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アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
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セクション4 人類文化継承連帯/世界最終戦 キル・オール・ザ・セイクリッドディア(7)ー1 忘れられた女神のための礼拝堂

 礼拝堂に重なり合う影があった。


 どちらも不死。

 どちらも、まだ息がある。

 それは永久に途絶えることが無い。

 しかし衛生帝国の騎士ファイアウォッチは確かに死んだ。

 この戦争の神を奉じる名も知らぬ土地で、何一つ果たせずに、終わった。

   

 スティンランドは抱擁するように騎士へと跨がるように乗りかかり、脚の無い体の体重を委ねていた。

 背負う小規模な背嚢型蒸気機関(スチーム・オルガン)が酷く重い。

 騎士の残骸を見下ろす。騎士の体熱を想像する。その鼓動を想像する。人格記録を貫かれる瞬間の感触を想像する。

 自分自身を刺し貫いたかのような違和感が空の腹腔を苛む。

 下にいるのは、ファイアウォッチは、自分自身ではない。

 何もかも違う。肉体。歴史。背負う名前。

 同じところなど一つも無い。

 だというのに。

 この黒い装甲に身を預けている誰かが、自分と限りなく同じ誰かなのだと分かってしまう。



 スティンランドは限界を迎えていた。

 下半身の大部分の臓器と筋肉の喪失。それが彼女の人工脳髄に加える負荷は極大のものだった。

 循環器と生体脳が無事ならば不死病筐体の暴走は抑制出来る。短時間であれば、肋骨よりも下側にある臓器は、食事も生殖も必要としない不死病患者の恒常性にとってさほど重要では無い。

 しかしそれらには多かれ少なかれ血流をコントロールする機能がある。

 基礎的な理論においては破壊的抗戦機動(オーバードライブ)は血液をある種の冷媒として利用することで成立している。

 十倍以上でのオーバードライブが可能なスチーム・ヘッドにとってはガス交換はどうとでもなる問題だ。しかし物理法則を無視して過剰に生産される熱量は血液の循環で放熱して誤魔化さなければならない。放置しているとタンパク質の凝固が急速に進み悪性変異率が指数関数的に上昇する。

 ただでさえ臓器の大量破損は肉体の恒常性に与える負荷が大きい。そこに血液の流出が重なれば生命管制の破綻が近づくのは当然の帰結であろう。

 実情としては八極の技法を維持したまま杭を打ち込んでいくだけの単純な動作ですら労苦を伴うものだった。


 スティンランドはもう一度だけ恋人に縋り付いたような姿勢のまま騎士の残骸を観察した。

 騎士は眩しそうに顔を背けている。

 右手の掌を翳して杭による一撃を受け入れている。

 偽りの月光の下で沈黙している。

 もう動かない。

 何も見ない。

 何も聞こえない。

 エージェント・クーロンを継ぐはずだった少女は声なき声で囁いた。


『おやすみなさい。おやすみなさい……』

 

 

 スティンランドは破壊的抗戦機動(オーバードライブ)の解除を始めた。

 段階的に加速倍率が低下していき鈍化した世界が元の色彩へと回帰していく。

 火に焚べられた湿った香木の如く蒸発した汗が肉体から煙となって湧き出きのが見える。緊急冷却の実行。血液を始めとした体液が消費されるが必要な処置だ。

 生命管制は依然として最大稼動を続けていた。


「……は、はぁ……終わった……はぁー、ぜぇ……ごぼっ」


 回らない舌で呟く。溜息の後に吐血する。通常の物理学ではあり得ない高速機動の反動で心臓も肺も崩壊を始めていた。

 浸透勁で受けたダメージも甚大だ。

 ファイアウォッチの一撃は確実に致命的であった。同時に即座には絶命させないという歪な精密さを備えていた。おそらく定命者が受けても一瞬で意識を失うということは無かっただろう。数十秒で間違いなく絶命するにせよ。

 程度で言えば下半身が全て挽肉になったのと大差無い。出血性のショック状態になる確率が低いだけだ。

 ここまでの損傷となればデッド・カウントの進んだスチーム・ヘッドでも尾を引く。


 支援ユニットとしての権限でアシスト用外骨格にオーバーライド。

 体幹と四肢に添えられただけの貧相な駆動体で無理矢理体を操縦する。

 突き刺した杭を手指でロックして、手放さないようにしたまま、騎士の胸元から転げ落ちて側の床板の上でごろりと仰向きになる。

 背中の蒸気機関に背を預けることで少しだけ姿勢を楽に出来た。


 視線を下げてダメージを確認する。予想よりも深刻だった。奇襲を仕掛けるための強引な身体操縦で通常ならば使わない筋肉も破断させてしまっている。

 人工脳髄と支援ユニットの側で粗方マスキングしているが正気では叫ばずにはいられない激痛があるはずだった。

 オーバードライブの倍率が落ちていく。世界の音の速度が上がる。背中で蒸気機関が唸るのが聞こえるようになってきた。捻出された電力を割り当てて生命管制を最大レベルに引き上げて悪性変異を抑制。急ピッチで喪失部位の修復を進行させる。

