表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
177/197

セクション4 人類文化継承連帯/世界最終戦 キル・オール・ザ・セイクリッドディア(6)-1 近代化改修用準アルファⅠパッケージ<アンダー9:ファイアウォッチ>

 煤けた鐘を鳴らすが如き濁った金属音が都市を揺らす。スチーム・ヘッドたちは極音速で永遠に朽ちぬ鎧を打ち鳴らしぶつけあう。争うためだけに生み出された死なずの怪物どもの狂奔は衝撃となって都市を打ち揺らし王冠の歯車どもの鯨の歌にも似た奇怪な異音が満ちる都市の十字路を貫いていく。

<鹿殺し>が都市に与える影響は計り知れない。濫用は間違いなく世界の有様を変えてしまうだろう。しかしどれほど不吉な音色であろうが意志と思惟と欺瞞的な機械的補助によって人知未踏の領域へと突入するオーバードライブに比べれば弱々しい。スチーム・ヘッドは可能性世界を焼き尽くすことで加速する。突破するという切なる願いを収斂させた先にあるのが『加速』という呆れるほどに単純な力なのだ。

 そしてその速度を敵を殺すためだけに利用するのが戦闘用スチーム・ヘッドである。

 スティンランドは総髪に括った金色の髪をたてがみのように靡かせて駆けている。高速化した知覚野で鈍く濁った戦闘音に耳を澄ませてにやりと笑む。

 少女騎士エリゴスは予想通り敵のアド・スケルトンと対等以上に渡り合っているようだった。


『さっすが、わたしのエリゴス! 衛生帝国のクズ肉なんかじゃ、あの子は止められねーでしょうね。うんうん、コナかけといて本当に良かったー』


 エリゴスは自称に違わない性能を持っていた。

 殆どの戦闘用スチーム・ヘッドがそうではあるが数え切れない命を破壊し尽してきたエージェント・クーロンと比較しても次元が違う。


『最悪でも礼拝堂から引き離せれば勝ち。全機撃破は、まぁ出来れば良いなってところですけど、音の感じだとやれちゃいそうですね。陽動に関しては完っ璧! それに比べれば、わたしの役目なんてのは楽なお仕事ですよ。礼拝堂の地下のシェルターを確認して、誰も居ないって確認して帰るだけ! 持つべき者は仕事熱心で優秀な後輩ちゃんですねー」


 人工脳髄と生体脳の間で遣り取りされる情報は呑気さを演じていたが少女拳闘士スティンランドの内心には別の憂慮がある。

 最良のパターンならばエリゴスが初手で全機を屠り尽している頃合いだ。

 現実には、そうなっていない。

 相手は五十倍加速の暴風を一瞬でも凌げる敵集団だった、ということになる。前段階として投入されたゲルミルも強力だったが、あれを明らかに通常を上回る水準の機体群だ。衛生帝国はこの外観上遺棄された拠点を徹底的に暴くつもりなのだろう。

 とは言え、エリゴスは強い。負けはしないだろう。彼女が全ての敵を殺戮して凱歌を歌って踊っているところがありありと浮かぶが歌って踊るところは「そうだったら可愛いなぁ……」とスティンランドが妄想しているだけである。本人はそんなタイプではあるまい。

 

 一方のスティンランドは、強いわけではない。

 師たるマルボロと同じく人殺しが得意なだけだ。

 油断をすれば帰還を逃すかもしれないと感じ始めていた。



 慎重に警戒の矛先を向けながら無音の擬似オーバードライブでひた走る。人工脳髄の補助はあるが基本的には肉体に由来する『例外』のオーバードライブだった。生前であれば長時間続ければ肺と心臓が破裂して死んでいてもおかしくないが、生憎と不死になった後何百回も死ねばデメリットは無視出来るようになる。現在も独特の呼吸を繰り返すことで肉体に限界を遙かに超えた力を吐き出させている。

 機械式に比べれば加速倍率は物足りないが、熱量の異常な変化や爆音の発生が無いのが特徴だ。亜音速で走り機銃掃射を受けても死なず拳一つで大抵のものを破壊出来る暗殺者は、不死病の蔓延前は無敵の存在だった。


 建築物群の上で音速を超えた死闘が繰り広げているのを考慮しなければだが、エリゴスの前途は順調そのものだ。妨げる者の存在はメサイアドールの手で少なくとも遠ざけられてはいる。


『……エリゴス、まだ戦ってる。まずいなぁ。ただのアド・スケルトンが相手じゃねーということですか』


 道半ばを過ぎてスティンランドは眉目を曇らせた。

 速度を落として静音性をさらに向上させつつ戦況を分析する。

 衛生帝国のクズ肉たちの取り柄は頭数だけだ。エリゴスはクヌーズオーエの最後の守りの一角たるメサイアドール。アド・スケルトンが隊伍を組んでいようとも恐れるに足らない。

