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アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
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セクション4 グリフォンは落っこちた その3 クヌーズオーエ解放軍/リーンズィ

 忘れ去られた時代に、地球それ自体を穿つ破壊兵器(スーパーガン)が終わらない冬を大地に招いた。見渡す限りを覆い尽くす屍衣のような灰と雪。途切れることのない静寂と原始の闇に近い夜の軍勢は音もなく行進し、時折廃滅の荒野を照らす燦然たる極光は赤・青・黄・緑・■の五色。夜闇と極寒、そして狂おしき光の波に晒されて、地に住まう全ての者が眠りについた。凍てついて(こご)って固まり、一切合切動かなくなった。生きていることを免除された。

 永遠の沈黙。永遠の凍結。真なる不変。死なずの屍どもがひざまずいて眠る不可視の王国。それは人類が作り上げたもののうちで最も出来の良い理想郷である。不死の蔓延した世界に、言葉無き神の王国が降りてきたのだ。祭壇はない。しかしそこに玉座はある。玉座は無い。しかしそこに王は御座す。座したる王はいない。人を救わない。裁きもしない。導くこともない。名前もかたちもありはしない。ただ寄り添う。在って在るだけの無貌の王。

 だが最早誰も覚えていない、覚えていないだろう。世界がそのように変わり果てたことを。そのように変わり果てた世界があったということを。

  

 無限に増殖し続ける鏡像連鎖都市クヌーズオーエ、墓標の如きモダニズム建築の群れ、延命装置の如き広大なる揺り籠の中を彷徨う、未だ目を閉じぬ者どもにとって、それは神話である。不可知の世界の出来事であり、まさに只中にあってもなお、どこか遠くにある空想事に過ぎない。

 世界を凍り付かせた極寒も、この崩落し続ける未完成の都市では、人を凍死させるほどの凶暴さを示さなかった。

 剥き出しの眼球の如き青白い太陽。冷たくも柔らかな光。人生で最後の微睡みに落ちた老人、あるいは午睡の意味すら知らぬ眠れる赤子へと注がれる、古い医療修道院の司祭の清廉なるまなざしに似ている。

 彼らに見下ろされて、リーンズィたちはアルファⅢグリフォンと対面していた。

 会談の舞台は鋼材の白骨を晒す高層ホテル、リーンズィとレアが根城にしている建造物。予め肉を削がれ、骨を砕かれ、完成してもいないのに、崩れるまでのただひとときのみ存在することを許されている。傲岸なる神すらその前途を憐れむ、遠からず地上から消え去る不安定なコンクリート製の楼閣だった。

 

 赤、黒、金の三色で彩られた厳めしいFRFの機関兵士(スチーム・ヘッド)は、永劫終わらぬ冬の空を背にして、アルファⅡモナルキア・リーンズィたちを見下ろしている。

 細身の甲冑に隈無く、そして偏執的に施された精緻な装飾(エングレーブ)。救世主を求める牙無き市民たちの祈りの集約。虚しく儚い、不滅なる奇跡の具現者。

 格納した少女期の不死病筐体に合わせてか、スチーム・ヘッドとしては些か非力そうなスケールだが、不釣り合いなほど巨大な棺じみた形状の重外燃機関が、最高位のアルファモデルに分類される機体であることを誇示している。

 数万の生命を短時間で殺戮せしめるジェノサイダル・オルガン搭載機であるに違いない。


 リーンズィはアルファⅡモナルキア総体による解析が遅々として進まないのを確認し、改めてアルファⅢグリフォンの異質さを思い知る。

 この異邦のスチーム・ヘッド――FRF最精鋭とされるメサイアドールは、外観だけでも異様だ。

 装甲に包まれた両脚は大腿部で膨脹し、下腿部より急速に細まって、先端部には足首らしき造形すら無い。簡易な着陸機構が備わっているのみだ。実際、内部に人間の両脚が存在しないことをリーンズィたちは確認している。

 非人道的な機体ではある。同時に、そもそも人間の道などというものを顧みていないのだ。あくまでもヒトの形に留まることを前提とするスチーム・ヘッドの開発において、敢えて両脚を取り払う選択は、歩行という行為を度外視した思想を必要とする。あたかも、地を這うしかない虫を嘲笑うかのような。

