表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アフターゾンビアポカリプスAI百合 〜不滅の造花とスチームヘッド〜  作者: 無縁仏
セクション4 殺戮の地平線  世界生命終局管制機 アルファⅣ<ペイルライダー>
154/197

セクション3 第百番攻略拠点接収作戦 その13 コルト・スカーレットドラグーン(3)

 コルトはパイプ椅子から立ち上がって、プロトメサイアと対峙する。

 ボディラインを浮かせるライダースーツに首輪型人工脳髄を装着しただけのコルト。元々の輪郭が分からなくなるほど徹底的に装甲されたプロトメサイア。

 二人は全く別の二機だったが、コルトには内側に収められている不死病筐体が殆ど自分と大差の無い肉体だと分かっていた。漆黒の装甲で酷く歪んだシルエットが途切れそうな蛍光灯の光を浴びて鈍く輝く。

 左右非対称の不格好な甲冑。屍と殺戮で玉座を築いた異邦の騎士。

 そのスチームヘッドは黒い影のように見える……。

 コルトは薄笑みをも消して、寸時、目を伏せた。

 この虐殺者が、自分自身の歪み果てた鏡像のように思える……。

 三連レンズを備えたヘルメットの下にある顔は、自分とよく似ている。Tモデル不死病筐体。三つの海を渡り、六つの大陸を歩き、果てには電気通信網を通じて『声』を拡散し、世界を支配しようとした最初の不死。

 その彼女を原型にした、特別な劣化複製品。

 黒い影の三つの目玉が無機質にコルトを見つめている。それは、紛れもなくコルトにあり得た未来だ。今すぐに訪れてもおかしくはない未来。

 だからこそ、抗わなければならない。

 歪んだ鏡像は、砕かなければならない……。


『我々に、貴官を攻撃する意図は無い』


 プロトメサイアは落ち着いた声音で言った。コルトとは声質が異なっていたが、それは機械を通す過程で変声されているためだ。

 元来の彼女は、もっと聞き取りづらい話し方で、ぼそぼそと言葉を紡ぐ女性であり、コルトは自分の声が彼女と変わらなかったことを記憶している。


『現に、進路状に存在したレーゲントは破壊せず、殺害するに留めた』と、FRF兵士の肉体から造った壁の向こう側を指差す。『我々プロトメサイアの立場で考えてほしい。援軍を呼ばれる可能性を考慮して、あの機体は破壊しておくべきだった。敢えて見逃し、この場から排除するに留めたのは、貴官に敵対の意思がないことを示すためだ』


「……私が、援軍を呼ばないとでも思ったのかな」


 コルトの冷笑的な物言いに、プロトメサイアはしばし沈黙した。

 それから、首を僅かに傾げて問いかけてきた。


『何故、貴官が、援軍を呼ぶ? 貴官はこの汚染度の高いクヌーズオーエで、不自然なほど孤立している。合理的に考えれば、これは我々プロトメサイアと合流するための布陣、換言すれば、人払いだったと考えるのが最も妥当だ。釣り餌である可能性も案じたが、周辺にそれらしい戦力は確認出来ない。ウンドワートと連携していたとしても現在の位置から襲撃されても我々の離脱の方が速いだろう。貴官は我々プロトメサイアに加わりたいと考えている……合理的にその意志があればこそ、このような位置で我々を待っていたと結論される』


 まるで何も分かっていない様子だった。プロトメサイアの思考は合理的だが、常に希望的観測を孕む。彼女の合理性は、完膚なき合理では無いのだ。

 コルトが同じ立場であれば罠の可能性をまず疑うが、プロトメサイアは都合の良い未来を考慮に入れる。彼女の目にはコルト・スカーレット・ドラグーンが配下に加わるという展開しか見えていない。

 虐殺の王である彼女も、その駒であるFRF兵士と同じく、あまり冷静とは言えない存在だった。都合の良い妄想に身を委ね、未来を熱望し、可能性に縋り、平然と他者を切り捨てる。

 駒たる市民と違うのは、プロトメサイアは圧倒的に強大で、望んだ未来に裏切られても、然したる問題にならないと言うことだ。

 事実として、この出来損ないの救世主は、戦力として扱った場合、生半可な細工や奸計ならば飴細工のように引き千切ってしまう。ウンドワートに奇襲を掛けさせる以外に有効な攻撃手段はない。

 応えないコルトを眺めて、プロトメサイアは不可解そうに首を傾げた。

 両手を上げて、空っぽのガントレットを晒して見せてくる。


『見ての通り、我々プロトメサイアは攻撃用の装備を、現在、所持していない。貴官を破壊しに来たわけでは無い。分かってくれるはずだ』


「……詭弁だね。確かに武器らしい武器は持っていない、だけど君は代替世界核(コア)を搭載しているだろう。戦闘用スチーム・ヘッドと戦うときでさえ、他に特別な外部兵装は必要がない。オーバードライブ機能も持っている。私を壊すのに一秒もかからない」


