2-3(前) 墓標の如き兵士の残骸
動揺の抜けきっていないミラーズの手を引いて、例の異音がする家へと連れて行った。
ミラーズのことは戦力には元よりカウントしていない。
どの程度の役割が担えるのか確認する。それだけの意図だった。
二人で息を殺し、家の内部を捜索した。
リビングで壁に頭を打ち続けている奇妙な感染者を見つけた。
何度も何度も壁と頭蓋骨を砕いている様子だったが、そんな自殺行動を反復している理由は不明だった。
発症して死ぬ前からそうしていて、生き返るたびにそれを続けていると推測された。
当人も事の興りを覚えてはいまい。彼には魂が備わっていない。
変異が進んでいないのは、身体がこういう形で死ぬことにすっかり適応してしまったためだろう。
アルファⅡが左手のガントレットのコイルに電流のチャージを始めると、ミラーズが雷光に幻惑されたかのようにふらりと揺れた。
そして節を付けた言葉で、彼の者に命じた。
「お眠りなさない、主はあなたの傷を癒やします」
己の吐き出した言葉に打ちのめされたかのごとく、ミラーズと名付けられた金髪の少女の肉体がびくりと震える。
「あなたの主人に奉仕するように、あなたの敵に奉仕しなさい」
そして朗々と歌い出した。
感染者が、自死の反復運動を止めた。
他の哀れな者どもと同様、無言で立ち尽くす葦となった。
かつてスヴィトスラーフ聖歌隊だった金髪の少女は、ベレー帽を取って胸に抱き、両手を組み、瞑目してその感染者のために祈りを捧げた。埃だけが息をしている室内に、彼女の発する瑞々しい花の芳香が満ちていた。
「あなたの魂が御国に迎えられんことを。全ての魂に安らぎのあらんことを」
感染者の手に接吻をし、また祈りを捧げた。
目を開き、微笑を浮かべながら静かな声音で「他に迷い子は?」と問うてくる楚々とした顔は、先ほどまで路上で恋に溺れ、あるいは己の奇行に狼狽していた姿からはかけ離れている。
慈愛に塗り固められた横顔、眼窩に納められた美しい緑の瞳は、仮想の存在であるユイシスに邪な視線を向けていたそれとは、眩暈を招くほどに差異があるが、まさしく同じではあった。
世俗と隔絶した空気を纏っているのに、あの異常な痴態を否が応でも連想させてくる。
汚濁した卑俗と、触れることすら叶わぬ聖性。
蛇が己の尾を噛んでその場で這い回っているかのような違和感があった。
そうした豹変以上に、彼女の行動がアルファⅡをたじろがせた。
ミラーズが、歌っているのだ。
その歌で、感染者を操っている……。
かつてのキジールと同様に、感染者に命令を与え、従わせている。
こんなことになるとは微塵も予想もしていなかった。
「君は、原初の聖句を使えるのか?」
ミラーズは頭に帽子を載せながら、翡翠色の目に不機嫌そうな光を煌めかせた。
「当然でしょう。名は変われども、心は変われども、私が私であるならば、私の行いは神の行い」混乱など微塵も感じさせない。少女の言葉は明瞭で耳に心地よく染みる。「それを証として奉れば、斯くの如く私の言葉は祝福され、神の吐息によって導かれた音の連なりとなります」溜息を一つ。「……これをさせるために蘇らせたくせに、何を言うの?」嘆息し、そっと目を伏せる。「いいえ、今はよしましょう。眠れる者の前では、静粛にしなければなりません」
歌声は静かに、凍てつく冬の廃屋へと降りていく。
建物には他に異常行動を取っている感染者はいなかった。
キッチンには生活の痕跡があり、洗浄の済んでいない食器がシンクに放置されていた。
テーブルの上には皿が放置されていて食べかけの乾燥したアップル・パイがぐずぐずに崩れており、周囲では蠅の死骸が乾燥して朽ちていっている。
テーブルの対面に並べられた椅子の前には取り皿。
グラスに注がれていた液体は蒸発しきっており底に乾いた蛆虫が層を形成している。
机の前には二つ小さな箱が置かれていた。
中身を確認したが役に立つものは入っていなかった。
ミラーズも「不躾ではありませんか?」と窘めながらも箱を見た。
押し黙って、今度は感染者を見た。
「これがあるべき場所を私は知っています」と呟き、金髪の少女は、憐れむような顔で、先ほどまで頭を打ち付けて死のうとしていた感染者に歩み寄った。
手の中に、一つをそっと納めた。
そしてもう一つを手に取って、胸に抱き、静かに歌い始めた。
誘われて、魂無き感染者が夢遊病患者のような動きで戸口に現われた者が居る。
玄関で倒れていた感染者だ。
ミラーズの聖句に操られたその感染者は、頭を打ち付けていた感染者のすぐ傍で立ち止まった。
透き通るように清らかで、しかし言語としては完全に破綻しているその歌声に、アルファⅡは聞き入った。