 事実として、そのスチーム・ヘッドは着地することを拒絶している。自分以外の存在が、自分と同じ地平に立つことを許していない。

 全く何の危機にも陥っていなかった猫を勘違いで救うために飛び立って以降、アルファⅢグリフォンは常に()()()()()()のだ。

 現在もふわふわ、ふよふよと、リーンズィの直上で浮かんでいる。

 時折ロングキャットグッドナイトの遣わした何らかの猫の使徒がその魅力に負けて飛びつこうとするので、ミラーズが「めっですよ、めっ」と赤子を叱るように宥め賺していた。

 猫はとても賢く、ご理解した。


 リーンズィは思考を──努めて思考を緊張させる。

 アルファⅢグリフォン。

 このようなスチーム・ヘッドは、比喩でなく、史上類を見ない。

 無数の時間枝から何千という不死の兵士が集結しているクヌーズオーエ解放軍が所有するデータベースに登録がないという事実は、従来の機体群からの端的な隔絶を意味している。


 リーンズィにとって辛うじて納得がいくのは、これがアルファⅢに分類される機体であるということだ。

 アルファⅢとして完全架構代替世界を運営する機体群は、得てして異常な機能を持つもので、その「有り得なさ」はある程度先進的な時間枝においては有り触れている。

 地球環境シミュレーションから地熱を取り出して熱光線として放射する機体。全自動戦争装置の端末にも匹敵する仮想の巨大移動要塞から砲撃という事象のみを一次現実へと投影する機体。備わる機能は様々だが、どれも現実離れしているという点で一致している。


 アルファⅢはスチームヘッド同士の正面からの戦闘においては、強力ではあっても最強ではない。彼あるいは彼女たちの機能発動プロセスは複雑で、純粋な戦闘用スチーム・ヘッドからしてみれば欠伸が出るほど遅い。しかし、ただ素早いだけの戦闘用スチーム・ヘッドとは異なり、アルファⅢたちの機能は視覚的に鮮烈だ。

 忌まわしき不死病を利用した機構だとしても、外観は魔法の類によく似ている。

 圧倒的で、理解を超えている。

 それが果てしなき完全架構代替世界を一個の道具として使いこなすアルファⅢの特長だ。


 だが、それでもなお、アルファⅢグリフォンは異質だ。

 過去に存在した、いかなる機体も、単独飛行などという奇跡は実現してはいなかったのだから。


 解析中のデータから一行の会話が始まる予徴を読み取ったのか、ユイシスが天使の如き美貌(ミラーズ)のアバターをミラーズのすぐそばに投影させた。

 呪いで言祝がれた、清廉にして淫蕩なる聖女の複製物と、禍々しく照り輝く、脚を奪われた鎧騎士。その場に相反する二つの浮遊する影が並んでいる形になる。

 ミラーズが天使ならば、アルファⅢグリフォンは、不滅の鎧と不死の肉体を纏う天空の悪魔と表現するのが適切だろう。

 しかしこの廃滅の時代、人類文化の悪魔とは忘れられた時代、忘れられた土地、忘れられた神話にだけ現れる、おぞましき化身であり、考古学者が戸棚にしまった無価値な雑記にのみその名が現れる。その名前を知るには、特異な文化か特殊な教育が必要であろう。

 FRF市民の目には、おそらくは恐るべき破壊を振り撒く偉大なる不死者(イモータル)の一機としか思えまい。教えられていない限り悪魔という概念を知らないためだ。


 ふわふわ。ふよふよ。

 ……その剣呑極まる正体不明のスチーム・ヘッドは、ライトブラウンの髪を風に靡かせる少女の目の前で、平和そうに浮かんでいる。

 ふわふわー。きゅっ。するする……。

 リーンズィにも最早否定しがたい。


「すごくのんびりなのだな……」


 内心を吐き出さなければとても真面目な会談など出来そうになかった。


「は……」グリフォンが首を傾げた。「どうかなさいましたか」

「いや、個人の感想なのだった。とても大丈夫。気にしないでほしい」リーンズィは頷いた。グリフォンは再び首を傾げた。


 隔絶した性能を持つ機体だというのに、威圧感など微塵も無い。グリフォンこと元FRF市長のネレイスの物腰が謙虚であるからではない。

 単純に頼りないのだ。

 言ってしまえば、アルファⅢグリフォンなどは、終わらない冬の都市でふらふらと揺れるだけの奇天烈(キテレツ)なアドバルーンにすぎないように思われた。事情が分かってしまえば、そんな言葉が浮かんでしまうほどに。


