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アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
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セクション4 人類文化継承連帯/世界最終戦 その1 TFSSチーム護送任務

 真夜中だというのに灯りがいらなかった。都市はそれ自体が赤黒く輝いていた。

 立ちのぼった黒煙が夜空を濁らせ灼熱を孕んだ雲がごうごうと音を立てて脈打ち炎上する街の赤を反射していた。雲上すらも穢す灰と劫掠。この破局のあと次に地平線から来るものが果たして朝なのかは分からなかった。都市を焼く炎は月光よりも煌々と周囲を照らしている。

 この忌まわしい土地に新しく清潔な朝が来るとは到底信じられなかった。


 誰もいない。他には誰もいない。

 ガスマスクをつけた兵士は息を整え気配を確かめる。彼は標準支給のバトルライフルを携えてTFSSチームを構成する四人の速成複製人間とスチーム・パペットを先導している。

 彼女たち四人をパペット・デサントさせずに徒歩で移動しているのは、これまでに放棄してきた都市で同様の任務を遂行している間に、デサント中の生身の人間がおそろしく無防備であることが明らかになったからだ。

 TFSSチームを一人でも生きたまま目的に届けることが出来れば<鹿殺し>の起動は可能で、パペットに乗せて運んだ方が手っ取り早いのは事実だ。

 パペットのあちこちにしがみつかせる都合上、奇襲を受けたときフォローに入れないのがデサントの難点だ。スチーム・ヘッドなら一度死ぬだけで終わる。脆弱さは、さしたる問題にならない。

 しかし使い捨てを前提に生産された戦術(タクティカル)局面転換用(フェイズシフト)特殊技術(スペシャリスト)チームの彼女らは生身だった。

 TFSSチームの少女達が、仲間が惨殺されるたびに発散する生々しい恐怖の感情。その肺腑を重くする苦々しさが、ガスマスクの兵士に合理性の追求を躊躇させていた


 都市そのものは、衛生帝国の全面的侵攻で即死していた。

 どこを見渡しても都市の骸しかない。

 防衛ラインは現在に至るまで後退を続けており市街という市街が突如として交戦地帯と化し兵士の踏みしめているこの継承連帯加盟都市も百時間程前に劫掠の憂きにあった。全自動(オートマチック)戦争装置(・ウォーマシン)の巡回させている航空都市襲撃機によって十時間前に掃討が行われたが雲霞の如く押し寄せる不死の軍勢からすれば、それまでたっぷり九十時間もあったのだ。長すぎる猶予。

 生存者全てを連れ去り、汚染して同化することなど、造作もないだろう。


 事実としてアルファⅠ改型SCAR、コルトが率いるスカーレット小隊が到着した時点で有効な救難信号は確認出来なくなっており見渡す限り破壊された不死の残骸が積み重なるばかりだった。

 しかし物陰から起き上がる影がある。

 装甲化器官兵士(スケルトン)。掃討を生き残ったスヴィトスラーフ衛生帝国の残党だった。

 硬質化した外皮は通常ならば小口径弾を無効化するほど堅牢な装甲だったが現在は殆どの部位で溶解を起こしており手脚に至っては筋肉の再生さえ済んでいない。

 重点的に再生したと思しき右腕は不朽結晶製の骨刀と一体化していた。


 殺意をたぎらせる異形を目の当たりにしたTFSSチームが上ずった悲鳴を漏らした。

「残念だが投降は受け付けてねぇぞ」と兵士が敵に吐き捨てた。本心ではない。会話するつもりもない。護送対象を安心させるために余裕ぶって軽口を叩いただけだった。装甲化器官兵士(スケルトン)は彼が言い終えるのを待たず破壊的抗戦機動(オーバードライブ)に突入し破損した全身から血肉をぶちまけながら踏み込んで骨刀を振るってきた。

 ガスマスクの内側で鋭い息が弾けた。肺を炉心とする。息を整える。身体加速を行う。

 兵士は身を屈めて首を狙う一撃を回避した。

 人工脳髄と一体化した高純度不朽結晶製のヘルメットを骨刀の切っ先が掠めて赤い夜に火花を散らした。


 致命の一撃を易々と潜り抜けた男の掌底が装甲化器官兵士(スケルトン)の胸郭を殴打する。

 瓦礫の上に吹き飛びガラクタのように転がされた不死の尖兵は体勢を整えようと藻掻いたが口腔から体液を吐くばかりで立ち上がれない。


『やる気が無いのかな。マルボロ、本気で打てば良かったのに』

 

