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アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
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セクション4 The Griffon Has Landed. FRF/『不死狩り隊』 その2

長くなったので分割した分です。

 終わらない冬の終わらない都市の終わらない廃滅の風景。

 灰が散るばかりの建造物に支えられた空に鉛色の雲が今にも雪崩れ落ちてきそうなほど立ち込める。

 衰弱の静かな光の下を半人半馬の兵士たちは駆けていく。


 行く道はところどころが隆起しあるいは陥没していた。幸いなことに大規模崩落は見当たらず舗装はおおよそ残されていて移動はしやすかったがそれでも進む先は故知らぬ野蛮人どもの闊歩する異邦の丘に似ていてそれというとも細かく砕かれた灰褐色の骨を敷き詰めたような塵埃の降り積もった路面が長く長く続いているためだ。

 蹄に蹴られて舞い上がった灰と有耶無耶の破片に彼女たちの影が映じる。生と死の境界でその影は複雑に輪郭を変えながら蠢きやがて置き去りにされて消える。


 死んだ都市、死んだ道路、死んだ空、死んだ土地……。彼女たちの前に足跡はなく彼女たちの後ろにだけ蹄の如き鉄靴の痕が刻まれる。それも風に吹かれれば薄らぎ消えていく、死んだ時間、死んだ文化、死んだ歴史……。

 機械甲冑によって延長されて通常の人間と逆さになった二本の脚を順繰りに動かして進む領域外浄化チームの兵士は喪われた時代の失われた土地の喪われた歴史においてかつて確かに存在した騎士、存在しない財宝存在しない理想郷存在しない新天地を求めて荒野を彷徨っていた栄光ある煤けた騎士の一団に似ていた。


「どこまで行けば終わる?」テーバイは誰にともなく問いかける。「俺たちはどこに連れてかれてる?」


 喪われた時代の栄光によって武装した兵士たちは一様に疑念を抱いていた。大抵の者は敢えて口に出すことはしない。親しくなくとも同胞が心のどこかでは自分と同じことを考えていると確信出来る。


 テーバイもコトカもラバトワも、どの区画のどの座標の都市に降り立ったのか、それどころか、自分たちがどこの何という隊に所属しているのか、把握出来ていなかった。

 特務部隊と言えば聞こえは良いが、彼女たち兵士は奇異な状況に置かれていた。


 何も分からないのだ。

 正規の都市に対する作戦においては、機密保持のために作戦開始まで詳細が伏せられているのはままあることだ。

 しかし、今回は領域外にある未踏破都市に対する作戦である。

 この場合は情報をクローズにしても無用な死人を増やすだけだ。都市を徘徊するアンデッドに対し作戦というほどのものが立てられないのが現実だとしても、戦術的に優位な地形の確保、野営地の設置など、実現が可能と思われる短期的な目標は必ず提示される。

 そうして兵士たちはあらかじめ航空写真や地図と睨み合いをしながら綿密な行動予定を立てる。


 今回の作戦のブリーフィングでは、「指定地点に制限時間内に集結せよ」との命令が与えられた。

 それだけで終わった。

 おおかたのクヌーズオーエと同じであろうが地形の情報すら省略された。

 出撃の目的について、具体的な情報が語弊でなく何一つ存在しない。

 領域外とは極限の致死的環境であり、どれほど準備をしても浄化チームは訳も分からないまま絶え間なく臨機応変な対応を迫られるものだが、死地に赴く目的は何かという段階から説明が省かれるのは異常だった。 


 この不明な都市がFRFの支配領域から外れているのは確実だ。

 ならば行うべきは調査と占領だろう。

 なのに、現実にはそのための本格的な手続きが進んでいる兆候は全くない。


 そもそも都市に投入された兵士はたったの30名で、当該領域の確保に必要な人数には到底足らず、あらゆる任務に当てはめても少なすぎた。

 武装は異常なほど充実しているが一個小隊如きが領域外の都市に出向いても行方不明になるだけだ。

 また、兵站が殆ど考慮されていないとしか思えず、未踏破都市の調査を行うなら少なくとも一週間分の糧食を背負い込んでいくものだが、三人にしたところで明日の昼には食料が尽きる。