 輪を掛けて威厳を損なっているのが、アルファⅢグリフォンの脚部を構成する降着装置(ランディングギア)に巻き付けられたワイヤー、正確に言えば朽ちた電柱から毟り取っただけの電線だが、

リーンズィの不朽結晶製のガントレットの左腕が、それをしっかりと握っている点だ。

 別段拘束しているわけではなかった。

 係留する道具が無ければ、アルファⅢグリフォンは、その場に留まっていられないのである。

 グリフォンはもはやリーンズィをわくわくさせるちょっと変な風船に成り果ててしまった。印象だけで言うならば年代物の機械甲冑(マシーナリー・ギア)を纏った浄化チーム兵士よりも脅威度が低かった。

 この状況でどう緊張すれば良いのかリーンズィには分からない。

 おそらくはその場に居合わせた全てのクヌーズオーエ解放軍所属機が心境を同じくしていた。

 

 ――リーンズィの計らいにより、高層ホテルの屋上での会談に集められた面々は、特権的な地位を持つ一人軍団(アウスラ)の構成員に絞られた。

 まず、アルファⅡモナルキアに連なる機体群。エージェント・リーンズィ、エージェント・ミラーズ。リクドーとサードの融合体である元FRF市民の姉妹の三機。人格は違うが同一の指揮系統に属し、今は亡きWHO全権代理人であり、大主教リリウムと同じくクヌーズオーエ解放軍穏健派の最高峰とも言える。

 そして解放軍最強のスチームヘッド。きらきらと輝く色素の薄い髪を風に流すアリス・レッドアイ・ウンドワート。軍勢の指揮を行う立場に無いため最高司令官ファデルを初めとする機体よりも立場は下だが、個人としての発言力は絶対的だ。

 さらにロングキャットグッドナイトが同行させた何らかの猫もいる。「大いなる猫のぬくもりは冬の寒さをも包み込むと言われています」とのことだが意味は誰にも分からなかった。恐るべき不滅者を内包した猫の夢ではあったが、当然「にゃー」としか鳴かず、100%に近い確率で猫である。

 少なくとも人間の形をしているのはリーンズィたち四機だけだ。


 そして敵対的組織に所属し、確実に虐殺機関を搭載した戦略級スチーム・ヘッドと相対しているにも関わらず、臨戦態勢を取っている機体は一機もいない。

 皆、人目に付かないこのホテル屋上に移動するまでに、散々にグリフォンの醜態を眺めることになったので、完璧に戦意が無くなってしまっていた。



 会談の開始について各々が間合いを計っていると、アルファⅡモナルキア総体からの指令を受け立ったのか、リクドーが相対者の庇護欲を掻き立てるくりくりとした大きな瞳でグリフォンを見上げながら「では母様……あ、今のお立場で、母様と呼んで良いのか分からないですけどっ」と切り出した。


 アルファⅢグリフォンは少し笑ったようだった。


「おまえにまだ母と呼んでもらえて、私は嬉しいですよ。リクドー、それに、サード。古く懐かしい、愛しき我が少女騎士たちよ。変わり果てても、ああ、やはり……おまえたちの愛慕が、こんなにも温かい」

「えへへ……少女騎士だってっ」


 リクドーが後ろを振り返りながらはにかむと、彼女の尾骶骨(びていこつ)から伸びる蛇の如き刃の群れが装甲を震わせて『ちょっとだけ懐かしい響きだねぇ』と間延びした音声を発した。

 サードはリクドーの体内に移植された増殖型内寄生機動胞衣(エンブリオ・ギア)が生成した、言わば偽りの魂を宿した不朽結晶兵器である。元の母体であるサードから複製した人格記録を実行することでスチーム・ヘッド相当の思考能力を備えている。