 音量を拡大された少女の声がした。まるで鍾乳洞から響く声のようで、音が歪んでいた。

 音源は兵士の背後に聳える、頭部構造を持たない単眼のスチーム・パペットだ。

 胴体中央部に設けられた索敵窓、原始の氷山を削り出して整えたかのような美しい一枚の選択的光透過性レンズの奥に生命汚染防護服(チェイストゥロッカー)の上半身を肌蹴た少女の姿が僅かに透けている。


『衛生帝国のゴミなんてどう殺しても罪にならないよ』


「俺が本気で殴ったらダンプカー同士が正面衝突起こしたたような派手な音が出るだろうが。少人数での隠密行動の意味が無くなる」


『じゃあ私が踏み潰そうか』


「汚いからやめとけ。だがトドメは必要だな。お嬢さん方、自由に撃て」


 TFSSチームの少女兵士たちがスマートウェポンを起動した。消音された超小型誘導弾が装甲化器官兵士(スケルトン)に殺到した。

 衛生帝国の尖兵は身動きが取れないまま静かな弾丸の雨による洗礼を受け全身を破砕され今後数日は自然治癒しないレベルまで千切り飛ばされた。


 弱敵だった。基本的には残存する敵戦力は全てこのような有様だった。航空都市襲撃機の掃射で肉片になるか重傷を負っており然程の障害にはならない。

 ただし油断なら無い生命力で潜伏を続けている。

 実戦経験の薄いTFSSチームを敢えて歩かせてパペットデサントさせないのは、そのほうがガスマスクの兵士――マルボロが、囮役を引き受けるのに都合が良いからという事情もあった。

 局所を不朽結晶プレートで覆い、EMP環境下でも稼働可能な最新鋭装備を装備したTFSSチーム。

 対してマルボロの装備はいかにも貧弱だった。飛行士じみた準不朽素材製戦闘服を着用し関節部を不朽結晶製のプロテクターで覆うのみで武装も標準支給のバトルライフルと二挺の六連装回転弾倉式拳銃に集約されており動作不良を避けるため甲冑(ギア)の類も身につけていない。

 彼は極めて歪な八極の拳法の達人であり、機械的な補助無しで破壊的抗戦機動に匹敵する身体強化が可能だったが、それはスチーム・ヘッド的な能力ではない。

 そもそも人工脳髄への給電も背負い式のバッテリーに頼っていて発電装置を持たない。彼の特性はスチーム・ヘッド的なものから逸脱していると言って良かった。

 客観的に判断するならば現在のマルボロは軽武装の生身の兵士にしか見えない。


 同条件ならば装甲化器官兵士(スケルトン)は機械的な判断に従ってより軽装な敵を目標とする。

 過酷な戦場でこれほど軽装の兵士がうろついているなら、通常は逆に警戒するものだが、マルボロにとって都合の良いことに、衛生帝国の尖兵はとにかく複雑な思考が許されていなかった。

 異常な軽装と、単なる軽装。この二者を区別出来ない。


「申し訳ありませんクーロン大尉」

 TSFFチームの隊長格の少女が震える声で言った。

「我々は指揮系統上で上位に存在する大尉を危険に晒しています……」


「心配どうも。でもな、死んでも死なねぇ死に損ないにとっては、こんなのは何にも危険じゃねぇよ。だいたい敵と遭遇するたびに小便漏らす娘っ子どもを矢面に立たせられるか」


「……っ」

 TFSSの少女たちは口籠もりフェイスガードの下で一斉に赤面した。

 工兵仕様の変異対抗波展開装甲(アンチ・テリファイド)は生命汚染もEMPも遮断する最新鋭の装備だったが内部に納められているのは生後半年で実戦投入に至った速成の儚い人工物の少女たちだった。

「お見苦しいところを……」


『マルボロ、言い方というものがあるよ』


「あのっ、お、お恥ずかしながら、我々は衛生帝国侵攻がこれほど凄惨なものであるとは予想しておらず……」


『ねぇマルボロ、彼女たちにこんな謝罪をさせる必要ないよね。下品な言い方で女の子に恥ずかしい思いをさせて申し訳ないと思わないのかい?』


「敵を殴って殺す以外に能がねぇ骨董品に、繊細な気遣いが出来ると思うのか?」

 