 二十四機を一機で相手取るのは難しいだろうが、難しいだけだ。エリゴスは当然の難しさに直面しているに過ぎない。そのはずだ。

『……そうですよ。エリゴスを信じるですよ』とスティンランドは自分に言い聞かせる。

 エリゴスは、強い。負けようとしなければ負けない。本物の強者とはそういうものだ。

 どうであれ彼らを釘付けにしてくれているのは間違いなく実際に礼拝堂の手前に差し掛かるまで金髪の拳闘士は敵影を見なかった。

 これは伏兵を警戒しないアド・スケルトンの悪癖のおかげでもある。彼らは高度な判断能力を持つが故にエゴが膨らみすぎている。

 高潔な武人のような人格の個体が多いと言えば聞こえは良いが、アド・スケルトンは例外なく近視眼的だ。迎撃機(インターセプター)としてはそうあるべきなのだろうが揃いも揃って強敵を目の当たりにするとそちらに意識を極端に傾けて警戒を疎かにする。メサイアドールのような新進気鋭の機体は彼らには刺激が強い。発情期を迎えた雄犬のように猛り狂うことになるだろう。


 結局マークされないままの状態で礼拝堂傍の路地にまで辿り着いた。

 知覚速度を加速してトレンチコート姿の少女は壁に張り付き礼拝堂の様子を窺う。

 開け放たれた大扉。

 通路を塞ぐように佇む三機のアド・スケルトン。

 やはり、エリゴスが大立ち回りを繰り広げているのであろう大通りに意識が逸れているようだった。

 臨戦態勢ではあるようだが高倍率のオーバードライブは起動していない。易々と切れるカードではないのはどの陣営でも変わらないが、臨戦態勢にも入っていないことから、間近にオーバードライブを起動した敵が迫っていることにも気付いていないと見えた。

 衛生帝国の機体も継承連帯の戦闘用スチーム・ヘッドと同じく付近でのオーバードライブを検知する器官を有しているが、しかしスティンランドはそれを無効化していた。

 機構によって検知出来るのはあくまでも機械式のオーバー・ドライブのみ。

 人工脳髄で認知機能をブーストしてこそいるが、身体能力を引き上げているのは、あくまでも肉体に由来する特殊技能、マルボロから学習した不死病因子調律の呼吸法の効果である。

 彼ほどの才能は無かったようだが、スティンランドの不死病筐体は生前から短時間のオーバードライブを使用出来た――エージェント・クーロンにはそう記憶されている。


 肉体に由来するオーバードライブは、通常、機械式オーバードライブと比較して加速倍率で圧倒的に劣る。ただし生命管制に多少負荷がかかる程度で、蒸気機関の駆動音や発熱量は平時と大差が無い。そして 対抗オーバードライブは視覚や聴覚、あるいはセンサーがキーとなるような異常な情報を取得しない限り発動しない。つまり、スティンランドは、オーバードライブ中と言えども、姿を実際に晒すまでは相手に認識されないということだ。

 暗殺以外にはまるで役に立たないが、スチーム・ヘッド同士の戦闘は先手を取った側が勝つ。一方的に攻撃を仕掛けるという点において、暗殺の実行は究極の先制攻撃手段だ。


 スティンランドはトレンチコートの下腹部のボタンを外して脚を自由に動かせるようにした。何度繰り返しても多少恥ずかしい気持ちがないでもないが鉄火場で身なりなど気にしていられない。それから深呼吸でもするようにトレンチコートの両手を伸ばしてから胸元に向けて勢いよく肘を曲げた。

 トレンチコート内側の不朽結晶フレームに増設された発条仕掛けが解除されて両方の袖口から二挺の大口径自動拳銃が飛び出した。

 パルクールじみた移動を多用していたエージェント・クーロンが両手を自由にしつつ即座に隠し持った武器を取り出せるようにとかつて採用したギミックだが、多少なり手脚の長さに恵まれているとは言え、あくまでも少女らしい体躯から外れていないスティンランドにとっては、ごく当たり前に邪魔な装備である。銃を追加で持つならガンベルトをさらに巻けば良いのだろうが、不朽結晶フレームのトレンチコートとの併用が難しい。手間を考えれば流用した方が簡便であると言うだけの理由で使用していた。