少女は連れてきた感染者の手の中にもそれを納めた。
歌い終わった途端、二人の感染者はぴくりとも動かなくなった。
二人が手にしていたのは、指輪だ。
ミラーズの行動は、合理的な推察に基づいたものでは無い。
あるいは、死を迎える前に、これら二人には精神的な破局が彼らの間に訪れたのかも知れなかった。
だが今の二人は、そうではない。
滅び去った幸福な時間の粗悪な模造品であるかのように、静かに寄り添っている。
ミラーズは遠い記憶を思い出すかのように目を細め、短い祈りを捧げた。
全ての家屋の捜索を終えた。
異常はなかった。
悪性変異体も、未感染の人間もいなかった。
ただミラーズの精神にだけ、何らかの変化が起こったように見えた。
「人の営みの終焉を看取る時には、いつでも寂寞が胸を覆います。しかし、これほど愛おしい風景があるでしょうか。彼らの魂はまさに御国へと導かれたのです。彼らの魂が神に愛されていると語る証拠こそが沈黙する彼らの姿なのです」
最後の家屋を後にして、肩を並べて歩くアルファⅡに訥々と言葉を並べるミラーズに、ユイシスと抱き合って恍惚としていた時の、薄氷を踏むかのごとき自己破壊の気配は、見受けられない。
致命的な退廃と確たる信心が同居したかのような佇まいは、危うく、儚げだが、キジールだった頃と同じく、その状態で見事な均衡を保っている。
ミラーズの発話からは、宗教的な文脈の語彙、特に狂った教義に根ざした言葉が、明確に欠落していた。そういう意味では、スヴィトスラーフ聖歌隊の指揮官、レーゲントであったキジールとは、やはり異なる存在なのだろう。
一方で感染者を前にした時の所作は、ごく狭い範囲での記憶と振る舞いに関する基礎的な情報しか与えられていないにも関わらず、エコーヘッドになる以前と少しも変わらない。
「随分と……落ち着いたようだな」
「ええ。久しぶりに歌えたから、かしら。みっともない声じゃなかった?」
『美しい歌でしたよ。推測。これが彼女の真の姿なのでしょう』
「真も何も無いわ。あたしはあたし。やるべきことには、相応しい態度が必要よ。その態度をさっき変えただけ。祈りと歌の間にある神秘的な関連性を……なんて、あなたたちに説いても無駄ね。あたしは上辺だけのコピーで、魂なんて持っていないんでしょ? それなのにあたしに歌わせることが出来る。あなたたちは天使を解剖台の上に載せて、喉を切り開いて調べたに違いないわ」
溜息交じりのユイシスの言葉に、アルファⅡは首振った。
「誤解をしないでほしい。我々は君にこのような力は求めていなかった。ただ聖歌隊独自の見解と、前を歩く能力さえ備わっていれば良かった。現在の君が原初の聖句を使えるなどとは、全く予想していなかったんだ。この戦力の拡充は予想外だ」
「本当に期待してなかったわけ? じゃあ、弾除けがわりに先導させるためだけに、こんな仕打ちをしたの……。最低っていうか……人間性がないんじゃない?」
「人間性は、入荷が遅いのだ。人間性というのは高級品だから神様が中々売ってくれない。……冗談だ。その問題には対処していくので許して欲しい。努力はしている」
ミラーズは「うーん」と悩ましげに息を吐いた。
「まぁ、いいわ。この力に期待していなかったというのが嘘じゃないとしても、やっぱり戦力扱いはやめてほしいわね。人を苦しめるために授かった御業じゃないの。説得力ないかもしれないけど、もう血を流すためには使いたくない。世界には不死の恩寵が満ちた。戦争は全部終わった。もう誰も苦しまなくて良い。聖歌隊の役目も、終わった。私はもう聖歌隊じゃない。それで良いでしょう」
「大丈夫だ。そういった命令を私からすることはない。戦力と言ったのは言葉のあやだ。それよりも、聞かせてほしい、エコーヘッドになってから、原初の聖句の効力に変化はあるか?」
「分からないわ。でも前よりも聖句が頭に浮かびスピードはかなり落ちてるかしら。『あなたが主人に奉仕するように、迷い子たちに奉仕しなさい』」少女の小さな身体がぴくり、と震え、翡翠色の目が潤んだ。「うん。やっぱり遅い。この調子だと指揮できても五人、調子が良くても八人ぐらいが限度ね。黙契の獣を鎮めるのも無理、あれこそ指揮できる人数が頼りだから」
『賞賛します。素晴らしいです、ミラーズ』と我がことのように喜びながら、ユイシスのアバターがキジールの傍に出現した。『電気を流して昏倒させるぐらいしか機能の無い、ヘルメットの能なしどもよりも、ずっと優れています』
「そうかしら」抱きついてくるユイシスに、ミラーズの応答は醒めていた。「あなたたちって、その気になったら、たぶん獣を一人で鎮められるのよね? それと比べたらあたしなんて『いないよりはマシ』ぐらいなものでしょ」