 拡声管からため息が聞こえた。

 レンズが填め込まれた装甲から蒸気が漏れて内側から押し開けられた。

 汗と水蒸気でしとどに濡れた黒髪のスチーム・ヘッドが、チューブトップを付けただけの上半身を機体の外側に晒してマルボロを睨んだ。

 少女と女性の中間期にある奇跡的な均整の体つき。

 母体であるコルトの過去に似て、潔癖な、美しい表情をしていた。

 コルトE型。旧友にして最も尊敬すべきエージェントだった初代スヴィトスラーフが好んで使った命名規則を援用して、マルボロがセルシアナ(CE-lsiana)と名付けたそのスチーム・ヘッドは、首から小脳にまでプラグが達するケーブルを引き摺りながら身を乗り出し、TFSSチームの少女たちを見下ろして、炎の夜の光を浴びながら優しげに微笑みかけた。

 汚染地帯で生命汚染防護服(チェイストゥロッカー)から体を完全に抜き出してしまうことは規則違反だったが、マルボロも強くは咎めなかった。


「マルボロが言いたいのは、君たちが心配だから自分が危険を引き受けるということだよ。侮辱がしたいわけじゃない。怖いのは仕方ないよ、誰だって怖い。これまでトランスポートしてきたTSFFの子たちも怖がっていた。恥ずかしがることも謝ることも、何も無いんだよ。大丈夫、私たちが守ってあげるからね」


「セルシアナ様……」


 焦がれるような声に応えて、キュプロクスは四人を持ち上げて胴体部に運び、胴体部のセルシアナと対面させた。

 セルシアナはTFSSチームの少女たちの首筋を触りながら笑いかけ、慰めの言葉を甘い声音で囁き、接吻を繰り返して、未熟な兵士たちに陶酔と安心を与えた。彼女は庇護対象に対して過剰な保護欲を発揮することがあり、それはしばしば他の欲望と混同された。

 ただし今回は肉体をハックしてセロトニンなどの化学物質の分泌を促す形でのカウンセリングが必要な状況ではあった。訓練施設から直送された先が、世界最終戦の只中なのだから、正気でいさせることには工夫が欠かせない。

 TFSSチームには安堵と愛慕というラベルの付いた麻薬が必要だった。


 いずれの面々もTモデルと呼ばれる絶世の美貌を持つ人造人間の亜種だ。彼女ら非人間的な美貌の持ち主が絡み合う様は神話の時代の宗教画じみていたが性行為の制限規定に抵触している可能性があり人口動態調整センター規準なら懲罰対象となる可能性があるがこの場に神は、全自動戦争装置(ウォーマシン)はいない。


 マルボロは燃え落ちる街の赤黒い臓物のような空を見る。神。そんなものがどこに有り得る?

 五人が仮初めの愛を交わし合う間に、マルボロは劫掠の嵐が吹き荒れた後の地獄を見渡す。

 幹線道路沿いの街並みは航空都市襲撃機による掃討が行われる以前の凄惨な劫掠の痕跡をありありと残している。

 開戦に備えてあらゆる家屋に設けられた防護シャッターは数万台の車両が突っ込んだかのように余さずひしゃげており路傍には変異体や衛生帝国兵士の残骸だけでなく逃げ遅れた市民だったものまでもが無造作に打ち捨てられている。

 路上で再生せず静かに湯気を立てているのは大抵は人間の手脚や消化器の類で首や胴体は見当たらずそれらは粗方回収された後で厳密には輸送を効率化するために不必要な部位の除去作業が行われた痕跡だった。

 想定される人体破損と実際の出血の痕跡が釣り合わないのは衛生帝国の端末がその場で同化する相手の傷を焼くなり溶かすなり縫合するなりしたからで、即ち衛生帝国に連れ去られた人々はどういう形でかは不明であるにせよ現在も生かされていたし、この先も死ぬことはない。

 それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。


 いずれにせよ臭いたつような悲惨さだ。TFSSチームからしてみれば恐ろしく溜まらないだろう。ここには人間の尊厳の残光さえありはしない。

 ただし衛生帝国に攻め込まれた都市としては有り触れている。どこもかしこも同じ景色。見飽きたという言葉すら脳裏を過る。マルボロは一分の動揺も示さなかった。マルボロもセルシアナももう慣れてしまっていた。