『覚えていてくれたのか。肯定する。我々プロトメサイアが貴官を攻撃した場合、解体は50ミリ秒で完了する。ならば、尚のこと深く理解出来るだろう。我々は瞬きするよりも速く終わる仕事を、実行していない。だというのに、君は何故そのように拳銃を握っているのか? 警戒の必要は無い』


 戦力比は絶望的だ。プロトメサイアは全力のアルファⅡウンドワートを真正面から相手取って無傷で帰還可能なおそらく唯一のスチーム・ヘッドである。

 万の軍団をも瞬く間に破壊する軍神ウンドワートに、絶対に勝利は出来ないにせよ、高い確率で敗北もしないのだ。

 対するコルトの手には拳銃。拳銃しか無い。拳銃(コルト)の破壊力は折り紙付きで、射程も射撃精度も良くないが、人間の頭部ぐらいなら容易く粉々に出来る。西部開拓時代を鉛と硝煙で塗り潰した恐るべき武器だ。だが、これはコルトがスチーム・ヘッドになった時点で、既に『歴史的な』という形容詞を伴う道具だった。

 いくら弾頭に不朽結晶を使っていても、射線上のほとんど全てのものを破壊してしまう対戦闘用スチーム・ヘッドの電磁加速銃には遠く及ばない。先ほど建材へと再構築させられたFRF兵士の遺物である年代物のスマートウェポンにすら大きく劣る。目標を自動追尾する炸裂徹甲弾を連射出来るような、人類史の終わりに現れるこれらの兵器と比較すれば、火薬で弾丸を撃ち出すだけの道具など、変わった形をした金属の筒でしかない。

 上手く行くのか、という逡巡を、しかし、コルトは抑制する。

 キュプロクスは、虐殺を止めるために機能停止を選んだのではない。プロトメサイアを、すべての罪を裁くこのときのために、存在を捨てたのだ。

 コルトは自分自身を信じない。神を信じない。悪魔を信じない。

 だがこの時ばかりは失われた己の半身を信じると決めた。

 それはもはや地に無く、天に無い。

 かたちもいみも、この世には存在しない彼女を、信じた。

 短い髪から汗を滴らせながらコルトは首を振った。


「人払いをしたのは、亡命の邪魔だからだって? 勘違いだよ。私的な問題で他の機体に迷惑を掛けたくなかったからだ。君たちに協力するなんてありえない。絶対に、ありえない。君は私よりもまず聖歌隊の大主教に協力を求めた方が良い」


『スヴィトスラーフ聖歌隊は協力者たり得ない』


「それは君が心から救いを求めないからだよ。彼女たちはこんなふうに言って祈るだろう、獣の相があろうとも赦そう、賢者ども、智者どもに咎められても赦そう、と。救われぬもの、救いに値しないと諦めたものこそ救おうと。君が真なる誠の心で助けを求めるなら、彼女たちはきっと応えるだろう。素晴らしい聖書のお言葉に従ってね」


 ぶつん、と電源が切れたかのようにプロトメサイアがよろめいた。鎧の奥から呻くような弱々しい声が漏れ出てくるのをコルトは聞いた。


「……何を言っているんだあれはドストエフスキーの小説に出てくる言葉の改変だとてもじゃないけど信じられるような言葉じゃないよコルトどうしたんだ君はドストエフスキーを読んでいないのかボクがあれだけ沢山本をプレゼントしたのに」


 息継ぎをしない話し方をするのはスチーム・ヘッドの中でも稼働歴が長い機体の特徴だが、プロトメサイアは元々このような調子だった。やたらと小声で、早口なのだ。

 人間味がない、というには狼狽と困惑の色が濃すぎる。疲れ果てて憔悴しているのが昔からの彼女の特徴で、懐かしい声音はコルトは些か怯ませた。


「……ロシア文学は、継承連帯だと発禁だよ。私がストレージに残しておくわけ、ないじゃないか。ロシア衛生帝国は地球上の未感染の土地を半分にしてしまったからね。そんな彼らの思想は取り込めないよ、シノノメ」


 シノノメというのは、漆黒のスチーム・ヘッドの古いコードネームだ。失われた、生きていた時代の名前の残滓。

 その名で呼ばれたせいか、プロトメサイアはしはし動きを硬直させた。

 活動を再開した時には、元の虐殺の王へと戻っている。


『……その祈りは、聖書の言葉では無い。フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーの著作、罪と罰に登場する、救いようのない男の欺瞞的な演説の、さもしい模倣(パロディ)だ。娘に春をひさがせてその金で飲んだくれている、そんな救いようのない父親が、己の悪徳と良心を欺くために、己らのような獣、豚の如きものであっても、キリストは御国に迎えて下さるだろうと、他ならぬ自分自身に言い聞かせている場面での台詞だ。それを幾らか改変したものが、どうしてだか、スヴィトスラーフ聖歌隊の間ではあたかも聖書の一節の如くに受容されている』