 そんな中でコトカが高速で走行しつつも器用にもおやつ感覚で大豆レーションを砕いて口に運ぶので時々ラバトワに怒られていた。


「おやつは、生きてる時しか……食べられないんだ……よ? ラバトワは死んでから……おやつ……食べるの? どうやって……? 切り離された頭から……喉に向かって……挿せばいい? それとも……胴体のどこかの穴から……中に押し込めばいいの。首の断面とか……?」


「グロい想像をするなよ! だから、それはおやつじゃないって言ってるんだ! 偉大なるメサイアドール、アスタルト様が浄化チームのために特別に用意してくださってるもので……」


「アスタルト様も……せめて生きているあいだにたくさん食べなさいと言う……よ?」


「おいおい、やけになるのは分かるが、コトカ、夜中まで生きててお前が腹の虫に泣かされた時、今この瞬間のお前は夜中のお前に死ぬほど恨まれるぜ」


「そのときは……テーバイにもらう……半分こしようね。お礼だってする……よ。裸で温めてあげる……」


「なんだ、急にグイグイ来たな。さては惚れたか?」


「来ない夜中の空想なんて……唇から離れたら……泡になって消えて……終わりだ、もの」


 コトカの感情表現は独特すぎて理解が難しかったが、暴食に走りたくなる気分はテーバイにもラバトワにも伝わった。

 作戦が開始するに至っても「作戦が開始したので、作戦の開始が分かった」ということしか分からない。

 この状況は強烈なストレスだ。浄化チームの面々からしてみれば、こんなものは作戦と呼ぶに値しない。

 だが現実にフル装備で死地に送られているのだから作戦以外の何かではない。


 集められた三十名の兵士のうち、作戦の全容を知るものは一人も存在しないのだろうと全員が内心で予想していた。間違いなく意図的に情報を伏せられた結果だった。全容を理解しているのは指揮官を務める不死者だけろう。

 テーバイも、ラバトワも、コトカも、何を成すべきなのかをずっと図りかねている。それでも指定されたポイントへとひたすら前進していた。

 目指す先に何が待ち構えているのか、実のところ見当はついている。

 誰しもが薄々察していた。

 おそらくは、最初から。


「しっかし、ただの調査任務とかじゃねぇのは間違いないが、俺たち何してるんだろうな」

 テーバイは大豆レーションを食べる瞬間に開くバイザーからコトカの素顔を覗こうとして追いかけつつ何気ない様子で問うた。

「厭な予感しかしない募集要項だったが。うわっ、なんだその早技!? どんな手の動きしたら瞬きぐらいの速度でバイザーの開閉しつつその大豆の塊を口に放り込めるんだ!?」


「もぐもぐ……『無声三殺』の速度は……伊達じゃない……んだよ」


「いやそんなとこで武名を誇られても……」


「あと……そんなに顔……気になる?」


「え? 俺さっき結構直球でお前みたいなのが好みだって言ってなかったか? 死ぬかも知れねぇから、今のうちに見たいもんが見たいんだよ。おやつ食べたいのと同じだよ」


「……そうだったの?」


「え? それを承知で際どいこと言って、からかってんだろ? 違うの?」


「……」

 コトカはつまみ食いをやめた。ごくりと飲み込んで少しの間黙った。

「まあ……すごく……怪しいよね、この作戦……個人では、一生かかっても……稼げない額のトークンを……全額、前払い……だし。何するのかも……教えてもらえないのに……」


 この部隊は、なにがしかの基準での選抜された浄化チームの隊員に、志願する意思の有無を問うという方式で所属員を集めていた。

 見知らぬ不死者にある日突然呼び出される。

 部隊名も活動内容も明かさないまま、謎の部隊に参加するか否かを問うてくる。

 しかも任務達成の――何が任務なのか分からないのであるが――程度を無視して、あらかじめ莫大な報酬が与えると宣言される。


 引き受けるか否かは完全な自由だったが、もはや騙す騙さない、怪しい怪しくない、という次元にも無かった。

 異常だった。

 見るからに危険な誘いで、考えるまでもなく狂気的。

 これを引き受ける方がどうかしていると誰もが言うだろう。

 

