結構な数が居るようだし、ここはそういう社会なのでは? あとさっきから私の認知機能が軽率に操作されている気がするのだが」
技術者はリーンズィに向かってヘルメットを振った。
「エージェント諸君に説明しておくが、人類文化継承連帯では、過度の露出は推奨していない」
「変な補足してんじゃねぇよ、パペット乗りが鎧から降りたら全裸なのは当たり前だろうがよ」
リーンズィとは異なり、ファデルの挙動の一部始終を眺めていたミラーズは、意地悪そうな笑みを浮かべて口に手を当てた。
「勇士ファデル様、先ほどの格好で今のポーズは感心しませんね。聖歌隊よりも余程立派なプロモーション・ビデオを撮影できるのではありませんか? まぁ、主より譲り受けた肉体を隠す必要などない仰るのであれば、異論はありませんけど」
「おいおいおいおい人を露出狂みたいに言わないでよ、違った、言わねぇでくれ。あああこれも違う、聖歌隊を露出狂って言いたいわけじゃなくて」
いかにも焦った様子でファデル。
ブランケットの隙間から血に濡れたを出して、必死に左右に振る。
「戦闘用の脳内麻薬がまだ残ってるから変なポーズしちまったけど、パペット乗りが素っ裸なのは普通なんだから。普通なんだからな! わた、俺は変じゃないから!」」
技術者のスチーム・ヘッドたちも良い機会だとばかりに口々に言葉を浴びせた。
「疑問だったのだが、いつからまた山賊じみた口調に?」
「ロジーに影響されて随分丸くなったと思っていましたけど」
「例のロージンだかモーニンだかの身内相手だから格好を付けたかったのだろう」
「付かないだろう全裸で。あの高所では。丸出しだ。いくらスチーム・パペットでも麻痺しすぎだ」
「やかましいぞてめぇら! 解散解散!」ファデルは赤面しながら手を叩いた。「全員俺の機体をチェックしたら待機所に戻って当番をしろ! 以上!」
多腕のスチーム・ヘッドたちがカチャンカチャンと音を立てながら高層建築物に引っ込んでいくのを見ながら、リーンズィはまだ事情が飲み込めていなかった。
「よく分からないがファデルが全裸は異常だったのか?」
「そうです。全裸でした。リーンズィは、無闇に肌を見せてはいけませんよ。どうやらクヌーズオーエでも常識的には服を着ているものみたいだし」
「もう全裸の話はやめろ!」ファデルが怒鳴った。
「というか皆何故そこまで裸体を隠すことに拘るのだろう」リーンズィは突然深遠な事実に気付いたかのように口走った。「冷静に考えると、どこの誰であろうと装備の下は必ず全裸なのに……」
「もうその話はやめろって!」ファデルはブランケットを掴む手に力を入れながら繰り返した。「服はな、文化なんだよ。着てないと文化じゃ無いんだよ。何か、そういうもんなんだよ。もうそれでいいだろ。俺が悪かった」
「ファデルは何か悪いことをしたのか? 全裸は罪なのか?」
「何なんだよぉ、このリーンズィとかいうやつは! ミラーズ、モナルキア、ユイシス! エージェント連中何とか言え! こいつは子供か?!」
「子供よ。私たちのね。たぶん世界で一番新しい子供」
ミラーズが薄らと微笑むの見て、ファデルは言い返す言葉を探そうとして肩を震わせた。
数秒経ってから、「もういいからついてこい! お前らに住処を与えてやる!」と誤魔化すように、半ば自棄になって叫んだ。