 ギミックは気に入らないがギミックと一体化している拳銃はスティンランドのお気に入りだった。トリガーから先を丸ごと切り落として限界まで銃身を詰めたような異様な外観をしたこの自動拳銃は消音器を内蔵している。44口径弾を利用する都合もあり通常ならばとても袖に隠せないほど長大になるところだが機関部を弾倉よりも後方に設ける構造を採用することで見かけよりも銃身を長く取って携行性と射程の両立を成功させていた。反動は強いがスチーム・ヘッドの腕力と精密性があれば如何様にも制御出来る。何よりも外観がミニマルで可愛らしいのが良かった。


 自分用に整えられた銃把(グリップ)を握り礼拝堂前のアド・スケルトンを再度視認。

 こちらに注意を向けていない。

 息を吸う。息を吐く。駆け出した。三機を相手に躊躇なく身を晒す。同時に尋常外の精密性で二丁拳銃での銃撃を開始した。ブルバップ式44口径自動機関拳銃の装弾数は僅か七発。咲く時代すら得られなかった異形の徒花だ。

 これらはどう足掻いても単なる拳銃である。ただし不死の時代において拳銃は極めて異質な立ち位置を与えられていた。

 完成度の高い戦闘用スチーム・ヘッドは本来的には射撃武器など必要としない。炸裂徹甲弾丸が敵を自動追尾するスマート・ウェポンならば使い途もあるが、弾丸を超える速度で走行可能な機体からしてみれば、特別な機能の無い拳銃などというものは存在意義が無い。照準してトリガーを引いてすっとろい弾丸が相手に当たるのをじっと待つ。そんな手間を掛けるぐらいなら、銃把を握り込んで自分で走って行き、銃身で殴りつけるか、銃を手で投げた方が明らかに簡単だ。

 しかしエージェント・クーロンは、一般的なスチーム・ヘッドとは異なる戦闘理論を採用してきた。クーロンは、雑草に等しい。拳法家としての誇りや戦士の誇りなどといったものは微塵も存在せず、特に『マルボロ』はマーシャル・アーツの分野で決して一流ではない。独自の技能を持つにせよ人格記録媒体(アイ・メディア)蒸気機関(オルガン)もメサイアドールのような高級モデルと比較して絶望的なほどに低い。

 戦闘用スチーム・ヘッドが鉄ならば、準戦闘用のスティンランドなどはまさしくチョコレート菓子にも等しく脆い。天賦と凡夫の間にある無限に広大な境界から永久に抜け出せない。

 だからエージェント・クーロンを冠する機体は戦闘用スチーム・ヘッドの真似などしない。

 使える武器と手段は残らず躊躇なく使うのだ。


 まずアド・スケルトンの一機の頭部に弾丸が殺到する。戦闘用スチーム・ヘッドならば真正面から銃撃されても銃口の向きを読み取って射線から離れる程度は出来るだろう。

 しかし突如まろび出たトレンチコートの少女は的確に彼らの死角を突いていた。

 戦闘用スチーム・ヘッドは確かにオーバードライブ中は超音速の悪鬼だ。しかし無防備な状態ならば居眠りしている老人と何ら違いが無い。

 最初の銃撃は頭部への全弾命中という形で結実した。マルボロの大臼歯や切り落とした指から精製された不朽結晶弾は人格記録媒体を貫通・破壊した。

 撃たれたアド・スケルトンの隣にいた機体が鋭敏な反応を示し回避を試みたが手遅れだった。


『真っ直ぐ飛んでくる弾丸は避けられても、これはどうっすかねっ?』


 スティンランドの二丁拳銃は緻密に計算された角度で銃口の向きを変えている。

 二機目のアド・スケルトンは射線から飛び退こうとしたが撃ち出された弾丸は空中でぶつかり合い跳弾を起こして予測不能な角度でその機体の頭部へと突き刺さった。

 弾丸同士をぶつけて意図的に跳弾を起こすのは、無論のこと実用的な技ではない。言ってしまえば単なる曲芸だ。スチーム・ヘッドの機械的な精密性がなければ決して成立しないくせに、修得には大したメリットが無い。高性能知性弾丸が敵を追尾するこの時代においては、屠龍の技と呼ぶのもおごがましい。

 マルボロは無才の拳法家だった。仮に何百年も修練したところで師父と仰いだ人物の領域には至らないだろう。しかし、こうした人殺し以外には使えない曲芸を修めることには、抜きん出て長けていた。その一見して無意味な技を弟子に教えるのも得意だった。

 さしもの跳弾では人格記録媒体を正確に撃ち抜くには至らないにせよ弾頭は確実に敵の生体脳を穿ち運動を阻害した。スティンランドは弾切れを起こした拳銃をギミックで袖口にしまいトレンチコートの裾を翻して太股を晒しながら飛びかかり相手の頭部に抱きついてそのまま不朽結晶製のニーガードをアド・スケルトンの頭部へと叩き込み、獲物の首から上を完全に粉砕した。

 爆裂した頭部を手放す。

 機能停止したアド・スケルトンを足蹴にして最後の一機に飛びかかる。


『こんにちは! そのまま殴り殺されてくださいね!』と嘲笑いながら内気を練る。


『継承連帯の伏兵か!? 受けて立つ、貴様と同速で捻り潰してやろう!』


 啖呵を切る三機目は――依然として徒手!