「悪い言葉ではないと思うけどね」


『肯定する。だが彼女たちの、その言葉の扱いは、真実では無い。善悪ではなく真偽が重要なのだ。彼女たちは歪める。聖典の在り方を歪め、倫理を歪め、正邪のあわいを歪める。文学作品のパロディを改竄された聖書の言葉に混ぜ込むような集団と連帯しても、FRFの内部に新しい異常思想が発生するだけだ』


「FRFは、同集団内で虐殺と収奪を繰り返すことでしか、文明を維持出来ない。そうだね? それと比べれば、人類に永遠の黄昏をもたらそうという彼女たちの思想の方が、まだ穏当だよ」


『否定しない。だが彼女たちには、真実、その先が無いのだ。一度は大主教ヴォイニッチの助言を信じてレーゲントを組織内に取り込んでみたが、幾つかの集団が穏やかに滅んでいくのみで、何の進歩も得られなかった。無為な終焉は利益の逸失だ。我々は無限の犠牲に報いるために無限に前進しなければならない。終わりを救いとする彼女たちは、人類文化の協力者たり得ないのだ。単なる虐殺の方がまだ価値の移動を発生させ、文化を前進させるとさえ断言出来る』


「そんなのは前進とは言わない。ただの暴走だ。それも、致命的な暴走だ。私は、虐殺が嫌いだ。被害者を人間ではないものとして扱い、加害者を虐殺へと奉仕する機械に貶める。そこに本来あるべき人間的な秩序は無い。君が作ろうとしているのは、いや、造って、維持してきたのは、意味のない殺戮が循環するだけの地獄(ゲヘナ)だ」


 コルトは銃口を向けた。

 脅しにもならないと理解している。

 プロトメサイアもウンドワートやアルファⅡモナルキアと同じく即時オーバードライブが可能な機体だ。弾丸が発射されたのを見てから回避出来る機体にとって、火薬式の拳銃はあまりにも遅すぎる。弾頭が何でも問題にならない。

 しかし、プロトメサイアは銃口を向けられて、沈黙した。

 コルトには、プロトメサイアの感情が分からない。それどころか、生まれつき誰の感情も直観的に捉えることが出来ない。相手の反応をこれまでに集積してきた膨大なパターンに当てはめ、都度に照応することで、間接的に理解している状態だ。

 人間存在としては難のある仕様だったが、元来感情表現が希薄な相手には、ことのほか有効だ。

 コルトはプロトメサイアが恐怖し、戸惑っていると判断した。

 どれほど高性能な蒸気甲冑でも、内部に不死病患者を搭載してそれを内部骨格とし、生体脳に人格記録を演算させて、筋骨を駆動装置として使っていることには変わりない。呼吸のタイミングの僅かな乱れや、取るに足らぬ硬直が、如実に彼女の情動を表現していた。

 拳銃が脅しになっているわけではないだろうが、プロトメサイアは逃走反応の兆候を示した。


「……私はフィルムに映るカウボーイに憧れて人格を形成した。馬鹿げているかも知れないけれど、それが私という人格のオリジンだ。皆を守り、罪を裁き、正しい未来へと導く保安官(シェリフ)になりたかった」


『そしてクヌーズオーエ解放軍を組織し、いくつかのすれ違いの後、尊厳を辱めれられたレーゲントたちの報復のために我々の都市を襲撃した。貴官の部隊が何万の生命資源を殺害したか覚えているか?』


「そうだね。私は正しい選択が出来なかった。どうしようもなく失敗して、君のような虐殺者に一度は堕ちた。だけど、今もかつて願ったようにありたいと思っている。二度と失敗は繰り返さない。君の配下になれば、私はまた、ただの虐殺者の扇動者になってしまう。……どうして秩序を信奉するこのコルト・スカーレット・ドラグーンが、君たちのような大量殺戮者に協力をすると思うのかな」


 挑発と言うよりも、告発や宣戦布告に近い。

 これでプロトメサイアは、コルトが依然として敵対の意思を持っていると、承知したはずだった。プロトメサイアの側で何百年の時が流れたのかは知れないが、時間が問題を解決していない。

 敵対するなら、彼女はコルトの破壊を試みるだろう。見せしめにするに違いない。どんな破壊をプロトメサイアは望むだろうか。剣が出るか、銃が出るか。それが都市よりも簡単な構造である限り、プロトメサイアは必要な道具を即座に作成出来る……。