 いずれもアルファⅢグリフォン──かつて『ネレイス』の名でクヌーズオーエ解放軍の前に姿を現したFRF市民の、その娘にあたる個体だった。


「こら。こら。昔話してる余裕はないんでしょう?」レア=アリス・レッドアイ・ウンドワートは腕組みを崩さぬまま溜息を一つ。「ここらで流れる時間というのは、時計兎の逃げ足よりも速いんだから。全く、危機感が無いったら!」


 はぁい、リクドーとサードが萎縮した声で応じた。

 

「それじゃあ母様、今から詳しくお話を伺いたいと思いますっ。でも、なんていうか……仮にも娘なので僕が最初に問いかけはしましたが、僕では分からない次元の話なので、基本はリーンズィ姉様に話す感じでお願いしますっ」

「最初からリーンズィ様が問うてくだされば良かったのですが……」バイザーの複眼光学素子が視線を彷徨わせた。「もしや配慮してくださったのでしょうか?」

「うむ。配慮なのだな。配慮なの」

 リーンズィは素直に頷いた。

 白髪を掻き上げてレアは鼻を鳴らした。

「優しいわね。優しいわね。だけど、配慮をするというなら、わたしたちには『急いでやる』という選択肢しかないと思うわ」

「えへんえへん。レア様、せっかく母と子が再会したというのに、部外者の私たちだけで話を進めようとするのは、薄情というものです。どうか、そう仰らないでください」


 踏み出してレアの腕を取り、指を己の滑らかな五指で優しく包み込んだのは、ミラーズだ。

 微細な手つきに赤面したレアが思わず上ずった声を出した。


「私だって、生前に産んだ子がいるのです。このリーンズィにしたところで、私の娘の一人のようなものなのですから、あなたがたの気持ちは分かりますよ」

「わ、分かったわよ……ま、待って、その触り方やめてってば! わたし、なんていうか、この方面であなたには勝てる気がしないのよ……。っていうか、ほら! またそうやって脱線するんだから!」レアは嘆息した。「ええ、もう止めはしないわ、止めはしない。わたしなんて用心棒みたいなものだし」


 グリフォンは選択的光透過性を持つバイザーの発光素子を激しく明滅させた。


「……ミラーズ様の娘、ですか? リーンズィ様が?!」

 

 思わず、といった様子だった。

 無理もあるまい。リーンズィは比較的長身で、黙っていれば智慧の深さを感じさせるほど大人びている。そしてミラーズは清廉にして淫靡なるも、肉体的に成熟しているとは到底見えない。

 グリフォンは二人を交互に見た。

 不思議そうだ。発光素子のおかげで、素顔を隠しているにも関わらず、生身の人間よりも表情豊かだった。


「旧世代の人間にはまだ詳しくないのですが、お二人とも全く違う人種ではありませんか? 血縁関係があるようには見えません」


 ごく一瞬だがリーンズィの視覚にレーダー波感知のアラートが表示された。

 体表にむず痒さがあった。何かを走査されたようだった。


「えーと……ここをこうして……ファイルをドロップして……ライブラリで照合……?」


 グリフォンは空中に浮かんだ状態で窓でも拭くような動きをした。

 そのたびにグラグラと左右にかなり酷く揺れた。

 今現在に至るまでアルファⅡモナルキアの情報処理システムに慣れていないミラーズの、愛らしくもぎこちない動きにそっくりだ。もっとも、動きはミラーズ以上に危ういものであったが。

 どうやらミラーズと同じく、自分自身に備わっている機能に習熟していないらしい。


「やはり外観から測定した肉体年齢に開きがある……親子関係が逆ではありませんか? 私は自分の言語基体の設定ミスを疑っていますが、どうでしょうか」


 堕落しているという点に目を瞑れば神に愛されし聖女と呼んで差し支えのないミラーズが、整った目鼻で苦笑のかたちを作りながら、冗談めかして肩を竦めた。


「聞き間違いでも、言い間違いでもないわよ。再誕者……いいえ、スチーム・ヘッドの肉体年齢なんて、あてになるものじゃないの。幼い外観だけど年齢を重ねているスチーム・ヘッドだっているのです。この私のように、ですね」

「それもそうでした、これはご無礼を。しかしFRFの不死者(イモータル)……スチーム・ヘッドにも、年齢固定された長命者にも、あなたほど幼い姿の個体は希なので、見誤りました」