 武器を構えないのは動揺のためか? 瞬時の違和感。

 スティンランドが「違う」と判断したのはあまりにも馴染み深い構えを敵が見せたからだ。

 少女は吐き気に近い嫌悪を覚えた。

 敵が次に何をしてくるか。

 その全てが分かった。掌底を仕掛けてくるがそれはフェイントであり本命はさらに一歩踏み込んでから鎖骨を目がけての肘打ちで成功すれば肝臓打ちで神経組織へのダメージを狙って相手の生命管制の維持限界を狙いそれも受け流されれば二の腕を使って相手を押し出し自分の有利な間合いを作る。

 単なる予想に過ぎなかった。

 しかし現実はその『単なる予想』を精密になぞった。

 スティンランドとアド・スケルトンは互いに踊るような流れで一連の攻防の応酬を終えた。


 戦闘とはとても呼べない。

 互いの呼吸を知り尽くしたペアの演舞じみている――そうした連想が嫌悪感を強める。

 間合いが広がったが対手のアド・スケルトンは困惑した様子で追撃を中断した。


『……その動き、我々と同じ……。師父の拳だ。何故師父の八極を、継承連帯が?』


 スティンランドは肩を竦めた。


『師父って誰です? 知らねーですよ?』


 思い当たる人物はいる。エージェント・クーロンに拳法を教え込んだ人物。だが八極がどうのこうのという看板で怪しげなロンダリングを行ったのはエージェント・クーロンだ。

 八極の師父など、エージェント・クーロンには、実際のところ、いないのだ。

 あるいはクーロンの同門が全滅を免れて、この時代まで生き残り、同じような思考で小手先のブランド戦略を打ち出しているのかもしれないが、いずれにせよスティンランドには心当たりがない。


『ふうむ……あと何故コートの前をはだけている? 下着が見えているぞ。はしたない。恥ずかしくないのか? 隠すなら隠せ。それぐらいは、待ってやるぞ』


『は? 見えても大丈夫系のインナーなんで一向に恥ずかしくありませんが? そういうファッションなんですが? 各方面に失礼なこと言うのやめてくれねーですか? っていうかいやらしい目でジロジロ見ないでください気持ち悪い。これだから衛生帝国のクズ肉は嫌なんですよねデリカシーなくて。顔も生殖器も無いのに性欲はあるとか最悪でしょ』


『いや性欲などというものは克服しているし一般常識で忠告してやっているのだが……いや……デリカシーはないのかもしれないな……いやいや、そうではない。そうではなくてだ、しかし気になる、その技、その珍妙な装備、もしや我が師父を暗殺しに来た、特務機か? 継承連帯の淫売が師父の技を盗むなど、ぜったいにあってはならぬこと。ならば、これ以上の問答は無用、戦争機械の走狗には相応の報いを与える。打ち倒し、然る後その肉体に代償を払わせてやろう』


『はー。そっすか。そうなると良いですね』


 問答は無用だとか言うけど問答を始めたのそっちじゃねーですかと言いたかったが面倒さが勝った。


『さぁ来い、オレが見極めてやる。カンフーを見せてみろ』


『了解っす』


 相手が構え拳打の応酬に備えて重心を落とした瞬間。

 スティンランドは剥き出しの腰のガンベルトから回転弾倉式拳銃を抜いた。

 腰だめに構え、無情にも自身に可能な限界の速度での連射を行った。


『この期に及んで銃! 姑息な真似をっ!』


 アド・スケルトンは驚異的な反応速度で一発目の弾丸を拳で受け止め二発目を弾いたが二発目の影に隠れていた三発目が腹に突入するのを許した。

『なに!?』と呻いたところに間を開けずに飛来した四発目が膝を貫いて機動力を奪われた。

『馬鹿な、マズルフラッシュも銃声も一発しか』五発目と六発目が胸に飛び込み跳弾を起こして循環器を根こそぎ挽肉に変えた頃にはアド・スケルトンは予定していた全ての動作を中断して前につんのめるような姿勢で停止した。

