セクション4 人類文化継承連帯/世界最終戦 その3 緊急任務:弾道降下強襲鞘部隊迎撃戦(前)
長くなってしまったので前後分割です。
高空での核爆発の連続によって都市襲撃機以後も残留していた雲と煙からなる炎の柱はしばしその存在を猶予された。煌々たる月光と都市を焼く厄災の炎が夜空を黒々と輝かせている。
火を飲んだ嵐のような矛盾した輝ける沈黙。白濁した月は目蓋を切り取られて死んだ人間の眼球の似姿であり破滅に向かうこの都市を見下ろしている。
やがては残り火の生み出す新しい煙に曇るだろう。
『ゲルミルどもは、私たちの位置を理解してると思う?』
「たぶん俺たちの居場所は知られてない。こっちにパペットがいるって確信もないはずだ」
マルボロは慎重に答えた。
スヴィトスラーフ衛生帝国のBDASで使用される弾道鞘は、それ自体が特定分野に機能を特化させた変異体だ。戦力を目標地点に撃ち込むのが目的であるにせよ下方視界確保用の拡張用眼球まで搭載されている。ゲルミルは神経接続して巨大な眼球で外部を覗きながら安定翼を操作し着弾地点を決めるのである。
ただし今回ばかりは迎撃用核兵器の閃光に飲まれてまともに機能していなかったはずだ。
都市襲撃機たちが制空権をほぼ掌握していることから衛生帝国が何らかの手段で偵察に成功していた可能性も低い。
相手は具体的状況を把握しないまま無謀な弾道降下を実施している。つまり相手はキュプロクスの存在を知らない。発見されるまではあらゆる攻撃がキュプロクスに許されている。
状況は危機的だが一応の有利はある。
しかしながら懸念材料が多すぎる。こちらの戦力が不明な状態であるにも関わらず帝国の動向は奇妙だった。
ゲルミルは敵側の主力の一つである。他の器官兵器と比較して明瞭な思考能力を持ち都市の蹂躙ではなく敵戦力の排除にのみ使用される。
幾つかの防衛ラインは確かに突破されているが戦争装置の端末群は全て健在だ。そして各地に配備されていたほとんどの戦闘用スチーム・ヘッドは計画的に転戦して戦場に残留している。
全体としては敗北しているにせよ、奇妙なことではあるが、個々の戦力では依然として敵側を優越したままだ。
そもそも、この都市は市長補佐の認識通り第一防衛ライン陥落時の囮として造られており、敵側には攻撃する理由はあれど占領するメリットが通常は無い。
他の防衛ラインから前線を押し上げに来た勢力に包囲されかねないからだ。
「いっそ、このあたりに転戦中の戦闘用スチーム・ヘッド部隊がいて、そいつらの巡回時刻が近付いてるってんなら、話は早かったんだが……違うだろうな」
戦闘用スチームヘッドをピンポイントで潰しに来た。そういう自分たちに都合が良い分かりやすい理由を探したが一つも見つからない。
どのように思考を巡らせても今回のゲルミル投下は端末群の撃破にも戦闘用スチーム・ヘッド殲滅とも無関係だ。敵勢の不自然な動きと<鹿殺し>を結びつけられないでいられるほどマルボロは楽観的では無かった。
『それって<鹿殺し>が危ないってこと……』
「かもしれねぇ。拷問されたって、詳細位置をゲロっちまうやつはいないと思うんだが」
『知らされてないもんね。とにかく、捕捉される前に奇襲を仕掛けて少しでも数を削ぐしかないか』
「何がどうでもやることをやるだけ。そうだな」
ヘルメットがやけに重い。
マルボロは頭を振って迷妄を振り払う。現場が衛生帝国の狂える指導者たちの動向を考えたところで意味が無い。
盤面を制御するのは常に戦争装置だ。
兵士は動くのが仕事だ。
『マルボロ、やつらの落下地点は分かるかい?』
「ああ。おおまかには抑えてる。後は連中がどう動くかだな」
『それを踏まえて形勢不利を一気に逆転する策はある?』
「無い。離散するとは思えねぇし。集合のために発煙弾でも打ち上げてくれりゃ襲いやすいが、BDSAで放り込まれるやつらはそこまでの迂闊は晒さねぇ」
『……連中の貧相なエース機をぐちゃぐちゃに潰せるかと思うと興奮しちゃうね』
「まったくだ。しかしさすがに四匹と同時にぶつかるとキツい」
『そこは同感だよ。三匹まではいつも通りのやり方で潰せるだろうけど』
「速戦即決、先手必勝だな。とにかく集合されるまでに数を減らす。最悪でも二匹は殺すぞ。可能ならいつもの手順を二回に分けて繰り返しやる」
『うーん、それは私の貯蔵蒸気が保たないと思う。他にもっといい手は無いかい?』
「他は尻尾巻いて逃げるぐらいだ」
『あは。出来ないことは口にするものじゃないよ。やるしかない。……結局いつも通りだね』