「普通なら請けねぇよな、こんなの」


「で、めでたく、どうかしている連中だけが部隊に参加したというわけだね」

 ラバトワが拡充装備(オーバー)背部の巨腕を使って器用に肩をすくめた。

「お前たちを見て確信した。ろくでもない部隊だよ」


「本当……だと思う……? この任務の真相?」


「実はスケルトン殲滅部隊の先遣隊をやらされてるんじゃねえかって? そういう内容だとは思うがどうだかな」


「いや、僕たちはこれから当事者としてスケルトンの殲滅戦をやるんだろう」

 ラバトワが諦めたような息を漏らす。

「きっと解放軍とかいう連中にぶつけられるんだよ」


「つまり、捨て駒ってこと……」


「自分で言うのもアレだが超一流のどうかしてる連中を捨て駒にするかねぇ」


「でもそう聞いた……よ」


「そりゃ誰から聞いた?」


「フェネキア隊長から……昔、ある夜に、無理矢理……部屋に連れ込まれて……。そのあとで、昔話を聞かされた……の」


 テーバイはにわかに言葉を失った。


「ああ……それは……うちの家の偉いさんが、迷惑かけた」


「お粗末……様でした……。私は、フェネキアの人たちの顔……好きな方……だよ。優しいしい……」

 コトカは気にした風もなく話を続けた。

「それで……フェネキア隊長が言うには……前回も、そのまた前回も……解放軍殲滅のための部隊は……全滅したって……」


 呪われた不死の肉体に、機械の脳髄を埋め込んで偽りの魂を演算させ、それを決して壊れない不滅の装甲で覆った怪物たちを『スケルトン』と俗称する。

 クヌーズオーエ解放軍はそのスケルトンが何千と集合した軍団であり、FRFの敵対組織だと言われている。

 浄化チームとは度々衝突を繰り返しており、その顛末はフェネキアの数百いる娘の一人であるテーバイも聞き及んでいた。


「まぁ、そうだな……。基本的には、何回やっても殲滅に向かった側が逆に殲滅されて終わるらしい。ラバトワもそういう噂を聞いてるみたいだな?」


「ああ。この作戦には個々人の情報クリアランスが設定されてないから言ってしまうが、僕もだいたい同じような歴史を聞かされてる。というかだ、こんなのは、長く浄化チームをやってれば、嫌でも聞こえてくる噂だよ。言ってしまえば浄化チームに対して行われる間引きなんだろう……仮に生き残れば大出世は確実らしいが」


「で、始祖フェネキアが言うには、出世に目が眩んだ連中や勘違いした真面目なやつらが騙されて、連れてかれて、スケルトンどもに辱められて、死ぬわけだ」


 テーバイはつまらなそうに舌打ちをした。

 それから、「でもさ」と声を和らげた。


「俺もだいたいそういう具合だろう、俺はそういうスケルトンと殺し合いをする地獄へ行くんだろうと思って志願したんだけどな、なんか、状況がおかしくねぇかな。俺含めて、出世欲の無さそうなはぐれものが集められてるようにしか見えねぇんだが」

 テーバイは二人を見た。

「お前らも特別に選ばれて、その上で志願して来てるんだろ。ヤバい仕事だって分かっててさ」


「同じにしないでよ。僕はもう、合法的に死ねるならどうでもよかったんだよ。いつものと違うって言うんなら、そうだな、きっと強行偵察を兼ねた懲罰部隊なんだろ。いと素晴らしき殲滅部隊本隊様が来る前に、景気付けに地面を赤く染めて、濡れたカーペットにするのが仕事さ」


「だとしてもだ」

 テーバイが視線を空に向けた。

「そんなことのためのあんな大物が前線に出てくるもんなのか? 理想都市アイデスでも見たことないぞあの人……」


 コトカが声を潜めた。「督戦のため……じゃないの……」


「そんなの木端の不死者にやらせるんもんだろ。……上にいるあいつは、たぶん総統閣下直参のメサイアドールの中でも、最上位に属する機体だ……」


 テーバイは空に浮かぶ()()を凝視した。

 と、逆に視線を感じて身震いをする。

 視線は三人にそれぞれ注がれた。

 全員が押し黙った。以後しばらくは進軍に集中した。 



 途中で不死の怪物(アンデッド)どもと出くわした。

 永遠に最も近い存在である彼らは、ただ路上に立っていた。

 プロトメサイアを規準としておおよその外観を画一化されているFRF市民にとっては、旧時代のそれら彷徨える亡者ども、多種多様な人種で構成された不死の病の患者どものことは、とても自分たちと同じ生物だとは思われない。