 それどころか、未成熟なTFSSチームを地獄に送り込むことへの罪悪感すら薄れつつあった。


 TFSSチームが活性化したのを待って、彼らは進軍を再開した。

 見慣れた地獄を兵士たちは歩く。

 何もかも死に絶えている。煙の柱で繋がれた天地が火と赤とを弛まず循環させ赫赫たる色彩で以て、崩落した都市を天地の両側から禍々しく照らしている。


 夜天から純粋な破滅の先触れが降り注ぎ地に充ちる。不死が雄叫びと殺戮の血飛沫を空に返す。致命的な連動、壊滅の後と先、劫掠と降下、死と破壊の祭典。

 世界を終えるための血の祭礼。



 マルボロは画一的な街並みの破壊されたあるいは血肉と煤で汚れた道路標識や地番を確認しながら交差点に差し掛かった。

 曲がる間際に足音を聞いた。

 ハンドサインで後続に停止を促し自身は背中を傍の壁に預けた。


 自分たちのもので無い足音は不吉だった。

 生きとし生ける善良なるものはとうに息絶えているはずであった。武器を持ち息をして路上を闊歩している斯くの如き者は例外なく不浄なる不死で呪われていた。

 破壊された車両や瓦礫が散乱するばかりの幹線道路の交差点から、ガスマスクで覆った顔を静かに出して進路の様子をうかがった。

 路上に立ち竦んでいる不死病患者とすぐに目が合った。


 不死病患者は見るに堪えない姿をしていた。

 うつろな目をして全身に到底生きているとは思えない傷を負っておりビジネス・スーツらしき衣服は溶けて爛れて肌と癒着していた。

「国連軍の方ですか」とその不死病患者は言った。意識活動の徴候だった。


 ガスマスクの兵士は思考を巡らせる。

 敵だ。どのような敵か。何をするためにここにいるのか。

 一瞬も保護対象とは思わなかった。即座に撃たなかったのはスヴィトスラーフ衛生帝国の放った生命汚染部隊のバリエーションを見極めるためだった。

 航空都市襲撃機の掃討が行われた直後だというのに、こんな低レベルな不死の加工物が健在なのは奇妙だった。


 不死病患者はマルボロの無言の威圧を友好的な態度と誤認したようだった。

 彼は「おかしいんです」と訴えた。


「私の頭が、半分しか無いんです。どこにも見つからない。なのにまだ生きている。私はどうなっているんですか?」


 訛りの強いフランス語だった。兵士はかつてパリ育ちの人間がこうした特有のアクセントで話すのを聞いた。

 パリが陥落してから数十年が経過しており僅かな生存者は人類文化継承連帯によって保護されていた。旧来の訛りは忘れ去られて久しい。

 つまり、遭遇した不死病患者は生存者の成れの果てでは断じてないのだと言える。死んだ都市の死んだ言葉で話す死んだ男の死に損ないの体。

 いったいいつから彷徨っているのか。国連軍などというものはパリ陥落の遙か以前に失われており異常に古い知識に基づいての発話であることは明確だった。


 マルボロは銃を向けたまま押し黙った。敵を観察した。確かに彼の頭は右半分が無い。顔の皮膚は剥がされ筋骨が露出している。鼻梁すら欠損し左の耳は顔の側面にぶら下がり際立って状態の良い眼球が左側の眼窩に納まって頻りにギョロギョロと動き回っている。頭骨から脱落しかかった脳髄は繊維質の保護組織で受け止められているがそれすら大した問題では無く損傷の程度から考えて頭部には脳幹すら残されていないように見えた。

 いずれにせよその不死病患者は現実には半分ではなく頭部の三分の二以上を失っていた。

 マルボロはガスマスク越しに低い声で答えた。


「どうって、お前さん、もうどうにもならねぇよ」


「そんな。助けて下さい! 助けて!」


 不死病患者が鉤爪を備えた肉塊を突き出した。

 おそらくは右腕だったと思しき器官で縋り付いてきた。

 マルボロの準不朽素材の戦闘服ではおそらく耐えられない。接触を忌避し、またある種の鎮魂の念を込めて患者をバトルライフルを撃った。くぐもった銃声が空気を揺らした。

 大口径弾の直撃で患者の頭部が完全に無くなった。しかし鉤爪が止まらない。

 頭部を失った感染者は銃撃される前と全く変わらぬ動作を続行した。

 マルボロは舌打ちしてアンダーバレルショットガンの銃把を握り、この憐れな不死に対感染者用の大型散弾を三発浴びせた。

 消音器を通して圧搾空気の吹き出すような異音が鳴り響き大粒の鉛玉が上半身を吹き飛ばした。

 患者の肉体はようやく停止した。下半身が前方へつんのめるようにして倒れた。

 その背後で、なにか粘つく汁を散らす肉の管じみたものが炎に照らされながら急速に巻き取られ後退していくのが見えた。


「神経管……じゃあこいつら扇動用模造市民(アド・ダミー)か」


 似たような歪な人影が、破壊された道路上のあちらこちらに点在していた。

 ある者はガスマスク姿の兵士の方を向いて慄然としている。

 ある者は瓦礫に潰されて絶叫しながら藻掻いている。

 ある者は棘だらけの触手の束になってしまった腕を使ってそうした個体を助けようとしていたが相手の肉を引き裂いてしまうばかりで思うようにならず自分の変わり果てた姿に途方に暮れていた。

