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アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
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セクション4 The Griffon Has Landed. FRF/『不死狩り隊』 その4

 仄かなる雲の輝く白夜、黄昏と黎明の狭間、天と地の狭間に立つ孤高なる影。

 アルファⅢグリフォンは、あらゆる意味で未知の機体だった。


 一般的なFRF市民が不死者(イモータル)と接触する機会は、都市においてほぼ存在しない。

 救世主たるプロトメサイアの指先であると教育され、実際にそのように信じ込むが、大多数は何も知らないまま生涯を終える。

 精々が、視察に来た機体を遠巻きに眺めただとか、テレビモニタに流されるプロパガンダ映像で見ただとか、そのような次元に留まる。


 浄化チームの一員となっても、その隔絶が直ちに埋まるわけではないが、しかし、不死者の実情を知る機会は遙かに容易くなる。

 領域の内外を問わず転戦していれば、彼らの指揮で行動することになる場面が少なからずあり、また上位の統治機構によって継続的に訓練される性質上、不死者と対面して話す機会すら発生する。

 自然、浄化チームにおける不死者に関する集合知は、市民階級の中では最も高度なものとなる。

 目撃された上位レベルの不死者の情報は、浄化チーム内で伝説として記録され、代々受け継がれていく。有力な不死者は喧伝されているほど数がおらず、機能のパターンも少ないという事実が、自然と判明してしまうほどに。

 少なくとも、戦場に姿を現す不死者についておおよそ把握していると言って良いだろう。


 だからこそアルファⅢグリフォンの異常性は際立っていた。

 単独飛行という機能を持った規格外の不死者(イモータル)など、浄化チームの千紀年に及ぶ歴史において、一度も観測されていないのだから。


『応答せよ、C班班長、ラバトワ』

 仰ぎ見ることしか出来ないその騎士甲冑の影は地を這う兵士に静かに問いかける。

『何故足を止めている? どのような理由で、それをした?』


「はい、いいえ」

 ラバトワは内政向けの抑制的な態度、すなわち不死者に対して感情を押し殺す士官に特有の声音で応えた。

「班員から、都市に異常が見られるとの報告があり……」


『つまりクヌーズオーエ解放軍のスチーム・ヘッドを発見したのか?』


「いいえ、その、アンデ……スチーム、ヘッド……である可能性は、低いと思われますが」


『スチーム・ヘッドがその建物と関係していない、と結論するに足る根拠はあるのか?』


「はい、いいえ、わたくしの意思決定に誤りがありました。今すぐ現地を調査して……」


『調査の命令ではなく、その地点から何故スチーム・ヘッドの存在を疑い、また否定するに至ったのか、と訊いている』


 弁明には全く興味がない様子だった。

 ラバトワの手が小刻みに震え始めた。


「た、建物が崩落する音が聞こえ、大事を取って、偵察のために停止した次第です」


『何故大事を取る必要がある? 領域外では建造物の崩落など珍しくもない』


「い……異音が……特に目立つ異音が、聞こえた気がしたのです」


『ほう。異音が。ラバトワ、貴官は領域外での作戦経験がほぼ無いのだったな。だというのに、これは唯ならぬ音だと判断が出来たわけか?』


「ですから、それは、わたくしが、そう、わたくしが」

 ラバトワはテーバイとコトカを決して見ない。

「わたくしが、事実を誤認した結果で……」


『スチーム・ヘッドはそこにいたのか、いなかったのか、どちらだ』


「視覚情報ではスケルト……スチーム・ヘッド……の痕跡は見当たりませんでした。加えて、如何にも不完全な状態の建築物でしたから、推測するに、いかな不死……スチーム・ヘッドの機動力をもってしても、あのように崩れやすい足場を選んで潜伏するとは考えがたく……」


『ふむん……解釈として合理的ではあるな』


 厳密には現状と報告が異なっているが、不死者の気を害さない程度に作文するのは文化的に許容されている。

 ラバトワが兜の下で舌先を躊躇わせているのは、アルファⅢグリフォンに恐怖しているのも理由の一つではあるが、頭では普段『スケルトン』として認識しているものについて、わざわざ別の呼称を使う必要があったからだ。

 今回の指揮官は何もかもが異質で、常識から外れた特徴を持っていたが、言語面では古い言い回しを好むという形で異常性が顕在化した。


 敵性不死者であるスケルトンのことを『スチーム・ヘッド』と呼ぶのだ。

 しかもスチーム・ヘッドが何なのか説明をしない。

 これは何世代も前の教本に記されていたという別称で、当初は全く意味がわからない言葉だった。学識を尊ぶ都市で曲がりなりにも暮らしていたコトカが、自分の知識を利用して部隊内で解説を行わなければ、スケルトンとスチーム・ヘッドを等号で結ぶことすら困難だっただろう。