 辛うじて転倒を免れているのは、拳闘家の意地といったところだろう。

 長い長いただ一度きりの銃声が引き伸ばされた時間の中で断末魔のように残響している。


『……いったい……何を……馬鹿な……』


『ファニングって言うんですけど』と高純度不朽結晶製のシングルアクションリボルバーをくるくると回す。『トリガー引きながら空いてる手で、こう、撃滅を扇ぐような感じで起こして、弾倉回して……ってすると、物凄い速度で撃てるんですよ。0.1秒未満で六発撃ち尽くせるのはわたしたちみたいな死に損ないの殺し屋だけっすね』


 一般的な銃火器の機関部よりも高速で手を動かせるスチーム・ヘッドは、シングルアクションの拳銃なら通常火器を大幅に超えた速度で連射出来るのである。時代錯誤な回転弾倉式拳銃を使うことの数少ないメリットだ。

 マルボロの人工脳髄から引き出した借り物の技では無い。修練を積んで身につけた技巧だ。事実として、彼女の肉体にはこの動作を行うための訓練の運動履歴が克明に刻み込まれている。

 通常の人間が回転弾倉式の拳銃で同じ芸当を安定的に成し遂げるのは、奇跡が起きても生涯に一度が限度だろう。六連射する時点で困難だが、全ての射撃において精密に照準を付けるなど、スチーム・ヘッドの加速された知覚能力と超人的な身体能力がなければ到底成立しない。自己破壊を恐れず死と再生を前提とした無意味な修練を繰り返せるスチーム・ヘッドだからこそ修得可能な絶技だ。

 たかが、銃。

 ましてや、拳銃。

 これは『たかが』と侮る相手にこそ効果を発揮する暗殺術である。


『……こんな……カンフーとは……我らの武の極みとは、こんなものでは……』


 循環器も脊椎も弾丸が陵辱し尽くしている。

 アド・スケルトンはゆっくりと膝をつき無声の音を戦慄かせながらスティンランドを見上げた。

 目も鼻も無いというのにその表情は崩れ果て今にも泣き出しそうに見えた。


『我らは、師父に技を賜ったというのに……こんな売女の、くだらない大道芸で殺されるというのか……』


『さっきから本当の本当に失礼じゃねーです? っていうか、これももちろんカンフーですよ。だいたいどの流派でも武器使うもんじゃねーですか。本場の八極拳だってメインは槍術なんですから、現代カンフーはピストルぐらい使って当然。気に入らないなら<機関遠当て・流星>とか適当に技名付けて納得してください』


『武とは……決して、銃では、無い……』


『……わたしたちの拳は、最初は祈りでした』少女は我知らず目を細める。『祈れば、刀剣にも勝てる。銃弾だって避けられる。祈る両手から放つ力こそが、真の武力である。そう信じることは美しい――美しいけど、それだけです。だいたいね、矛を止めると書いて武じゃねーんすか? つまり武とはマンストッピングパワーのことなんです。結局大口径の銃が一番なんですよねー。じゃあお疲れ様でした、時代遅れの偽カンフーマスターさん。お前さんも、もう二度とこの世に生まれてこないといいですね』


 アド・スケルトンの頭部に分散配置された光学レンズが輝きを失う。もはや金髪の麗人がブーツで路面を削りながら歩いてくる光景すら映してはいない。出血が甚大で、脳髄が酸欠を起こしているはずだ。しばらくは自発的な思考すら不可能だろう。

 だが不死病患者である限り、その肉体は再生する。

 衛生帝国の精鋭に二度目を与える理由はない。

 スティンランドは兵士と向かい合い、かがみ込む。

 それから、撃ち尽した拳銃の銃把でその頭部を殴った。

 殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。

 殴った。

 不朽結晶製の鈍器で滅多打ちにされたアド・スケルトンから頭部と呼べるものが無くなった。

 割れて潰れた人工脳髄と脳髄の混合物を首からぶら下げ痙攣しながら乳白色の冠に照らされているそれは、何か違う世界から流れ着いた得体の知れない無様な生き物に見えた。

 さらに頭の残骸を蹴り潰して念入りに無力化し、機体の人格記録媒体も靴で踏んで割った。


 スティンランドは未だに轟音劈くエリゴスの戦場を振り返る。

 瞑目する。

 銃を仕舞う。

 大通りを背にして礼拝堂に入る。

 神無き都市の祈りの地へと。



 礼拝堂とは言うが、具体的にどのような神に祈りを捧げる場所なのかは明確に規定されていない。廊下を歩いても、これといった宗教的意匠が無いほどだ。集会スペースには十字架その他の雑多なシンボルが完備されており、座席も自由に出し入れが出来る構造で、多様な信仰の在り方に対応している。