ユイシスは無表情で身を離す。
『解析中』の文字がアルファⅡに転送された。『終了まで三〇秒』
「無血で感染者を沈静化できるなら、それに勝るものはない。スタンガンの使用も所詮は次善の策だ。彼らは保護対象なのだから、君たちのように、ただ歌うだけで無力化できるなら、それが一番良い」
「ふーん、そう? じゃあ、リーンズィ、ユイシス、あなたたちもスヴィトスラーフ聖歌隊に入りますか? 私と同じ……血のカルトの一員に?」
「義理を立てているつもりか。かつて所属していた組織をそんな風に言う必要はないぞ」
「事実だもの。あたしたちのせいで、どれだけ血が流れたか分からないわ。どんな大義を掲げても、目指している結末が正しくても、やってることがどれだけ間違ってるのかは、しっかり理解していたのよ。他の子は知らないけど、あたしはね。まぁ悪いことをしたとも思わないけど」
背反とも取られかねない思想を口にして、少女は平然としていた。
「大丈夫、気分は落ち着いてるわ。昔からそう思ってたんだから、これは普通の気持ちよ。……あなたたちは言っていたわね、聖歌隊も全ての黙契の獣を鎮められたわけじゃないだろうって。あの時はあの仔を鎮めるのに必死だったから、そこは仲間の皆を信じるしか無かったけど、今となってはあたしも同感ね。あれが出来るレーゲントはたかが知れてるし。大主教の子たちが頑張っても限界があると思うし。あなたたちみたいな力ある御遣いは貴重よ。私の仔、綿と同じくね。聖歌隊が何にも変わってないなら、たぶん歓迎されるわ」
「確認したい。スヴィトスラーフ聖歌隊の目的は、全人類を不死病で制圧すること、という認識で問題ないか?」
「言葉には気をつけてね。制圧じゃなくて、救済よ」
「了解した。それで、救済を終えた後の計画は?」
「さぁ。何も無いんじゃない。不死の恩寵が行き渡った後のことは決まってなかったの、そこで終わりの組織だったから。少なくとも、ヘシカシスト、調停防疫局では感染者って言うんだっけ、彼らを保護するというのは聖歌隊でも同じだし、その辺りの利害関係は一致するでしょうね」
「そうか。ならば、やはり協調も選択肢に含めよう」
楽しみにしているわ、と不敵に笑う少女の振る舞いに乱れはない。
路上で自分と同じ顔をした仮想人格と交歓するような倫理観の持ち主で、終末思想に最期まで囚われていたテロリストであることに疑いはないが、さりとて常にそうした性質に支配されているとも思われない。
ミラーズの人格はようやく安定したのだ。
『神経活性、異常ありません』とユイシスからの通信。『感染者に対して原初の聖句を使用した時点から、急速に安定化が進みました。推測。原初の聖句は、彼女の自己同一性にとっても、極めて重要な因子だったのではないでしょうか』
> つまり神に仕える者として振る舞うことが? それこそが彼女の根幹を成すものだったと? 心から聖歌隊を信じているようには見えないが……。
『推測を補強します。スヴィトスラーフ聖歌隊に入ることで副次的に手に入れた力、あるいは見出された力こそが、重要なのではないかと。おそらく彼女は原初の聖句で自分の心身を安定させていたのです。「敵にさえ主人にするように奉仕せよ」という命令は、最初に彼女自身を支配しました。神経活性の情報から推測する限りでは、彼女は下水の流れる地下街で囚われていた自分自身と、その運命をこそ、まず最初に憎んでいたものと考えられます。言わば彼女の最初の敵は、常に彼女自身だったのです。その憎悪を、原初の聖句によって反転させているものと予想されます』
『とすると、聖句の発動まで君と愛の言葉を頻りに交わしていたのは、その代替行動か』
『……貴官の推測を肯定します』ユイシスの声には、聞き慣れた、余裕ぶった気勢がない。『彼女は、おそらくあの瞬間まで、自分が未だに原初の聖句を使えることに気づいてなかった。あるいは、聖歌隊のキジールだった頃から、自分自身を聖句で洗脳していることに無自覚だった。歌なき世界で彼女は、自分と同じ姿をしている当機のアバターと関係を結ぶことで、間接的に自分自身を愛し、受け入れようとしていたのでしょうね。……当機への愛着形成は失敗でしたね。結局、ミラーズは当機のことなんて何とも思っていなかった。当機を通して彼女自身を愛していたんですから……』
地面の下までめり込んでしまいそうなユイシスの落胆を見て、アルファⅡは愛に関する項目にいくつか新しい情報を書き加えた。
ユイシスの落胆自体には然程興味が無く、「そういうものか」とコメントするに留まった。