 グリフォンは報告を斟酌してか息をついた。

 不死ならざる定命の人間じみた異様な仕草だった。


『ならば、構わない。よく働いた。見えている未来と違うことが起きたのかと思いましたが、違うようです』


 三人の緊張とは裏腹に、グリフォンの声は柔らかい。


『では、ただちに行軍を再開せよ、私の、新しい少女騎士たち。それと、私の采配に不満があるならば、事後に上申せよ』


 聞きとがめられていたのだと察して、ラバトワはいよいよ息を詰まらせた。

 不死者、それも都市の絶対的支配者たるプロトメサイアの直参であるメサイアドールの機嫌を損ねれば、兵士の命は薬莢一個よりも軽くなる。

 命乞いのためにラバトワは拡充装備(オーバー)の脚を折りその場に跪いた。

 テーバイとコトカも彼女に続いた。

 機械甲冑の兜で隠れてはいたが、顔面は一様に蒼白であった。

 弁明を始めるよりも早く、言葉が来た。


『何をしているのです』

 上空から見下ろしてくる不死者の声は不可解そうだった。

『こうなる未来は分かっていたが、何故だ? 行軍を再開せよと命じたはずなのに』


 ラバトワはグリフォンが声を発するたびにびくりと震えた。

 彼女が滞空していることもあって、一言一句が天空の支配者から浴びせられる雷の如く苛烈に感じられる。


「……ふ、不満など、滅相もございません、わたくしの態度にご不満があるならば、どうか、どうか謝罪をさせていただきたく……また、この件についてはわたくしの不手際であり、班員は無関係であることを、なにとぞ、なにとぞ、ご承知を……」


『そんなくだらないことでいちいち謝罪する文化の都市で育って、ここに至っても、そんな不合理な考えに囚われているのか? いったい誰が謝罪を求めた?』


 アルファⅢグリフォンは心底不可思議そうだった。


「は……つまり、どのようにすればこの度の失態を挽回する機会を頂けるのかと……」


『挽回? この程度のことを? 時間の無駄だ。個人的な興味で尋ねただけのことを引きずるのはやめなさい。特段のトラブルが無いなら、行軍を再開せよ。謝罪しなければ気が済まないというのなら、仕方在りません、後で報告書に纏めなさい。少女騎士たちよ、私と新たな円卓を共にする娘たちよ。現在はタスクの消化を優先せよ』


「え……? は……あの……」


『どうした。あるいは、深刻な不調があるのならば直ちに申告しなさい』


 ラバトワは静かに恐慌状態に陥っていた。

 テーバイたちも状況が理解出来ない。アルファⅢグリフォンの言動はラバトワたちが熟知する不死者のそれとはまるで異なっている。質問しながら、相手を嬲りものにする、それでいて発言の許可を与えるまでに口述を行えば殺される、許可を与えられたことに気付かず黙っていても殺される、答えても機嫌次第で羽虫のように潰されて、死骸はソイレント工場送り。

 歩く理不尽とでも言うべきものが不死者だ。

 表面上親しげでも思考のロジックは定命の人間と異なるため、接する際には細心の注意が必要だった。

 それが、まるで直系の母体の如く、あるいは()()()()()、取るに足らない駒の一体一体に、穏やかな言葉を投げかけている。


『それとも、私の命令が聞こえないのですか』


 不死者は同じ趣旨の呼びかけを繰り返した。

 それでいて語尾を微妙に変えることで無闇に怯えさせないよう配慮しているらしく、実際殺意や害意の類は言葉に含まれていない。

 どのように勘案しても、ラバトワの態度に焦れているだけだった。


 ラバトワは唖然としながら上空を見上げ続けていた。叱責の言葉を待っているようだった。

 浄化チームの認識としては、不死者は理不尽な怒りを撒き散らすもので、あるべきイベントが発生しないために混乱していたのだ。

 テーバイに目配せされて、やっと我に返る。


「はい。いいえ。従います。前進します……」


『よろしい。では、立って、進みなさい。……我が新しき少女騎士たち。怯懦は不要だ。我らの目前には未知しか無い。この道を歩くことに、慣れておくことだ』



 アルファⅢグリフォンからの通信が切れた。

 三人の兵士は狼狽えながらも、白骨の道路の走行に戻った。


 