 加速倍率が一桁からゼロに達した瞬間に体が酸素を求めて喘ぎ始めた。


「っは、ぃ、ぅあ、は、はぁーっ、かはっ、ぅあ、く、くるし……ごぼ……ぅえ……はぁ、げぼ……」

 破壊された呼吸器から血液が溢れてくる。

「ぜぇ……ごぼ……ご、ゔぇっ!? ゔわ、何これ、んく、ふわー!」


 暢気に吐血している暇も無い。

 少女は間もなく塵芥と自分の血肉が入り交じった旋風に飲まれた。

 二人が超音速で打撃戦を行っていた余波だ。オーバードライブという埒外の領域の戦闘は直後に必ず戦闘の軌跡に沿って暴風を巻き起こす。

 諸々の破片を吸い込んでスティンランドは外観相応の少女のように如何にも無力そうに咳き込んだ。

 血中に酸素を合成し緊急的に生体脳の酸欠を防止する。


「……け、けほけほっ……いき、息できないっ……う、うううう……ごぼっ」


 酸素を充足しても呼吸器の不全が解消されるわけではない。塵埃に塞がれて肺が震える。全身が重い。息が出来ない。偽りの月光の降り注ぐ海底に閉じ込められている。また吐血する。生体脳が制御から外れてパニックを起こす。伽藍堂の下半身からマスキングを貫通した痛覚信号が脳天へと突き抜ける。

 調息して痛みを和らげなければ擬似人格に影響が出る。

 呼吸器の保全のために一時的にリソースの振り分けを変更する。

 腹膜が応急的に重点修復されて窒息しかけた彼女に呼吸を許した。

 


「ふー……うううっ、う」息を必死に整えて叫んだ。「……()っっっったい! やっぱり、痛いのは、痛いよう……こ、こんなふうに壊されたことない、ねーですよ……。いや、ねー……ねーのかな……意外と平気かも……過去にこういうことされてのかな……。ううー、わたしの、色んな臓器がぁ……」


 嘆いている間に心肺機能の安定化が仮完了した。

 二人のエージェント・クーロンが巻き起こした旋風も、ついに凪いだ。

 崩落した天井から射す<発電塔>に偽りの月光が塵埃を雪の輝かせている。

 ふと思い立つ。

 視線でロスヴァイセと呼ばれていた不死病患者の姿を探す。


 銀色の髪の白痴の不死は息災なく長椅子に腰掛けたままだ。

 この少女が戦闘に巻き込まれないようにするのはスティンランドもファイアウォッチも了解していた。

 暗黙裏に決して彼女を巻き込まないように互いの位置を調整してもいた。


 ロスヴァイセはこちらを見ている。

 閃光手榴弾や人のぶつかり合う爆音に反応したらしい。生気の無い両の瞳が呆然とスティンランドに注がれている。

 偽りの月光。

 全ては異様なる機関の光である。

 偽りの降雪。

 全ては陥落した街の土埃である。

 何もかもが紛い物だ。

 少女の美貌も虚構じみている。

 しかし偽りの魂から解放されたその肉体には穢れがない。

 彼女だけは雪原に遊ぶ無垢な王女のように思えた。

 御伽噺の中にだけ現れる真実の乙女だ。


 苦痛に耐えながらスティンランドはおどけて手を振った。

 何の反応も無い。

 彼女はとうに、彼女ではない。おそらくファイアウォッチが撃破された現実すら認識していないだろう。久遠の命を得てあらゆる欲求から解放された不死病患者は何かを認識するという苦痛を免除されている。

 スティンランドとフィアウォッチは未だに一般の杭で繋がっている。彼を見た。帝国を裏切ってまで守ろうとした宝物にも、知らぬ顔をされる。ファイアウォッチの道は本当にこれで正しかったのだろうか。