 コルトが生理的な恐怖感に基づく汗で背中を濡らしてプロトメサイアを注視していると、漆黒の不死者は兜の下、三つのレンズが並ぶヘルメットの下で、ようやく口を開いた。


『……では、暴走ではない前進の在り方を示してほしい。貴官の忌避する大量殺戮の実行者たちを、どうか憐れみ、統率してほしい』


「なに?」戸惑うのはコルトの番だった。「統率してほしい?」


『改めて貴官に協力を要請したい。()()()()()()。我々は君の権限を一切制限しないと約束する。メサイアドールの立場と、幾つかの有望な都市の運営権を無条件で明け渡すと約束する。残存クヌーズオーエ解放軍についても適切な扱いをすると約束する。何となれば適性がある機体には、新たに都市の運営を任せても構わない。スヴィトスラーフ聖歌隊と協調するというのならば、それも認めよう。我々はコルトの帰還を必要としている』


 嘘をついている、とコルトは考えたが、肉体の微細な反応を通しての心理試験は、真逆の結論を出力していた。

 プロトメサイアは動揺することなく淡々と言葉を発している。

 彼女の言葉は全て『真実』だ。


『助けてほしい』プロトメサイアは呻くようにそう繰り返した。『助けがほしいのだ、コルト。アルファⅢメサイアの後継機よ、我々は君を求めている』


 体に刷り込まれた意志決定の履歴が、助けを求めるその言葉に、思わず手を差し伸べようとさせる。

 銃を下ろしたい衝動を抑えながら、努めて冷静に、問いを重ねた。


「……以前は、解放軍を解体して都市に分散配備させろと主張していたくせに、随分と弱気になったじゃないか」


『当時は我々プロトメサイアも状況認識が甘かった。アルファⅢバアルの喪失直後だったこともあって、気が急いていた。戦力補填を重視するあまり、判断を誤ったのだ。今回は貴官たちの立場を最大限尊重するつもりでいる』


 やはり真実だ。

 プロトメサイアは嘘をついていない。

 甘言を弄し、利用し尽したあとは、虐殺機構の歯車に貶めるつもりに違いないと考えていたコルトは、どうしてだか、足下を掬われたような心地になった。

 ハックを仕掛けられているのではないか? 黒髪の懲罰担当官は無表情に思考を巡らせる。助けを求める人間を無視出来ないのは保安官たろうとするコルトの心理的欠陥だ。コルトは冷酷で無慈悲だが、助けを求める声を無視できるほどの人でなしではない。

 対して、プロトメサイアは残忍で狡猾な人でなしだ。コルトの精神構造をほしいままに操る術を見つけていてもおかしくはない。


「そこまで人材不足なのかい。メサイアドールの損耗が激しいようだね。<ナンバーズ>じゃなくて<ラウンズ>になったとは聞いたけど、まさか本当に十二機しか残っていないわけじゃないだろう」


 自分はFRF側の戦力事情を把握していると開示して、プロトメサイアを揺さぶる。

 シーラ、即ちFRF出身のサードとリクドーの複合スチーム・ヘッドの証言では、<メサイアドール>と呼ばれる上位スチーム・ヘッドは、たった十二機体しか存在しないことになっている。

 そんなはずはないのだ。

 かつて彼女たちは<ナンバーズ>と呼ばれていた。人類救済のための機体が十二機であるはずもない。

 当初の総数は二〇〇超。

 クヌーズオーエ解放軍の戦力には劣るが、相当に高度な機体が多く存在していた。

 それらの機体群が、現在どれだけ正常稼働しているか詳らかにするはずがあるまい、と睨んでいたコルトに、プロトメサイアはすんなりと回答した。


『ヴォイニッチが第百番攻略拠点を閉鎖した頃は、残り百十六機だった。現時点では七十機ほどにまで減っている。それも休眠とレストアを繰り返してようやく維持している数字だ。悪条件が重なって、本稼働している機体が十二機を切っていた時期もある。戦力の逼迫は否定しようがない。しかし、二千年も人類復興に取り組んでいれば、そうもなるだろう?』


 プロトメサイアではなく、コルトの側が感情を表に出さないよう努力する必要があった。

 FRF戦力がクヌーズオーエ解放軍に大幅に劣るというのは周知の事実だったが、メサイアドールについては、『プロトメサイア』『アルファⅢアスタルト』『アルファⅢバアル』で三頭政治の体制を取っており、この三機だけが超越的な性能を持っている、という以上の情報は決して明らかでない。戦力が減じつつあることは、プロトメサイアは当然隠しているべきだ。

 だというのに、反応は、今回も『真』だ。機密中の機密を、プロトメサイアはさも当然のように口にしたのだ。

 内心の動揺を隠すためにも、コルトは追求を続行した。


「なるほどね。アルファⅠとアルファⅢを二百機も用意してスタートしたプロジェクトなのに、大した物だよ。それで、何か結果を出せたのかな。二千年間で少しでも前に進めた?」