 緊張の糸が途切れれば、沈黙は長く続かない。


「……不死者様の采配に疑問を示すなんて馬鹿なことはよせよな、ラバトワ」


 隊形を崩し、テーバイが耳打ちにしに向かった。


「さっきのは……怖かった……よ」とコトカも追従する。


「ああ、迂闊だった、すまなかった、みんな。しかし、僕の小言までしっかり聞こえているなんてな……」


「迂闊に迂闊を重ねてるんじゃねえよ。いいか、フェネキア隊長の管下だったら、お前はもう撃ち殺されてるぞ」


「撃ち殺される、か……」ラバトワの機械甲冑が再び空を見上げた。「だけど、僕にはあの御方がどうやって俺たちを殺すのか想像が出来ない」


「優しいほうだとは思うが、たぶん殺すときは普通に殺しにくるぜ」


「いや、気質もそうだが、方法の見当が付かない……あれは……あの御方は、いったい何なんだ?」


 不用意な発言の連続ではあったが、テーバイもコトカも無言で同じものを見上げた。

 アルファⅢグリフォンは未だに滞空しているが、直上というわけではない。

 別の班を見て回っているようだった。あろうことか飛行しながら、地上の兵員全てを監視し、適宜移動し、さらには指示まで行っているのだ。


 三人を含む今回の作戦参加者は、この不死者とブリーフィングで対面してはいた。

 しかし当初、飛行能力を有する機体とは誰にも理解されなかった。


 本性が知れたのは、作戦開始と同時に不死者が陸地から離れた時点であった。

 それまではいっそ格下に見る者もいた。形式や礼儀と無関係な次元にあっては、自分よりも強大だと見做すのは難しい機体ではあった。

 一度もメディアに露出したことの無い無名の不死者で、古強者然とした色褪せた装甲も持っておらず、塗装はいかにも仕立てたばかりだった。

 また、甲冑は明らかに欠陥を持っており、兵士たちの見知ったメサイアドールのような超高速での戦闘など到底不可能だと認識されていたのだ。それに加えて、威圧的な振る舞いが比較的少なかった。

 矛盾する言い回しだが、不死者としての歴史が浅いように思われた。


 基本的に前触れなく浄化チームに関係してくる不死者は、現場においては不安材料だ。はぐれものだけを集めたこの部隊でもその認識は変わらない。これまでとは全く異なる思想体系を持ち込んで、武勲が目的なのか、あるいは単に物の道理が分からないのか、全く的外れの作戦を計画する事件をしばしば起こす。

 そもそも浄化チームの常任顧問であるアルファⅠケルベロスであってすら戦術眼は愚劣で、信用のおけるものではない。

 情報開示すら満足になされない不条理な状況にあって、浄化チームでの従軍が最低でも十紀年を超す歴戦の(つわもの)が、こうした得体の知れぬ相手を内心で軽んじるのも、無理からぬ話であろう。


 あからさまに疎むものはいなかったが、今回の指揮官はプロトメサイアに近しい文官が何かの手違いで前線に出ることになったに過ぎず、今回の任務も行きすぎた深謀遠慮に関係する意味不明な手続きの一環で発生したに過ぎず、いずれにせよ決死任務であるから、深く考えるだけ無駄であるという空気だった。


「いや、そうだ、しゃしゃり出てくる不死者なんて、大抵ろくでもないもんなんだがな……」とテーバイが呟く。


 殆どの不死者には、実はまともな戦闘能力がない。これは浄化チームにおいては周知の事実だ。

 非武装の人間に対しては、文官でも無敵に近いが、武器を揃えた古兵から見れば多少硬くて死なないだけの素人に過ぎない。

 その事実を共有して支配者たちを裏でせせら嗤い、彼らを殺す方法について議論するようになるのは、精錬に余念が無い兵士にとっては、日常である。

 実際、浄化チームの精鋭ならば、機能停止とまでは行かずとも、有象無象の不死者を何度か殺す程度は難しくなかった。不死者を害する計画を立てるなど、通常なら人口動態調整センターでの刑が言い渡される罪が、浄化チームの任務の過酷さ、無謀さを思えば、大逆を夢想するようになるのは当然であり、規制は一般市民と同じ基準では適応されない。

