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アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
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セクション4 The Griffon Has Landed. FRF/『不死狩り隊』 その6

 最初に、轟音があった。

 次いで、大地が割れ裂け、悲鳴の如き衝撃波が地表を貫いた。

 構造が不安定な建造物は全て崩れた。廃市庁舎の屋上に浮かべられていた気球は瞬時に破裂した。僅かに残されていた窓のガラスが砕け散って滝のように道路へと振り注ぎ、その一方で粉砕されたアスファルトが噴煙となって一瞬で大気を満たした。

 何者も、それがアルファⅢグリフォンの引き起こした現象だとは、直ちに理解出来なかった。

 ある者は雷鳴と誤認して稲光に備えたのか反射的に目を細め、ある者は大規模な仕掛け爆弾の作動を想起して咄嗟に耐爆姿勢を取り、ある者は都市の終わりに来るという地揺れの災厄を連想し身を竦ませ、ある者は夜空に流星が走るのを無意識に思い出した。


 奇妙だったのは、上空に鮮血の蒸気を渦巻かせていたアルファⅢグリフォンから目を離した兵士は一人もいなかったということだ。

 捨て駒であるはずの自分たちを激励するなどという前代未聞の行動を取り、浄化チームにおいてすら未知の機能を発現させた、空を舞う偉大なる不死者。

 他に意識を向けられるはずもない。

 だと言うのに、轟音が聞こえたまさにその瞬間にグリフォンが空から消えたことに、誰も気付くことが出来なかった。



「え――?」


 例外として、コトカだけは、見た。

 アルファⅢグリフォンではなく、一筋の赤熱した光条が落ちるのを、目の端に追った。


「なに……今の……流れ星?」


 コトカは、彼女自身の間延びした口調とは裏腹に、極めて克明に世界を捉えている。

 プログレ・アレクサンドリアの市長の血筋ではあるが、元は戦士となるような生命資源ではない。複数の都市を跨ぐ複雑な陰謀と交配によって与えられた資質は確かに特別なものだったが、本来ならば同郷の多くの雌性体、同じロットナンバーを持つ姉妹たちと同じく、従順な生命資源として、他の都市に輸出される運命で、個体識別用の名前などは、比喩でなく数字と記号の連なりだった。

 支配者たちにとって計算外だったのは、彼女が抑圧者に対し異常なまでの反骨心を持っていたということだ。彼女の姉妹に、彼女と似た性格の個体は一人もいない。この性質がどこからやってきたのか、答えを誰も持っていなかった。彼女すらも。

 汚辱に抵抗するための力を求める苦闘(ストラグル)が、少女を目前で連射された銃弾をも躱す戦士へと鍛え上げた。さらには不死者・龍王オシシが彼女を見出し、単なる番号では無い人間の名前、コトカという剣士としての名前まで与えた。ここに至って、コトカは初めて自分の運命を手に入れたのだ。


 知る由もないことではあるが、交配計画の最終段階は、決してコトカではなかった。次世代を産み落とす母胎の素質のみが評価されており、彼女の産み落とす個体の、さらにその先の子孫が、望まれた形質を獲得すると見込まれていた。

 交配計画は破綻したと言える。現在、コトカと名乗っている少女が、想定されていた到達点を大きく凌駕してしまったからだ。

 食事用のナイフで不死者を切り刻む剣術の冴えは、史上、例がない。なればこそ、彼女は暴虐と汚辱、服従の檻から解き放たれた。不死者たちの計画が途中で書き換えられるのは極めて希な事態だ。

 不変であるべき計画を、あろうことか繰り上げという形で中断させたコトカは、奇跡的な傑物と言えた。


 だが、恐るべきことに、そんなコトカの目にすら、アルファⅢグリフォンの動きは明確には映らなかったのだ。

 

「わわわっ、爆撃?! スケルトンの爆撃なのか?! クヌーズオーエ解放軍がすぐそばに!?」


 慌てふためくラバトワを、「あのね、ラバトワ、あいつらがマジで撃ってきたら、みんなもう生きてないよ、冷静になりなさい」とテーバイが優しく諫めた。


「ど、どうしよう、テーバイお姉ちゃん!」


「やめろ。やめてくれ、俺はこっちじゃ武闘派で通してるんだから、頼むよ、俺に実家モードを出させなるな。根は弱々で甘えんぼか? しっかりしろ、班長なんだから。うちの末の妹のエウロパよりだらしないぞ」


「ううう……ごめんテーバイ……」


「良いって。それにしても、何だこりゃ。不死者様が消えて、地面には穴が開いて……破片が、浮かんで、落ちてない。新型の爆弾か……?」


 不明な爆発のあとに残された光景は、些か奇妙なものだった。

 衝撃の規模に比して、着弾地点と思われる箇所への損壊が、明らかに小さすぎる。

 一帯ごと根こそぎになってもおかしくないような衝撃だったが、せいぜい十数メートルの範囲が抉られて消え去った程度だ。

 アスファルトが広範にめくれ上がり、地下構造物が露出し、あちこちから水道管その他のインフラ設備が廃材を用いて作られた墓標のように地下から突き出し、さらに爆心地の中心には何かが地中へと突入したような穴が穿たれている。