 マルボロはガスマスクのゴーグルの奥で目を凝らした。

 市街を焼く炎のおぼろげな光のおかげで、さらなる前方に肉の管と同じ質感をした何か途方もない体積の塊が擱座しているのが見える。


「あっちは資源略取用膨脹母機(アド・バルーンマザー)だな。墜落したわけだ」


『本格的な戦闘になりそうかい?』


 集合住宅の三階ほどの位置から対大型変異体用(アンチゲルミル・)回転弾倉式滑腔砲(リボルバー・カノン)の長大な銃身とバレル下部にマウントされた不朽結晶製大鉈の黒ずんだ刀身そしてそれを保持する巨大な腕が伸ばされた。

 慎重な足跡を響かせながら姿を現したのは首のない単眼巨人(キュプロクス)だ。

 不朽結晶弾頭を装填された滑腔砲の砲門が目標を探して揺れた。

 マルボロは目蓋の無い瞳じみた巨大なレンズに向けて手を上げた。

 停止のハンドサインを繰り返す。


 痙攣している不死病患者の残骸を蹴り飛ばしてからマルボロは振り向いた。


「無駄弾を使うなよ。心配要らない。風船野郎の疑似餌を始末しただけだ」


『それなら余計に心配だよ。そうなると、これから疑似餌の大群が押し寄せてくるんじゃないのかい?』

 単眼の巨人からセルシアナの声が響く。

『お嬢さん方を守りながら、あの厄介な犠牲者どもを二人だけで捌くのは、ちょっと大変じゃないかな。マザーバルーンの使う変異体は、他とタイプが違うし。管を切らない限り動き続けるよ』


「まぁ大群の来襲(スウォーム)を乗り切る、ということにはならないと思うな。コルトE型(セルシアナ)、とにかく、応戦はあんまり考えなくて良い。TFSSチームを連れて、ゆっくりと前進してくれ」


『了解だよマルボロ。みんな、私が盾になって進むから、ゆっくりついてきて』


 十字路の曲がり角から単眼の巨人がゆっくりとした足取りで進んでいく。外観の割に軽快な足音をしており、その割に動きはぎこちない。巨大な手脚が動く度に機体の各所から蒸気が噴き出して、炎の夜に溜息のような白い渦を描く。

 シリンダーの伸縮と蒸気の圧力を併用して関節を動かすのが純粋蒸気駆動方式(オールドスクール)大型蒸気甲冑(スチーム・パペット)の特徴だった。

 単眼の巨人、<キュプロクス>は人類文化継承連帯において新鋭機に数えられる戦闘用スチーム・パペットだ。極めて純度の高い不朽結晶装甲と優秀な無尽燃焼炉がそれを裏付けている。

 ただし純粋蒸気駆動方式であることに加えて内部フレームの利用を補助程度に留めあくまでも張殻構造(モノコック)での強度確保を重視するなど古い技術を積極的に取り入れていた。


 全景を確認出来る位置に達するとチームの全員で停止した。


『ああ。なるほど。アド・バルーン本体は墜落してるんだね』


「おおかた、どこかの全自動(オートマチック)戦争装置(ウォーマシン)の端末が撃ち落としたんだろう。しかし相変わらず胸糞悪い変異体だ。どうせなら郊外に落ちてくれりゃ良かったのに」


『ここまで近付いても大した反応はないね』


「詳しい確認無しじゃ安心は出来ねぇが」


 大型スチーム・パペットであるキュプロクスを見て、いよいよ救護が来たと勘違いしたのであろう扇動用模造市民(アド・ダミー)が駆け寄ろうとしてきた。

 マルボロやキュプロクスが応射するまでもなく全ての影が途中で転んでしまった。

 彼らの大半がまともな肉体を持っていない。

 しかも背後から伸びて脊椎や脳髄に繋がっている肉の管によって行動を著しく制限されていた。

 マルボロが遭遇したのは奇跡的に遠くまで移動出来る個体だったのだろう。

 彼らの「遠く」は哀れなほど狭いのが常だった。

 キュプロクスの背後に隠れていたTFSSチームのSモデル複製体たちも、EMP対策を施されたスマートウェポンを構えながら前進していたが、管に繋がれた憐れな異形どもを見て狼狽した。