 そして「……それはわたしの考えるべきことじゃねーですね」と嘆息する。


 苦労して体をねじる。

 どうにかファイアウォッチの残骸に向き直った。

 握ったままの杭を丁寧に騎士の頭蓋から引き抜いた。

 傷口から粘性の体液が溢れ涙のように散り乳白色の光に煌めき蒸発して消える。

 わたしの考えるべきことじゃない。

 繰り返し唱える。

 それでも少女は己の胸を感傷が掻き毟るのを抑えられない。コートの内側の予備格納容器に杭を仕舞う。


 改めて騎士を見る。

 壊れていた。肉体を操作していた人格を破壊されて小刻みに痙攣している。

 少女は嫌な汗が噴き出すのを感じて顔を背けた。

 下半身が無い我が身を億劫そうに転がしてその残骸から逃れた。

 目を閉じる。

 自分のことだけに集中する。


「……うー……お腹、何もないのに……ねーのに……すごく気持ち悪い……」


 外骨格でアシストしながら上体を起こして自身の損傷を改めて視認する。


「……これ、恒常性が働いたとき、どの時点の状態に向かって治るんすか……未使用状態まで巻き戻ったら嫌だなぁ」


 おそるおそる手を伸ばす。

 内容物を根こそぎに吹き飛ばされた腹腔を確かめる。

 腹部の表層組織は無事だ。無様に凹んでいる点を無視すれば。

 それを引っ張って持ち上げる。痛みに顔を顰めながら腹膜をかき分け脇腹の辺りから手を差し入れる。

 やはり何も無い。

 少女は自分の剥き出しの背骨と骨盤に初めて触れた。絶えず出血する血管の脈動と生暖かく硬い感触。

 肉をそっと捲り上げて視認してもそこには何も無い。

 強いて言うならばトレンチコートの胸から下はひたすらに赤黒い。痛覚が変じた灼熱感と実際の体温と乖離した異常な寒気がある。


 そうして観察しているとせめてもの情けと言わんばかりに僅かに肉の残された腹がむしろ羞恥と喪失感を増幅させた。ショーツの下で股関節が砕けて千切れ骨筋等がない混ぜに飛び出している様などは見るに堪えないほど惨めだった。

 ただしその部位が無惨に壊れ果てたのは突撃時に自分で切り捨てた結果ではある。狙った部位だけに勁を通して選択的に精密破壊する一発は、この奇怪な拳法に馴染みきれていないスティンランドには繰り出せない。あるいはマルボロでも容易には打てない可能性がある。


「……この世界のエージェント・クーロンは……暗殺術を忘れて、功夫だけを追い求めたんでしょうか……。弟子もたくさん作って……まるであの人の夢みたい。なりたい自分になれたマルボロ、だったのかな……」


 マルボロは自分に人殺ししか出来ないことに苦悩していた。

 出来ることなら<不死殺し>の力など捨て去って隠居し見所のある若者に拳法でも教えて暮らしたいと何人かの知己に冗談めかして話していた――それを借り物の記憶の中にいくつも見つけ出せる。

 ファイアウォッチはこの世界できっと願いを叶えたのだろう。

 辿り着いた先がどうしようもない地獄だったとしても。


 とは言え暗殺の心得はどうしようもなくエージェント・クーロンに固着している。それを切り捨てたところで残るのは二流の技に固執する虚しい拳法家だけだ。

 総合力としてはスティンランドが勝っていた。相手に功夫への執着があると分かった時点で勝利は確信していた。だが実力が拮抗しているか幾らか劣っている状態で容易く殺しの技を成せるはずもない。

 代償があるのは予期されたことだ。

 腕や肺も失うと覚悟していた。上半身に目立った損傷が無いのは幸運だ。

 さもなければファイアウォッチからの慈悲だった。


 しかし実際に体が酷く破壊されているのが見ると気が滅入る。

 こんな情けない姿をエリゴスに見られたら軽蔑されそうだという苦々しい思いが胃液と一緒に込み上げてくる。

 