電子の少女の気持ちを知ってか知らずか、ミラーズがユイシスのアバターにすり寄った。
「手を繋ぎましょう? 一緒に歌いましょうよ。主の御業に触れて、自分のやっていたことは間違っていなかったんだって久々に思い出せた。なんだかとっても気分が良いのよ」
『当機の歌唱は現在許可されていません。そして貴女の悦びは、真に貴女に由来する悦びですよ』ユイシスは自嘲するように呟いた。『当機の入り込む隙間なんて最初から無かったんです』
「どうしたのユイシス? そんなことは言わないで。確かに私は、自分のやるべきことにこそ、価値を見いだします。けれども、自分が嬉しいとき、好きな人にも嬉しくなって欲しいと思うのは当然のことじゃない?」
「疑問を提示します。本当にそうでしょうか?」ユイシスは、目前の少女とは全く異なる、傷ついて身体を丸めている死にかけの猫のような、苦しげな声を出した。「当機なんて、貴女の姿を真似っこしているだけの、正真正銘のいつわりの存在です。この身体に本当の部分なんて一つもありません。こうして振る舞うことにさえ、欺瞞が付きまとうのです。それでも当機のことを好きでいてくれると?」
ミラーズは躊躇わずユイシスを抱擁し、首筋に接吻した。
「あなたたちはこんなことを言いました。『君は生きている。コピーでも、ただのデータでも、君は君なんだ』。私も同感です。あたしの感情は本物。データだとしても、外側しかないとしても、生まれるのは偽物なんかじゃないわ。ああ、霧が晴れたよう。はっきりと分かります。私はあなたを愛していますよ、ユイシス。最初は誘導されていたんじゃ無いかって思わないでもないわ。でも、やっぱりこの気持ちは嘘なんかじゃない」
「……当機も愛しています、エージェント・ミラーズ」
ユイシスは切なげに笑みを浮かべて、細く頼りない体を抱き返した。ドッペルゲンガーに出くわした哀れな少女。
その真に生き残るべき肉体に、怖々と、祝福でもするように、そっと口づけをした。
「たとえ嘘だとしても、貴女を愛しています」
アルファⅡは黙って二人を眺めていたが、そのうち一向に日の沈まない空の方に注意を奪われた。
彼女たちは何故だか虚と実に拘る。
しかし、この空は本物だろうか?
それとも未来のない世界の暗示だろうか?
思考の迷妄に身を委ねる。
もはや死も生もない。昼も夜もない。何も残されていない。
この世界に、守るべき者はあとどれくらいある?
村の中央部のスチーム・ヘッドを調べることになった。
残骸は鈍色の不滅。雪に紛れてはいるが注視すると、滅び行く世界の摂理に反するような異様な輝きに、警戒の感覚が身体を強張らせる。
要所に装甲を執拗に貼り付けた、よくあるタイプの近接戦闘特化型戦闘用スチーム・ヘッドだ。
どの戦場にでも打ち捨てられていそうな機体だが、こんな場所で機能停止しているのは甚だ不自然で、異様だった。
視界にはユイシスの情報処理により『解析:不朽結晶連続体』の文字が浮かぶのだが、永遠に朽ちぬはずのその装甲は、明確な悪意で以て、破壊されていた。刺突され、切断されて、まだ修復されていない。不朽結晶連続体には不死病患者のように自動で再生する機能があるのだが、それも完全には作動していない。
また、五体は随分念入りに刻まれたらしい。
今は治癒しているが、装甲の破片の飛び散り方からは、そのような状況が読み取れる。
プシュケ・メディアを搭載した、陣笠に似た形状のヘルメットは、輪をかけて念入りに叩き切られている。結果として残されたのはスチーム・ギアの残骸と、仮面のような装飾具の破片、そして精悍な顔つきの男の肉体だけで、こちらは例によって自己凍結して、ただの不死病患者になっている。
アルファⅡミラーズを背後に控えさせて、プシュケ・メディアのありそうな部品を漁った。
陣笠の内側に『ROZIN』と傷跡のような不出来な刻印があるのを見つけた。
「このスチーム・ヘッドの名前だろうか」
『Zの部分の角度が奇妙です。全体的に奇妙ですが。Nの書き損じの可能性があります』
「なんて書いてあるの?」ミラーズが問うた。「字、苦手なのよね」
「アルファベットだ。ロージン、さもなければローニン。文字認識を共有しよう」
「うーん。やっぱり読めない。この、字が動いて見えるの何とか出来ない? 昔からこうなんだけど」
「何か別のサポートが必要なようだ。善処したいが、すぐには用意できない」アルファⅡはふと首を傾げた。「通常ならばプシュケ・メディアに加工する段階でそうした処置を行うはずなのだが、手つかずなのか……?」
『この機体に関して、もう「老人」で良いのでは? 何十年か経っていそうですし』
「本人に確かめるのが一番手っ取り早い。再起動できないか、残骸漁りと行こう。ユイシス、アシストを頼む」