 議論に留めるなら、咎められることもない。


 そして、浄化チームの隊員は、不死者と彼らの属する統治機構に不満を募らせていくのが常であった。自己矛盾的な内地向けの浄化任務という宿痾は際限なく成長していく。

 市民の殺戮を行うためだけに活動しているとされる虐殺主義的破壊行動者(アド・ワーカー)たち。

 その根絶という御旗を掲げて、一つの都市を滅ぼしてしまう浄化チーム。

 差異はどこにもない。殺せば殺すほど自分を偽れなくなる。所詮は虐殺者と虐殺者、差異はどこにもない……。

 矛盾極まる相克の中で、無責任で無能な不死者を恨まない道理がない。

 とは言え、この時、テーバイたち三人は、アルファⅢグリフォンに対しては、悪い印象を持たなくなっていた。


「……私たちのこと……少女騎士だって……」


「コトカは経験あるんだろ、少女騎士ってどんな感じなんだ?」


「えっと……市長の親衛隊……っていうか……小姓と……愛玩物と……後継者候補と……市長補佐と……なんか色々混ぜた……ようなもの」


「んー? よく分からんな」


「文化レベル……低いね……」


 冗談めかして煽るコトカを、呼吸をつかみ始めたラバトワがフォローする。


「要するに、愛慕で結束した特務兵(エロス・ロコス)だ。市長の寵愛を一身に受ける身分でもある。都市にしかいないし、都市でしか役に立たないのが殆どだけど、攻めるには厄介な相手さ。互いが互いを愛しているから防御に回られると本当に殺しにくい」


「ふーん。あれか、なんか、娘兼愛妾兼役人みたいなもんかね。で、なんで不死者様が俺たちをそんな呼び方するんだ? 都市の支配レベルでの役職なんだろ」


「何故だろうなぁ……というのも、少女騎士というのは支配レベルでも特別なんだ。責務は重大だけどその分だけ都市のリソースを注がれる身分でもある。お姫様で、騎士なんだよ。立場だけで言えば浄化チームのメンバーより上だし、そうそう任命されることはない。……メサイアドールが手駒を、内政に関係ないところで、いや、関係があるところでもだ、こんなふうに呼ぶなんて、聞いたことない」


「お姫様かぁ」テーバイは嫌そうな声を出した。「騎士、の部分だけで独立させてもらいたいなぁ」


「ふふ……あんなにすごい……機体に甘やかされると……照れちゃう、ね……」


 戸惑いはあれども、メサイアドールと思しき不死者に特別扱いされることに拒絶感は無かった。

 どのような陰謀があるにせよ、ほんのひとときでも厚意を示されるのは、抗いようのない満足感が伴う。

 ある側面においては、本当の意味で不死者の偉大さを信じているのは、浄化チームの精鋭に限られると言って良い。

 全機能を解放した上位レベルの不死者は偽りの言葉(コマンド)ではなく、己の行いによって浄化チームの兵士たちを扇動する。

 血飛沫を吹きながら颶風の如き速度で変異体(ビースト)を駆逐する蒸気纏いの騎士の影を、どうして呵責無く踏めるだろうか? 全長数百メートルにも達する青白い光の剣を振るい、己の血肉を蒸発させながら都市をバターのように溶断していく救世主と戦列を共にして、どうやって彼らを名ばかりの偶像だと蔑むことが出来るだろう? 


 精鋭の中の精鋭ともなれば、いずれは総統たるプロトメサイアが直々に足を運び、都市それ自体を変形させてアンデッドどもを封印する場面を目にする。

 その光景は圧倒的だ。どのような思想を背景に持っていようとも、スケールが全く異なる権能の発露には、純粋な畏怖を抱かずにはいられない。


 そういった意味で、今回の新参者は、既に無視することなど決して許されない存在だった。単独飛行という常識外の機能をこうも見せつけているのだから。

 もはやテーバイたちには、今回の指揮官が、当初想定していたようなくだらない機体だとは思えない。真なる上位レベルであるメサイアドールであることを疑う余地がない。

 自分たちが石ころよりも小さく見えるような場所を飛び回る存在を、武器さえあれば撃破するに容易い存在だと見下すのは、不可能だ。


 ちょろちょろと空を移動している不死者を見ながら、コトカが吐息で言葉を紡いだ。


「……昔ね、単独で、生身で空を渡って、地球の端から端まで移動していた……っていう生き物がいたんだって……」


「嘘の生き物だろ? 名前はなんて言うんだ?」


「『鳥』っていうの。……鳥たちはその時代……空の王様だったんだって。みんな、死に絶えたらしいけど……あの御方は、鳥から……空を支配する権利を……相続しているのかも……」


