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アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
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セクション4 人類文化継承連帯/世界最終戦 キル・オール・ザ・セイクリッドディア(7)ー3 仮設祭礼都市『第17エピゲネイア』

 スティンランドは空き缶でも蹴り飛ばすように説法台を蹴り倒した。あらかじめ完全には閉鎖出来ないよう構成されていたため他の空間と接続させることは無かった。覗き込むと非常照明に照らされた地下通路とそこに降りるための頼りない梯子が一つ。

 爆撃や砲撃に耐えるためだろうが縦穴は深く崩落した天井から差し込む乳白色の光があっても薄暗かった。非常時に降下するにはあまりにも危険だった。梯子から転落すれば怪我では済まない可能性もある。実際誰かが足を踏み外したらしく使用感の無いタイルの一部には赤黒い血の染みと人間が引き摺られた痕跡があった。


「俺が先行して様子を見てくる」と少女が気怠げに言った。

「……蒸気甲冑(スチーム・ギア)着けてる私の方が適任じゃない?」

「実戦経験無しの新兵は黙って従っとけ。勉強になるから。それに、エージェント・クーロンはこういう状況とは仲が良いんだよ。切っても切れない縁だ」


 師の精神を代理演算する金色の髪の少女拳闘士は、全く無造作に縦穴に踏み込んだ。

 トレンチコートの端をはためかせながら梯子の支柱に手を添えて滑り降りる。

 着地の瞬間だけ外骨格にアシストされた握力を活かして減速した。

 着地は静かで殆ど無音だった。不死病筐体への負担も最低限度だ。

 耳を澄ましながら見渡す。

 狭い通路だった。すれ違うのがやっとだろう。点々と等間隔で配置された小さな非常照明以外に光源はない。避難所の道と言うよりは監獄の一角のようだった。梯子から転落した誰かを引き摺った後が通路の奥に続いており薄暗い中でてらてらと輝く血の跡が不潔だった。

 

 危険は無さそうだと判断して穴の下からエリゴスに合図して降下させた。

 何かもたもたとした様子だったがそのうち足を滑らせたような具合で落下してきた。

 蒸気甲冑に任せた乱暴な着地だ。蒸気甲冑がけたたましい音を立てた。

 スティンランドは気まずそうにしている彼女を横目で見た。


「……飛び降りるのが一番速い。それは認めるが軽率じゃねぇか? 敵の伏兵がいると想定して、俺の真似をした方が良かった」

「最初は真似しようとしたんだけど、握力の調整をしくじったのよ。数をこなせば、すぐに上手く出来るようになるわ……えっと、マルボロ?」

「呼びやすいように呼んでくれ。俺はマルボロに代理演算されたスティンランドに代理演算させたマルボロだからな……。マルボロそのままなのかと言われても判断がつかねぇ」

「名前は正しく言うの。それが私の主義。あなたは、スティンランドなの、マルボロなの?」

「んん……。そうだな。スティンランドだ。俺はスティンランドの疲弊を肩代わりするための、そういう仮の人格みたいなところがあるし、俺の体験は整理されたあとスティンランドにフィードバックされるからな……マルボロっぽく振る舞ってもスティンランドなんだろうな」


 溜息を吐くような調子で訥々と語る姿にとても先ほどまでの少女の面影は無い。

 スティンランドとはとても思えない。しかしマルボロでもなかった。語り口は如何にも気怠げで諦観に満ちている。スティンランドの肉体は欲望に忠実で自分の意志で何かを積極的に諦めるという振る舞いには慣れていない。演算する肉体が代われば表出する側面も異なるのだろう。

 

「ついでにアドバイスだが、高級戦闘用スチーム・ヘッドがこんな黴臭い穴蔵に降りるような事態、あんまり良くねぇよ。こんな狭い通路で電磁加速砲撃たれたらさすがに避けられねぇだろ。探索なんてもんは俺みたいな木っ端の兵士にやらせとけ……」


 諫めるような言葉の数々に、「明るくて魅力的なスティンランドと違って陰気な顔でお説教ばかり」とエリゴスは不服そうに吐息を返した。スティンランドは「スティンランドが得意なのは、明るいフリだよ」とぼそりと言った。


「非常用照明は一応あるのね。地上には、とても生きている送電線があるようには見えなかったけど」

「スチーム・ヘッドに搭載されるようなバッテリーが備え付けられてる……。都市からの送電は死んでるにせよ、ガス対策や防炎を考えれば、少なくとも電気で動く換気装置は必須だ。何日かは空気に困らずに済むわけだ」