 だが狙い澄ましたかのように他には被害が出ていない。

 そして特筆すべきは、巻き上げられた諸々の破片が、周囲に浮かんだまま落下していない、ということだろう。まるで見えざる神々が、微細な破片の一つ一つの囁きかけて、落ちるということを彼らから忘却させたかのようだった。

 重ねて異様だったが――あれだけの衝撃があったにも関わらず、アンデッドたちは殆ど一体も傷つけられずに立ち竦んだままだった。


 拡充装備(オーバー)で強固に防御を固めていたFRFの兵士たちは元より、無防備に立っていたアンデッドの側にも被害はない。

 何体かは吹き飛ばされて転げていたが、爆発に巻き込まれて大きく損壊した個体は見受けられず、狂乱の徴候は無かった。


 赤く輝く排気煙の残滓と合わせて、先ほどの現象は不死者グリフォンによる機能の発動だったのだろう、と見当は付く。

 しかし爆心地は、兵士たちとアンデッドひしめく広場の、丁度中間に位置していた。

 何を狙っての行動なのか、そもそも何が起きたのか、誰にも計り知れなかった。


「コトカならどうだ。オーバードライブも見切れるんだろ。何が起きた?」


「落ちて……来た」コトカは押し殺したような声音で言った。


「うん? 爆弾が?」


()()()()が……落ちてきた……たぶん」


 ――落下。

 それは、まさしく落下であった。

 コトカには、辛うじてその残像のようなものだけは見ることが出来たのだ。

 白夜の空から、荒廃した都市の大地へと真っ直ぐに落ちる、灼熱の流星のようなその影を。


「落ちただけなら、俺たちにだって見えただろ?」


「落ちた、けど……見えないぐらい……速かった……よ?」


「穏やかじゃないな。グリフォン様は、どんな感じだったんだい」


「分かんない……ただ、ひゅーんって……残像だけ」


 グリフォンの行動は、どれほど詳述しても、上空から真下へと降りただけのものだ。

 ただし、人間に知覚可能な領域を遙かに超えて高速だったため、何者にも認識を許さなかったのだ。


「ますます分からねぇ……何しにそんなことを? っていうか、いいのかな、俺たち、ボサボサしてて。もしかしたら、助けに行った方が良いんじゃないか」


「助けって?」ラバトワは混乱したまま尋ねた。「誰を助けるんだい」


「いや、ほら、グリフォン様って……コトカの見切りが正しいなら、あの……」


 テーバイは気まずそうに爆心地に穿たれた穴を指差した。


「落ちて来て、あそこに埋まってしまってるんじゃねぇかなって……」


「そんなまさか」


「たぶん……降りただけ……だよ?」


「降りただけで大爆発はおかしいって。アンデッドも巻き込めてないし、機材のトラブルじゃ……」


「何かお考えがあってのことに違いないだろ」

 

 仄暗く輝く薄雲の空には、未だグリフォンの残した赤黒い血煙の蒸気が渦巻いている。

 トラブルを疑いたくなるのは当然だ。

 これほど大規模な機関発動の痕跡を残しておきながら全く戦果が無いなどとは、通常は考えにくい事態である。


 禍々しい光を浴びながら、各班が概ねそのような混乱に見舞われていると、爆心地に動きがあった。

 抉られ、砕かれ、大小の瓦礫が宙に浮かんだまま停止している、異様な光景。

 その中央に穿たれた穴から、一つの影が這い上がってきた。


 厳密には、上昇してきた。

 否、手脚を全く動かさずに、吊るされた糸繰り人形のようにして浮き上がってくる有様は、上昇するという言葉で表現することさえ憚られる。


 果たして、がちゃり、と聞く者を不安にさせる音を立てて、アルファⅢグリフォンは穴の淵に降り立った。

 装甲の緑と白銀を基調とした高貴な塗装は未だに艶やかで、蒸気甲冑(スチーム・ギア)には一分の破損も無い。

 だが、その立ち姿は、いかにも頼りなかった。

  

「……まぁ、お考えはあるようだし、ご無事みたいだが」とテーバイ。「でもさ、やっぱり、そう自由に動き回れる構造だとは思えねぇんだよな。あれのせいで俺たち、あの御方をナメてたわけだし。ここから何が出来るってんだ?」


 博識のコトカも、見識の広いラバトワも、こればかりは口を噤むしかない。

 アルファⅢグリフォンの蒸気甲冑の手脚は、通常の不死者とは些かならず形状が異なっている。

 特に脚部の構造は歪だった。

 大腿部が大きく膨らんでおり、吸排気用の装置を内蔵しているのか、なにか綻びかけた花の蕾にも似ていた。それでいて、膝から先は極端に細かった。内側に人間の脚が正常な形で格納されているとは到底思えず、柔軟な動作は殆ど不可能だろう。

 というのも、関節の外側に機械的な回転式固定機構(リボルバ・ロック)が設けられていて、自力で満足に動かせるとは思えないためだ。

 加えて、足首らしき部分が存在しない。具足の中には、メサイアの血統らしい細く滑らかな脚が、膝関節から爪先まで、乱れ飛ぶ舞踏家の軸足のように、真っ直ぐに伸ばされた状態で、無理矢理に押し込められているのだろう。踵と言えそうな部位に設けられた簡易な構造の着陸装置(ランディングギア)じみた補助具が無ければ、直立することも難しいはずだ。