「仕方の無いことです。私ぐらいの外観年齢のスチーム・ヘッドなんて、まずいませんから。そもそもこの年齢なら出産を経験していないのが普通よ」

 グリフォンは首を傾げた。

「……そうなのですか? FRFでは最初の生命資源供出を当然終えている外観年齢ですが……」

「……最初の……せいめいしげん、きょうしゅつ?」ミラーズは復唱した。「なんですか?」

「あなたがたの文化に沿って言うと、おそらく『初産』でしょうか。都市のために生命資源を生産する義務を既に果たしているはず、という意味です」

「そ、そうなのね」

 

 ミラーズはやや怯んだ。

 それからふと気付いた様子で、己の同胞たるエージェント・リクドーとサード、元FRF市民たる二人を見た。


「……えっ。もしかしてだけど、リクドーとサードもあたしぐらいの年頃で、もう、そうだったの?」

「そうだよっ? まぁ僕はあんまり貢献度高くなかったけど……」『エンブリオ・ギアを含めても良いならサードもそうだよぉ』


 臆面も無く肯定した二人に対してミラーズはかなり怯んだ。

 

「へ、へぇ。そうなのね。ええ……? あたしぐらいの年齢で子供って……FRFの倫理観どうなってるのよ。あたしが言うのもどうかと思うけど」

「ええ、ええ、終わり際の継承連帯でも普通だったわよ。伝聞だけれど。そういうのは計画して国とか軍隊とかが進めるの。肉体は共同体の所有物なのよ」とレア。「……わ、わたしは経験無いけど!」

「皆さん時間枝、聖歌隊が平定した時代よりもずっと先でしょう? 未来の人類、頭おかしいんじゃありませんか?」

「おかしくなってなきゃ今こんなことになってないわよ」

「それもそうでした」ミラーズはすんとした。「ああ、みんな幸せでありますように!」


 グリフォンはレアという理解者が現れたのが嬉しいのか、バイザーの単眼を明滅させた。


「継承連帯と言うと、FRFの前身となった組織ですね!」

「……クヌーズオーエ解放軍の前身組織でもあるわ。今ので仲良くなった、なんて思わないことね」

「はい、いいえ、相互理解の足がかりが見えたように思いましたが、そうですよね。それほど驚く事態ではありませんでした。……あっ! 子供というのが、特定の個体との間に産まれた私的な己の後継機を意味するなら、その外観年齢で製造するケースは滅多にありません。先ほどのミラーズ様の発言もそういう文脈でしょうか?」

「そういう意味でなら、継承連帯でも珍しかったんじゃないかしら。相手自分で選べるって話聞いたことなかったし。そうすると、そっか、恋愛して子供を作ったミラーズってわたしが思ってるよりも百倍ぐらい進んでたのね……」

「なんで私が変みたいな話になっているのですか!? おかしいのはさすがにギリギリあなたたちの方よね!?」金髪の天使は耳先まで紅潮している。「なんなの、最初の子供は、あたしぐらいの年齢で、不特定の相手と作るのが普通だったの?! 倫理観おかしくない? どうなってるのよ未来の世界は! 本当にあたしが言うのもおかしいと思うけど!」

「まっ、待って下さい!」次に怯んだのはグリフォンだ。「では、ミラーズ様は、無加工の状態で、その外見年齢で……本当に、特定の相手と、ヒト生命資源を?! 体への負担が甚大ではありませんか! 生命資源としての価値が毀損される可能性がある……! 何か特殊な製造計画に基づく生殖権の売買でもあったのですか!?」

「どういうことよ!?」軽いパニックに陥ったミラーズが慌てた身振りで尋ねた。「あたしの知らない単語が多すぎるわ! 理解が追い付かないんだけど……製造計画とか生殖権とかって何なの!?」


 事態の混迷を察したらしいリクドーがすかさずフォローに入る。


「母様! 旧時代の人間が子宮で育成するものって言ったら……全部『ヒト』だったらしいよ! えっとね、生命機械の部品とか、そういうのは産まないの! だからミラーズ様の感覚と僕たちの感覚、かなり違うと思うっ」