「どれぐらいの市民が避難しているのかしら」

「少なければ良いんだが。四人ぐらいなら俺たちだけでどうにか運べる……」

「素のスティンランドやマルボロと違ってあなたは職務怠慢。多ければ多いほど良いわよ」

「んん……どうかな」


 スティンランドたちは床の血の跡を辿った。

 行き着いた先には三つの隔壁があった。

 血の跡は一度一番手前の隔壁に放り込まれそのあとまた引き摺り出されて別の隔壁に放り込まれたようだった。少なくとも最初に負傷者が放り込まれたこの部屋には誰かがいるだろう。

 隔壁は極めて分厚く荒らされた形跡は無かった。脇には開閉用の装置がありこちらも正常に機能していた。エリゴスへと目配せして「意思と思惟の働きで、ほぼ間違いなく正常空間へと連結されるはずだが、念には念を入れる。俺が先に入る。お前さんは、俺が合図してからだ」と命じた。彼女が頷くのを待って解除キーを入力した。

 石臼を回すような音が響いてモーターが起動し隔壁が解放された。


「何だ!? だ、誰だ!」不死病患者には到底効果の見込めない銃を構えた市民の青ざめた顔が出迎えた。「スケルトンか!? いや、女……スチーム・ヘッド!? 衛生帝国の連中か!? どうなんだ!?

「待て、落ち着け」と静止したのはその傍らにいた兵士らしき男だ。

 片目が潰れているらしく頭に巻いた包帯に血が滲んでいる。さらに片腕が根元から千切れているが焼け焦げているのかそちらからは出血が無い。


「こんな綺麗な、人形みたいな女の不死病筐体を使うのは、継承連帯だけだ。救援に来てくれたスチーム・ヘッドだろう」

「ああ、そうだよ、俺たちは継承連帯だ」

「感謝する、スチーム・ヘッド……」

 

 片腕だけで敬礼する兵士にスティンランドは軽く手を振って応じた。

 シェルターに閉じ籠もっていた市民は二十人ほどだった。

 老若男女入り交じり例外なく疲れ果てている。

 タクティカル・トレンチコートを羽織っただけの半裸の年若い女にしか見えないスティンランドへと視線が集中する。

 本当に救援として頼って良いのか疑っているらしい。

 スティンランドは実際かなり軽装な機体だ。準戦闘用の分類ではあるが破壊工作を主任務とする。素手での戦闘能力と静粛性という強みはあるにせよ外観からはその破壊力は読み取れない。

 一般市民の間で流布する完全武装の『スチーム・ヘッド』像からはかけ離れていた。

 都市が攻め落とされ数え切れない敵が侵入してくる。そういう状況で見た目が綺麗なだけの華奢な兵士がやってきてもさして信用はされない。根本的な問題としてスティンランドの人工脳髄は首輪型の非侵襲式で通常の位置すなわち頭部には存在せず知識がなければスチーム・ヘッドか否かすら判然としない。

 兵士が辛うじて味方の機体だと認識してくれたのはトレンチコートに粛清部隊の腕章が貼り付けてあったからだろう。


「じろじろ見るなよ、恥ずかしいだろ……」


 市民たちは不安げな顔でスティンランドを見つめている。

 兵士は市民たちを代弁して問うてきた。


「しかしスチーム・ヘッド、ここまで一機だけで来たのか? それほど重武装にも見えない。空爆にでも乗じて潜入してきたのか。完全に敵に包囲されていたと思うが……」

「んん。俺はエスコート役みたいなもんだ。エリゴス、顔を見せてやれ」

「ご苦労、スティンランド。……市民たちよ、無事ですか。我々はあなたたちを助けに来ました」


 がしゃんがしゃんと意識して威圧的な足音を鳴らしながらエリゴスが入室する。

 スマートで女性的なシルエットでありながら雄麗なエングレーブを施された蒸気甲冑。

 威風堂々という言葉を体現したかのような美しい立ち姿。

 それを見た途端に室内にいた全ての避難民が息を飲み目を輝かせた。


「全身装甲型の蒸気甲冑だ!」「綺麗……」「メサイアドール、メサイアドールだ、市営放送で観たことがある!」「あの、理想都市に配備されてるっていう、最新鋭の?」「本物のスチーム・ヘッドだよ!」

「はい。私はクヌーズオーエより援護にやってきたメサイアドール、エリゴスです。市民、もはや心配は無用です。都市の敵勢力は我々が排除しました」


 市民たちはにわかに歓声を上げた。

 エリゴスは特別なことは一切していない。ただ胸を張って名乗っただけだ。

 しかしその誰の目にも分かる高貴な意匠の蒸気甲冑と怜悧で自信に満ちた発声が市民に与えた影響は絶大だった。全自動戦争装置公認で製造された最新鋭機の背負う威光はまさしく救世主そのものと言って差し支えない。緊張の糸が途切れたのか泣き出す者さえ見受けられた。