 上空に浮遊したままでいるならば合理的であり、テーバイたちも、なるほど飛行を前提とした構造だったのかと得心したものだ。

 しかし、地上での活動については、想定しているのかどうかすら怪しかった。


『……アルファⅢグリフォン。これより、掃討を開始する』


 グリフォンは、兵士たちの動揺を意に介した様子も無く――あるいは意に介さない素振りを強調しながら――粛々と宣言した。


 緑と白銀の甲冑が僅かに浮揚し、大穴の上で停止する。


 数秒の静寂。

 そして、連なる火薬が破裂するようにして、突如として赤黒い血肉が轟音と共に舞い散った。

 破壊は、圧倒的だった。重金属散弾を連射してもこうまで効率的に敵を殲滅出来まい。

 広場に居並んでいたアンデッドが見えざる何かに引き裂かれて須臾の間に四散して吹き飛んでいく。

 あたかも固定式の機関砲が集中砲火を浴びせているかのようだが、そこには銃火器など存在しない。

 そればかりか、アルファⅢグリフォンは、その場から微動だにしていなかった。


 兵士たちは瞠目する。

 グリフォンから、群れなすアンデッドへと、何かが超高速で投射されている。それは水蒸気爆発の連続と、引き千切られた不死どもの血飛沫の飛び散る方向からも明らかだ。

 しかし、何を撃ち出しているのか、全く認識出来ない。

 程度の差こそあれ、飛来する弾丸を視認可能なFRFの精鋭にすら、グリフォンの攻撃を捉えることが出来なかった。


「……僕が言った通りじゃないか。あの御方がこんな殺し方をするなんて、想像出来たかい?」


 凄まじい勢いで破壊されていくアンデッドを前にして、ラバトワは呆然と呟いた。

 テーバイもコトカも、惚けているのは同じだ。

 眼前の光景が理解出来ない。アルファⅢグリフォン自身が全く動いていないこともあって、未知なる手がアンデッドを雑草の如く刈り取っていく様はいっそ超現実的(シュール)ですらある。

 アンデッドだけでなく彼らの水平線上にある建造物、廃市庁舎までもが貫かれて、血反吐のように残骸と土煙を吹いている。

 大型の電磁加速砲の乱射でもなければ同等の火力は再現出来ないだろう。


「いや、こんな殺し方っていうが、どんな殺し方してんだよこれ」

 テーバイは兜の下で眉根を寄せていた。

「撃っておられる……っぽいが、どう見ても銃火器とか積んでないよなグリフォン様。左手に何か付けてるけど、あれ軍刀だろうし」


「僕にも、目の当たりにしてなお、想像が出来てない。どういう機能なんだろう?」


 外観上は、地面より僅かに浮かんでいる甲冑姿の不死者が、敵の方を向いているだけだ。浮いているという時点で奇怪だが、それにしても何もしてないように見える。

 にも関わらず、現実には大規模な破壊が発生しているのだ。


「……瓦礫」とコトカが声を漏らした。


「瓦礫? 不死者様の周りに浮いてる瓦礫か? それがどうしたって?」


「減っていってる……消えてる」

 

 指摘されて、ようやくテーバイたちも気付いた。

 宙に浮かんだまま落ちてこない大小無数の瓦礫が、いつのまにかその数を減じていた。

 目を凝らせば空中に摩擦熱と蒸発によるものと思われる赤い光の軌跡が薄らと見えた。

 おそらく周囲の瓦礫を砲弾として撃ち出しているのだ。火の粉となって舞っているのは、着弾までに燃え尽きてしまった小さな塊であろう。

 推測は可能だが、分かってもなお射出の瞬間は目に映らず、砲弾たる瓦礫を視線で追うことも出来ない。瓦礫が消えたと思ったその刹那には、射線と推定されるライン上にあったものが、丸ごとぶち抜かれて、破裂している。

 原理は不明だが取るに足らない破片の一個一個に強烈な加速力を付与して発射しているようだった。


「他の不死者(イモータル)と……レベルが……違うね?」


「さすがはメサイアドール、って感じだな。まぁちょっと地味だが」


「……ねぇ二人とも」と不安そうなラバトワ。


「え?」


「ん?」


「このペースだとさ、瓦礫、足なくならない?」


 ラバトワの指摘は冷静だった。アンデッドは十秒数える間に数十の勢いで薙ぎ倒されていくが、全てを同時に撃破するよりも先に空中の瓦礫が尽きそうだった。

 だが如何なる懸念も必要では無かったのだ。

 グリフォンの姿が、宙に縫い止めた残弾が尽きると同時に、まさしく落下した瞬間と同じく、掻き消えた。

 須臾の猶予もなく前方にグリフォンが()()した。

 極めて広い範囲にわたって微塵に踏み砕かれ、極限まで加速され、相転移を起こした残骸が、赤熱する砂礫の津波となって残りのアンデッドを飲み込んだ。

 世界が終わるのを待つまでもない。破壊の化身が一つ跳ねるたびに灼熱の大波がありとあらゆるものを溶解し、切り裂いていく。

 同じ攻撃を数度に渡って繰り返したところで、アルファⅢグリフォンは改めて着陸した。簡素な造りのランディングギアが、刃を納められた仕立ての悪い鞘のように、がちゃりと音を立てた。