「そんな! 旧人類はヒトしか産まないのですか!? ではヒト以外は?!」グリフォンは瞠目した。

「ヒト以外って何!?」ミラーズは恐れおののいた。

「もうそこから通じないのですか!?」


 よほどの驚きだったのだろう、グリフォンのバイザー上で動揺があからさまに見てとれるほど単眼が巨大化した。


「つまり……あなたは、初産で、特定の市民と、完全なかたちのヒト生命資源を!? FRFでも、生殖権の複雑性と母胎への負担、およびコストパフォーマンスの観点から、基本的に避けられるパターンなので、考慮していませんでした……そのような状況を強いられるとは……旧時代の権力闘争もなかなか複雑だったのですね……人口動態が混乱していたのですか? いや、あなたの持つ遺伝子プールが特別に優秀だったのでしょうか?」たじろぐミラーズの輝かんばかりの美貌、幼くも完成されたその容姿をグリフォンはじっくりと走査した。「なるほど。そういうことですね?」


 感嘆と畏怖を向けられてミラーズは『怯む』の通り越して無表情になった。


「そうなのでした」と至って冷静そうに頷いたのは、状況の理解を放棄したことの証だ。

 リーンズィはファーストコンタクトを人付き合いの経験値の高いミラーズやリクドーといった他の代理人(エージェント)に任せて聞きに徹していたのだが、感知した限りでは、ぬかりなく他のエージェントの精神的な動きもモニタリングしていた。

 ミラーズの人格演算に渦巻く感情のうち、最も大きいのは困惑だった。


「あ、あたしは……別に権力闘争のせいとかじゃ……あの甲斐性無しの無責任男とだって、あのときはちゃんと愛し合って……裏でなんかあったのかもしれないけど……」ぶつぶつと呟き、咳払いする。「えへん。FRFでの生殖に関する倫理が、今ので全く分からなくなりました。やはり文化にかなり差異があるようですね?」

「ああ、またもや、戸惑わせてしまいましたか。お許しを。不勉強で申し訳ありません……」


 グリフォンは空中で頭を下げた。

 ふわり、とまた大きく姿勢が崩れた。

 そしてその瞬間、猫が飛びつこうとした!

 咄嗟に気付いたミラーズが咄嗟に抱き抱えて撫で、ごまんぞくさせたが、頭を下げた勢いと、大して見たことのないふわふわの生き物に飛びつかれそうになったことへの恐怖からか、グリフォンはそのまま縦に一回転!

 さらにもう半回転したところで、ようやく停止した。


「か、母様! 母様大丈夫!? 空中で腕立て伏せしてる人みたいになってるけど!」

『あのぉ、降りたらどうですかぁ……見た感じ、仕様上出来ないことないですよねぇ、それはそれで動けなくなりそうですけどぉ……』

「娘たちよ……特使としての威厳というものがあるのです……せめて、せめて浮かんでいないと……」


 威厳はもう無い。

 正確には、最初から無いので、無くなることがなく、むしろ無限だった。

 数秒ジタバタとして、グリフォンはようやく元の姿勢に戻った。

 言い難い気まずさがリーンズィたちをじわりと蝕んだ。


「……ごほん」

 取り繕うようにグリフォンが永久に喉荒れと無縁な喉をわざとしく鳴らす。

「つい興が乗ってしまいました。クヌーズオーエ解放軍の皆様方と接触するにあたって、事前に学習は進めていたのですが、非ー生命資源ベースの文明については未だ知見が乏しく……」

「私も配慮が不足していました」ミラーズは顔を赤くして、その場にいる全員を見渡した。「だいたい、子を成した経験の話など、厳粛なる第一回会談の場でする話ではありませんでした」

「え? 我々の文化圏ではほんの世間話ですが……」

「そうなのですね」


 ミラーズはすん、となった。


『提言。異文化理解とはこのようにして積み重ねていくものです。落ち込む必要は無いと判断します。それは貴官にも言えます、アルファⅢグリフォン』


 物理接触演算をオンにしてミラーズの頭を撫でながら、ユイシスがグリフォンへと言った。


『補足説明。生命資源ベースで活動しているそちらの文明では廃れた価値観であり、共感困難と推測されますが、エージェント・リーンズィは事実として当機とミラーズが調整を施して成立させた機体です。さらに補足。当機のペットネームはユイシス。アルファⅡモナルキア直属の統合支援AIです』