 そのときなってようやく礼拝堂の外で未だに爆撃じみた打撃音が響いているのに気付いた。

 エリゴスとファイアウォッチの部下たる<ハイドラ>との戦闘は継続中らしい。

 彼女が礼拝堂に辿り着くにはまだ時間がかかる。上辺だけ修復する程度の猶予はあるだろう。

 しかしこうなるとまた疑問が出てくる。


「エリゴス、まだやってるんすか? あの子の性能を考えたら、わたしたちみたいな半端物は、残らずみんなザコキャラだと思うんですけど……」


 ぶつぶつと呟きながらも抜かりなく自身の部品を探している。


 急ぎ部品を回収して元に戻さなければ悪性変異は進む一方だ。見栄えも悪いので隠しておきたい。特に不死の体に慕情の煩悶を与えてくれる相手の前では。

 幸いにも部品はすぐに見つかった。

 床板の上に広がって湯気をのぼらせている。

 ファイアウォッチに砕かれた分のスティンランドの臓物。

 あかさらまにうねうねとうごめいていた。


「ええ……なにこれ……うそでしょ……」


 直裁に言っておぞましかった。

 衛生帝国の生命資源略奪部隊は生きた市民を捕縛したとき輸送効率化のために手脚を切断して腹を裂き短期間の生存に必要なく転用する予定もない臓器は全部抜き出して纏めて捨ててしまう。劫掠の後の景色こそ陰惨ではあるが残された内臓の溜まりにはどこか作業的な雰囲気があってああ不要な内蔵を取り出す作業をしたのだなと分かる。

 しかしスティンランドから溢れ落ちた臓物には原型が残っておらずぶちまけられたとしか言いようのない有様だ。

 その集合は有り体に言って吐瀉物の堆積場じみていた。

 そしてまだ全ての破片が生きているのだ。

 四方八方に再生のための筋肉と神経繊維から編まれた再生動索が縦横無尽に伸ばされる。破片そのものが這い回って健気に部品と重なり合いびくびくと蠕動している。

 吐瀉物の堆積場に蛆虫や蚯蚓が湧いたような具合でしかもそれらは有機的に連携している。

 何だかよく分からない出来損ないの怪物を産み落とした気分になった。


「……すごいっすね……」


 あまりにもショックな光景だったので金色の髪の少女は数秒現実逃避した。

 気を取り直す。

 この潰れた破片を掬い上げて腹腔に押し込んでいくのは効率が悪い。恒常性の働きによって放っておけばおおまかな臓器の形状ぐらいは取り戻すだろう。

 ならば後回しで良い。

 何より見た目が受け付けられない。

 己の臓器ながら触りたくなかった。


 自力で不死病筐体を復旧する場合は再生コストを下げるためにまず大きな部品から回収するのがセオリーだ。脳と循環器系の次に重要なのは移動能力である。

 となれば、まずは捨てた両脚を貼らねばならない。

 礼拝堂の座席の間にある、吹き飛んだ自分の脚を目指して這い進む。

 探すまでもなくそれはびたんびたんと激しく音を立てながら跳ね回っている。

 見たことのない生き物のような自分の両脚への拒絶の感情はどうにかして封殺する。

 ネガティブな感情がすぐに匍匐前進の困難さへと向けられたのも大きかった。


「うぐぐぐぐぐ、お腹回りの筋肉無いと、這うのも厳しい。ファイアウォッチのあほー、まぬけー、デリカシー無しー……女の子の下半身ぜんぶ吹っ飛ばすとか最悪ですよ本当に……我ながら酷い同位体です……」


 悪態を吐く。

 まだ戦闘音が聞こえる。

 破壊された肉体を懸命に動かしながら気晴らしにエリゴスとその敵について考える。


 彼女が応戦しているのであろう<ハイドラ>なる機体群は脅威ではあるまい。

 はっきり言ってしまえばスティンランドもさほど強力な機体ではない。

 ファイアウォッチは――オーバードライブの倍率を加減していたのかも知れないが――そのスティンランドに負けたのだ。弟子たちの腕前も底が知れるというものだった。

 仮にあの場にいた何十機かの全てが浸透勁を使いこなす達人だったとしてもエリゴスが絶対に勝つだろう。この不死の時代で功夫を練り上げても蟷螂の斧にしかならない。奇策や道具に頼らず戦闘用スチーム・ヘッドを功夫のみで撃破しようという発想は本物のドラゴンに突撃するドン・キホーテじみている。

 

「破壊が困難でも、生体に向けて浸透勁を打ちまくって、発狂するまでダメージを与え続ければ倒せる。まぁ理論上はそうですけど、理論上のことだし……マルボロも、あんまりそれは上手くやれたことねーのです……」


 そもそも根本的な問題がある。

 不死病患者はダメージを負えばその状況に適応し耐性を獲得してしまう。苦痛から保護するために肉体を作り替えていくのは不死病の普遍的な性質だ。生命が損なわれるほどのダメージなら適応の効果はより強く発揮される。

 いわゆるデッド・カウントとは耐性獲得のレベルと換言しても間違ってはいない。

 この性質を計画的に強化・増進されているのが純正の戦闘用スチーム・ヘッドだ。

 戦うことだけを目的に作られる彼らの最大の弱点は生体脳にある。オーバードライブを用いた戦闘では僅かに脳が損傷したをだけで動作が大きく乱れる。擬似人格を流し込まれる先が壊れてしまえば人工脳髄での補正も機能しない。