『肯定する。進んだとも。スチーム・ヘッドを破壊するための技さえ、我が進歩的市民は編み出した』プロトメサイアが僅かに視線を逸らしたのをコルトは見逃さない。『……我々は進み続ける。終わりの時が来るまで決して立ち止まることはない。どれだけ文化レベルが後退しようと、どれだけの屍を積み上げようと、掲げた目標が堕落していこうと、この取り組みを中断することは有り得ない。我々は己の尾を食らってでも這い続けるウロボロスだ。我々の試行錯誤が愚かだというのならば、それは先史人類から受け継いだ特質である。貴官にも分かるはずだ』バイザーの下から、三連の暗い光がコルトを射貫く。『スチーム・ヘッドたちを、あらぬ目標に対し前進させ続けている貴官にならば』


「……私は君がどうしてそこまで内情を話すものか判断しかねているところだよ」


『合流してくれると信じればこそだ。人類を正しく導きたいという志は、貴官も我々も変わるまい。貴官も最終的にFRFに合流すると我々は信じている』


「それだから、君の信に背けば、そのときは破壊する、ということかな」


『……』


 プロトメサイアは押し黙った。

 これまでの沈黙とは違う。

 途中で処理を強制停止させたような反応だ。

 何かを取り繕うようなその反応に、コルトは知らず、銃を下ろしている。

 このとき、彼女は、言葉を求めていた。

 蛍光灯が瞬く。

 黒い影が明滅する。

 歪み果てた己の祖が揺れる。

 自分自身の、存在しない未来の姿に詰問する。


「後継機だと言っても、私たちSCARは、突き詰めれば……君と都市消却機を掛け合わせて、限界までコストを落とした、取るに足らない廉価版の機体だ。幾ら改良されていると言っても、機能には限度がある。他の高機能なスチーム・ヘッドと相対して勝ち抜けるような戦闘能力までは備えてない。反抗するなら破壊すれば良い。君はそう考えているんだろう」


 沈黙の後、プロトメサイアはどこか狼狽えたように問い返してきた。


『……まさか、合流する気が、全く無いのか? 本当に無いのか? さらなる譲歩が必要なら、我々にも検討の余地があるが……考えてもいないと?』


 ようやくそんなことに気付いたのか、とコルトは多少面食らった。


「ないね。ありえない。大昔に伝えたとおり、わたしの見た限りでは、君、プロトメサイア、アルファⅢメサイアの本質は、殺すことにこそある。人口を増やすのは、殺すことの前段階に過ぎない」


『その捉え方は正確ではない。我々プロトメサイアは、殺戮を望んでいない』


「じゃあ何を望んで市民たちをその手で殺してきたんだい? 何千何億という人間が君の都市で生まれて、そして何事も成せないまま無為に消費されてきた。挙げ句の果てに自分のことを生命資源扱いだ! あんな侮蔑的で屈辱的な自己認識は初めて耳にした……! あのときの私の気持ちは、君には理解出来ないだろうね」


『意図したことでは無い。全ては成り行きだ』


「思ってもいなかった、と言うんだね。馬鹿なことを! 思ってもいなかった未来に辿り着くものか。古今東西の歴史を紐解けば分かるよ。虐殺者は誰しもが言う、『こうなるとは思っていなかった』。だけど付随する環境を見渡せば、それはどうしようもない嘘っぱちだ。心から望まなければ、そんな未来には辿り着かない!」


 コルトは不意に激昂して、拳銃を持つ手を振り回した。感情を切除してもしきれないほどの怒りが彼女の肉体を支配していた。


「君が人類の再興と文化の再発展を心から望んでいたとして、じゃあ、どうしてそんなことになってるんだ! 君の都市の有様は、いったい何なんだ!? 虐殺に次ぐ虐殺! 共食いに次ぐ共食い! どこに人類文化の栄光がある!? どこに市民たちの穏やかな生活がある!? アルファⅡモナルキア・リーンズィが救出したFRF市民から話は聞いたよ、ますます悪くなる一方じゃないか! ……断ったときから、私の運命はもう運命は決まっているんだろう。君が何を要求するのかも分かっているつもりだよ。だがあらかじめ断言しておく、アルファⅠ改型SCAR、コルト・スカーレット・ドラグーンは、無制限の大量殺戮を是とする君の傘下に加わることは決してない!」


 言い切って、コルトは唾を飲み込む。最後通牒だ。これでプロトメサイアはコルトを破壊するための行動を始めるはずだ。

 しかしプロトメサイアはどことなく肩を下げ、沈思して、それからまたコルトにレンズを向けた。


『……残念に思う。しかし誤解しないでほしい、ただちに貴官を破壊するわけではない。我々プロトメサイアは、あらかじめ最大限度の妥協案を用意してきた』


「この期に及んでさらに妥協案だって?」


『我々の出す条件を受諾するのであれば、我々は貴官に手出しをせず撤退する。そう約束する』


 思いも寄らぬ言葉に、黒髪の乙女は息を飲んだ。

 次の瞬間に首輪型人工脳髄を断ち割られていてもおかしくないと考えていたからだ。

 ブラフか、ハックか、時間稼ぎか。自分を踏み台にして戦術ネットワークを乗っ取ろうとしているのではないかと疑うがその兆候はない。いったい何の罠を仕掛けている?