「やるしかない。そうだ。いつも通りだな」
「じゃあマルボロ、いつも通りのルーチンを始めて。私を高機動モードに切り替えよう』
マルボロは人工脳髄に叩き込んだ標準手順に従って愚直に最終点検を始めた。
キュプロクスの周囲を回る。装甲や蒸気式噴進装置あるいは対大型変異体用回転弾倉式滑腔砲に不備は無いかを再確認した。
キュプロクスは準10m級のスチーム・パペットでありながら極めて単純な構造をしている。そのおかげで頑健さが他とは桁違いに高い。点検を要する箇所も少なかった。
そもそも接敵中であり交換部品もここにはない。
仮に異常があっても処置は不能だ。挟まった残骸を取り除く程度が関の山だ。
点検はさほど実利のある行動ではない。しかし対ゲルミル戦では万全を期す必要があった。
非EMP環境下であれば連帯のスチーム・パペットは衛生帝国の肉の巨人たち、ゲルミルより圧倒的に強力だが、EMPが吹き荒れる都市では支援ユニットやデジタル制御に頼るパペット側が不利となる。いくら対策しても誤動作の危険性が付きまとう機械を頼りには出来ないからだ。
この状況では、ゲルミル一体に対してパペット二機が理想的な割り当てとなる。
現実には味方は一人と一機しかいない。
対して敵は合計で四体いた。
兵は拙速を尊ぶとは言うがそれは速度でミスをカバー出来る場合に限られる。劣勢に立たされているからこその最終点検だ。壊れた部品を交換出来ないとしても破損箇所を知らないで放置するのと知った上で放置するのとでは支障になる程度が全く違う。
滞りなく対ゲルミルに思考を切り替えるにしても標準手順をなぞるのが最も速く確実だった。
一通りの見て回り異常がないことを確認するとマルボロはキュプロクスの多目的コンテナにバトルライフルを格納した。
これからの彼には無用の長物だ。しかし、拳銃は腰の左側に吊るしたままにした。
『もしも作業中に良いアイディアを思い付いたなら教えてね』
「……出来るだけ変則的な機動で接近してめちゃくちゃにする」
『だからそれ、毎度のことじゃん。って言うか、私たちってさ、緊急非常用の手動での操作切替、毎回やってない? あれ最初のところ痛いからやりたくないんだよね』
「巡航モードじゃゲルミルには逆立ちしても勝てねぇぞ」
『逆立ちもできないけどね、機体重量を前に傾けて惰性で歩かせるだけのモードだし』
「観念しろ。ほら、開けろ開けろ。ゲルミル四機抜きは大手柄だ、帰還したときお前の<突撃隊>の連中に良い顔したいだろ」
装甲をバンバンと叩くとセルシアナが『きゃー。はーい、入ってまーす』とふざけた調子で返事をして一拍遅れてレンズを埋め込まれた機体前面の装甲が開き蒸気が漏れ出した。
キュプロクスの巨大な手がガスマスクの兵士へと差し出される。
マルボロは不朽結晶の手に乗った。巨人の腕そして胸へと飛び移り目蓋のない眼球のようなレンズを備えた前面装甲の内側へと乗り込んだ。
そこにはキュプロクスの生体CPU格納庫が存在している。座席に腰掛けて蒸気に茹だれ半裸の上半身を汗で濡らしているセルシアナに目配せすると速やかに前面装甲は閉鎖された。
機内にはセルシアナ由来の甘い芳香が充満しておりガスマスク越しにもはっきりと彼女の存在が分かった。懐かしい香気。コルトの血に連なる愛しい者の香り。愛し子たちの香り……。
マルボロがセルシアナの頭を撫でると彼女は心地よさそうに目を細めて笑った。
マルボロは脊椎と似た構造を持つ胴体フレームに沿って蒸気配管を潜って行き胴体内部の下部に降り補助操縦者用の座席を展開した。とは言っても、非常用の計器類およびレバーやバルブが群生している中にある粗末な畳まれた椅子を起こす程度の操作だった。
光源が頭上と視察窓投影鏡から差し込む僅かなものしかないので暗順応が終わるまで難儀した。
それから来た道を這い戻りセルシアナの傍まで昇った。
セルシアナが蝶から蛹へと戻るような仕草で透明な生命汚染防護服に潜りこみ「いいよ。よろしくね」と促すとマルボロは座席横のハンドルを回してシートの状態を変形させていった。
固定具が生命汚染防護服に食い込んで不死の少女は自力では全く身動きが取れなくなった。同時に少女の肉体はレバーの操作に従って通常着座の姿勢から大きく前傾していき一方で両脚は後方へと僅かずつ持ち上げられて大型自動二輪車にでも跨がっているかのような状態になった。