「クーロン大尉、あれはいったい?」


 年若い横顔を嫌悪感で曇らせ問いかけてくる。

 一つの目的のために同時期に製造された複製人間たちは外観だけでなく感性もおおよそ同じらしく目の当たりにした怪物に一様に悪感情を持っているようだった。


「アド・バルーンどもを見るのは初めてか? お嬢さん方の教練では出てこないか。あいつは本来は前線と無縁の怪物だし、教えられてなくても仕方ない」


「ええ。初見です。あれは何なのですか? 市民ではないのですか? みな、自分の状況が分かっていないのでしょうか」


「そうだな。分かってない。そう改造されてる。あいつらは疑似餌だ。マザーバルーンは管で繋いだ連中を地上に降ろして、自分は空中を移動して、不用意に近付いたやつを触手で釣り上げるわけだが、厭になるのは疑似餌にされてる連中が、自分がもう人間として終わってることに気付いてないってところだ。思考の主体もあいつらの肉体じゃなくてバルーンの内側にある。人格を再現してるのは抽出されたほんの一部分で、自前の脳味噌なんて小指の先ほども無いんだが」


「つまり人間ではないのですか……?」


「ある意味では人間だが、要するに何十年も前に攫われた連中の残り滓だな。今は絶望と混沌の扇動広告気球(アドバルーン)に操られる、路上の悲劇役者だ。ダミーどもは無残な姿で泣き叫び、助けを求め、騙された連中をズタズタにする……そして敵勢の混乱を煽るわけだ。釣られた馬鹿を捕まえたら適当に肉体を辱めて頭か背骨に神経管を通し、マザーバルーンに収容して連れ去る。忌まわしい人さらいの気球だ。防護の甘い都市を襲うのによく使われてて……脚が遅いから侵攻作戦では役立たずなんだが、何故だかこんなところに出てきてるな」


「近寄っても問題はないのですか? 問題が無いなら最短ルートを選びたいのですが」


「まぁな。それが出来れば良いな」


 マルボロは、キュプロクスの巨体を駆け上がった。

 背部の大型蒸気機関(オルガン)に設けられた重機関銃の銃座に取り付き狙撃眼鏡(スコープ)を覗いて調節螺旋を操作した。

 本来ならキュプロクスに搭載の支援ユニットで自動的に補正が行われるのだが衛生帝国の撒き散らしている生体EMPのせいで精密機械は大半が機能停止している。

 自動照準機能も当然ダウンしていた。


 余計な苦労をしながらマルボロは出来れば見ないことにしておきたい世界をつぶさに観察した。

 擱座しているのはやはり間違いなく資源略取用膨脹母機(アド・バルーンマザー)だった。

 触手だらけの悪性腫瘍としか言いようのないおぞましい姿を見間違えるはずもない。

 おそらくかなり以前に電磁加速砲の直撃を受けたらしく、体積を大きく削がれており、再度浮上するのは不可能だと断定出来た。掃討に巻き込まれるか不慮の事故か漂着という形で前線に出てしまったのだろう。希望的な観測をするのであれば。

 この都市の上空に到達したあたりで高度を維持出来なくなり進路上にある高層建築物にぶつかったあと出鱈目に軌道を変えて落着して動けなくなっているというのが妥当な見立てだった。


 そのぶよぶよとした膨脹した巨大な肉塊と崩れた建造物が幹線道路を塞いでおり掴まる先を探すように無数の触手が伸ばされている。

 浮遊用の生体ガスを生成する器官が再生不全を起こしても制御脳や内部にある生体加工装置は健在なのだろう。


『マルボロ、どんな感じだい』


「飛べないだけでまだ元気そうに見える。迂回が無難だな」


「進言します。どうしても脇を擦り抜けていくことは出来ませんか?」

 

 TFSSチームの隊長が言った。

 マザーバルーンへの嫌悪は見るからに強烈だったが目的意識に基づく克己心がそれに勝っていた。

 基本的にこの四人の少女兵士は同じ思考を行う。隊長格ばかりが発言するのは彼女が意見を述べればそれで完結するからで、他のチームを見てきた限りでは隊長格が死ぬたびに他の個体がずっと昔からそうであったかのように立場を引き継いだ。