 僅か十数秒のうちに、前方に立っている影は一つも無くなった。城の如く聳え立つ廃市庁舎ですら外殻部が熱で溶かされて湯気を立てている。

 と、折り重なり、再生神経束を伸ばしてのたうつアンデッドの残骸から、一体がむくりと起き上がった。


 撃ち漏らしがあったようだ。アルファⅢグリフォンは瞬きよりも早くその眼前へと移動している。

ランディングギアを使って降り立ち、地上の肉塊の山を踏む。

 今度は超常的な力は使わなかった。左腕――やはり中に人間の腕が思っているとは思えないほど華奢な構造の、奇妙な手甲である――に搭載している鞘から、恩寵の軍刀を右手で引き抜き、脚の先端を血肉で泥濘む地面に押し付けてから、ランディングギアを折り畳んだ。

 バランスを崩したような動きを見せたのは一瞬だ。コンパスの針のような不安定な脚先で器用に体を運び、舞い散る木の葉のようにくるりくるりと舞いながら、腕を上げられない構造の肩で限界まで軍刀を持ち上げ、小枝でも切り払うような不格好な動きでアンデッドを袈裟に切りつけた。

 しかし刃が徹らない。鎖骨から肋骨を両断する段階で、剣は止まってしまった。

 実のところ恩寵の軍刀それ自体が切断能力に難を抱えているのだが、アルファⅢグリフォンの蒸気甲冑(スチーム・ギア)がそもそも手持ち武器を扱えるような設計になっていないのは、疑う余地がなかった。不死狩り部隊の面々の見立て通り、少なくとも、通常の四肢を備えた人間のようには、何事も実行出来ないだろう。


 斬られたアンデッドがわめき声を上げて暴れ始める。

 アルファⅢグリフォンは剣を引き抜き、ふわりと上空へ舞った。全身のロック機構が働いて剣を振り下ろした姿勢で体を固定。不死者はそのまま落下して、殆ど叩き割るようなやり方でアンデッドを肩口から切り下ろした。

 返り血を浴びながらグリフォンは関節の固定を解除。

 立ち上がり、躊躇いがちに軍刀を鞘に戻した。破滅的な権能の発現に反して、仕遂げた立ち姿には一抹の寂寥感が漂っていた。

 もはや誰の影も立ってはいない。ただ一つ、アルファⅢグリフォンを除いて。


 こうして掃討は終わった。

 焼け爛れ、冷えるのを待つばかりになった冬の都市を見て、兵士たちは戦慄のうちに理解した。

 アルファⅢグリフォンの火力は、アンデッドごときに振るうにはあまりにも過剰だ。

 踏み砕いた残骸を撃ち出す先ほどの攻撃も、規格外の火力である一方で、最大火力では無いのだという予感がある。

 だが、都市の端から端まで焼き尽くしてしまうのに、それほど時間は必要無いように思われた。

 その一方で、アンデッド一体を斬り殺すのにも手間取ったように、繊細な動きは苦手なようだった。

 最初の落下、墜落じみたあの動きすら、破壊の程度を抑えるための工夫だったのだろう。

 大規模破壊と不器用な剣術しか使えないのであれば、砲弾代わりに使える瓦礫を用意して射出し続ける選択は、結果的には合理性に富んでいる。

 最初から都市を破砕して津波としてぶつけ、灼熱の荒野にするような方法を使っていれば容易かっただろうが、付帯的な影響がどれほど広範囲に波及するか知れたものではない。

 あるいは、背後に控える兵士たちにすら被害が及んでいたかもしれない。


「豆鉄砲撃つのが馬鹿馬鹿しくなるぐらいの戦闘力だったな……」

 テーバイが溜息を吐いた。

「なんでこんな御方が今まで表に出てこなかったんだか」


「僕たちみたいな雑兵は要らないから、全部一人でやってたんじゃないの?」


「あり得る。一人で良いもんな、これなら」


「伝説の……アルファⅢバアル……みたいに……ね」


「本当にバアル様の再来なんかね……いや信憑性あるな、ここまで出鱈目な性能だと」


 移動にも戦闘にも随伴を用意する必要性が見当たらない。

 仮称・不死狩り隊を連れてきた理由自体が一層不透明になった。


「どれだけ強くても、さすがに剣を使うのは苦手みたいだけどね。ちょっとだけ人間味を感じたよ」


「そうかぁ? 俺としてはある意味、あの動きのが怖かったけどな……。いや、神業だよ。あんな針の先っぽみたいな脚で体運びを上手くやるとか、出来ねぇだろ。俺ならまず立てねぇ。ヒラヒラした服着てハイヒールで剣舞やるのよりキツいと思うぞ」


「え、そんなのやったことあるのかい」


「おう。フェネキア家のご令嬢を舐めんなよな」


「胴体にも……可動部が……全然無い……よ? 普通はあれで剣とか……振るえないと思う……私でもすぐには無理……」


「とにかくとんでもねぇ不死者様に連れてこられたもんだよ」


 アルファⅢグリフォンは再び宙に舞い上がった。

 そしてこの数分のうちに薄く焦げた廃市庁舎に背を向けて、兵士たちを見下ろした。


『ここに、この私――アルファⅢグリフォンの力は、存分に示されたものと信じる。我が少女騎士たちよ、私の新しい剣たちよ。君たちは、私を信じてくれるだろうか?』


 誰が疑いの声を上げられるだろう。

 未だに作戦目的は開示されず、何故集められたのかということすら知らされていない。だが、アルファⅢグリフォンの不死者にあるまじき誠実さと、内に秘めたる破壊力は、彼女自身の行動によって確かに知らしめられた。