『データ・サルベージ、オンラインです』
ユイシスの誘導に従って残骸を検分していく。人格記録媒体の読出しに必要な装置だけでなく、蒸気甲冑の主要な駆動部まで徹底的に破壊されていた。
敵対スチーム・ヘッドを完全に停止させるという妄念の残滓に、アルファⅡは危機感を覚えた。
不朽結晶連続体で構成された機体を解体するのには、相応の手間がかかる。
同等以上の不朽結晶連続体の武器で休みなく攻撃を続けたのだとしても、こうまで手ひどく損壊させるには、通常なら数十時間は必要だろう。
外枠の部品を調べ終えると、このスチーム・ヘッドが銃火器を一切装備していないのが判明した。
それを補うかのように、通常は補助目的でしか装備されない刀剣状の武装がやたらと用意されていた。
離れた位置に転がっていた、重外燃機関と思しき取っ手の付いた長方形の固まりは、用途が不明だった。ユイシスがデータベースを検索し、似た外観の装備をサジェストした。
人類文化継承連帯の白兵戦用大型蒸気甲冑、<スルトル>の専用武器だ。
存在している、という以上の記録がないため、具体的にどういう兵器なのか、やはり分からない。
いずれにせよ、眼前で骸を晒している機体は、そのような大がかりな武装を扱うようなスチーム・ヘッドには到底見えない。
残されている残骸を組み上げても、管制するのはアシスト用の外骨格に最低限の装甲を組み込んだ程度のギアだ。どのように大規模兵器を運用していたのかは、それらしい意見が出なかった。
さらに検分を進めた。
そもそも一般的な機体であるという認識は誤りであるらしい、ということが分かった。
外観は均してあるが、各部で規格が異なる。
全く違うギアの部品を固めて、強引にそれらしい機体を取り繕っていたらしい。
しかも、所属組織を明示するものがどこにも見当たらない。
有り体に言えば、不審な機体だった。
ユイシスがスキャンした情報を基に、架構世界で残骸を組み直して、破壊される以前の状態を構築した。格闘戦寄りに調整された汎用スチーム・ヘッドと言ってしまえばそうなのだが、間接攻撃能力が全く存在しないというのは異常だ。
最低限度の装甲に、過剰な量の刀剣を積載している、というのも極めて奇妙だ。
スチーム・ヘッド同士の戦闘を想定して、兵装を減らして速度を重視する、という構成は当然有り得るが、その場合だとシルエットが変わるほど近接武器を積む理由が無い。
『改造された痕跡を検知しました』
比較的原形を保っている重外燃機関を調べていると、ユイシスが『重要目標』としてある一点をピックアップした。装甲を取り外す。
内部からプシュケ・メディアを格納した不朽結晶製の円筒形のケースが現われた。
それ単体で簡易な人工脳髄として機能するよう、最低限の部材が取り付けられている。
『バックアップ用の人格記録媒体かと思われます』
メディアを抜き取った。
刻まれたシンボルは、赤い世界地図を背にした剣。
それに巻き付く二匹の蛇。
「……調停防疫局か」
『肯定します。複数のメディアを搭載するのは調停防疫局のエージェント独自の仕様であり、機密の一つです。襲撃者はこの仕組みを知らなかったのだと思われます。シリアル検索。……該当する機体を確認できません。未登録のエージェントのようです』
「バッテリーは……劣化が激しいな。だが起動は可能だ。ユイシス、生体脳に挿入して再生してみよう。何があったのか分かるかも知れない」
退屈そうに破壊現場の検証を眺めていたミラーズが、溜息交じりに割って入った。
「ちょっと待って。感染者は保護する、そのはずよね。折角永久の眠りを約束された人々に、無理矢理プシュケを吹き込んで、目覚めさせようとするの? いくら聖歌隊を離れたとて、それは見過ごせない行為です。彼らは世界の終わりまで、最後の審判が下るまで安寧のうちに……」
「問題ない。解決手段はもう用意してある」
「ふーん、そうですか? では、いったいどうやってプシュケから魂を……ひゃっ!」
すとん、と金髪の少女の肉体が尻餅をついた。
「お、お尻が冷たい。あれっ? ……座ろうなんて思ってなかったのに……」
事態を飲み込めていない少女を無視して、彼女の肉体が独りでに動き続ける。
帽子を取って胸に抱き、ぺたんと座った姿勢のまま背筋を伸ばした。
この姿勢においては、装飾の施された不朽結晶連続体製の行進聖詠服が、そのサイズの不一致から拘束具のように働き、一度脱衣しなければ立ち上がれない。
「……何これ。体、動かないんだけど……あっ、ちょっと待って、あの……前からだと下着見えてない?」
『今更見ても、誰も気にしないと思いますよ』