コックピット内の光源は限られているが機体各所のレンズで外部光を集約・増幅するメカニズムによってセルシアナの周辺だけは外観からは想像出来ないほど明るい。生命汚染防護服の開かれたままの背中は比類無く美しく滑らかな肌と小脳にまで達する後頭部のプラグが露わになっている。
マルボロはセルシアナの首から腰までの汗を戦闘服の袖で払った。
そして座席上部の可動アームを手で引いて降ろし神経信号分配用ブレードのカバーを開いた。
刺突武器として使えば鎧騎士の甲冑すら徹せる鋭い刃が十数並ぶ。
ぞろりと並ぶそのプラグ群の刃先をセルシアナの背骨に沿って宛てがった。
「ひうん……」
「変な声出すな」
「変な声も出るよ、背骨に刃を山ほど当てられたことが無いから冷たいこと言えるんだね」
「まぁ気の毒だとは思うがこれしかねぇんだから」
苦痛を予期して体を強張らせるセルシアナの後頭部を撫でて慰めた。
「やだなぁ」
「それじゃ操縦系を切り替える。痛かったから我慢せず口開けて叫べよ、噛み締めると奥歯砕けたり舌噛み切ったらするからな。歯はすぐに再生しないからそっちのが痛いぞ」
「ふんだ。大丈夫だよ慣れてるから。一気にやってくれたまえ、だって私はもうこんなの全然平気で痛ったああああああああああああああああああああああああああああい!!! うわっ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! あああああああああああああああああ!!」
脊髄に沿って十数のプラグを同時に突き刺されたセルシアナは激しく痙攣しながら絶叫した。闘争・逃走反応で体液が排出された。
マルボロは容赦なくプラグを体内に押し込んでいった。
溢れる血が凝固して接続ソケットの隙間を埋めていくのを確かめ、最後の保護具をあてがうと所定位置に一気に差し込んだ。
処置を終えた頃にはセルシアナは全く身動きをしなくなっていた。
巡行モードにおいては姿勢制御のために小脳の機能を一部パペットに分け与えるだけだが、高機動モードにおいては肉体を動かすための神経信号は全てパペットに奪われる。
「全プラグ挿入完了。定位確認良し。どうだ、セルシアナ。キュプロクスを動かせるか?」
「うあああっ……ひぐ……何回やっても痛いぃ。こういうのってさぁ、痛いの最初だけじゃないの?」
「俺はお前さんよりも何千回もデッド・カウントが進んでるが、死ぬときは毎回死ぬほど痛いぞ」
「ぐす……。デッド・カウントでマウント取るのズルいよ。じゃ、じゃあ、動作テスト……始めるよ……」
悲鳴をあげていた時の涎を口の端から零しながらセルシアナが呟く。
レンズの向こう側でキュプロクスの左腕が持ち上げられた。
蒸気圧力の微妙な操作によってマニュピレーターの五指が精密に折り曲がるのが見えた。
マルボロが適当な場所に掴まりセルシアナに「耐ショックよし」と合図すると今度は数回飛び跳ねて見事に着地して見せた。
巡航モードにおいてセルシアナはレバー操作でキュプロクスを操縦している。
厳密にはこの時点でのキュプロクスは人間のように歩行しているわけではない。片脚を前に出して姿勢をやや前方へと傾けることで意図的にバランスを崩しセルシアナの小脳に平衡感覚の演算をさせながら適切なタイミングで逆側の脚を前に出させることで見かけ上歩いて見えるように見えるだけだ。
パペットと言うよりは蒸気機関戦車に近い。従来型のパペットの稼動時間の短さを改善する目的で導入されたモードであり、燃料の消費も生体CPUへの負担も少ない。当然ながら動作の自由性は極めて低い。
しかし高機動モードにおいては、キュプロクスは文字通りセルシアナそのものとなる。
脊髄に挿入したプラグを引き抜くまで、セルシアナの模造人格は、不朽結晶で構築された装甲とパイプの無骨な集合体を自分自身、少女の華奢な四肢と誤認する。敏捷性と精密性は巡行モードの比ではないが負荷は莫大で、長時間最大稼働を継続すれば人格記録が沸騰して壊れる。
さらに生命汚染防護服の内側で架台の上でうつ伏せになって脱力している少女は自分の意思では指一本動かせなくなる。固定具のせいで架台に跨った姿勢が崩れることもない。機械的補助が使えない状況では高機動モード解除の操作すら出来ない。
透明な防護服の奥で息を荒げそれでいて身動ぎ一つしない彼女は罰として琥珀の中に閉じ込められたニンフか古代の戦神に捧げられた串刺しの生贄じみていた。
「よしよし。お疲れお疲れ」
生命汚染防護服の背中の気密を確認してからマルボロはセルシアナの後頭部に触れ汗でびしょびょしょに濡れている髪をくしゃくしゃと撫でた。