 数秒前までの淀んだ空気があっという間に吹き飛んでしまった。

 エリゴスはすっかり気を良くしたようだった。「メサイアドールの装飾ってこういう時のためにあるのね、なんだ、スティンランドたちの言っていたとおりじゃない……」と感慨深そうに呟いていた。


「ほ、本当のメサイアドールが助けに来てくれたのか!?」と兵士までもが涙を浮かべている。「我々の都市は見捨てられたわけじゃなかったのか……! 諦めずに籠城を続けていて良かった……!」

「我々が市民を見捨てるなど有り得ないことですよ、市民。もう安心です。私とそこにいる彼女は、戦闘のプロフェッショナル。ここまで三十機近い数の敵性スチーム・ヘッドを排除して来ました。どのような敵も、あなたがたに危害を加えることは出来ないでしょう」

「なんということだ! あなたも、本当にありがとう! まさかそんな優れた機体だとは……」兵士は改めてスティンランドに頭を上げた。「ああ、全自動戦争装置よ、メサイアドールよ、ありがとう、ありがとう……」


 膝から崩れ落ちそうになった男の脇にするりと入り込み肩を貸してやりながらスティンランドは問うた。

 緊張さえ解けてしまえばスティンランドも相手の精神的防御を解くには十分な美貌をしている。


「悪いが、泣いて喜ばせてやれるほど時間に余裕はねぇんですよ。この避難所にはどれぐらいの人数がいる? どうにも三部屋あるようだが」

「全部で四十人ほどだ。ここと、隣の部屋に別れてる。一番端は負傷の酷い者や、死んだ者が入れられてる……それまで含めれば五十人ほどだ」

「そうか。よく生き延びたな」不死の少女は目つきを鋭くした。「この避難所はどうなってるんだ? 不適正な部分がある、そのせいで手こずらされた……」

「不適正とは?」兵士は不思議そうに目を見開いた。「避難手順を遵守しているはずだ」

「ここの避難所から放たれてる救難信号は、不正規のものだ。不正規っていうか、若干古い。今現在は採用されてねぇコード表に基づいてる。そのせいで俺たちの仕事が遅れたわけだ」

「そのことか……」兵士は目を伏せた。「すまない、スチーム・ヘッド。この避難所に設置されていた発信器が、そもそも旧式だったんだ。設備更新から漏れていたのか何なのか……動くには動いたが、現行の規格と合致してなかった。いくらか配線を組み替えて、私が知る中では一番新しい信号を出せるようにした」

「なるほどそういうことか。まぁ、よくやった方だ。エリゴス、相談がある。市民たちのことだ」

 

 縋り付かんばかりに沸き立っている市民からエリゴスをやんわりと引き剥がす。


「どうしたのよ、スティンランド?」

「隣も見たい。俺だけじゃ信用されねぇし、あと計画も必要だ」

 耳打ちしてから、金髪の少女は市民たちに呼びかける。

「心配するなよ、お前さんがた。移送には人手もいる。ここは電波の入りも悪いからな。外の仲間とも計画が必要なんだ。そこの兵士、またここを封鎖出来るか? 外はお前さんたちの想像を超えて酷い。汚染された空気をあんまり入れないようにしよう。折角生き残ったんだからな」

「ああ。配慮に感謝する、スチーム・ヘッド」

「分かったわ、スティンランド。では市民、このまま待機をお願いします。もう少しの辛抱です」


 スティンランドとメサイアドールは感謝の声を浴びながら室内に出た。

 兵士が内側から操作装置にコマンドを入力して避難所の隔壁の閉鎖を始めた。

 石臼を回すような音がして扉が閉ざされていく。


 エリゴスは愛想良く市民に手を振りながら深刻そうに呟く。


「確かに……数が多すぎるわね。都市の外に連れ出すのも一苦労だし、外に駐機してる輸送車にも入りきらない。何往復かしないと……それだとちょっと非現実的ね。状況は切迫しているし……」

「確かに現実的な話じゃねぇな。だが検討はしねぇと。市民たちのためですから」

「そうよね。うーん、でも、どうかしら? こう、良い感じのプラン。スティンランドには……」

 