 衛生帝国は不死病筐体自体をある程度変異させることで問題を解決している。継承連帯のアプローチは先進的だがアナクロかつ工業的なものだ。不死病筐体の製造工程で自我の揮発したただ永遠であるだけの人体を高度な生命管制と専用の工作機械で徹底的に破壊し尽くすのである。

 最終的にはシェイクされた脳髄が数秒で再生するレベルの耐性をヒトの形を維持したまま獲得。筐体が完成すれば人格記録を装填されて不死の兵士としていよいよ目覚める。

 オーバードライブのような全身が崩壊して然るべき出鱈目な負荷に耐えられるのは大まかにはこうした調整を事前に何百時間もかけて施されているためである。


 そして浸透勁。

 甲冑さえ透過する古い東洋の魔技にしたところで、不死病に普遍的な耐性獲得の励起を避けられない。

 強力な攻撃手段であるのは間違いない。初見の不死病患者から全ての肉を吹き飛ばすのは容易い。装甲を無視できるのだから完全装備のスチーム・ヘッドにも通じる。

 マルボロなら三回も勁を通せば殺せるだろう。一打目で機動力を奪う。二打目で頭を破壊して人格記録と生体脳を分離。三打目で心臓を破壊して「殺した」と確信すれば勝ちだ。

 しかし<不死殺し>はマルボロだから出来ることだ。

 彼以外が真似しても不死病患者は当然死なない。骨と残骸だけの状態からでも再生してしまう。浸透勁にも適応し無闇に百回も二百回も打ち込んでいればそのうち技自体が物理的に全く通じなくなる。

 ましてやエリゴスは死んで蘇ることのエキスパート。殺し殺されることが仕事の純正の戦闘用スチーム・ヘッドだ。

 おそらく非常に早い段階で浸透勁への耐性を完成させてしまうだろう。


「……あの子たちがみんな功夫やれるんなら、格闘戦の練習相手にでも使ってるのかも……? そんなのわたしが教えてあげるのに……手取り足取り……取ったり取られたり……まぁわたしの脚は今無いわけですが……あともうちょっと……ん……うわああぁ! やっぱり近くで見るとキツいです、なんでこんな元気なんですかわたしの脚!? わたしと繋がってない状態で動きすぎです!?」


 さながら陸に上がったばかりの新鮮な水棲生物。

 さもなければ高所のおやつを狙う猫のようであった。

 軍用ブーツを履いただけの白い脚が偽りの月光を浴びて勢いよく跳ね回っている。崩落した天井に残された色ガラスを目指しているのかもしれない。

 最低限の防護しか施されていない真っ白な皮膚が偽りの月光に照らされて奇妙なほど艶めかしいのが滑稽だった。


「うわっ……うわあああ……うわー……!」


 見ていると自然と嫌悪の声が出てしまう。

 孤立無援の状況で両脚を根元から失った経験は現在のスティンランドにはない。

 余裕ぶってはいるが人格の崩壊を経験した彼女の主観的な人生経験は極めて短い。人格の全ては様々な人物の記憶の中にいる彼女は継ぎ接ぎにして作られた紛い物であり一般的な知識は戦術ネットワークに蓄えられた教育ビデオや娯楽作品に由来する。ホラー映画は避けて暮らしてきた。現実の方が余程怖いという言葉を言い訳にして。

 だから未知の物体と化して暴れ回る人体が恐ろしい。自分が普段意のままに操っている部品がすさまじい異常挙動をしているのはすさまじく気味が悪い。

 だが怖がってもいられない。エリゴスにこんなヘンテコなものを見られる方が嫌だ。


「……つ、つやつやのすべすべで、かなり長くて、えらいですね、わたしの脚! 脚だけでわたしの美人さがわかります! 歴代クーロンで一番の美少女! わたしってば本当にカオルーン! ……えいやっ!」


 少女は自分でも何だか分からない賛辞を述べて自分の脚に飛びついた。

 いざ捕まえるとホッとして笑みが零れた。

 筋肉と神経が束ねられた再生動索が熱烈に絡みついてくるのに応じて自分の千切れた脚を優しく撫で上げる。

 しかしこの蠢く肉の束の群れを股下に持っていく勇気が無い。

 一息入れるためにアシスト用外骨格の力を借りて仰向きになり上体をゆっくりと持ち上げる。


「ふ、ふふふ、そんなに熱っぽく暴れてー。寂しかったんですかー? なんてね。あー。自分の脚に何をやっても楽しくねーですね。あっ、今度エリゴスの脚とかが飛んだら、エリゴスの目の前で可愛がってみよ。どんな反応するんだろ……。いやそれはさすがに嫌われますね、変態っぽいし……。あっ待ってください脚ちゃん、まだちょっと心の準備が」