掛け具からチューブを取り外しセルシアナの口に咥えさせて彼女から排出された体液を水蒸気と混合させて蒸留したものを飲ませた。
「ここからが本番だけどな」
「ぷは。私の水おいしい……。ううー、神経接続と較べたら大抵のことは大したことないから、後は消化試合だよ。はーああ」
唯一自由な首から上だけを動しマルボロにじっとりとした視線を投げたあと前を向く。
細い顎をクッションに載せる。
永遠なる少女は端正な顔を厭悪の念で歪め悩ましげに溜息を零す。
「帝国がEMP撒いてなかったら支援ユニット使って楽に気持ちよく接続出来るのになぁ……。あとさ、半端に肉体側の感覚が残るせいで生命汚染防護服の息苦しさと圧迫感が三割増しなんだよね。嫌になるよ」
「お前さんを守るための装備だぞ、市民何百人分のコストがかかってるか」
「そうだけどさぁ、これ本当に最悪だよ。見てよこの固定の仕方。なんだか見世物みたいじゃん。ジンケンシンガイだよ。私見て保安官だって思ってくれる人ぜったいいない」
「元から保安官だのガンマンだのにしては可愛すぎる。仕方ねぇさ」
「確かに私は可愛いよ。だけど私だってマルボロみたいに拳銃を二丁も吊るせばそれっぽくなるもん」
巨人の体内に拘束されたセルシアナは見かけ相応の幼気さでむくれた。
剛毅に振る舞い暴力を誇示し幾人もの女性を手篭めにしてきた普段の彼女を知る者からすればあまりの落差に驚くことだろう。
コルトがそうであったようにコルトの流れを汲むTモデル系列機は年を経ても身内と認識した相手の前では幼さを感じさせるほど素直になる。
マルボロはそうだなと苦笑しながらまたセルシアナの頭を撫でた。他の機体が同じことをやれば怒り狂ったキュプロクスに捻り潰されているだろうが。
心地よさそうな愛し子を眺め育て方が良かったのか悪かったのかと考えた。
すぐに現実逃避を辞めた。
生命汚染防護服は選択的光透過性を備えた透明な繊維で編まれた不朽結晶製防爆服といった形状をしている。完全に着込んだ状態なら考え得る全ての汚染から肉体の全部位をカバーし至近距離での爆発すら無力化。パペット自体が撃墜されても搭乗者が引き摺り出される可能性は低く、鹵獲された肉体を資源として使用される展開に繋がりにくい。セルシアナの人格記録媒体は蒸気甲冑側に搭載されているためそちらを奪われる危険性は元より低い。
蒸気機関が健在であるならば蒸気から冷却水と酸素を生成して内部に充填してくれるため酸欠や肉体の過熱も予防出来る。パペットの生体CPUの保護装置としては最も強固な守りの一つだ。
性能の代償は当然ある。見た目通り異常に窮屈で全身が格納されると固定具が無くても身動きが取れなくなる。まるで袋に閉じ込められるが如くであり少しでも実情を知る者からは直裁にボディバッグと呼ばれる始末だった。
キュプロクス用に設えられた防護服に関しては特に凶悪で、諸々の神経伝達割込用プラグや固定具を余さず突き刺して露出口を塞がなければ完全な閉鎖が出来ない。セルシアナが痛がるのも無理からぬことだった。
こうした極端な装備が生まれた背景には、鹵獲されたパペットが生体CPUごとゲルミルに改造されてコックピットから新規の変異体を随伴歩兵として次々に産み落としながらかつての自軍に攻め込んできた惨事が存在する。
隊伍を組んで行動している限りパペットの鹵獲などそうそう起こる事態ではないにせよその大惨事以降キュプロクスのような特殊仕様機については生命汚染防護服が必須となっていた。
「よーし、キュプロクスに馴染んできたよ。あんなに痛い思いをさせられたんだから、衛生帝国の連中にはやり返してやらないとね」と保護服の中で少女が歌う。「いつも通り私が好きに動くから、マルボロは私に合わせて、サブプロセッサとして補助をして」
「任せとけ。でも戦闘時以外は安全運転で頼む。酔っちまうから」
「でも私に振り回されるのも、投げられて墜落するのと同じぐらい好きなんでしょ?」
「あれとは別口だ。パペットの操縦補佐なんて、お前さんがコルトの娘じゃなけりゃやりたくねぇ。苦痛だけで言えばパペットへの接続より上だろうと思うぜ」
「あー、うん。まぁそうだろうね」愛し子の写し身は曖昧な笑みを浮かべた。「毎回下の方から凄い音してるもんね。やっぱり痛いんだ」
「普通は耐えられねぇぐらいだ。でも俺は我慢出来てしまうんだな、だってセルシアナは可愛いから。俺の育てたコルトが作ったガキで、お前さん自身も俺の育てたガキでもある。まったく、お前さん方は可愛くて最悪だ。つい甘やかしてやりたくなる」