 隔壁が閉まりきる直前にスティンランドは己の腰に手を回した。

 そして拳銃のマガジンのような物体を部屋の中に投げ込んだ。

 隔壁が閉鎖された。

 エリゴスは「何かプランがあったり……」と話しかけながらその動作の一部始終を見ていた。

 数秒の沈黙があった。

 静まりかえる。何も聞こえない。何も変わったことはない。

 しかしエリゴスは隔壁をじっとみつめた。

 それから「今、何をしたの?」と問うた。


「俺のプランを実行した」

「今のって……」

「スマートバレットの偽装パッケージだ。信管は三秒でセットしてある」

「え?」

「ファイアウォッチにあれを使わなかったのは何故だと思う? スティンランドのやつはこういう仕事をするのを本心では嫌がってる。無抵抗な市民を殺して回るのが嫌なんだ。だからこういう道具に頼る」

「……何を言っているの?」

「だから、スマートバレットのパッケージを投げ込んだと言っているんだ。市民に向かって」


 エリゴスが呼吸を失った。

 隔壁に飛びついて必死にこじ開けようとするのを見てスティンランドは溜息を零した。

 操作盤に解除コードを打ち込むと低い音を響かせてごく当たり前に隔壁が開いた。


 血の海だった。

 避難民たちは全自動で目標に命中するスマートバレットで正確に頭を撃ち抜かれて死亡していた。

 ある者は生還の希望に笑っていた。ある者は安心しきっていた。ある者は瞑目して息をついていた。ある者は部屋に投げ込まれた何かを見て不可解そうな顔をしていた。

 そして例外なく死んでいた。

 いずれにせよこれから射殺されるのだとは露とも思っていない様子で事実として弾丸は死の実感を与えたまま市民を殺した。


 死体の山を前にして呆然とするエリゴス。

 スティンランドは溜息をまた一つ。

 歓喜の声を上げていた市民たちの残骸。それから目を離して少女騎士は問いかけた。


「なん、で……?」

「ああ。俺も、こういう道具に頼るのは甘えだと思うんだ。マルボロもあまり感心してねぇ。でも速くて確実なのは事実だ。別に手ずから殺して回ったって良いことがあるわけじぇねぇしな。スティンランドも強がっちゃいるが……仕方ねぇのさ」

「なんで、殺したの?」


 少女騎士は震えていた。

 甲冑のガントレットがカタカタと音を立てている。

 暗殺者の後継機は頷いた。


「これはそういう任務だ」

「市民を虐殺することが?! 衛生帝国の端末でも何でも無い無辜の市民を騙して殺すのが!?」

「救難信号を偽装するのは、戦時下なら普通に重罪だ。その場で殺されても文句は言えねぇよ……」

「それは機器が古かったせいでしょ!? あなたの行動は異常よ!」

「全自動戦争装置に問い合わせてみろよ。こう回答するはずだ、生き残るべき市民のシェルターには正規の発信機器が問題なく配備されているってな。ここは最初から、スコアの低い市民を集めて、敵を引き付ける餌にするための施設だ。正規のシェルターだと思ってんのは、市民たちとお前さんだけだ……」

「でも、だって、市民の救出が、私たちの任務でしょ! スチーム・ヘッドの果たすべき使命でしょ!? 身分の貴賤は関係ない! こんなのって……!」

「違う。違うんだ。勘違いしてる」スティンランドは俯いて首を振った。「『生存者がいないことの確認』が任務だ。最初からそう言ってる」

「でも生きている市民を確認した! もう任務は違う物になってる!」

「それでもそういう任務なんだよ! マルボロも、スティンランドも、コルトも、スカーレットコントロールだって、都市に生存者がいないとはぜんぜん考えてない! 実際に生存者がいなかったことも無い! こういう任務は何回も何回もやってきたことなんです!」


 エリゴスの怒鳴り声に釣られてスティンランドも声を張り上げた。

 口調が混乱していた。

 誰の人格かも分からない苦悶の叫びに少女騎士は言葉を失った。


「……コルトの命令は『生存者がいないことを確認する』こと。自分の代わりに行って、見て、生存者はいないと報告しろと要求してるんだ。エリゴス、お前さんにだって分かるはず、自力脱出が出来ねぇような市民をこの状況で何十人も移送するのは、現実的じゃねーんですよ。消耗の激しいスカーレットコントロール総出で優先度の低い市民を助けて回れって!? 最初から市民を保護して食わせてやれるような資材は無い! 全自動戦争装置がそれを想定してない! そして保護した市民をクヌーズオーエに送るための手段も無くなってる……! どれだけ市民を大切に考えてても今更助けて回っても意味がねぇって分かるだろ!? 分かるでしょう? 分かってくださいよ……。被害を受けて市民が大勢死ぬこと、それこそがこの仮設祭礼都市、第十七エピゲネイアの存在意義だ」