 ただし十代後半という身体能力がピークに達した時期の肉体を与えられてはいるが実際には生後半年であるため『ずっと昔』なるものはない。

 マルボロはあるべき成長を予め剥奪され特殊な破壊装置の操作手順だけ教え込まれ絶望的な未来に向けて送り出される彼女たちの存在意義とそれを容赦なく使い潰す自分たちの責任について深く考えないようにしていた。

 最初のうちは思い悩んだが一ヶ月ほどかけて同じようなうんざりする仕事を繰り返した今はすっかり疲れてしまっていた。


「一刻を争います。我々には可及的速やかに<鹿殺し>を起動させる義務があります。我々はそのために生まれてきました」


「……お嬢さん方がいなければそうするが。風船野郎は未感染の人間には滅法強いんだ。あれは未感染者狩りの専門家みたいなもんだからな。捕捉されたら、あの肉の管、神経管で内側の生体加工装置に引きずり込まれる。そこで全身拷問同然に弄り倒されたあと、脳を摘出されて、肉体は雑に改造されて、晴れて衛生帝国の仲間入りだ。お嬢さん方は性能が良いし、まぁなんだ。俺とももう、お互い顔見知りだ、あいつなんかには特に奪わせたくねぇな」


「……脳を摘出……」

 少女兵士たちは肉体を改造されることよりも脳について強く反応した。

「記憶を奪われると?」


「疑似餌は、生前の記憶の粗雑なコピーを人格として流し込まれてる。記憶を複写する過程が挟まるわけだから、漏洩のリスクは確実にあるな」


「それは避けたいところですが……でも時間が……我々では判断が付きませんね」

 TFSSチームの面々は繊美な顔を見合わせた。生存率よりも軽量さと機能性を重視した彼女たちの装備は物々しいが装甲が少なく皮肉なことに失われていく彼女らの美しさを際立たせていた。

「クーロン大尉の判断に任せます」


「突っ切った方が速いのは事実なんだがな」


 マルボロが蒸気機関の上で悩んでいるとキュプロクスが『考えが甘いよ』と非難の声を上げた。


『神経管が根を張っているかもしれない。あいつらの不死病は有機無機問わずに浸透するんだから危険だ』


「無機物への浸透は、マザーバルーンには無い特徴だぞ」


『普通ならね。そう、普通なら、前線にだって出てきやしない。でも出てきてる。私はこれが偶然であるとは考えない。きっと侵攻作戦のために何かしらの改良されているんだ。再生が完了したらまた浮いて侵攻を再開するよ。バルーンマザーは簡単に撃ち落とせるけど、タフで生き汚いし、万が一避難民のいる後方にまで通してしまったら、後始末が大変すぎる。……コルトや私の大切な仲間たちを危険に晒すのは絶対によくない。ここは鎮圧拘束用(キルナイン・)有機再編骨芯弾(ブラッドシェル)を使ってでも不活化させた方が良いんじゃないかな』


 いささか過剰とも思える提案だが、同胞の安全を第一に考えるキュプロクスらしい発想だった。

 コルトの血を継ぐ個体や形態素複写型のクローンたちは皆主体性が強く、例外なく群れを守るための動きを志向する。

 キュプロクスに生体CPUとして搭載されている<コルトE型>はその傾向が殊更に強い。

 保安官に憧れていた頃の記憶が影響しているのではないかと考えられていた。真実は定かではない。

 暴力性以外には何も無い特殊な大型蒸気甲冑の特性も相俟ってキュプロクスは時折過剰破壊をもたらしたがアルファⅠ改型SCARコルト・スカーレットドラグーンの実働戦力としては申し分の無い素質の持ち主だった。


「K9BSか」マルボロは逡巡したがすぐに頷いた。「そうだな、そろそろお前さんのパペットに燃料補給も必要だ。不滅の青薔薇(ブルーローズ)を撃ち込んで強制変異を促し、待ち時間で適当に炉に放り込める可燃物を探そう」