「聞いております……」グリフォンの兜の下で少女の喉が鳴る。「プロトメサイア総統閣下を上回る情報戦闘能力を持つ非ー生命資源ベースの知性体……まさか肉の実体を持っていたとは。ミラーズ様とは、それこそ『そっくり』ですね……ご姉妹ですか?」

『否定します』ユイシスは見せつけるようにミラーズに抱きついた。『当機とミラーズは花嫁と花嫁です』


 無論、実体ではない。ユイシスは普段と変わらず仮想アバターを投影しているに過ぎず、肉も骨もそこにありはしない。亡霊のようなものだ。

 しかしグリフォンははっきりとユイシスの姿を視認している。


 アルファⅡモナルキアはほぼ全ての人工脳髄へのアクセスが可能であり、統合支援AIユイシスは平時から他の機体への無断侵入を実行している。ありとあらゆる機体が調停防疫局とその前身組織の技術を基幹部分に用いているため、ユイシスに突破不能なファイアウォールは基本的に存在しない。

 ぐんぐん成長しているリーンズィは「これはあまり良くない気がする」とするどく気付き、おぼろげながら禁忌として機能制限を施し、牽制していたが、今回ばかりは秘密裏にゴーサインを出していた。

 グリフォンに対する工作は完了済みだ。理解しているかは怪しいが、彼女も既にアルファⅡモナルキアの隷属下にある。それが証拠に、彼女にもアルファⅡモナルキアが演算出力するアバターたるミラーズが、実体と視認出来ているのである。


「他人同士なのですか?」

『肯定。当機の姿は貴官の人工脳髄に投影されているにすぎず、当機はエージェント・ミラーズの写像です』

「とは言いますが、あまり私たちは似ていませんね?」

「全然違うのだった。グリフォンにお願いしたいが性格悪そうな方がユイシスなのでよく見分けてほしい、とても性格が悪いので」

「ミラーズの顔でそんなに人を小馬鹿にしたような表情が出来るのってすごい才能よね」

『警告。過度の誹謗は隠し撮り映像の闇売買などで制裁します』

「み、見分けが付きませんが……」グリフォンは狼狽した。では、「あなたがたには、我々がこのように見えているのか? 同じ顔をした個体同士で、明確な生殖単位を構築している……」


 ユイシスが、思い人から複製した繊美なる偽りの顔に、あるいは扇状的な色彩さえ帯びた嘲りの表情を形作る。


『事実提示。娘のようなもの、と表現するのはアナロジーであると同時に、模倣子(ミーム)に基づく情報的後継機としての側面を評価した場合、紛れもない<子>となります』

「……ふむ。人格を記録(データ)化する技術倫理が存在するならば、そういう発想も生まれるものですか。興味深いです」

「母様、旧時代の文明って面白いよね。何代遡っても同じ母体に行き着かないのに、親子に成り得るんだよっ」

『ろっくんろーる、だよねぇ』

 

「ちっ」

 迫力の無い愛らしい舌打ちが、いささか懇親会めいてきた会談の空気を涼やかに打った。

「聞いてられないわ。あのね、あのね。緊張をほぐすための歓談も、その辺りで良いんじゃないかしら。ここでの一分間があっちでは二分とか五分とかかもしれないんだから。ねぇ、そこのクズ肉」

「はい。その指摘はごもっともかと」


 間髪入れず、だった。『クズ肉』の誹りをものともせずグリフォンが反応したため、レアはバツが悪そうに、舌打ちをもう一つ。


「悪口に素直な返事をしないでよ、調子が狂うじゃない。グリフォン、あなた忙しいんでしょ、こんなことしている暇あるの? 大きなプロジェクトの説明を、手早く済ませて帰るのがあなたのミッションなんじゃないの」