 思考を巡らせながら、間合いを探る。


「……時間の無駄だと思うね。君のような殺戮者に従うぐらいなら、破壊された方がマシだ」


『焦らずに聞いて欲しい。そう難しい要求ではないのだ。我々プロトメサイアは近く、大規模な作戦を発動する予定でいる。人類の躍進に繋がる作戦だ。だがその発動のために、どうしても欠かせないものがある』


「SCAR運用システムだろう。私にあって君にないのはそれしかない。君が私を仲間に引き入れたいのは、何もかもを焼き尽くせるあの兵器が目当てだ」


『肯定する。それを我々プロトメサイアに提供してほしいのだ。我々プロトメサイアの管理外に<炎熱の悪魔>が存在するのは不都合が多い。都市を焼却する程の権能は、我々に管理されていなければならない』


「君たちの視点からすれば、道理だね。……だけど、私がそんな条件を飲むと思うかい?」


『思わない。時間が惜しい、この話は終わりにしよう。次の提案だ』


 プロトメサイアは首を左右に小さく振った。

 あまりにも呆気ない。能動的に感情を切除していなければ、コルトは唖然としてしまっていただろう。


『次善策として、SCAR運用システムを、君の擬似人格の演算に支障が出ない範囲で破壊してくれないか? 我々プロトメサイアはその残骸を持ち帰って、管理下におけないまでも、排除した証とする』


「私はSCAR運用システムという銃の安全装置だ。安全装置に銃身が壊せるかな? そんなことが出来ると本気で言っているのなら、君はもう正常な判断が出来なくなっている。自壊するといい。無様で見ていられない」


 嘲弄しながらも、コルトの脳髄は必死に裏の裏を読もうとしていた。

 プロトメサイアの目的を見透せないのだ。勧誘に失敗したのであれば即刻攻撃を仕掛けてくると想定していたため、どこまでも要求の段階を下げてくる現状を処理しきれない。

 他に何か目的があるのだと勘ぐらずにはいられない。戦術ネットワーク以外に狙いがあるとも思えないが、アルファⅡモナルキアやレーゲント、他の電子戦向けスチーム・ヘッドに構築してもらったセキュリティは異常を検知していない。

 ジィジィと耳障りなノイズを発する蛍光灯の下、自分自身の手で市民を物言わぬ障壁に造り替えた殺戮者は、穏やかですらある平坦な声で言葉を紡ぐのだ。


『では最後の提案だ。今後、アルファⅠ改型SCAR、コルト・スカーレット・ドラグーンはFRF勢力の前に二度と現れず、その機能を行使しない。そう誓約して欲しい』


「……それで?」


 コルトはプロトメサイアを凝視した。

 脳髄がパニックを起こしかけていた。

 威圧目的で無表情を作っていたのに、意識しないところで、精緻で気怠げな造形のコルトの顔貌に、微笑が浮かんでしまっていた。


『……どうだろう。その表情は、誓約してくれるのか?』


「いや。私は条件の続きを待っているんだよ。たったそれだけの提示だと、遵守しても現状とあまり変わらないからね。続きを言ってくれないと糾弾する気にもなれないよ」


『続きは、無い。我々からの要求は、それだけだ。二度と我々プロトメサイアの前に自発的に現れず、またFRFに対してSCAR運用システムを使わないと誓ってくれるのであれば、我々は今日は、このまま手を引く。貴官を傷つけない。貴官から何も奪わない』


「君は自分が何を言っているのか理解していないみたいだ」


『無論、約束が反故にされることがあれば、報復も考えるが、それほど難しい要求ではないと我々は判断している。君はそもそも前線に出る機体では無い。市民に対しSCARを使用した事実もない。我々と相対する意志もない……』


「その必要が無いからね。解放軍のスチーム・ヘッドは優秀だ。私が手を下さずとも、私以上の戦果を出してくれる」


『肯定する。だから、今まで通りに活動する、と改めて誓約してくれるだけで、我々は満足する』


「ずいぶん、日和った、内容だね。……嘘はついていないんだろう。君は人を扇動して殺し合いをさせるのは得意だし、真実を隠すこともあるけど、あからさまな嘘をつくことはない」コルトは銃を向けたまま、その狙いを彷徨わせた。「だとしても、そんな生やさしい条件提示は、全ての行為に殺戮を前提とする君らしくないじゃないか。勘ぐるなと言う方が無理だよ」