 テーバイが唸った。「お伽噺としか思えんが、プログレ・アレキサンドリアの市民が言うならマジかもな」


「クズ不死者も……鳥のことを言ってた……昔、とっても昔、小さな鳥を飼ってたって……鳥は……実在したと思う」


「二人とも、不勉強ですまない、あの、そもそも、地球ってなんだ?」


 ラバトワの問いに、テーバイは首を振る。

 コトカは「壁の無い……すごく広い都市みたいなもの」とだけ答えた。


「ありがとう。その鳥っていうのは、あんなふうに何時間も空にいられたものなのか? 気球だって、ああは行かないよ」


「鳥たちは……翼って言う器官を背中に持っていた……らしいよ。それを……バタバタと動かして……下に落ちる力に、抗ってたんだって……」


「んー? でも、立ってるだけじゃね? あの不死者様は。ますます謎が深まるだけなんだが」


「……ああ、すまない、僕が話を促したわけだけど、やめとこう、続きはあとにしよう」

 ラバトワは低く唸った。

「あの不死者様は寛大だが、無駄話を何度も見逃してくれるほどとは、やっぱり思えない」


「聞いて。……実は……知ってるよ、私」コトカは慎重に吐息を結ぶ。「あんなふうに……何もかもから、自由な、不死者様……をね?」


「……」

 ラバトワは興味をそそられたらしく、走る脚を緩めてコトカの横に付けた。テーバイも同じくすすすと移動した。

「アルファⅢグリフォン様以外に、あんな機体が過去にいたのかい?」


「千年紀よりも……、さらに、前に、活動していた機体。名前は……()()()()()()()()


「アルファⅢバアル!?」

 テーバイは色めいて大声を出して、慌てて口をつぐんだ。

「……プロトメサイア、アスタルトと並ぶ、FRF最強の『矛』、バアル様か……!?」


 メサイアドールにおいて最強の一機。

 かつてのFRFで、絶対者の一角として君臨していたという『破壊の主』。

 千年紀よりも前に存在していたその機体は比喩でなく『神話』の存在だ。

 曰く、外敵の悉くを単騎で打ち破り、屍の山を築き、焼き尽くした。

 千年を過ぎてからは浄化チームの前身たる遠征隊を率いて都市外部へ進出。

 アンデッドの軍勢を単騎で蹴散らしながら進み続け、数万の民と約束の地へと旅立って、消息を絶ったと言われている。

 そのような神話だけは、知られている。

 単なる神話だ。ゆえに広く流布されている。当然、アルファⅢバアルを現実に見た者は一人もいない。遠征隊の結成も、解散も、千紀年以上も出来事で、つまり機能停止する前の彼女の実際の活動を知る者は、どれほど若くても千歳を越えている。

 定命の市民では、尊顔を拝した者さえあるまい。


「マジかよ、領域外浄化をやたら礼賛するあのドラマシリーズに始祖として名前だけ散々出ててファンブックでも意味深な言及だけされてたあのメサイアドールだよな?」


「早口……」コトカは若干ひいた。


「すまん……俺、あれめちゃくちゃ観てたんだよ。でもそうか、バアル様って飛べたのか、知らなかった」


「そう……浄化チームの……全ての任務が、元々は……アルファⅢバアル様が一人で担っていた……役割だった。空でも飛べないと……出来ないし……実際、飛べたらしい、よ」


「グリフォン様がバアル様の同系機なのか、レプリカなのかしらないけれど」

 ラバトワは息を飲み、言った。

「そんな伝説の英雄みたいな機体が出張ってくるこの戦場って……何なんだろう?」


 自分たちが経験してきたものとは全く違う計画が、この名も知れぬ部隊で進行している。

 根を張り、花を咲かせようとしている。

 都市の中央部で待ち受けるのが、刑死か、虐殺か、それは分からない。少女騎士の名を受けたはぐれ者、拡充装備(オーバー)を纏う半人半馬の兵士たちは、不可解さを押し殺しながら走り続ける。そして言葉なく問いかける。

 この任務が仮に、仮に栄光あるものだとして、敗死を前提としない、未来への布石だとして、アルファⅢグリフォンは、自分たちをどこに連れて行く気なのだろうか?

 もはやクヌーズオーエ解放軍の撃破すら主要な目的だとは思えない。

 仮に神話の存在、FRF最強の一機が真実降り立ったのなら、その大任が敵対する不死者を破壊などという些事で収まるわけがないのだ。

 始まるのは、おそらく、喪われた神話の続きであろう。



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