 兵士たちは拡充装備の脚を折り曲げて、改めて恭順の意を示す。

 この絶対者が、どうして自分たちを招聘したのか、もはやその理由など必要無いとまで思えただろう。

 ひざまずく兵士たちに向けて、グリフォンは、厳かに、一つ一つの言葉を紡いでいく。


『諸君。少女騎士諸君。未だ無き都市の、円卓に席を持たない騎士たちよ。聞き給え――ここからが真の試練だ。我々はこれより、修羅となり、試練という破滅の渦へと飛び込むことになる。今や、全ての可能性の最終点に、FRFの市民は立っている。枯死する未来を恐れ、向かう先を求め、ありもしない解決手段を求め、寄る辺なく彷徨い、戦い、殺し合い、食らい合い、死んでいく。誰かが出口を創らなければならない。そしてそれは、我々以外の手では、決して成し得ないのだ。我々はこの冬の都市を乗り越え、救世を果たし、必ずや終わりのない共食いの歴史に、虐殺の時代に終止符を打つ……!』


 グリフォンは押し黙り、絞り出すようにして、息を整える。余程の激情が内心に渦巻いているらしい。

 不死者がこうまで感情的に話すのを、殆どの兵士は見たことが無かった。

 だからこそ、彼女の言葉は胸の深くに命令言語(コマンド)として強く響いた。

 

『……戦う相手は、強大だ。私はかつて、彼らにただの一太刀も与えることは出来なかった。ここに集いし三十一名の兵士を束ねたところで、一矢報いることも叶うまい。だが、やるしかないのだ。この三十一名が、ファーザーズ・リデンプション・ファクトリーの閉塞した未来に、必ずや光明をもたらすと、私は確信している』


「三十一名……?」


 テーバイは思わず、誰にとはなく、訝しげに問うていた。

 コトカとラバトワも同じ心持ちだったらしく、ちらとテーバイを見た。

 他の隊員も戸惑ったはずだ。

 仮称・不死狩り隊は三十名の兵士によって構成されている。

 三十一名という言及の仕方は甚だ不自然だ。


『……三十一名ではない。ここにいるのは三十名だと、諸君は思うだろう』

 グリフォンは見透かしたように頷く。

『こんな時、プロトメサイア総統閣下なら、こう仰るだろう。……気持ちは分かるつもりだ、と。諸君は、自分たち三十名だけがこの部隊の構成員だと考えている。しかし、それは間違いだ』


 アルファⅢグリフォンの重外燃器官から鮮血色の排気が噴き出され、陰鬱なる空に赫赫たる旗の如き大輪の花を形作る。

 兵士たちは息を飲み、その鮮やかなる文様の輝くのを見た。

 自分たちを照らす光が教えている。

 今まさに自分たちを鼓舞しているのは、肉も骨も無い亡霊の如き偶像では無い。

 身分の違いはあれども、戦列を共にする、志を同じくする戦士の一人なのだと、教えている……。


『三十一人目は、この私だ。改めて告げる。我が名は、アルファⅢグリフォン。プロトメサイア総統閣下直参の最新鋭メサイアドールにして、救世のための特務を帯びた、最後の不死者。しかし、私は諦め切った他の堕落した不死者とは違う! そして、プロトメサイア総統閣下や、敬愛すべきアスタルト猊下のような、仰ぎ見て崇拝すべき対象でもない……』


 グリフォンはランディングギアを展開して、ゆっくりと兵士たちの前に降り立った。

 不死狩り隊全員が注視する中で、両手を広げて、半ば叫ぶようにして宣言した。

 

『私は、このメサイアドール、グリフォンは……絶対者である以前に、君たちと肩を並べて戦う……一人の兵士だ! 君たちと同じ、この都市に生まれ、この都市で育ち、この都市の未来を、子らの幸福を願い、戦火へと身を投じる兵士の一人だ! 諸君らを選抜した理由を今こそ教えよう、君たちは、私なのだ。私と志を同じくする者なのだ! 私は君だ、兵士諸君! 私と君たちには、何の違いも無い! 同じ願い、同じ祈り、同じ感情で繋がっていると、私は確信している。少女騎士諸君! 私たちは――家族だ!』


「家族……」


 不死者の訴えかける言葉に、テーバイは思わず涙を零していた。

 兵士と同じ目線で、共に戦おうと叫ぶメサイアドールなど、これまでいなかった。

 全ての兵士は孤独であった。都市を覆う暗雲と、繰り返される虐殺への疑念を押し殺したまま、不死者の理不尽な命令に従って、必死に戦うしかなかった。

 しかし、アルファⅢグリフォンは、自分から、地を這いずる兵士たちの立場に降りてきてくれたのだ。

 あまつさえ、自分は君たちと同じ兵士なのだと、同じ思想を持っているのだと宣言した。

 ずっとこんなふうになってくれれば良いと願い続けていた。

 それが、はからずも、実現してしまったのだ。

 どうして涙せずにいられよう。

 だからこそ、テーバイは、涙を流しながら、どこか醒めた言葉を零した。


「……何だか、俺たちの望むようになり過ぎてるな」

 