「……せめて」とメサイアドールは首を振った。「助けられないなら、せめて、見なかったことには出来ないの? どうしてわざわざ生きているかどうか確認して、殺す必要があるのよ……」

「コルトの倫理規定において、都市焼却のジェノサイダルオルガンは、自軍の市民が残留している状況では使用が認められねぇ……。だから『生きてない』と確認しないといけねぇ。手続きのために、探して、確認して、殺さないと駄目なんだ」

「狂ってるわよ……こんな任務は間違ってる……」

「そうかもしれねーですね。だが必要なんだ。<鹿殺し>を起動するにはどうしたって必要な手続きだ。死地あの山を作らねぇと。誰だって好き好んでやりたくねぇ。コルトだって、身内にこんなのはやらせたくない。だからコルトの負担を少しでも減らすために、皆の代わりに、彼女を育てたエージェント・クーロンが引き受けてるんです」

「いっそコルト本人がやればいいじゃないの!」

「スカーレットコントロールは、皆コルトの端末だ! 人格記録媒体の大元は、彼女の連れてるSCAR運用システムに装填されてる。我々は皆、一時的に権限を付与された複写品にすぎない……」


 暗殺者は肩を落としてトレンチコートに顎先を沈めた。


「つまるところ、誰かに遣らせたって結局は総体の代表人格であるコルトの責任になる。任務の記録だって事後的にコルト本人が引き継ぐんです。何だかんだ言ったところでですよ、コルト本人がやるのと何も違わねぇ……まぁ、そもそも、市民なんて、生きてても都市焼却で焼き殺されるんだから、そもそもを言えば、意味がねーんです……これは全部手続きの一環なのさ」

「おかしいわよ……何もかもおかしい、こんなのおかしい……」

「なぁ、エリゴス。こんなことは人類文化継承連帯ではありふれたことだ」エージェント・クーロンは首を振った。「正しい手続きのため、規則のため、合理性のために、間違っているとしか言えない選択を強いられる。メサイアドールであれ市長であれ、多くの人命を預かるならお前さんだって間違いなく似たような不条理な決断を迫られる。本当は今回も同行させたくなかった。コルトの娘だからな……甘やかしてやりたかった。それなのにお前さんは任務に加わることを選んだ。精々よく覚えて帰れ。これが、お前さんを待っている仕事だ。そこで見とけ。スマートバレットを打ち込んで、終わりにしてしまいましょう……」

「……残りも、殺さないといけないの?」

「もちろん。生存が確認されている市民は、ぜんぶ殺さないといけねぇ」

「私がやるわ」

「やらなくて良いですよ。エージェント・クーロンが請け負います」

「私がやる……」

 

 避難民の死体を見下ろしながら少女騎士は言い聞かせるように呟いた。


「スティンランドだけに背負わせて良い業じゃない。ううん、マルボロだって、コルトだってそう。こんなの、誰かに押し付けて良い仕事じゃない。誰かがどうしてもやらなければいけないというのなら、今は私がそれを肩代わりするわ。だって……私は、強いのよ。こんなに強いのに、仲間に汚れ仕事を押し付けるの?」

「……お前さんがどれだけアピールしたって、コルトは母親の愛情を示したりはしねぇですよ」

「これは誰とも関係が無い、メサイアドールとしての私の問題。これが都市の実態だというのなら、私は向き合わなければいけない……」

「……エージェント・クーロンはお前さんには人殺しになってほしくないと思ってるよ」

「私もエージェント・クーロンに、スティンランドに、こんなことさせたくないと思ってる。あはは、私たちって両思いね……」

「スマートバレットは……」

「使わない。せめてこの私の手で殺す。それが、殺される市民たちへの礼儀であり、私の責務よ」


 空疎な笑声を漏らしながらエリゴスは暗い廊下を歩いて行く。

 次の隔壁の前に立つ。

 解除コードを入力する。


「どうしても自分の手でやるって言うんなら……殺しは、慈悲深く、迅速に行うことです。慈悲の刃(スティレット)になりきって、誰も彼もが死の恐怖を感じる前に、躊躇なく、殺すんです」


 隔壁が低い唸り声を上げながら開く。

 エリゴスの蒸気甲冑を視認した市民たちの歓声を上げる。

 彼女は救世主だった。

 誰が見てもそうとしか思えないほど美しかった。


「……よく生き残りました、市民。もう心配は要りませんよ」


 エリゴスは精一杯の慈愛で嘘の言葉を紡ぐ。

 そしてオーバードライブを最大倍率で起動した。



 


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