 漆黒の装甲の内側で、君臨者はしばし沈黙した。

 そして拡声器を通さない、か細い声が、ボソボソと聞こえてきた。


「…… あまり責めないでほしいな。ボクも弱くなったんだ……同胞の精神が摩滅して機能停止したり破壊してほしいと求めるようになるのはボクにとっても悲劇的だし慣れるかと思ったけど全然慣れないし何度やっても嫌なものは嫌なんだ……。道は違えども君がかつてボクの同胞だった事実は変わらない。君は嫌がるだろうが……ボクの娘にも等しい後継機を破壊したくないんだ純粋に君を破壊したくないんだよコルトだからもう二度と我々の前に姿を見せないとだけ誓ってほしい……」


 哀願する女の声に、コルトは思わず数歩後ずさってしまった。

 プロトメサイアは再び拡声器越しに話し始めた。


『この件に関しては、一切の搦め手を使わないと約束する。我々と貴官の戦力差が圧倒的なのは分かっているだろう? 我々プロトメサイアは一秒未満で貴官を完全に解体出来る。なのに段階を踏んで交渉を持ちかけている、そのことの意味を考えてほしい』


「……要求の上では、何も約束していないのと同じだ。意図が分からない。そんなことを言うぐらいなら、最初から放置しておけばいいじゃないか」


 コルトは今まで通り干渉しないでほしいと請われているだけだ。命令でも脅迫でも無い。交渉ですらない。

 大型の悪性変異体がひしめくこのクヌーズオーエに出向いてまで告げるようなことでは無い。

 それが本意なら、勧誘に失敗した時点で退去するなりコルトを破壊するなりすれば良かったのである。


『貴官を我が方に迎え入れることが出来る、と言う最善の結果を期待してのプランだったが、次善は君が前線から退くと誓約してくれることだった。貴官の機能を暗示した炎熱の悪魔のプロパガンダが予想以上に効果を発揮して、計画の発動を妨げている。我々はスケルトンの脅威を喧伝しすぎた』


 プロトメサイアは宙空に複数の跡形もなく焼け焦げた都市を表示した。

 コルトは目を凝らした。自分がFRFの都市を焼き払ったのかと混乱したのだ。

 だなどの都市にも見覚えが無かった。

 漆黒のスチーム・ヘッドは貴官とは無関係の都市だ、と注釈した。


『どれも貴官の仕事ではない。我々の率いる浄化チームが行動した結果にすぎないが、しかし市民は、炎熱の悪魔として知られている貴官が力を行使したのだと、硬く信じてしまっている。こうした破壊の痕跡を見て、市民は領域外の探索に対し、途方もない恐怖感を持っているらしい。我々はそれを和らげたいのだ』


「……そうすれば良い。君お得意の、殺し合いを呼ぶジョークでね」


『貴官は我々の性能を過大評価している。市民に対して情報操作を行うにしても、中枢たる我々プロトメサイアが「炎熱の悪魔はもう現れない」と確信しなければ、どれも有効に機能しない。だから誓約して欲しい。誓約は、貴官が考えている以上の効果を持つ。貴官とて我々を祖に持つ機体だ。我々同様、嘘はつかない……。誓約してくれるのであれば、我々は君がそれを遵守すると、確信することが可能だ。君を信じることが出来る。貴官がFRFに合流してくれないのは痛手だが……忌憚なく言わせてもらうならば……』


 鎧の内側で、彼女は泣きそうな声を出した。


「助けてほしいよ、コルト。君の助けがいる……本当に助けてほしいんだ……」


「……それはできない、できないんだ、プロトメサイア」


 振り払うようにして、秩序の守り手は断じた。


「私の倫理規定は、暴走している君の支援要請を受任しない。君はあまりにも殺しすぎた。どの歴史を紐解いても君ほど多くの人間を殺した人間はいない。聖書に記載されている全ての死者を合わせても君があの箱庭で築いた死体の山には及ばない。君は何の権利があって殺人と製造のサイクルを回しているんだ? 何の権利があって無辜の市民を惨死させている。君は罪人だ。裁かれるべき存在だ。私は……私は、君の救い主(メサイア)にはなれない」


 プロトメサイアは、そのとき、くつくつと喉を鳴らした。


「……そうか。やはり、そうだろう。コルトの答えは分かっていたよ」誰にも聞こえないほどに弱々しい、宵闇の草原をなぞる風の音のような声で、血塗られた救世主は呟いた。「ふふふ……君はボクを改良して創られたんだからそれはそうだよボクみたいなやつを許せるわけないもんね知ってたよボクだってボクが嫌いなんだ君がボクを好きなわけがない……エラー。認知機能をロックします」


 そしてヘルメットに設けられたレンズでコルトを見据えた。


『それならば、どうか誓約を。貴官という脅威を事実上排除したと、我々がそう確信出来るだけで良いのだ』


「誓約もしない」


 コルトの即断に、プロトメサイアは数秒間硬直した。

 支配者が見せるリアクションとしてはおそろしい程に長い数秒だ。


『……この緩やかな行動制限の誓約を受諾するだけで、我々は貴官を破壊することなく退去出来る。そうさせてほしいのだ』


「プロトメサイア、君の計略はおそろしく深遠で、きっと下位互換機である私の想像を超えたスケールで駆動しているんだろうね。私は君の出してきた条件を信じよう、私の誓約に君が応えると信じよう、だけど、私の行動制限を利用して、さらなる大量殺戮を働かないとは信じられない。それが後にクヌーズオーエ解放軍を攻撃する手段にしないとも思えない。それとも、そこまで含めて、今、私に誓ってくれるのかな。プロトメサイア?」