 だが、全自動戦争装置という絶対なる破壊神が庇護する都市で、そうした文化が正常な形で継承されることはまずない。何せ信じるべき『神』と呼べる存在が大量破壊兵器として現実に君臨しているのだから。人心は乱れ、見えも聞こえもしない観念的な存在を想うことも無くなる。

 必然的に礼拝堂の利用者は人文学の学者やマイノリティのみとなり、貧困に喘ぐ彼らを保護しているうちに、施設としてまともに保全される機会も失っていく。

 現に天井には幾つも穴が空いていた。管理の不届きで壊れたのか、様々な襲撃で破壊されたのかは、判別が着かない。皮肉にも、闇夜に煌々と輝く王冠の肌身に纏わりくような粘性の乳白色の光が、崩落しかかった屋根から不吉に照らしてくれるおかげで、スティンランドが瓦礫に足を取られることは無かった。


 廊下の終わりの扉は破壊されていた。

 エリゴスたちの奏でる轟音が、どこか遠くなった。

 これまでに感知したことがない音をスティンランドの人工脳髄は捕捉している。

 間延びしたピアノの音色。礼拝堂の奥から聞こえている。

 加速した世界では、濁った演奏など耳障りなことこの上ないが、同じフレーズばかりを繰り返しているのは分かる。『王の王。君主の君主。王の王』。裁き主を称える……。


 破られた扉から覗き込む。

 礼拝堂内部の破壊の程度は廊下よりも深刻で、破壊された屋根材や長椅子がそこかしこに散らばっており、一様に天井から差し込む乳白色の光の底へと沈んでいる。おぞましい<鹿殺し>の光が、礼拝堂の厳かな雰囲気と相俟って、慈悲深い月光の夜のように振る舞っているのが、スティンランドは落ち着かない。

 説教台のすぐそばにはピアノがあり、廃材を椅子代わりにした漆黒の装甲をしたアド・スケルトンが、ゆっくりと鍵盤を叩いている。

 銃声や外の激突音が聞こえないわけでもあるまいに、黙々と演奏を続けている。

 何をすれば良いのか分からず、途方に暮れているようにも見えた。


 他には無事な長椅子にぽつりと一人の影がある。

 白い髪をした矮躯の裸体が偽りの月光に眩しい。

 ピアノの方向を眺める横顔はどこか虚構じみた美貌。

 おそらくは不死病患者だが、人格記録媒体や人工脳髄はどこにも見当たらない。衣服すら一切身につけていない。言いようもなくスティンランドの好みだった。見惚れそうになるが気を取り直す。不審ではあるが脅威度は最低と判断する。


 ――この礼拝堂のどこかにシェルターへの入り口があるが、敵は明らかにそれを探してはいない。

 しかし、生存者が目当てで無いなら、こんなところで何をしているのか全く分からない。

 スティンランドとしては、『生存者がいないこと』の確認だけが必要であるのだから、交戦する必要はなかった。

 もっとも、排除しなければ入り口の捜索など不可能だ。他に選択肢が無い。


 トレンチコートの前を開け、腰のガンベルトから高純度不朽結晶製の回転弾倉式拳銃を抜く。

 目標はピアノを弾いている一機だ。

 衛生帝国の機体にしては珍しく、どことなく感傷に耽っているように見えたが、容赦することなく照準。

 三発連射した。


 演奏が止まった。

 偽りの月光を浴びながら、アド・スケルトンはおもむろに立ち上がった。

 そうして振り返り、いつのまにか握り締めていた片手を広げた。

 三発分の弾丸が床に落ちた。


 不意をついたはずだった。

 敵はこちらを一瞥すらしていない。

 そのアド・スケルトンは、死角からの攻撃を嘲笑うかのように無力化してみせたのだ。

 これもまた、冷血な衛生帝国の機体らしからぬパフォーマンスだった。


 アド・スケルトンは首を傾げて共通周波数で『教会では静かにするもんだぜ』と言った。


『聞いてるのか、そこの雌性体のガキ。学校で習わなかったのか?』


『……学校なんて通ったことねーですよ。初対面の過去を詮索するのは失礼じゃねーですか? 野蛮な人はモテないですよ』


『失礼だったか? それは、悪いことを言っちまったな。俺も、ボディの変容と改造のせいでマナーを忘れちまってるんだ。勘弁してくれよ。ん? 待てよ……何だお前さん、その顔かたちは』とアド・スケルトンは言い淀んだ。『……ドミトリィの血統を素体にしてるのか? 生き残りを隠してたのかよ。あいつの子孫は男なら解体して素材に、女なら改造して工場の管に繋いだはずなんだがな。しかし、そっちには山ほどTモデルがいるだろ。敢えてドミトリィシリーズを使うってのは、いったいどんな了見だ?』