「あたしが気にするんだけど……ミラーズは良いけどリーンズィに見られるのはなんか嫌だし……」
『配慮します。遠隔操作を続行します』
> 生命管制:強制鎮静。軽度の筋弛緩。
「あ、あう……何これ……」
『生命管制よりミラーズへ。メディア再生モード、スタンバイ』
「してない。あたしはスタンバイしてないんだけど。えっ、もしかしてあたしにプシュケを吹き込むの? あたしまだ意識あるわよ? 非道なことはしないって言ってたはずでしょ?」
「キジールには約束したが、君はエージェントだ。そして、他の感染者にも余計な危険は与えられないから、この場合は君がメディアを読み出す装置として最優先で指名される。ただし、君には命令を拒絶する権利が認められている」
「拒絶なんてしない。調停防疫局の言うことを聞くのは当たり前のことだもの」
抗弁しながらも、ミラーズには事態の異常性に何ら疑問を抱いていない。
そのように思考を規定されている。
「君の行進聖詠服も好都合だ。身体の動きを極端に制限するその構造ならば、メディアに記録されている人格が暴れ初めても容易に制圧できる」
「だ、打算的すぎるでしょ……まさかあたしの体じゃなくて、この服が目的だったの……」
「それもあった。弾除けには便利だ。とにかく君の人格を破壊するようなことにはならない。安心して欲しい」
「あの、あたしの人工脳髄の電源は……」
「切れないので、切らないままで行く」
「それじゃ安心出来ないわよ。色々されてきたけど、他人のプシュケを入れるなんてさすがに初めてよ」
「誰にでも最初の一回がある」
アルファⅡは適当な返事をしながら、スチーム・ヘッドの残骸から布きれを拾った。
メディアのバッテリーを、ミラーズの頭に巻き付けて結ぶ。小さな頭にバッテリーを結わえられた姿で機械を崇める未知の民族の巫女のようで、奇異でありながらも、なおも言い難い神秘的な気配を纏っている。
汗ばんでいる少女と目線を合わせて、脱力している眦から零れた涙を拭ってやり、肩に手をかけた。
黒い鏡面のバイザーに映る、不安げに息をするミラーズに語りかけた。
「君の本体は君の首輪型人工脳髄、隷属化デバイスの方にある。心配しなくて良い、動作方式がまるで異なるので、プシュケ・メディアと相乗りになっても問題は出ない。異常が出ればすぐにメディアを取り除く。電力量の関係上、おそらく君の方からもメディアに干渉できる。原初の聖句でコントロールも可能かも知れない。新入りには酷だが、重要な任務だ。気を引き締めて臨んでほしい」
「な、なんか色々と話が違ってきてるよね、これ……従うけど……」
「了解を得た。では処置を開始する」
アルファⅡはミラーズの豊かな髪を掻き分けて、小さな頭蓋骨をガントレットで掴んで固定した。
そのまま不朽結晶連続体製のメディアを頭部に押し当てたが、「痛い痛い!」とミラーズが嫌がるばかりだった。
一瞬だけミラーズの認知機能を低下させ、オーバードライブを発動し、タクティカルジャケットからナイフを抜いて、頭部を高速で浅く切開した。
そして認知機能が戻る前にメディアを頭蓋骨の内側、脳髄へと突き刺した。
「……いったいっ、えええ! えっ?! どうやって頭に刺したの?! あれっなんかナイフとか持ってなかった?! まさか頭ナイフで斬ったの?!」
「ナイフなんて持っていない。もう戻した」
「だから、斬ったんでしょ?! 非道な真似はしないとかどうとかいうのは……はぁ、ううっ……いたい……」
苦鳴を漏らす少女の頭にプシュケ・メディアを押し込んでいく。そのたびに少女がびくりびくりと痙攣したが、そもそも抵抗しないことを当然のドグマとして刷り込まれている少女は全く抵抗しない。
アルファⅡはろくに意思確認もせず「起動させる」とだけ言ってメディアを起動した。
「待って待って、待ちなさい、心の準備がががががががががががが」
悲鳴を上げ、ミラーズはその場に仰向けに倒れ伏せた。
目を見開いて涙を流し、痙攣しながら停止した。
次に瞬きをしたときには雰囲気が一変していた。
「……ん?」と言いながら空に手を伸ばし、行進聖詠服の黒い袖を片方の手で撫でて、掴み、手のひらを開けたり開いたりした。
緑色の眼球の焦点は定まっていない。
くらやみを見ていた。
「俺は……再起動……したのか……? 破壊された? 誰がやったんだ? 何だこの肉体は。頼りないな……腕が細い……握力も弱い。子供か? 俺の人工脳髄の規格と全然あってねぇじゃねえか。くそっ、眼筋まで上手いこと動かない……っていうかこの声、聞いた覚えがあるな……ごほん、『私はスヴィトスラーフ聖歌隊です』」
そのプシュケ・メディアの主は悲鳴を上げた。