「甘えてばかりでごめんね。……私も突撃隊の長としての立場がある。君以外には頼れないんだ」
「いいさ。俺も老いぼれの爺さんみたく、若いお前さん方を甘やかすぐらいしか、楽しみがねぇんだからな」
マルボロはこの世界にはもう何の希望も期待も抱いていない。
理想は朽ち果て人類文化の趨勢にも関心が無い。
愛し子たちさえ安らかであるならそれで良かった。
「とにかく頼られるのは嬉しいもんだ」
祭壇の少女はどことなくあだっぽく笑った。
「じゃあ今回も喜ばせてあげるよ」
「そりゃ楽しみだ。上手くやれ、セルシアナ。キュプロクスとしてのお前さんの実力を存分に示せ」
マルボロは胴体フレーム下部へと再び潜り補助操縦者の座席に着いて頼りないシートベルトを締めた。
目の前の無数に並ぶ圧力計を軽く叩き針の位置を正しハンドルを回してそれに連動して各所の視察窓を投影する小さな鏡に映る視界が正常に変化するのを確認する。
補助操縦者席には特別な機器は一つも無い。
あるのは蒸気量や蒸気流路に関係する何百年も前の機関車両に使われていたようなレバーやハンドルだけだ。
マルボロとて人工脳髄内部の蒸気機関操縦用の拡張現実ソフトウェアを使って大凡の基準値や基本動作を確認することは可能だが基本的に可能な操作はレバーの上げ下げやバルブの開閉に尽きる。
サブプロセッサのために用意された機器は全てが古めかしい。
本来ならば相応の演算装置とスカーレット・コントロールの大本体が担う役割だ。実際にサブプロセッサ席は支援ユニットと交換する形で搭載されている。
しかし戦術ネットワークも計算機械も利用出来ない最前線では誰かが手動で操作を行うしかない。生身の人間がこの窮屈なスペースに潜り込んで粗末な設備を活用し暴力の化身たるスチーム・パペットをアナログ極まる手段で支援するのだ。
無論のこと泥の河を泳ぎ焼き尽くされた塵芥の舞う荒野を歩き全身を返り血で染めてきた傭兵崩れに務まる仕事ではないが、それでもこの任務においてはマルボロがやるしかなかった。
一度だけガスマスクを外し煙草を咥え火を付けて肺に煙を入れた。
呼吸を整える。肉体の炉に火を入れる。
すぐにもみ消して伝声管を軽く叩いた。
伝声管から少女の声が響いた。
『準備良いね? 最初からトップスピードで行くよ! スラスターお願い!』
言うが早いかマルボロは蹴り飛ばされたようにバランスを崩した。
転がり落ちるドラム缶に収められた死体の如くめちゃくちゃに振り回された。
セルシアナの意志によって単眼巨人のスチーム・パペットが駆け出したのだ。
殺人的震動。肺が潰れ衝撃を直に受けた背骨が割れ不朽結晶製の配管やレバーが骨肉に抉り込む。
キュプロクスの下腹部にクッション材は存在しない。
サププロセッサ用の座席は非常時やメンテナンスのために設けられた座席であり戦闘起動は考慮されておらず換装を担当したヘカントンケイルが「ここに誰かを載せて戦うというのならば衛星軌道開発公社の元職員として忠告するけれど事故を起こす前に精神鑑定を受けた方が良いよ正気の沙汰じゃ無いから」と苦言を呈した程だ。
彼女の忠告は丸きり正しくサブプロセッサとなる機体の受ける負荷はセルシアナ本人の負荷よりもさらに大きい。それを敢えて受け入れるマルボロは嘘偽りなく正気ではなかった。ただのスチーム・ヘッドが特別な設備を介さずパペットの操縦補佐を務めるのは自分から拷問にかかりにいくようなものだ。
今回もマルボロは非人間的な衝撃の暴風に晒された。震動と加速度の重圧で生体脳がシェイクされ急速に血の気が引いていくのを自覚したが決死の覚悟で脚部スラスタの解放用ペダルを蹴りハンドルを回し大型蒸気機関内部で製造している圧縮蒸気の流路を変更した。
マルボロの操作によってスラスタから蒸気を噴射しキュプロクスは半ば跳躍に近い形で加速した。重圧が増す。マルボロは簡素な座席に押し付けられたまま胸骨が砕ける音を聞いたが直後に駆動音で破れてしまった。聴覚は壊れた。再生した。壊れた。壊れ続ける。
キュプロクスは走り続け兵士はガスマスクの中で苦鳴を飲み込む。
配管を逆流してきた蒸気が僅かな隙間から吹き出て兵士が管を閉鎖するまでの短時間で戦闘服の下で思うさま皮膚を焼いた。
キュプロクスの挙動に振り回されながらもマルボロは拡張視覚の計器類や視察窓投影鏡に映る景色そしてセルシアナの動向に神経を張り巡らせる。