『……どうしても、信じてはくれないのか』


「信じさせてくれるなら、信じてあげてもいいよ」


『そうか。しかし、我々プロトメサイアならば……我々が何をしようとも、我々のことは信じないだろう。遺憾ながら交渉は決裂したと判断する。この場で貴官を破壊する他ない』


「そうするがいいさ。だけど言っておくよ、私を排除したところで戦術ネットワークの掌握は不可能だ。アルファⅡモナルキア・リーンズィがすぐに管理権を引き継ぐ。君の考えているようなことは何一つ実現しない」


『何だと? 戦術ネットワークの掌握……? 我々にそんな機能は……エラー。認知機能をロックします』


 数度の硬直。

 言葉の幾つかが、プロトメサイアを混乱させたらしい。

 やがて詰まる息を解きほぐすようにしてプロトメサイアは言った。


『……アルファⅡモナルキアを頼りにするものだな。あれが何なのか、分かっていないのか?』


「君ほど詳しくはないよ。でも君よりは信じられる」


『警告する。あれはアルファⅡではない。純正のアルファⅡは意思疎通が出来ない。それはヴォイニッチが量産した不滅者たちを見れば分かることだ。規模は小さいにせよ、不滅者はほぼ全てアルファⅡ相当のスチーム・ヘッドなのだから。完全架構代替世界を成立させるという機能しか持たない。そして大抵は代替世界で発生した事象を一次現実に持ち出せず、閉じた事象の中でのみ完璧な恒常性を獲得する失敗作だ。代替世界を出力出来るとしても、殆ど自壊して暴走するような形でしか展開出来ない。……アルファⅡというのは、本来そういう欠陥だらけの機体だ。アルファⅡモナルキアは、そうした通念からあまりにも外れているだろう』


「そんなことは知っているよ。実態は君の時間枝でアルファⅡをベースにして改造を重ねた実験機、アルファⅣ<ペイルライダー>だと言いたいんだろう。君が教えてくれたんだ」


『肯定する。あれは貴官の想像しているような存在ではない。我々プロトメサイアが知る<ペイルライダー>でもないようだが……仕様通りなら間違っても救世主ではない。アレは何もかも変えてしまう鬼札だ。あれをあてにしているのだとすれば、考え直すべきだ。それこそ我々プロトメサイアの軍門に降るほうが現実的だと進言する』


「結論は変わらないよ。あの子はまだ誰も殺していない。そればかりか、FRF市民の命を救い、二つばかり作り直した。君はと言えば、悲惨なものじゃないか。つまらない箱庭で何千万もの命を育てて、そのためにその数倍の人間を殺してきた。最初から比較にすらならないんだ、プロトメサイア。これでお終いにしよう。最後に一度でも、矛を交えてみようじゃないか」


『無意味だ、投降を……』


「君に弾丸の一発でも撃ち込めないなら、私は私を信じないまま壊れていくだけだ。全身全霊をかけて、君を破壊するために、決死の思いで銃を撃とう。これが君に対して出来る唯一の誓約だ。さあ、先に抜くといいよ、プロトメサイア。これは私と君の、決闘なんだ」


『コルト……愚かなことを……。良いだろう、貴官の意志を尊重しよう。貴官は我が犠牲者の名簿に名を連ね……永久に眠るが良い。我々は世界の終わりまで貴官のことを忘却しないだろう』


 プロトメサイアは右腕の鍵盤を叩いた。

 重外燃機関を起動したアルファシリーズは無敵だ。

 コルトなど一撃で破壊可能だろう。

 黒髪の乙女はしかし、逃げない。

 臆さない。

 戦い、倒すと決めたからだ。

 悪を滅ぼし、世界を導く。

 そうあれかしと望まれた懲罰担当官は、時代遅れの回転弾倉式拳銃を片手に、紛い物の救世主を見据えている。


『貴官は我が法に背いた。斯くの如き存在は……我が理想都市に、不用である』


 迷いを振り切るようなプロトメサイアの声。

 その声を、音として理解する前に、コルトは百年単位で繰り返してきた動作を肉体に実行させる。

 音よりも速く、雷光の如く懲罰担当官の両手が閃く。

 照準する。

 トリガーを引き絞る。


 銃声が轟く――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] コルトがここまで動揺するとは、と言っても、もともと繊細な機体なんですよね、コルトも。繊細な機体同士が争う様はなんだか見ていて哀れでさえあります。 そしてプロトメサイア…シノノメの心情も。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