 マルボロは大型蒸気機関(オルガン)にマウントされている弾薬庫のロックを解除して骨と血肉を推し固めて造り出されたK9BSを取り出した。

 キュプロクスが回転弾倉式滑腔砲の弾倉から弾丸を一本抜くのに合わせて一抱えもある巨大な骨肉の砲弾をそのまま装填する。

 セルシアナはマルボロの照準指示に忠実に従った。

 単眼巨人の滑腔砲が火を噴いた。悪性変異の萌芽がアド・マザーバルーンに正確に撃ち込まれた。

 着弾点から青い色を蔦の群れが噴出し膨脹した肉塊を見る間に食い荒らして増殖していく。


不滅の青薔薇(ブルーローズ)』は制御しやすい悪性変異体で目標有機体を同化し尽したら自動的に失活して枯死するようプログラムされていた。

 ダミーもマザーもじきに全質量を青い薔薇と蔦の群れに変換されて跡形もなくなり鎮圧されるだろう。

 数を用意できない虎の子で、そのくせ使用出来る場面が限られる弾頭だが、今回は有効に働くはずだった。

 


 青薔薇が不死を食い尽くし進路の確保が完了するまでは小休止となった。

 キュプロクスが適当な家屋の壁を巨腕で破壊して侵入路を作った。

 マルボロはTSFFチームの少女兵士たちと一緒に屋内に移動した。

 彼女たちに座る場所を用意してやりながら水分の補給と携行食の摂取を促し、家屋を探索した。

 死んだ都市。死んだ家々。死んだ家庭。逃げ遅れたらしいこの家の住民たちはベッドの上で最期を迎えていた。夫婦と子供だろうか。サイドチェストの上に置かれた薬袋とコップを見た。チョコレート糖衣の青酸カリ。

 スヴィトスラーフ衛生帝国の尖兵は服毒した死体にはあまり反応しない。

 つまり彼らは苦痛を最適な方法でやり過ごした。少なくとも子が極限の苦しみの中で解体されていく悪夢だけは遠ざけた。

 マルボロは少し考えて男親の死体を担いで侵入地点に引き返した。

 そこで待機して背中を向けていキュプロクスの大型蒸気機関(オルガン)の燃焼炉へと放り込んだ。可燃物なら何でも燃やしてエネルギーを取り出せるのがキュプロクスの特長だった。

 人間の死体はどこででも拾えるので燃料に向いていた。


 小休止を終えたTSFFチームの少女たちも補給作業へ参加の意欲を示した。

 それでも、死体を燃料にすることには抵抗感を示した。


「せめて静かに眠らせてあげたいと思うのは、我々の我が儘でしょうか……」


 マルボロは「そうだな、厭かもしれねぇな」と頷いた。人間の死体は使いやすいが心理的な抵抗があるうちは難しいだろう。

 外観年齢が高く理知的に振る舞うものの精神的には幾分か幼いTFSSチームには刺激が強すぎたかも知れない。


「じゃあお嬢さん方は書斎とかリビングを探してくれ。腐った野菜とか。あとは本だな。それを集めて投入しよう」

 

 TSFFチームは手際よく本棚から書籍を持ってきてキュプロクスの炉へと投げ込んでいった。

 人類史学者の家だったのか矢鱈と人類史の書籍が多かった。武器。疫病。鉄。戦争。暴力。料理。活版印刷。犬。猫。偶像。信仰。料理。虐殺。絶望。平和。祈り。幸福。ありとあらゆる全てに関する人類史。焼いても焼いても人類史と名の付く書籍が出てきた。過去出版された全ての人類史関連書籍があるのではないか思われた。

 人類史に纏わる記述の一切が燃え盛る炎に投じられてキュプロクスの中で焼き尽くされていく。名著も稀覯本もあったのだろうがこの廃滅の時代においてはどれにも何の価値も無い。全てはただの燃料でありただの可燃物でありそれ以外の用途は存在しない。紙に書かれた人類の輝かしい歴史は後はもう腐臭を放ってぐずぐずに溶けるだけの死体よりも遙かに燃料に適していた。


 マルボロはリラックスするために煙草を吸いながら「これはこの戦いの縮図だな」とぼんやりと考えた。世界最終戦とは畢竟(ひっきょう)人類の過去を消費して人類の正統な後継としての地位を奪い合う不毛な争いだ。

 継承連帯と衛生帝国のどちらが勝利してもかつてあった栄光や尊厳は戻らない。一切は失われていく、尚悪いのは、それでもいつかはどこかに絶対に辿り着いてしまうということだ。人間は戦場に。銃弾は兵士に。死体は土の下に。生き延びたものには新しい局面が、必ず来る。

 そしてそれは今よりもずっと暗い。


 マルボロは辿り着いた新しい朝がどんな色彩をしているのかは想像しないようにした。

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