『意味のわからねーことをブツブツブツブツうるせーですね。何なんすか、長々と独り言をするのが衛生帝国の流行りっすか』


『そういうわけでもねぇが』黒いアド・スケルトンは肩をすくめた。『マイブームではあるかもな。……どうにも、すっかり参っちまっていてな。つまらねぇことを喋ったり愚痴ったりしたくて仕方がねぇ。だが俺にも立場がある。そうなってくると、これから嬲りものにして身も心も壊し尽くす相手は、くだらない戯言を吐くにはちょうど良いのさ』


『そっすか。品性下劣ってよく言われません?』


『言われる。……言われてたよ』

 アド・スケルトンは、虚ろな目をした白髪の不死病患者に意識を向けた。

『まぁ継承連帯のクズ鉄よりマシだろ。お前さんはクズ鉄、って見た目じゃないが。装甲が少なすぎる。特殊仕様機だな? まったく、ここのところはわけのわからねぇことのオンパレードだ。今日にしたってハングドマンだの何だの、俺の知らねぇところで話が進んで、どいつもこいつも次々勝手をやりやがる。敵も味方もだ。この都市にそんな大事なもんがあるのかね?』


『これから壊される人には関係ないことですから、気にする必要ねーですよ』


『ツラは良いのに口悪ぃな。ドミトリィの子って感じだ。あいつ自身はそこそこ弁えてたが、あいつの子供は全部勝ち気がすぎる。まぁ、どうせ殺し合うんだ、これぐらい険悪なほうが良いか』


『そっすね』


『そっすか』アド・スケルトンは肩を竦めた。『……ところでお前さん、火を持ってないか?』


 ――スティンランドは、肉体が強張るのを感じた。


『……火?』


『火だ。ライターとか。煙草に火を点ける道具。持ってるわけがねぇか。継承連帯でも喫煙の文化は消滅してるだろ? 煙草が何なのかも知らねぇわな』


 余裕に満ちた態度でゆっくりと距離を詰めてくる漆黒のアド・スケルトンに対し、スティンランドは敢えて構えないでいた。

 相手がそれに躊躇し、何かを気取って脚を止めるまで、しばし黙考した。

 静かな動きでトレンチコートの前を開けた。

 コートの内側のポケットから、コルト社のロゴが刻まれたジッポライターを取り出した。

 アド・スケルトンは驚いたようだった。


 スティンランドは奇怪な心臓の昂りを抑えながらそれを投げて渡した。


『おいおいおい……』


『もし煙草を吸うなら、どうぞ使ってください。東洋じゃ死人には煙を備えるらしいので。お線香でしたっけ? その代わりですよね。自分の葬式を自分でするだなんて、ずいぶん殊勝なクズ肉じゃねーですが』


『なんで……お前さん、なんでジッポなんて持ち歩いてるんだ? 煙草をやるのか?』


『まさか。そんな健康に悪いこと、しねーです。お守りみたいなものですよ。……そういうそっちは、どうなんですか? 衛生帝国のくせに煙草なんて吸うんすか』


『とっくにやめたさ。このボディじゃ煙草は吸えねぇし。火が無いか、ってのは、癖で聞いただけだ。……いや、しかし、継承連帯の連中はまだ話が分かるな。衛生帝国じゃ本当に煙草っていう概念自体が駆逐されちまってよ。お前さんも、どうにも若そうだから、煙草だの喫煙だの言っても、本当には分からねぇかもしれねぇが……』


『喫煙ぐらい知ってますよ。嫌な匂いの煙を吸って楽しむ、あの変な文化のやつですね。煙草には、マルボロとか、クールとかがあって……』


『……』衛生帝国の悪鬼が息を飲んだ。『……何で、そんなことまで知ってるんだ……?』


 トレンチコートの少女と黒いアド・スケルトンの間に、名状し難い沈黙が降りた。

 互いの腹を探り合うための、殺意の交錯とも憎悪の交換とも異なる、奇怪な緊張だった。


『さっさと、吸ってくださいよ。最期の一服ぐらい、待ってあげるですよ』


『だから、俺はな、火を探してはいるが……火なんて、必要としちゃいねぇのさ』


『はぁ』


 生返事をするスティンランドに、殺意のない速度でジッポライターが投げ返される。


『衛生帝国じゃ、煙草なんてのは絶滅して当然の毒物だ。清浄なる楽土を掲げる国に、そんなもんはあっちゃいけねぇ。だが俺は、オリジナルの体を維持しているうちは喫煙を続けててな、敵対都市を攻め落とすたびに廃墟から煙草を漁ってた。だが、ライターの調達がどうしても難しい。それで、若い連中に火を探してるが見なかったかとか、火を持ってねぇかとか、そういうの聞いて回るんだが、通じねぇんだな。それでも癖になって、何となく聞き続けてたんだが……』