 そして印象とは異なる現実の生態として、それらは限りある命を生きるものとは決定的に異なった。


 アンデッドたちは大抵は裸体を晒しているか、襤褸切れを纏っているばかりだった。かつては装飾品を見にまとって暮らしていたのだろうが、長い放浪の果てに衣服は朽ち果ててしまう。

 人類は己の体毛を捨てて殺した獣の毛皮を着込みその野蛮を人間性と名付けたが、アンデッドにとって衣服が人間性を担保する期間は終わらない生命に対してあまりにも短い。長期間厳しい環境にさらされていながら、それでいて肌は輝かんばかりに滑らかで、立ち尽くす者どもの表情は、揃って安楽の夢に漂う幼子めいて穏やかだ。

 彼らは、揃いもそろって、死んでも再生して復活する異常な特性を持つ。

 生半可な傷では動きを止めることさえ不可能で、痛みを受ければ受ける程、なお狂おしく暴れ、障害となるもの全てを排除するまで止まらなくなる。


 まさしく怪物だが、逆に言えば、立っていたり、歩いていたりしているだけの個体は、刺激しなければまず無害だった。

 彼らは基本的に外界に対して自発的な反応を示さない。安定状態にあるアンデッドたちは、寺院に植えられた樹木めいて、静寂なるものを、その肉体で常に体現している。


 アンデッドが十数名固まって路上に立ち尽くしているのを発見しても、三人は進軍を止めなかった。

 祭り囃子に釣られて乱痴気騒ぎのまま外にまろび出た酔漢の群れが永遠の冬の都市で凍り付いて死んだとでも言うような奇異なるその集団を眺めながら、短い議論をして、武力で排除すると決めた。


 単に都市を捜索するだけなら迂回するだけで良いが、今は指定地点への到達が最優先だった。

 そして近付くと突如として動き出す可能性があるなら、そんな怪物どもを放置は出来ない。


「試し撃ちの良い的がいて助かったぜ」


「だね」


「アンデッドをみくびるなよ。でも、到着即慣れない装備で交戦、そのままスケルトンに瞬殺は嫌だものな。気持ちは分かる」


 三人とも、自分たちに与えられた兵器の質を確かめたがっていた。

 拡充装備(オーバー)も、搭載された歪な形状の銃火器も、知らないではないが未知に近い武装だった。


 縦列から横列へと配置を転換し、拡充装備の背面から伸びる右の可動肢、それが保持する無数の槍を束ねて棺桶に納めたが如き不揃いの火器を、不死の怪物どもへと向けて突貫する。

 まるで騎馬突撃のようであったが、突き出された武器は槍よりも遙かに破壊的だった。


「弾種を揃えて斉射するぞ。第二弾倉、重金属散弾だ」ラバトワが言った。「間違えても第四弾倉の弾は使うなよ」


「あー、第二弾倉の散弾って、毎秒三発発射されるんだったよな。三秒ぐらい、横薙ぎで良いか?」


「楽しみ……これ使うの初めて……」


「そうかい、コトカ、もし撃ってハリボテだったらその可愛い声がどんなふうに笑うのか聞かせてくれよな」


「口説いてんなよ! 今だ! 撃て! 撃て!」


 何百本もの脚が地面を同時に踏み鳴らすような荒々しい砲声が連なって轟いた。

 拡充装備の管制装置は移動し続ける彼女たちの肉体の平衡を完璧に保ってその射撃を完遂させた。


 トリガーを引いたのは僅かな時間だが戦果は確かめるまでも無かった。

 不死の怪物の群れは建造物をも抉り取る大粒の重金属粒子の雨を浴びせられて一瞬で血の霞となり弾丸による破壊を免れた僅かな部位は離断して弾け飛んで血だまりに跳ねたりあらぬ方向に吹き飛んで壁に激突して張り付いたりした。