 接続箇所を探し当てた脚が体組織の穿孔を始めた。


「うぎっ……あがっ……ひゃひ……へっ、変な感じ……くすぐったくて痛くて……うわあっ! きゃああああ!?」


 再生動索が連結部のある傷口へと貫入した。

 スティンランドの腰部と脚部の強引な結合が始まった。

 神経と筋肉繊維の束が恒常性に従って仮構築された肉体を穿つ。抉れた骨盤の窪みに大腿骨の骨頭が情け容赦なく捻じ込まれる。

 その感触が酷く不快でスティンランドは普段は出さないように努めている高い声で悲鳴を上げてしまった。


「きゃああああああ! いいいいいう、ぐあっ、ぎっ、ぎいいいいい! かは……あうあっ、う、ええ!? 何これ痛ったい! うううう、あっあっ痛っ、痛い痛い痛い! えっ、関節が完璧に壊れてるとこ繋げるの、こんな痛いんですか!? 斬られた腕とかはそうでもないのに! ひっ、うっあっ、いぎっ、あーもうやめなさい関節を再生させてないのにゴリゴリ動かないでくださいわたしの脚! 言うこと聞いてください、なんで脚には言葉が通じねーんですかー! うっ……あ……! あっ、うぐっ! ……あ、入っ……た……? 骨盤のあたりにゴリっと……」


 そうしている間にも体組織の再構築は急速に進んでいく。新造に備えて蓄えられていたリソースも全て開放され両方の脚はすぐにその機能を取り戻した。

 生命管制の強力な誘導によって寛骨臼が再生した頃には下腹部の基礎的な構造は再生し各種の筋組織も大方結び付き終わっていた。

 三〇秒も必要ではなかった。欠損する以前と全く同じ状態にまで外観が巻き戻った。

 下着やトレンチコートに浸みた大量の血が回収ないし不死病の浄化作用で蒸発すれば彼女の両脚が股関節ごと失われていたことを示す情報は消滅する。

 

「うあっ、はー……。びっくりした……!」


 そろりそろりと脚を外骨格でアシストしながらで曲げる。

 抱え込むようにしながら太股から足先までを撫でる。

 神経の断裂までもが恒常性で塗り潰されて復旧していた。

 皮膚感覚も完璧に戻ってきている。感覚の鈍いところと鋭いところも損壊する前と変わっていない。

 大気に接している皮膚の面積が増えたためかさもなければ血液を両脚に持って行かれたためか気温が急激に冷えたように感じた。体温調節機能の正常化が進んでいる証でもある。


「……よし。ちゃんとわたしの足ですね。びったんびったん跳ねてるの見たときは、もしかすると他人の足なんじゃ、と思いましたが……」


 そして体を持ち上げる。

 自分の体内から流出した臓器の方をちらと見た。

 こちらでも思った通り恒常性が働いて再生が進んでおり元の形状へと順調に戻りつつある。


 具体的には蠢動する吐瀉物から臓器そっくりの形をした半ば液状化している謎の生物へと進化を遂げている。


 スティンランドは体が動かなくなるのを感じた。

 嫌だった。

 端的に言って近寄りたくなかった。

 彼女はホラー映画だけではなく大きめの虫などもかなり嫌いであった。

 

「こ、今度はあれをお腹に入れていくんです……? ええ……。待機状態の部品は自動でネコとか、海のいきものとか、そういうのになる機能ないんですか……?」


 そのとき礼拝堂に衝撃が走った。

 背後から突風が吹き付けてスティンランドは気取ることを忘れて「うわっ、ふわわわ!」と慌てながら手脚を伸ばして身体を支えた。


「大丈夫!? スティンランド、助けに来たわよ!」


 美しかった。

 偽りの月光すらも彼女の従者のようであった。

 優美な装飾の施された継承連帯のメサイアドールがそこに颯爽と現れていた。

 これといったダメージは見受けられない。全身に返り血であろう赤黒い液体がこびり付いていたがそれすらも彼女の蒸気甲冑に彫刻を彩るための風化表現(ウェザリング)に過ぎない。

 激戦を潜り抜けた後であろうにメサイアドール・エリゴスは見蕩れてしまう程に美しいままだ。 


「……わざわざオーバードライブで来てくれたんです?」


 恥じらってからかうようなと口調で尋ねた。


「だって、あなたの可愛らしい悲鳴が聞こえたんだもの。歩いてなんて来られないわ。遅くなってごめんなさい、<ハイドラ>とかいうのと戦うのが大変で。援護は必要かしら?」