 思えば全てが、テーバイのような一部の兵士が夢想した通りに進んでいた。

 ――浄化チームに分散配置された精鋭が、こうして結集している。

 ――死蔵された、規定違反の強力な兵器が全員に配られていて、公然と使用が許可されている。

 ――見たこともないメサイアドールが前線に出て、全面的に援護してくれて。

 ――しかも兵士の側に立って、耳障りの良い言葉を喋ってくれる……。

 こうなれば良いのにと思っていたことが、全て現実になってる。

 だから、こんなことは、あるはずがないのだ。


 無論のこと、信じたいとは願っている。

 アルファⅢグリフォンを信じたいのは、ただの本心だ。

 だが、テーバイは知っている。あまりにも都合の良い事態が続くとき――兵士たちは、常に待ち伏せされている。


「うまく……乗せられてるね、私たち。さっきのアンデッドの群れも……不死者からすれば……自分の性能を私たちに見せつけるための道具に使えるわけで……用意、されていたみたいな……ちょっと都合の良すぎるチャンス……」


 コトカも心を揺さぶられたのだろう、微かに涙ぐみながらも、テーバイの呟きに追従する。

 そんな中で、醒めきった態度を見せたのは、ラバトワだ。

 

「たぶん全部が仕込みだったんだろうな。悔しいが、僕たちの喜ばせ方をよく分かっているね、グリフォン様は。僕たちが攻撃目標の都市に対して仕掛けるような思考誘導を、グリフォン様が僕たちに対してやってる。そう考えて良いだろう」


「つまり、グリフォン様は……」


「僕たちを扇動(アジテート)するために行動している。まるでアド・ワーカーだ」


「だよなぁ。でも、裏に誰がいると思う? 誰が俺たちにこんなわけのわからない扇動をやる必要があるんだ」


「そう言えばさっき、グリフォン様が機能を使う時、どこの誰だか知らない声が聞こえた。もしかすると……」


 アルファⅢグリフォンは、そうした不審の声に応えなかった。

 むしろ兵士たちの疑念を一蹴するかのように、半壊した廃市庁舎に向き直り、鋭く言い放った。

 

『隠れていないで、出て来るが良い。ここに、来るが良い。我々が相手になる……クヌーズオーエ解放軍のゲートキーパーども!』


 クヌーズオーエ解放軍。

 瞬間的に全軍に緊張が走る。

 どこからか、歌が聞こえ始めた。

 紡がれる言葉に意味はない。音の連なりに神学的な裏打ちはない。それは旋律と音韻の変化によってのみ成立する、ありもしない神に祈りを捧げるための、形骸の聖歌。神を讃える。千年の王国を讃える。裁き主を讃える。世に平穏がありますように、みんな、みんな幸せになりますように!


 兵士たちは、そのとき、広場に散らばる無数の残骸が、再び立ちあがるのを見た。

 慄然とする。

 破壊し尽くされたはずの不死どもの残骸から、音楽の旋律に縋るかのように虚空に筋肉と神経系からなる束を伸ばし、見る間に繋がりあい、劇的な速度でヒトの形へと組み上げられていく。

 焼け爛れたアスファルトから黒焦げの肉片がつなぎ合わされ、欠けた部品が何もない空間から新造されていく……。

 そして蘇った不死の怪物たちは、自由意志など持ち合わせていないはずのこの肉塊どもは、涙を浮かべて空に祈るのだ。

 吹き込まれた神の吐息、聖なる言葉に従って、まがいものの聖歌を口ずさみながら。

 そして祈るアンデッドどもが後退りをして、道を作るように廃市庁舎の前から離れていく。


 ――廃市庁舎の出入り口の暗がりから、輝くような美貌の主が二人。

 朗々と、透き通る声が響き渡る。


「嘆かわしいことです! あなたがたの力なら、不死の眠りに微睡む迷い子を、安寧のうちに遠ざけることも出来たでしょうに。どうしてこの静寂の都市を血で染めたのですか? 気付いているはずです、あなたがたも、いかに暗き道を歩くとて、血の河の冷たさに親しむべきではなかったということに。それに、死の谷の影を歩むからと言って、己自身を死の従僕に変える必要はなかったのです。ねぇ、私のリリウム。あなたもそう思うでしょう?」


「いいえ、ミラーズお母様。これは神すら知らぬ憐れな子らの、一つの祈りの在り方なのです。怨敵の死体を積み重ねれば御国へと辿り着けると信じているのです。嘆かわしいことではありますが、ああ、お母様、こうは思いませんか? なんと敬虔なのでしょう! 神を知らず、祈りを知らず、しかし彼女たちは誠の心から、その生涯を掛けて、世の平穏を希うのです! これをどうして愛さずにいられましょうか?」


 肉体に密着するタイトなミリタリー・ドレスを豪奢な装飾で彩った、麗しい二人の少女。

 体のラインがはっきりと浮かび上がる、貞淑さと淫靡さを備える矛盾した服装自体は、FRFの典礼用の衣装と類似しており、見慣れたものではあった。

 しかし、二人の容貌は兵士たちの精神的な防御をあっさりと貫いてしまった。

 幼くして母と呼ばれる少女はゆるくウェーブのかかった金色の髪をしており、いくらか年上のもう一人は、素っ気ない黒い丸帽子の下に、新雪の雪原もかくやという白銀の髪を備え、そこに慎ましい白百合の髪飾りをあしらえている。