 アンデッドたちはこの状態からでも復活する。三日か四日経った頃には完璧な五体満足の状態に戻っているだろう。

 恒久的な失活を狙えるのは、プロトメサイアが製造する不死殺しの軍刀で頭部か心臓を破壊した場合のみだ。

 しかし今回はアンデッドの完全な殺害までは不要とされていた。

 三人は銃口から煙を靡かせながら機械仕掛けの長い脚で血と蠢く肉の溜まりを踏み潰しそのまま先に進んだ。


「……やっ、やったー! すごいすごい!」テーバイは我に返って咳払いした。「んんっ。んっ。あー。なんだ、めっちゃくちゃな威力だなこれ……! すっげぇよ!」


「何今の……テーバイ……『ちゃん』? だったりする?」


「うるさい、ちゃんじゃねぇ。今のは何だ、実家のテンションっていうか」


「え、まさか今のが素の口調なのか? 女児かよ」


「うるっせぇぞ! それぐらいすごい威力なんだから、仕方ないだろ!」


 都市の片隅に血塗れの足跡を残して進みながら、三人は自分自身が使用した武器の性能に興奮していた。


 今回は一刹那で無力化出来たが、本来アンデッドの排除はもっと手間のかかる作業だ。

 標準装備の50口径の重機関銃で撃って動きを止めてから慎重に近付いて不死殺しの軍刀で追撃し、確実に機能停止へ追い込む。

 一連の作業は軍刀のみでも可能だが、何十万、下手をすれば何百万のアンデッドを処理していくことを考慮すると、体力の問題から、銃火器を使わないのは現実的ではなく、極めて単純に危険だった。


 アンデッドは、生半可な銃撃では、仮初でも死なない。

 FRF市民でも胴体を機銃弾が貫通すれば動けなくなるのが普通だが、アンデッドはその程度では苦痛によって凶暴化するが本質的なダメージは受けない。

 特に既に無数の凄惨な死を経験しているアンデッドなら、両手脚を吹き飛ばされていても当然のように痛みの主である浄化チームに襲いかかってくる。


 体に馴染んだ機械甲冑(ジャケット)を着込んでいれば一体や二体に押し倒されても脱出は可能だ。

 しかし三体以上ともなると結果は怪しい。

 百体以上のアンデッドによって構成された陸上の大波、スウォームと呼ばれる現象に飲み込まれれば、如何な浄化チームと言えども、確実な惨死が待っている。

 はっきりと言ってしまえば標的が脚を止めている時点で幸運なのだ。現実には走り回っているアンデッドはかなり多い。

 排除については、動きを止める、の時点で不確定要素が付きまとうのが常だった。

 加えて、アンデッドはダメージに応じて環境への最適化を進め、ますます凶暴な姿に変異していく特性を持つ。手間取って無駄玉を撃ち込めば撃ち込んだだけ変異の可能性は増す。

 変異したアンデッドは脅威そのもので、準備なく遭遇すれば、その分隊は壊滅する。


 そういった意味で総合攻撃器官(マルチウェポン)と呼ばれるこの兵器の効果は絶大だ。

 目標に向けて重金属散弾を連射するだけで、余計な手間をかけることなく、大抵のアンデッドを機能停止に追い込めるだろう。

 一見すると通常のアンデッドには過剰なダメージではあったが、一瞬のうちに行われた物理的な破壊なら、変異をさほど促進させないため、むしろ安全と言えた。建造物ごとを目標を粉砕するその威力は、変異したアンデッドに対する要求も十二分に満たしていた。


 この兵器の搭載弾頭は、重金属粒子の散弾だけに留まらない。

 槍の群れじみた外観は詰まるところ銃身の束であることを示している。

 弾倉とセットになった射出装置は合計四本で構成され、第一弾倉は通常の50口径弾。

 第二弾倉に重金属散弾。

 第三弾倉には敵を自動追尾して着弾と同時に爆発する知性誘導弾頭(スマートバレット)が装填されており、第三弾倉だけを抜き出しても通常の浄化チームが扱える最上級装備と同等だ。どの部隊にも配備されていなかったという点を除けば法外な性能をしている。

 つまるところ総合攻撃器官は最精鋭の兵員からしても信じらないような超高性能兵器であり、三人はこの兵器のことを全く信じていなかった。この遭遇戦までは。


「テーバイちゃんの気持ち……分かる……よ。これ……シュミレーターでしか使わせてもらえない……謎の武器……だったよね……。ちょっと感動。本当にあって、使えるものだったんだ……」