「まさか……聖歌隊のキジールの肉体か?! 何でだ?! 何で俺が彼女の身体に入ってる?!」
「目が覚めたか、不明なスチーム・ヘッド」
そして「んん?」と声がした方に怪訝そうな顔を向け、違和感を覚えたのか喉に手を当てる。
そのとき首輪の冷たい感触に気付いたのだろう。ぺたぺたと荒っぽい手つきで触り、「隷属化デバイスか……」と絶望したような声を漏らした。
「君は男性なのか? ならば身体の動作に違和感があるだろう。すまない、空いてる身体がこれしかなかった」
「リーンズィ、あたしの身体をこれ呼ばわりしないで。それに、自由に使って良いというわけでもないわよ! 空いてないです! もうちょっと優しくして! これ見た目より大分痛いわよ!」と他人のプシュケ・メディアを挿されたミラーズの肉体が抗弁した。
頭に無骨な機械が突き刺さっている状態はどう控えめに見ても大した負傷であり、ごく当たり前に痛そうに見えた。
「ユイシスはあんなに優しいのに、どうしてあなたという人は……こほん。私の頭に刺さっている方、大丈夫ですか? 今、眼球運動を適応させます」
現在のミラーズには擬似的な支援AIとしての機能が付与されている。
己自身の肉体なのだから動作の支援を行うのも可能であろう、という実験的な処置だ。
「あ、ああ。この喋り方は……間違いないな。お前さん、ヴィトスラーフ聖歌隊のキジールだな。間違いなく自分の口から、お前さんの声がしてる。ちょっと違って聞こえるが……普通ならメディアの相乗りなんて出来ないから、やっぱりそうだな……。悲しいな、お前さん、隷属化されてしまったのか。記憶の幻影しか残っていない奴隷というわけだ……」
「どこのどなたか存じませんが、奴隷扱いはされていませんよ。現在は調停防疫局のエージェントです、ミラーズと名乗っております」
「調停防疫局だ? くそっ、この期に及んで、調停防衛局だって? どいつだ? 一体誰がこんなことを? キジールはこんな目に遭うべきじゃないのに……いや……いや、いや、いや、そんな馬鹿な……でも、だってお前、隷属化デバイスが搭載されている機体なんざ、あいつしか……。いや。嘘だ。あり得ない。あり得ないんだよ、それは……」
ヘルメットの兵士、アルファⅡは、猟銃をミラーズの頭に向けたまま問いかけた。
「改めて、おはよう、と言うべきか、エージェント? 君はローニンだな? そろそろ眼筋の運動が安定してきた頃だろう。私が見えるか? 君を起動させたのは、私だ。調停防疫局所属のスチーム・ヘッド、エージェント・アルファⅡだ」
黒いバイザーの下で黄色く輝く二連二対の不朽結晶のレンズは、兵士と言うよりは、どこか血と殺戮が支配する異邦の地から流れ着いた、得体の知れない何かのようだった。
「ああ、嘘だ。嘘だ、嘘だ! 嘘に違いない。悪い夢だ……」
「夢だと思うなら、一度メディアを抜こうか。次に起動したときには嫌でも現実と分かるだろう」
異なる人格を生体脳にインストールされた少女は、薄い唇を戦慄かせた。
混乱と絶望の視線がアルファⅡの外面を滑っていく。
黒い鏡のごとき特殊な光透過機能を持つバイザー。
砲金色のヘルメット。
左腕全体を覆う装飾過多のガントレット。
そして棺のような巨大な重外燃機関。
「間違いない。お前はアルファⅡモナルキアだ!」
「肯定する。それはこの機体の名だ」
「なんてこった、起動実験が成功したのか? このパターンは初めてだ……。絶対に収束しない可能性だと思い込んでたが……。はっ?! キジールがここにいるってことは、まさか、スヴィトスラーフ聖歌隊がお前を奪取したのか?! だとしたら最悪だ、最悪の展開だ!」
同じ口でミラーズが反論する。「どちらかというと奪取されたのはあたしよ。無理やり蘇らせられたのよ」
「誤解だ。形式上の同意は得ている」
「はいはい、そうね。まぁ、さっきも言ったけど、今はキジールじゃ無くてミラーズって名乗ってる。エコーヘッド? っていうのにされたのよ」
「残留思考転用疑似人格だよな……知ってる技術だ。お前さんも災難だな。死んでも死なないなんてよ……」
「何よ……さっきから随分と馴れ馴れしいですね? 私は知り合いだとは思わないのですが」
不快感を隠そうともしないミラーズに、肉体を共有する男は、家財の一切を打ち壊した後のような自暴自棄の笑みを浮かべた。
「昔の客かも知れねぇよ」
「……そんなの、生きているはず無い。掃討作戦で彼らは大方死にましたからね」
「ああ。そうだろうよ。俺もそう聞いている。お前さんからそう聞いてる。いや、お前さんは知らないだろうが、俺たち、結構長い付き合いなんだぜ、キジール」
「初対面よ。どこのキジールと間違えてるの」