 退廃と耽美。

 眩いばかりの光輝。対照的な二人ではあったが、その非現実的なまでの美貌と憐憫と愛に満ちた声音が、兵士たちの脳髄を情欲で揺さぶる。


 だが、それ以上に兵士たちには、言葉もなかった。

 アルファⅢグリフォンが葬り去った不死たちが、こうも容易く復元されてしまったのだから。

 甘い歌声を操る、美しい二人の乙女に心臓を欲動で早めながらも、異常な光景を無視することが出来ない。

 麻痺させられた脳髄にあってさえ、恐怖が湧き上がるのを止められないのだ。


「あれは、スヴィトスラーフ聖歌隊、か……!? 造花人形どもの素体になる、解放軍の雌性体不死者どもの……本当の力か!」

 

 テーバイであれ誰であれ、彼女たちの真の力が発揮される場面を見たことは無い。

『聖句』と称される命令言語で人心を操る工作員だと教えられては来たが、ここまでとなると話が違う。

 ただ歌い、祈り、命じるだけで、数日は再生しなかったはずのアンデッドどもを蘇生させ、あまつさえ行動指示を脳髄に書き込み、その通りに実行させる。おそらくは何万ものアンデッドを同時に操って戦力化することさえ可能だと、誰にでも想像が付く。

 方向性は違えども上位のメサイアドールにも匹敵するであろう戦略級の不死者だ。


 続いて廃市庁舎から歩き出でたのは、式典の護衛役が着るような丈の短いスカートの戦闘服を纏った少女と、黒いレインコートのような装備の少女。

 いずれも武装していた。

 おそらくは兵士だ。

 スカートの少女の容貌も非現実的なほど儚く、大胆に肌を晒す丈の短い衣服から覗く、青ざめたような白い肌と、風に靡く濡れたような艶やかな黒髪のコントラストが、兵士たちの目を奪う。

 腰にカタナ・ホルダーを下げていたが、とりわけ目を引くのは引き摺るようにして運んでいる武器だ。多段関節を備えた、得体の知れない鉄塊である。都市には類例の無い装備だった。


「……あっ、グリちゃんずるい、本当に浮いてる! それまで地面で飛んだり跳ねたりしてのが急に空とか飛んじゃうようになると何故だか分からないけど不評が来て視聴率とか墜ちてオモチャの売上も減るのに! ヒナだって背中にヒドラジンとか入ったタンク背負わされて打ち上げされたのが関の山なのに……飛ぶなんて目立ちすぎだと思う! グリちゃんはそこのところどう思ってるの!? 打ち合わせの時こういうことするってなんで黙ってたの! ヒナはプロ意識から厳しく追及してく!」


「師匠は落ち着いてよっ。そんなことよりもあれ、あれです! あの『馬』の出来損ないみたいなやつ! あれ新兵器ですよっ。ボクがいたころはあんなの無かったですっ! あっちのが注目ポイントですよ!」


「むむっ……予算アップはえらい、そういうことにしておくべき?」


『そうだよね、やっぱり見たこと無いよねぇ。あれも生命機械なのかなぁ……サードの子孫の末裔だったりしてぇ』


 傍らのレインコートの少女も、目を引く整った顔立ちの持ち主だが、身体的には幼く、そしてこれまでの三人ほど際立った美しさは無い。

 むしろFRFにとっては馴染み深いほどで、それ故に信じがたいものだった。


「嘘だろ、ありゃ市長レベルの血筋の顔だろ……」とテーバイが吐き捨てた。


 その顔貌は、プロトメサイアに連なる者だと一目で分かるものだった。

 端的に言えば、彼女はFRF市民の上位レベルにありがちな風体をしていたのだ。

 不死者に特有のうつろな瞳が特徴的だが、何よりもレインコートの下、おそらくは腰の付近から多節の生体槍とでも言うべき凶悪な攻撃器官が伸びて鎌首をもたげており、それが既存の市民とは異なる存在であることを強烈に誇示している。

 兵士たちの「どうしてFRFの不死者が解放軍についているんだ」という戸惑いの声は絶望以外の音を含まない。


 最後の一人は、旗を掲げていた。

 おそらくは代表者だ。それだけの風格が、無言の振る舞いのうちに溢れている。

 旗の紋様は、焼き尽くされた地図。世界がかつて一つきりの丸い球体だった頃の絵図に赤い竜が座したる奇異なる紋章。

 旗手はライトブラウンの髪をした、これもやはり年若い少女、雌性体だった。

 退廃と潔癖とが同居する繊細な顔立ちの美少女で、人類史から失われた鴉という生き物を想起させるミリタリー・コートを纏っていた。

 左腕に装着された複雑な形状のガントレットを除けば、毅然とした表情にどことなくぽやっとした色を浮かべた、人好きのする穏やか雰囲気の少女にしか思われない。

 だが彼女は、プロトメサイアやアルファⅢグリフォンと同型の重外燃器官を背負っていた。

 この時点で、最大限の警戒を向けなければならない対象だと分かる。

 