「正直に言えば、僕も驚いた。こいつの威力だけじゃなく、拡充装備の射撃安定性もカタログスペック通りだ。走りながら器官飛行船並みの火力を出せるのはとんでもないよ。こんなのはプロパガンダのためだけに造られた仮想の武器だと思ってた。ね、テーバイちゃん」


「やめろって、頼むからちゃんづけやめろ。……これ、現物見たってやつがいなかったもんな。しかも、武勲立てた暇人が、わざわざクソ分厚い特別練兵課程カタログを見て、自発的に申請しないと、使用訓練すら受けられない始末だったし。で、カタログ通りなら、第四弾倉は……『不朽結晶弾』だったよな」


 テーバイは電磁加速器を内蔵した砲身の一本に触れた。

 コトカとラバトワも感慨深さと戸惑いを綯い交ぜにした素振りでその動きを真似した。


 不朽結晶弾。

 それは不死者たちの永久に朽ちぬことを約束された装甲と同じ素材で造られた弾丸だ。

 すなわち、如何なる武器でも傷付けられない、彼らの絶対防御を、この地上で唯一貫き得る最強の矛であった。


 メサイアドールと思しき不死者によるブリーフィングでは、装備の説明は殆ど省略された。

 伝説上の武器に等しい総合攻撃器官すら、「諸君らはこれらの使用について熟知しているものと私は確信している」として流されてしまっあ。

 だが、それでも彼女は敢えてこう言い添えた。


「第四弾倉の装弾数は一発限りとなっている。別命あるまで、第四弾倉の使用は厳禁とする。ここまでで何か質問があれば言いなさい。特別に許可する」


 浄化チーム在籍者と言えども、メサイアドールに対し、市民の分際で質問を行うなど、稼働中の電動挽肉機に頭から飛び込むのと変わらない。

 その場にいる全員が同じ疑念、同じ質問を頭に浮かべていたはずだが、誰も口にはしなかった。「不朽結晶弾が本当に装填されているんですか?」。


 ともあれ、シミュレーション訓練の内容、散々読んできたカタログの記載、メサイアドールの言葉を鵜呑みにするのであれば、この部隊の構成員全てに、不朽結晶の弾丸が一発ずつ配備されているという結論になる。


 装備に対する疑念は、先程の凄まじい砲火を目の当たりにして、すっかり晴れてしまっていた。

 今この瞬間も雄々しくアスファルトを踏み締めて体を前に打ち出してくれる拡充装備(オーバー)も幻の装備だったのだが、こちらは生命機械や純粋機械にも似たようなものはある。

 いっぽうで総合攻撃器官は、カタログスペック通りのものを個人が有すると処罰の対象になると考えられていた。

 保有して良い装備の上限は、どれほど優れた都市であっても浄化チーム未満だ。

 だが、総合攻撃器官の性能は、第四弾倉を除いても、明らかに浄化チームの通常兵器を遥かに凌駕していた。

 そして仮に不朽結晶弾が装填されているのならば、それは不死者(イモータル)を一方的に撃破出来る火力を個人が有してはならない、という浄化チームにすら破れない不文律すら完全に無視していることになる。


 いったいどれほどの資源が今回の作戦に注ぎ込まれたのか、どんな権限が働けばこんな兵器を実戦投入出来るようになるのか、もはや三人には全く想像が出来ない。

 

「ビビるよな。俺たちみたいな木っ端の兵士が持ってちゃいけねぇ武器が、俺たち全員に与えられてるんだぜ」


「さすがにそれは、疑わしくないか? そこだけは嘘かもしれない」


「そんなの……総合攻撃器官の性能だって……疑わしかった。張り子かもって思ってた。でも……嘘じゃなかった……」


「それはそうなんだが……」

 ラバトワは体全体で振り返り、凄まじい習熟度で拡充装備を逆走させながら言った。

「 不朽結晶弾とその発射装置の使用は、普通ならだけど、絶対に許されない。恩寵の軍刀がちょっとの加工も許されないのは、端材を弾丸に変えられてしまうのを警戒しているからだ。だいたい、僕たちはこうやって総統閣下から軍刀を拝領しているわけだけど、それは浄化チームっていう身分だからで、一般市民が不朽結晶武器を所持しようと表立って動くだけで、何日も経たないうちにアド・ワーカー認定されて処刑なんだぞ」