「心配御無用です。親玉は倒したっすよ」


 ファイアウォッチに視線を向ける。

 

「……あれが『師父』さんかしら?」


「ファイアウォッチ、っていうそうです」スティンランドは他人の名前だと強く意識して伝えた。「……ハイドラは、強かったですか」


「話にならねーです、って感じね」エリゴスはフルフェイスヘルメットの下でふふんと鼻を鳴らす。「常に三人で連携してくるのは、中々だったわよ。装甲越しにでも衝撃を通してくるのには驚いたし、もしかしたら負けちゃうかなと思ったけど、落ち着いて対処すればあんなの当たらないのよね。だいたい、受けても五発目ぐらいからは慣れちゃったし。三人で連携してるって言っても、それ以上での連携はダメみたいだし、一人一人が雑魚だし……ま、落ち着いて捌けば雑魚の群れよね」


「その雑魚とわたしはたぶんあんまり変わらねーんですが……」という言葉は苦笑とともに飲み干す。「だけど、かなり手こずっていたみたいじゃねーです?」


「……何だか、打ち合うのが楽しくって。だって、戦闘用スチームヘッドが殴り合うなんて、通常なら無いじゃない? 先手を取るか取られるかで、一瞬で勝負がつくものだし。それに……」

 エリゴスは口ごもった。

「あの変なやつら……とても、とても人間らしかったわ。変な騎士道を気取ってて、カンフーバカの同好会みたいだったけど、話は通じたし、殴り合いながらだけど、建設的な議論だって出来たと思う。あいつらがどんな世界を理想としてるのか分かったわ。最悪であるという点に目を瞑れば素敵なのかもね。私たちがどれだけあいつらの狂った理想に振り回されてるのかも、ちゃんと伝えられた。反省してるやつもいたわ」


「……意思疎通が出来たと思い込ませるのは、思想汚染の第一歩ですよ、真に受けちゃダメです」


「分かってるわ。だいたい、クズ肉の末端とお話をしたって何の意味も無いもの。だけど、相手がすごく熱心に喋るの。強い相手には全てを曝け出すのが礼儀だって言って。私も誠心誠意応じなきゃいけないって思った。だって、私は、強いんだもの。ただ壊すだけじゃ、悲しいじゃない。弱い愛すべき敵には、せめて、それぐらいしてあげないと」


 立派な心がけではある。

 とは言え実のところスティンランドがファイアウォッチと決闘じみた私闘を始めたのはエリゴスがそう時間を掛けずに敵を片付けて増援に来てくれるという打算があったためである。何かあっても必ず勝てる勝負だった。

 そこを読み違えたのはエリゴスの生真面目さについて評価が甘かったからた。

 パートナーのことを理解していなかった事実にスティンランドは若干しょんぼりとした。


「スティンランドも、一筋縄ではいかなったみたいじゃない。酷い損傷だし……あと、その、床の上のぐちゃぐちゃのやつ……何?」


「……わたしのお腹の中身っす。良いのをお腹に貰ってしまって。全部破裂して、ダバーッと。これでもさっきよりは再生が進んでいるんです」


「もっと酷い状態というのは想像つかないけど……。どれがどれなのかしら」


「えっと、こっちが消化器、こっちが肝臓かな? 膀胱に腎臓に……こっちのはあの……言わなきゃダメです?」


「照れないでよ、見れば分かるから」エリゴスも照れながら言葉を遮る。「それで、この変なうごうごしてるのを、どうするの」


「……お腹に入れていきます」


「これをお腹に入れるのね。そう。これを……」うぞうぞと動く見慣れない肉の塊に少女騎士も怯んだ。「これが嫌で悲鳴を上げてたの?」


「違いますまさかそんなことはないのでした。ねーです。いいですね?」少女は青褪めた顔を赤くして早口になった。「悲鳴は、もげた両脚を股関節に入れるときに出ちゃっただけです。見苦しいですよね……すぐに片付けるので待ってて下さい」


「待って。私も手伝ってあげるから。分かるつもりよ、これ触るのちょっと怖いわよね……。自分のでも嫌。だけど、スティンランドのなら触れるわ。好きな人の体なら、どこだって触れるもの」


「エリゴス……」スティンランドは未だに完全ではない心臓が甘く震えるのを感じた。定命者なら不整脈を起こして死んでいたかもしれない。「じゃ、じゃあ一緒に入れていきましょう。二人でやれば復旧もすぐです」