肉体が一瞬一秒ごとに崩壊して苦痛を生み出し人工脳髄からのアラートが神経を責め苛む。彼は苦痛と混乱で狂気に陥っている。狂気こそが彼に任務を果たさせる。彼は兵士ではなく愛し子のためのサブプロセッサだった。彼はキュプロクスだった。彼とセルシアナは名前をキュプロクスと言い別ちがたく愛し合っていた。キュプロクスはサブプロセッサ席で生と死そして崩壊と再構築を繰り返しながら単眼の巨人が静まり返った死滅の都市を勇ましく駆けていく風景を想像する。それは現実であった。
キュプロクスは巨体に見合わない速度での走行を継続した。
構造が簡素で特殊機構も持たないこのスチーム・パペットは本来なら装甲や機関部にのみ採用される不朽結晶を機体のほぼ全ての部位の素材に使っている。動作補助用の完全耐EMP仕様の電気式駆動装置も搭載されているが最低限度の量だ。
結果として機体全体が異様なまでに軽量化されていた。純粋蒸気駆動方式のスチーム・パペットとしては考えられないほど動作が軽快な理由は高出力の炉心で軽い手脚を振り回しているからで、他に特別な理由は無い。
その特性ゆえに走り出す一瞬だけスラスタを起動させることで一気に最高速度に到達可能だった。前方へ転げる勢いを利用する危険な姿勢制御が可能なら、その最高速度を維持することも可能だ。
無論のことキュプロクスは頭部のない異形であり関節の数が足りず全体のバランスが人間のそれとは全く異なる。セルシアナの恒常性がどこまでキュプロクスに適応してもそのギャップが埋まることは永遠に無い。負荷で発狂しかねないリスクと引き換えにしても少女は巨人になりきれない。人間をどれだけ細かく分解しても十倍近いサイズの操り人形を操るための部品も、制御用のスラスタを自由に操るための神経も、決して出てこないのだから。
あるいは、奇跡的に片方は得られるかもしれない。セルシアナは生来の適性と過酷な訓練によってスチーム・パペット<アルファⅠキュプロクス>となる術を身につけた。それは天賦の成すところである。
だが二物は備わらなかった。スラスタの使用には機械的補助を要し電磁波が荒れ狂う環境で全速力で戦い続けるには第三者の絶え間ない外部補助が必要であった。
人間の形をしたサブプロセッサはセルシアナの一挙手一投足に合わせて適宜スラスタ噴射操作を加えて姿勢を安定させた。
EMPの濃い環境では殆どのスチーム・パペットが役に立たない。本懐を遂げるには機械的補助が欠かせない。極限環境において通常のスチーム・ヘッドをサブプロセッサの役割を代行させるプランは長年机上の空論と見做されてきた。
機械を介して同期出来ないなら、異なる二者が一体となるなど出来るはずもない。実現するには血の繋がりよりも深い結合あるいは互いの呼吸のリズムを知り尽くす密接な関係が前提となり互いを信じて疑わない苦痛に充ちた共同作業が要求される。そしてこの歪みきった痛みを伴う非言語のコミュニケーションを戦闘が終わるまで継続させるのだ。
端的に言えば狂気的な曲芸でありセルシアナとマルボロのように真剣に互いを思い合い戦地で肩を並べ続けた関係でなければ真似が出来ない超絶技巧だ。
あるいは機械と人間。
あるいは軍馬と騎士。
どちらがどちらかは不明瞭だがいずれにせよマルボロとセルシアナは二つの異なる知性の複合によって生み出される異形の戦闘単位であった。
この戦場では彼らは真の<キュプロクス>足る存在になっていた。
『あそこに良さそうな建物がある!』
伝声管からセルシアナの声。
『踏み台にして登って、もっと高いビルの上に行くよ!』
マルボロは返事をしない。
天地の別すら失われそうな衝撃によってあちこちが骨折し破片が内臓を巻き込んで皮膚を突き破っている。人間はこうした極限状況で発話出来るようには設計されていない。神と名付けられた何某かは慈悲深くも過酷極まる環境では声も出せないように人間を作りたもうた。
下手に口を開けば舌を噛み切るのみで、既に床に二枚か三枚落ちている。故にセルシアナからの呼びかけには実際の操作で応じるのが正しい。
シートベルトに轢断されそうな状態を呼吸と筋骨で支えマルボロは視察窓投影鏡の角度をメインレンズ側に向けて状況を把握した。機体が跳躍しようと足を撓めた瞬間に幾つかのレバーを操作し弁を全開にしながらペダルを蹴った。
強引な操作の最中に限界を迎えたサブプロセッサは盛大に吐血して死亡しすぐに蘇生したが破損部位が修復されるのを待たずにがばりと起き上がり指の折れた腕をレバーに伸ばし肘関節で挟んで強引に操作を継続した。
スラスタから大量の圧縮蒸気が放出されキュプロクスの巨体が浮き上がった。