「親交を深めるのも重要な目的です。親善大使としてのポジションも模索するよう総統閣下に命じられておりまして……」

「だとしても段取りが悪すぎるわ! いいえ、まぁグリフォンは分かるわよ。スチーム・ヘッドになって間もないんなら、慣れことだらけでしょうねそ。そんな不慣れな蒸気甲冑(スチーム・ギア)を頼りに敵対組織の集団と話を付けに行くなんて、ぞっとするったら。……むしろ気をつけるべきは皆の方よ。こういう手合いを捕まえてあんまり時間を取らせるのは良くない。リーンズィもね、主催なら、ちゃんと手綱を握りなさい?」

「……そうなのだな。ごめんなさいでした……」リーンズィは深く反省した。

「ご配慮に感謝します、ええと……あの……どなたでしたか? Tモデルの方だというのは分かるのですが、お名前を伺っていない気がします。メタタグは……やっぱり登録がない」

「名乗ってなかったかしら? アリス・レッドアイよ」ウンドワートは敢えてフルネームを避けた。「大した地位はないけれど、軍事関連の顧問のような者と思って。ほら、わたしはどうでも良いから、あなたはさっさと話を進めなさい」

「は。アリス様、ありがとうございます。助け船を出して頂き、大変助かりました」


 グリフォンは頭を下げた。

 ぐるん。

 頭を下げる勢いで今度は見事に一回転した。

 あまりにも異常な速度での一回転だった。


 場が緊張で沈黙した。

 ついうっかり、という所作でこの速度だ。この機体が全スペックを投入して回転を始めればどうなるのか。それが、誰にも分からなかった。

 全力で回転するともしかするとビカビカとした光線を発しながら高速回転する炎の剣の如きものすごく変で面白い姿になるかもしれない。面白いだけならば良いのだが、超高純度不朽結晶の塊に対して外部からどうやって制動をかければ良いのか皆目見当が付かない。

 おそらくユイシスが人工脳髄をハックしても上手くいかないだろう。

 定型的な動作パターンが無く、ギアの機能発現は遣い手の感覚的な調整に頼っているように思われた。

 強引に停止させても良い結果にはなるまい。


 無限の回転を始めたかと思われたグリフォンは、しかしどうにか姿勢を立て直し、どこか恥ずかしげに言葉を紡ぎ始めた。


「……では、アルファⅡモナルキア・リーンズィ様、恐れながら申し上げます」


 ふわふわふわ。


「私、アルファⅢグリフォンが統括する『越冬隊』プロジェクトは、プロトメサイア総統閣下が現行人類の維持とは別ラインで構築中の、人類文化継続のための大規模事業です」


 すいー。すすす。ふわっ……ふわふわ……。


「これはおおよそ千年前に実施された都市外への大規模遠征の、その後継として位置づけられており……」


 じたばた……もたもた……。

 

 リーンズィは「そうなのだな」と相槌を打っていたがそれどころではなかった。

 はっきりと言ってしまうと、アルファⅢグリフォンが何を言ってもいまいち頭に入ってこないのだ。

 真剣な調子で自身の作戦目的を語り始めたアルファⅢグリフォンにはどこか鬼気迫るものがあり、思考を言葉にすることに一生懸命になっており、姿勢制御がさらに不安定になっている。

 見ていて非常に危なっかしい。

 じたばた、ふわふわ。

 すいーっ。

 もたもた。

 ぐっ……ぐるっ……ぴたっ……すすす……。

 先ほどまでは気を抜くと危ないという様子だったが、現在はずっと「危ない」が続いている。


「都市外部への進出を目的としているため、戦力増強を前提としたプランではありますが、決してクヌーズオーエ解放軍との軍事的衝突を企図したものでは無く……」


 ふわ……ふわ……。リーンズィは僅かずつ不規則に揺らいでいるグリフォンを目で追った。すい……すい……。風もないのに、少しずつ、少しずつ、どこかに流されて行っている……。

 思わずワイヤーを掴む手にぎゅっと力を込めてしまう。もしも何かの拍子に繋がる先を失って、うっかり加速してしまったら、この子は、どこまで飛んで行ってしまうのだろう。


 こ、こわい……。

 リーンズィは純粋にそう思った。

 不死病筐体(ヴァローナ)由来の涼しげで潔癖そうな顔貌に反して、思考が比較的ぽやぽやぱやぱやしていることに定評のあるリーンズィが「危なっかしい」と感じるほどであるから、これは、相当の難事であった。

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