 お互いの顔と声とがはっきり確認出来る位置にまで、クヌーズオーエ解放軍の不死者――スチーム・ヘッドたちは臆することなく前進してきた。

 血気盛んな一部のFRF兵士は先制攻撃の許可を求めたが、グリフォンがそれを許さなかった。


 やがてライトブラウンの髪の少女が、潔癖そうな繊美な顔に無害そうな笑みを表情を浮かべ、平静な声音で語りかけてきた。


「歓迎する、ファーザーズ・リデンプション・ファクトリーの勇敢な兵士たち。私はエージェント・アルファⅡモナルキア・リーンズィ。クヌーズオーエ解放軍と同盟を結ぶ調停防疫局の全権代理人だ。私はきみたちに『ごあんしん』『ごあんぜん』を提供したいと思っている」

 それからパッと表情を華やがせた。

「……なんと、攻撃してこない。そろそろ撃たれると思っていたのだが。思っていたのに。私の中での、かなりのネゴシエーションの能力の進展を感じる……威厳パワーなのだな」


『要件は何だ』とグリフォンは冷たく言い放つ。『我々は既に臨戦態勢だ』


 この期に及んで不死狩り隊が沈黙を保っていられるのは、兵士たちがグリフォンの圧倒的な戦闘能力に信頼を傾けているからだった。

 対してクヌーズオーエ解放軍側には、危機感というものがまるで無い。

 不死としての傲慢さが、彼女たちを狂わせてしまったのだろうか? 廃市庁舎に隠れていたというのならば、グリフォンの絶対的な性能も目の当たりにしたことだろうに。勝てるはずもない敵を前にして、どうして平然としていられる。そう兵士たちは訝しんだ。

 グリフォンが威圧しても、アルファⅡモナルキア・リーンズィを名乗る少女は何一つ動じなかった。



「どうしても、矛を交える必要があるのだろうか? あるの? 私にはそうは思えない。傷つくこと、血が流れること、それはとても悲しいことだ。全ての病と傷とを癒そうとした者どもの末裔として、私は、君たちを傷つけなくない」


『くどい。その程度の対話で解決する問題なら、我々はこうして睨み合って、対峙していない。そうでしょう、クヌーズオーエ解放軍の新しい長よ。……我が恩人、リーンズィよ。もしもそれだけで全てを終わらせられなら、私の娘たちは、全員ここに揃っていた』


「そうなのだな……そうなのだった……」

 リーンズィを名乗るその少女はしょんぼりとした。

浄化チーム進行阻止班(ゲートキーパー)と戦わずとも良いのに、君たちはどうしても彼らに拘泥する。血を流して納得することにこだわる。禊ぎや悲願、そういうつもりなのだろうか、そういうつもりなの? 気持ちは少し分かる。ならば、私たちも、平和的解決の無理強いは出来ない……そういった傷は、新しい傷でしか覆い隠せないものだから」


『それで、ゲートキーパーは、どこ』


「ゲートキーパーなら、ずっと君たちの()()()()()()のだな。いるのでした」


 堕落した聖女たちの歌声が一層高く響き渡り、アンデッドの群れがさらに遠方へと追いやられた。

 一人だけ、残された影がある。


 否、一機だ。

 夥しい数のアンデッドの中に、ただ一機のみ、異形の影が混じっていた。

 その事実に、FRFの兵士たちはやっと気付いた。


『一体いつから……』


「最初から。グリフォン、君が戦闘している間も、彼はずっとそこにいた。装甲に他の不死病患者が写り込んで、見えなかったかもしれないが。木を隠すなら森の中、スチーム・ヘッドを隠すなら不死病患者の中なのだな」


 異様な風体のスチーム・ヘッドだった。

 彼は完全に風景に溶け込んでいた――あるレベルまでは。

 蒸気甲冑(スチーム・ギア)の基本的な構成は一般的な不死者と大差無い。それはシルエットからも明確に読み取れる。

 違うのは装甲材質とそこに組み込まれた機能だった。


 そのスチーム・ヘッドは、周囲の風景を取り込んで、表面に投影させていた。

 そして自分自身の本当の姿は何もこの世に示していない。

 まるで人型の鏡が立っているかのような違和感。ひとたび認識すれば、これほど奇怪なものもあるまい。

 兵士たちは息を飲む。ヒトの形に切り取られたこの世界の写像。真っ直ぐに見つめたとき――そこには、その機体を見る、ありとあらゆる人間の姿形が映り込んでいる。輪郭を除いては、誰にも理解が出来ない。兵士たちの立ち並ぶ風景の歪んだ写像の集積隊が、人間の形をして佇んでいるのだ。

 逆さの世界からやってきたかの如き鏡像の異形は、慄然として硬直する兵士たちの前で、おもむろに頭を下げた。


「どうも初めまして。私はエーリカ隊、今回浄化チーム進行阻止班(ゲートキーパー)役を仰せつかったスチーム・ヘッドの、クロームドッグと言います」

 悪魔はそれがルールであるとでも言うかのように律儀に名乗った。

「マルボロの敵討ちというつもりはない。だから、敢えて、私の趣味に従って、ゲームの敵キャラの如く、こう言おう」


 矮小な人型に切り取られた、歪曲した無数の兵士たちの鏡像。

 透明な風景に浮き上がった邪悪な鏡の怪物は、勇ましく、それでいて、どこか空々しく告げた。


「ここから先に進みたければ、まず私を倒すが良い!」




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