タイミングは最適だったが無論いくら軽量であるとは言えこの程度の出力では飛翔するとまではいかない。それでも軽量機のキュプロクスが身の丈を越す建物の壁を駆け上がって非武装の左腕で機体を屋上に引き上げるのを助けるには十分な出力だった。
建物に取り付いたときの衝撃で眼球が破裂し何も見えなくなっていたが拡張現実の表示は有効であり体が操作機器の位置を覚えていた。経験と感覚でスラスタを停止。
単眼の巨人は隣接するさらに巨大な建造物に対して手脚を使って登攀を繰り返した。
最終的には大きく開けた視界を得た。辿り着いたのはサブプロセッサの破裂した眼球が二つとも元通りになった頃だった。
息も絶え絶えにガスマスクを外し吐瀉物と眼球の破片を床に落としまた装面した。
『マルボロ、敵を探して!』
マルボロは素早くハンドルを回し投射鏡の角度を変えて映す視察窓を変更していく。
死亡と再生を繰り返し肉体の悪性変異確率は増大し続けている。
蘇ることにすら疲れてしまった老骨には難しい繊細な操作だ。
それでもやる。
愛し子のためにマルボロは索敵を決して欠かさない。
それというのも神経接続してキュプロクスと一体化したセルシアナには周囲が全く見えていないためだ。
キュプロクスには欠陥に近い仕様が無数に存在する。
その最たるものは補助無しでは視界が前方に限られるというものだ。
駆動装置を除けばキュプロクスには精密機械が使われていない。通常は頭部に複合センサを搭載する。しかしキュプロクスにおいて過去の新鋭パペットの標準装備は全て追加装備扱いだった。
即ちキュプロクスの光学センサとは生体CPUたるセルシアナの眼球に他ならないのだ。
生命汚染防護服導入以前は少女の肉体は前傾ではなく固定具はあったが標準的な着座姿勢に近かった。セルシアナ本人が辛うじて左右の視察窓に視線を向けられた。現在の仕様ではパペットに直接接続している間セルシアナの視界は胴体部前方のレンズに限定される。
歪曲したレンズは外観からの印象とは異なり広い視野を実現しているが機体の背後や足下は観測不能だ。左右の窓が使える状態でも視界が極端に狭いという難点は変わらない。
だがこうして信頼性を極限まで重視した構成であるおかげで素体状態なら重汚染地帯でも一応の運用が可能で、現状がまさにそうだ。
何もかも鈍く不安定だがデジタル制御方式ならばEMPが吹き荒れる状態ではまともに動けず視界すら完全に無くなってしまうのだから、雲泥の差がある。
それでも無論のこと自然な有視界戦闘が可能なゲルミルを相手にするのは難しい。EMP環境下では可視の領域が前方にしかないのは致命的である。
こうした問題を補うためにはサブプロッセッサが視察窓を操作して周辺警戒を担うしかなかった。
マルボロは視察窓投影鏡を回して敵影を探した。
霞みがちな眼球である一点を注視する。
高層建築物の屋上で脚を止めているため何とか発声が可能だった。
声を出そうとして咳き込んだ。
咳き込むことすら出来ず窒息しかけた。
喉を塞いでいた臓器の破片を飲み下して報告した。
「……30m先、八時の方向。ゲルミルの蒸気器官から上がる、煙っぽいのが見える。他はまだちょっと遠いな」
『じゃあそいつが第一犠牲者だね。いつも通り上から接近してトップアタックからの斧連打で仕留めるよ!』
キュプロクスは黒々とした夜の闇に蒸気の旗を靡かせながらビルの屋上を走り次々と飛び移っていった。
スラスタからの蒸気噴射も織り交ぜた静粛性の欠片もない乱雑な機動。
しかし煙や駆動音から現在地を悟られる可能性は低い。
通常のスチーム・パペットに建物を登攀する能力は無い。これらは異様に軽量なキュプロクスだからこそ可能な戦術だ。似た芸当が出来る機体は他にも存在するが数が少なく無敵に近い性能を持つという点で共通している。
彼らは常勝無敗であるがため敵に交戦経験を持ち帰らせない。
それゆえ凡百のゲルミルはパペットとの戦闘を予期したとき、『相手は平地を移動している』とまず考える。
まさか高層建築物の屋上を足場にして飛び回っているとは思いつかないのだ。
三次元機動が可能な機体は、こうした敵の思い込みを逆手に取ることを許される。
音の反響する都市の只中で駆動音を敢えて敵に聞かせることは、上方への警戒を逆に緩めさせる効果を持つとさえ言える。
マルボロは生死のあわいで跳躍用スラスタ噴射操作を繰り返しながら敵影を視察窓投影鏡に探した。道路上。蒸気らしき煙の根元。
やはり肉塊の巨人がそこにいた。