『へぇ。ふーん』


『そしたら俺が本当に火種を、何か致命的な事態に関する徴候を探して警戒しているんだと、そう勘違いされるようになった。衛生帝国兵士の模範だとか言われるようになって、挙句若いのが俺を師父だの何だのと崇めて、何を考えてるんだか、俺の技を真似していきやがるようになったんだな。ただの殺し屋の曲芸だって言っても、誰も聞きやしねぇ』


『話が長いっすね』


『老人の長話は黙って聞くもんだぜ』


『あ、外で三人ほど雑魚のクズ肉をぶっ壊して来ましたけど、もしかしてお弟子さんでした? 申し訳ねーですね』


『……<ハイドラ>どもは確かに俺が育てた。まぁ、残念ながら師である俺が二流なんだ。必然、みんな三流、四流だ。分かるか? いくら潰されても換えは効くってことだ。連帯の鉄クズを僅かでも消耗させられればあいつらも本望だろう。だが弟子は弟子だ。仇討ちぐらいはしてやっても、良いだろうな』


 瞬間的に加速して突撃してくる漆黒のアド・スケルトン。

 その攻撃姿勢には前例がない。

 衛生帝国に敢えて徒手で戦うスチーム・ヘッドがいるとは知られておらず、戦闘データが全く存在していない。おそらくは秘密裏に活動する戦闘部隊の一員だ。遭遇した機体が全て破壊されているため情報が入ってこないのだと推定された。


 だがその動きは、スティンランドにとってあまりにも見知ったものだった。

 初見の相手だというのに、何の未知も無いという異常。

 アド・スケルトンもすぐに奇妙な現実に気付いたようだった。


 一瞬の交錯の間に数十の拳を交わらせた。拳が拳を打つ。脚と脚が重なる。攻防は目まぐるしく展開した。二人は輪を描くように動き回りながら殺意をぶつけ合う。防がれると予め分かっている攻撃を敢えて与え合う。読まれると分かっているフェイントを繰り返す。それはいっそ舞踏に似ていた。金色の髪をした少女と漆黒の鎧騎士による舞踏だ。息を合わせるどころではない。互いに互いの体の輪郭を確かめ合うような、ある種の計画に基づいているとしか言えないる同調。一挙手一投足が考えずとも分かってしまう異常。気配だけでオーバードライブ倍率の上昇開始も息を入れて減速するタイミングも読み取れた。

 呼気と不死の香気が混ざり合い二人の脳髄に陶酔と混乱を与える。


 先にその己が尾を喰らうが如き輪舞から飛び退いたのは、漆黒の装甲のアド・スケルトンだった。

 彼は信じられないものでも見るかのような素振りで眼前の少女を見つめていた。

 スティンランドにしたところで全く同じ動揺に支配されていた。

 その実、完璧に理解していた。

 顔形。体格。性別。

 それどころか存在の様式すら異なるというのに相手が何を考えどう動くのか分かってしまう。

 体格差を考えれば成立するはずもない格闘戦が互角のまま進んでしまう。


 分からないふりをするのも限界だった。

 問いかけたくて仕方がない。

 だが口にするのが恐ろしくてたまらない。互いがそうであるはずだった。


『お前さんは――お前さん、名前は、何て言うんだ?』


 アド・スケルトンの吐き出した低く唸るような言葉は、しかし本質ではない。

 スティンランドにはそれが分かる。

 聞きたいのは名前ではない。『何なのか』だ。

 だから少女は躊躇いがちに答えた。


『わたしは……わたしの名前は……スティンランド。そう呼ばれています。近代化改修用準アルファⅠパッケージ<アンダー9:シガレット・チョコレート>の支援ユニット。わたしだけ名乗るのは不平等じゃねーですか? そっちも名乗るっすよ』


 沈黙。

 ややあって、黒い骸骨の騎士は、呻くようにして応じた。


『俺は……ナイン・ヘッド……違うな。この名前は違う』


 顔のない鎧の口元に嘆くような声が笑みの面影を結ぶ。


『俺は火災監視員(ファイアウォッチ)だ。近代化改修用準アルファⅠパッケージ<アンダー9:ファイアウォッチ>……それが俺の通称だ』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