「でもさ、架空のもんだと思ってた武器を実際に担いで、このバカでかい具足を履いて、俺たちは確かにここにいるんだぜ。もうここまで来たら不朽結晶弾頭だってブラフじゃないだろ」

 テーバイはごくりと唾を飲む。

「不朽結晶弾、マジで装填されてるに違いないって、そんな気がしたきた」


 あるいは、これを有効に扱えるならば、夢物語でなく、スケルトンを、()()()()()とされる未開の都市に蔓延る悪鬼をも、駆逐出来るだろう。

 それは都市を支配する上位不死者、メサイアドールにも有効だということを意味していたが、テーバイはそこには敢えて言及しなかった。


「じゃあ、私たち……今なら…… 都市でふんぞりかえってる……役立たずで、恥知らずで、異常性癖のある、うちのむかつくクズ不死者だって……ぶっ殺せる?」


 一方でコトカは平然と言及した。

 テーバイとラバトワは一瞬顔を見合わせた。


「……ええと……冗談……だよ……?」


 コトカが首を傾げた。


「いや冗談でもまず自分の都市の不死者をぶっ殺そうとするお前が若干怖いが、まぁそうだよコトカ。俺たち、今なら不死者でもぶっ殺せる。つまり、クヌーズオーエ解放軍だってな」


「うん……信じて良いのかも……うちの都市の死なないゴミと違って……今回の指揮官、私たちの部隊の不死者様は……みんなにこんなすごいのを……用意してくれた……」


「ろくなブリーフィングもしてくれない、なんか非戦闘用っぽい雰囲気の不死者様だったがな。くださった武器は、今のところ全部マジのマジだ。常識外れなぐらいに」


「あるいは、本気なのかもしれないな」ラバトワも頷いた。「FRFは、真剣に、クヌーズオーエ解放軍の殲滅に乗り出したのかもしれない。秘蔵の武器まで解禁して。人数的に考えて、僕たちはやっぱり使い捨ての戦力なのかもしれないが……役割はきっと嚆矢(こうし)なんだ。開戦を告げるための。ただ殺されるだけじゃなく、ちゃんと戦って死ねるのかも……」

 

 三人の心に、にわかに希望が芽生え始めていた。

 おそらくは片道切符。

 この作戦はおぞましきクヌーズオーエ解放軍との衝突を前提としていると誰しもが勘付いていた。

 それぞれに覚悟があった。理由があった。しかし、クヌーズオーエ解放軍と出くわしたとき、自分たちがどう足掻いたところで、最後は惨殺されて終わるのだという諦観があった。

 都市の凡庸な不死者(イモータル)なら殺せる自信が全員にある。

 かつて散って行った浄化チームたちもそうだったはずで、最も美しく最も汚らしい、最高級の愛玩物となる造花人形(フラワードール)の原型となる非戦闘員の鹵獲は度々行われているが、しかし現実にはクヌーズオーエ解放軍の実働部隊を撃破した記録は、一つも存在しない。

 伝説すら無いのだ。

 遭遇すれば、命脈は尽きる。


 ただ、それで良いと三人は考えていた。

 ここに流れ着いたのは結果でしかない。この道を行けば死ぬだろうと薄々理解しながら、原隊から離脱し、名前すら判然としない新設の特務部隊に生命資源の全てを捧げるための契約書にサインをした。

 死んだ都市、死に行く都市の処刑人、墓掘りの類でも、誰にでも思想がある。誰にでも願望がある。誰にでも理由が……。


 しかし、与えられた装備の非常識なまでの充実ぶりを体感すると、違う考えも湧いてくる。

 間引きのためなどではなく、真実、不死の敵への最初の一撃として、我々は召集されたのではないか……?


 この死んだ都市に降り立つ前、この所以の知れない特務部隊の構成員の誰かが、冗談めかしてこう自称していた。

 曰く、<不死狩り隊>。

 それは前例を考えれば一方的に狩られるだけで終わる自分たちへの慰めであり、仄暗いジョークに過ぎないはずだった。

 しかし今やその仮初の名称は、自嘲を孕む虚しい言葉ではなくなりつつあった。


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