甲冑を着込んだような硬質化した胴体と二体の悪性変異体の下半身を向かい合わせに繋ぎ合わせた強靭な四足。盾と槍を備えているように見えるがいずれも対パペット用の武器であり槍のような肉の棒は大口径高初速骨針砲だった。
接近戦だけでなく遠距離攻撃も可能な上位機種だ。
油断なく警戒しているように見えたがやはり上方を意識していない。
十六連の眼球を備えた頭部は真っ直ぐに建築物群の曲がり角を注視している。
攻撃は成功する。
混濁した脳髄でそう判断した瞬間マルボロはキュプロクスのスラスタの方向を敵の方角に変えて噴射した。
キュプロクスの進路は強制的にゲルミルに突撃する形に修正させられた。
無断での動作ではあるがセルシアナは「ようし、分かったよ!」と喜び勇んで即座に適応した。
スラスタの加速に任せ建造物から飛び込んでいく。
あまつさえその途中で給水塔を毟り取ってマルボロが指示した方向へと投擲した。
この一手で目標の炭素基攻性変異体は完全に惑わされた。
キュプロクスに気付く前に己の後方へと着弾した給水塔が立てる耳障りな音に注意を奪われたのだ。
鋭敏に方向転換し背後を振り向いて骨と肉で織られた巨槍を向けたが、その無防備な背面の上部装甲は、既に建造物の屋上から飛び降りたキュプロクスの回転弾倉式滑腔砲によって捕捉されていた。
「害獣と無法者は死ぬのが仕事だよ! くたばって地獄でもう一回くたばれ!」
空中でセルシアナが叫ぶ。
張り子の巨人が鎧の内側に張り巡らされた蒸気の糸に操られ腕を伸ばし、トリガーを引く。
爆音が轟き滑腔砲から不朽結晶弾頭の装弾筒付翼安定徹甲弾が発射され比較的脆弱なゲルミルの上部装甲を破裂させ胴体を貫通しその先にある道路にまで風穴を開けた。
目標のゲルミルはバランスを崩した。
そして恐るべき速度で四足を動かし転回し上体を捻って降下中のキュプロクスを捕捉した。
仕留め損なった。スチーム・ヘッドと同じくゲルミルも多少肉体が損壊した程度では行動を停止しない。循環器系は一撃で破壊するには巨大すぎる上に身体運動には複数の生体脳が関与しているため単機で闇雲に砲撃しても無力化は困難だ。
「人格記録媒体はどこ!?」
あるだろうと思われた場所にコアが無い。この場合セルシアナが狙ったのは人間の心臓の位置だ。
ゲルミルは応援を呼ぶ雄叫びを上げながら後退動作を始めたが失血により動作が鈍っている。
落下中のキュプロクスを見上げている。
自身の生体甲冑胴体中央部。
その付近を触腕内蔵型の浸食捕縛盾で隠そうとした。
『なるほど。コアはそっちね』セルシアナが嗤った。『後は銃斧で……』
そのときゲルミルが盾の裏から銃身を伸ばしてきた。
骨針弾が射出された。
『嘘っ!?』
照準は精密。
マルボロは直撃すると判断したがキュプロクスに回避させなかった。
高純度不朽結晶の塊である彼女に衛生帝国の粗悪な弾丸など通じない。
破損よりも衝撃が問題となる。マルボロは己の血を吐いて調息し感覚の無い指先で機器を操作して衝撃相殺のためにスラスタを噴射した。
さらに続けて明滅する視界の中に敵を探し最適な射撃姿勢を取らせるためにペダルを踏んだ。
『マルボロ、次弾行くよ!』
キュプロクスは腕を突き出した状態を維持して関節を固定させた。
予定外の行動だが二人の戦術的思考は完全に一致していた。
マルボロは意を汲み血中酸素を限界まで消費してセルシアナのために動いた。
実際のところ単眼の巨人は応射による衝撃と出鱈目な蒸気噴射で落下しながら回転している始末だったが一瞬でも射線が通ればセルシアナはタイミングを逃さない。
セルシアナは原型にして事実上の母であるコルトを遙かに凌ぐ射撃の才の持ち主だった。
放たれた二発目は浸食捕縛盾を貫通し今度こそ急所を貫いた。
敵が巨体を痙攣させて座り込んだのをマルボロが投影鏡で捉える。そのタイミングでキュクロプスが落下と蒸気噴射の勢いのまま頭部のない胴体構造物から思い切り道路に突っ込んだ。
セルシアナがパペットを操り手脚を振って教え込まれた通りの姿勢復帰動作を行うのに合わせてマルボロは破裂した内臓をマスクから溢れるほど吐き零しながら折れた手脚で必死に操作しスラスタを噴かして補助した。
姿勢復帰と同時に射撃体勢を取った単眼巨人。
ゲルミルに再度銃口を向ける。
そこにあったのは演算された勇士の魂を持つ衛生帝国の兵士ではない。
人格記録と胴体の三分の二を失ったくだらない肉塊。
世界の終わりまで存続するだけの虚しい変異体であった。
セルシアナが不機嫌そうな声でキル・スコアを数える。
『まずは一匹……』