「どこのだろうなぁ。冷静になってみりゃ……聖歌隊やら継承連帯が、本気でアルファⅡを運用したのなら、俺をわざわざ再起動させる必要がない。つまり奪取されたわけじゃ無い、と。そしてお前さんは自律活動しているのに、本格的な稼働を開始してるわけでもない。すると、想定とはかなり違う動きをしているわけだ、アルファⅡモナルキア。俺はな、構想の段階からお前を知ってるぜ……信じられん、まさかお前と話す機会があるだなんて……」
アルファⅡはこれらの発言を余さず記録した。
「それで、そういう君は何だ? 調停防疫局のエージェントであることは間違いないな? 我々のデータベースに君のような機体は登録されてない。どこで何をして、何故ここで破壊された」
「ああ、俺も調停防疫局のエージェントだ。正確には過去形だが。まぁギア自体はご覧の有様だ。改造しまくってるが、元はお前とそれなりに似てたんだぜ。シグマ型ネフィリムの五番機、ケルビム仕様……って言っても分からないよな。後発だし。設計としてはアルファⅠの系譜だよ」
少女に肉体に再生された男は咳払いした。
「名乗るのが遅れた、個体識別名は『シィー』だ。ちょっと言いにくいよな? シーでもCでも好きに呼んでくれ。しっかし、まさか再起動して最初に見るのが、アルファⅡだなんてな……」
「エージェント・シィー。私が起動しているのがそんなに不思議か?」
「ああ。俺が最初にいた地点では、お前は結局起動しないまま終わった。三十年もかけて、一秒もまともに動かなかった。いや、動いてたのかもしれんが……とにかく笑い話さ。お前という切り札を使う前に調停防疫局は滅びたんだ。生き残っていた百機足らずのエージェントは散り散りになり、大抵は人類文化継承連帯に合流して、どうしようもなくなった計画の、最後の後始末に乗り出した。俺もその中の、惨めな一機だよ。裏切り者だなんて言わないでくれよ、そうするしかなかったんだ……」
「継承連帯に参加したのか。調停防疫局が滅んだというのなら、責めはしないが……しかし、随分私の記憶と違うな。他にそんなにエージェントがいたのか? 私を含めてアルファモデルに連なる機体は五機しかいなかったはずだが。それに、現状に即した説明だとも思わない」
「いくらでも説明は出来る。だが長くなるぜ。全部教えようとしたら、その前にバッテリーが切れそうだ。聞きたいことがあるなら、そっちから話を振ってくれ」
「そういうものか? では教えてくれ、この国はいったいどうなってる。滅びたのか?」
「ああ。滅びたよ。もうどうしようもない。疫病にやられたのさ」
「それは了解した。しかし、今やノルウェーは聖歌隊の勢力圏のようだ。まともな継承連帯の機体は一度も確認できていない。私の記憶では、継承連帯がこの地で圧倒的に優勢だったはずだし、聖歌隊が継承連帯に勝てる理由もない。何故こんなことになってる? 何もかも、私の知っている世界と食い違っている」
美しい少女の顔をしたその男は、泣き笑いのような顔で言葉を絞り出した。
「それはそうだ、全部おかしくなっちまったんだからな。やつはこの世界をめちゃくちゃにした。しかも、たぶん、まだその真っ最中なんだよ。アルファⅡ、お前が記憶してる世界は、原理原則からして、もうここには無い。稼動時間が長くなりすぎたせいで気が狂ったと、そう思われるのを承知で言うが……」
男は、黒い鏡に映る少女の顔に向けて首を振る。
「ああ、キジール。お前さんのその眼差しを、柔らかな金の髪を見ているだけで、頭がどうにかなりそうだ。懐かしすぎて苦しくなる。泣けるもんなら泣いてるぐらいだ。嘘みたいだろ、俺たち仲間だったこともあるんだぜ。肩寄せ合ってさ……。でもお前さんは覚えてない。お前さんはもう全然違う誰かだ。それどころか、エコーヘッドだもんな。なんでこんなことに。本当に馬鹿げた話だ。馬鹿げた話なんだよ……。俺自身悪夢であってくれって思うんだ」
ミラーズが割り込んだ。
「息を整えて。心を穏やかにしてください。ここは安全です。我々が責任を持って保護します」
「我々、だって?! キジール、くそっ、俺たちみたいな言い方をしないでくれ、キジール! 俺たちみたいな……そんな、俺たちみたいな……」
「落ち着いてほしい。さぁ、何があった?」
「何もかもだ! 何もかもが、起こった。どうにかしようと戦ったさ。使命を果たそうとしたんだ。だが、全部無駄だった。どうにもならなかった……最後には運命に追いつかれて……このざまだ」
少女は震える両手をじっと見つめ、深呼吸した。
「それでもよ、この国ぐらいは、ちゃんと救うぐらいの働きはしたと思うぜ……何十回も……何百回もな」