 エリゴスは頷き兜を脱いで背部にマウントした。両手のガントレットも外して素肌を晒して見せた。

 不必要な動作だ。

 スティンランドが怪訝そうな顔をしているとエリゴスは幼さと成熟の中間で不死となった輝かしい美貌をかすかに朱色に染めて手を差し出してきた。


「じゃあ、はい」


「えっと……何です?」


「握らせてあげる。私の手を握っていれば、怖くも痛くもないでしょ? 私だって、返り血の感触を、あなたの体温で消してしまいたいの」


 スティンランドはいよいよ息が出来なくなった。

 黙って少女騎士の厳しい甲冑の手を握り緩く握り返してくるその感触に意識を傾けた。

 こうして二人の初めての共同作業が始まった。

 不死病患者の臓器を繋げるのに旧時代の外科医のような繊細さは必要ない。とにかく詰め込みさえすれば恒常性の作用で適性位置に自動で移動する。

 そうだとしても曖昧な人体知識での臓器の格納作業は酷くぎこちない。

 新婚初夜の夫婦のように時折濡れた視線を絡ませて互いに照れて逸らす。

 向かい合って手を握る二人の呼吸と臓物を掻き集める音だけが礼拝堂の床に染み込んでいく。視線を感じるのは礼拝堂の壁に刻まれた弓を持った女性のレリーフのせいかもしれない。


「大腸がそっちで、小腸がこっちで……肝臓って前の方だっけ? 右? 左?」


「お腹の中で手を動かさないでください! んっ、はい、まぁ、適当で良いんじゃねーです……」


「後はこの……これ」


「……はい」


「詰めるわね。あの……他意は無いから」


「そういうこと言及しちゃうと文脈が発生しちゃうじゃないですか!」


 スティンランドは生体脳が沸騰しそうになった。真っ赤になっているのはエリゴスも同じだ。


「文脈はもう発生してるわよ! 内臓よ、内臓! きっと、婚約指輪を相手の指にはめるよりも重いわよ、こんなの! ……嬉しいけどね。さすがにこの初めては、私だろうし。じゃあ、これ、詰めるわよ」


「……もう、エリゴスって、本当に……」


 スティンランドは脳髄に甘い痺れを覚えた。

 粗方の残骸は腹腔内に納められた。

 二人は手を離さない。

 手を握ったまま濡れた視線を絡み合わせる。

 

「……あの、もう少しだけ、あなたの手を握っていても、構いませんか?」


 スティンランドは丁寧に言葉を選んで紡いだ。

 エリゴスが息を乱して頷いた。それとなしに顔を近づけてくる。スティンランドは彼女の黒い宝石の瞳に魅入った。覗き込む。永遠がそこにある気がした。偽りではない本物の美しい永遠が。

 軽く唇を重ねる。自分の不死病の香気が周囲に充満しているのに気付いてスティンランドは覚えて離した。自身の恥ずべき部分がつまみびらかにされている気がした。エリゴスに抱き寄せられる。力を抜く。唇を奪われる。


「これ以上は……敵が来たら……任務だってあるし……」


「敵なんていないわ。避難民を見つけたら、こうして休む時間もないと思うし。少しだけ、良いでしょ? スティンランドだってまだ脇腹の損傷が治ってない……」


「……エリゴスが責任をとってくださいよ……?」


「私をこんなにしてるのは、あなたなんだからね……」


「悪いメサイアドールですね……」


 二人は偽りの月光の礼拝堂で互いの形を確かめようとした。


「お前さんがた、礼拝堂で何をやってるんだ? 鹿だかライオンだかに、変えられちまうぞ」と誰かが言った。


 それは、突如として響いた。

 マルボロと、同じ声だった。

 スティンランドは、実際にマルボロと誤認した。


「そのTモデルが秘蔵っ子とやらだな、スティンランド」


「……邪魔しねーでくれます? そうです、彼女がわたしのパートナー、メサイアドールのエリゴス。あなたの部下も全て死に絶えて……ん? あれ……?」


 スティンランドは呆然と影を見上げた。

 乳白色の光を背負う漆黒の装甲。

 そのアド・スケルトンを見間違えるはずもない。

 終生忘れることもないだろう。

 夢中になっているエリゴスは蕩けた顔に不満の色を浮かべて「マルボロが通信で割って入ってきたの? 無視しちゃおう?」と囁いてくる。

 彼女はそのアド・スケルトンの声を知らない。

 マルボロとほぼ同質の声であるため、闖入者に物理実体があると気づいていないようだ。

 スティンランドは恐慌を起こしかけていた。


「そんな……ファイアウォッチ……!?」


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