番外編 アイテールとオリヴィア その5
二人でしみじみとした後、なし崩し的にキスをするしないで攻防になった。
「ちょっと良い空気になった途端これか! 何百年かかってもオレを堕とすとかなんかそういうこと言っていたのは何だったんだ!」
「今日だってその何百年の一部です! 観念してください! 今のは殺し文句でしたよ! グッときました! 唇ぐらい良いじゃないですか!」
アイテールはこの手の攻防では無敵だったので、ベッドの上で取っ組み合いをして、オリヴィアを多少いじめてから勝った。良い香りがして、ゴシックドレスが乱れていて、見蕩れてしまうが、アイテールは冷静だった。
無駄に体力を使ってしまったという気分になった。
ぐるる、とお腹が鳴ってしまう。
『最後の晩餐』の内容が内容なので、かなり気を遣ってカロリーの収支を計算していたのに、オリヴィアのせいですっかり破綻してしまった。
「……お姉様、『最後の晩餐』はまだって言ってましたよね。私のことは気にせず、どうぞお食べになってください」
「この流れで食べられるか! それに、その、一人で食べたいからみんなと離れていたのに!」
「でもお姉様、ご家族の写真の目の前で私とあんなことを……あ、いつのまにか倒していますね。くすくす。私と一線を越える気が実はあったんじゃないですか? 私は……準備できてますよ?」
「とにかく一人で食べたいんだ」
「ひとりぼっちにはさせない、ずっと傍に居るっていってくれたのに?」
「…………」アイテールは眦を押さえた。「撤回できないか?」
「記憶力は良い方なので忘れてなんてあげません。それに、純粋に興味もあります。お姉様が最後に食べたいものって何なのかなって」
『最後の晩餐』は、特別なな夕食だ。
スチーム・ヘッドへの転化処置を受ける前に、全員に継承連帯から振る舞われる。
通常の配給食とは異なり、限度はあるにせよ、好きな内容をリクエストすることが出来る。死刑囚への最後の情けとして考案・運用されていた制度の変形だが、デザートを食べる前に刑が執行されるようなことはない、という点ではまだ温情がある。
アイテールもこのサービスは当然利用していた。
こういう場面ではこれ、と決めていたメニューがあった。
絶滅しかかっていたらしく、調達は難しかったようだが、どうにかこうにか手に入ったようで、今は部屋の冷蔵庫に収まっている。
「……普通の食べ物だよ……」
「元・お嬢様だったらケーキとかマドレーヌとかですかね?」
「最後の晩餐にそんなの食べないよ」
「じゃあ何でしょう、ステーキとかビーフストロガノフとか?」
「うーん、そういうのでもなくて……」
「勿体ぶりますね。どうして見せてくれないんですか? ただのご飯じゃないですか。私だって食事の最中までお姉様の邪魔はしません。大人しく部屋を出て行きます」
「うう……」金色の髪の少女は呻いた。「その……どうしても見るのか……?」
「見たいです。見せてください、私の<イージス>」
「了解した、我らが<市長>……」
アイテールはついに観念した。
オリヴィアがアルファⅢになればアルファⅠの記憶など覗き放題だ。隠すだけ無駄だ。
冷蔵庫から取り出す。
彼女の最後の晩餐は、配給食用のプレートの上に載せられていた。
今にも転がり落ちそうだ。
「え、これだけですか?」とオリヴィアが目を丸くする
それは瑞々しい緑色の、小さな果実だった。
他には何も無い。
ただ一粒だけだ。
腹を満たすにはまるで足りない。
まるで捧げ物のようで、実際、そうだった。
決して変なものではない、変なものではない、と内心で唱えながら、アイテールは自分でも説明できない類の羞恥によって、耳の先までを朱色に染めていた。
「見たことが無い実です。これは何なんですか?」
「……聖書にも現れる実で……花言葉は、平和、安らぎ、知恵、勝利……みたいな感じだ……」
「なるほど、縁起物なんですか」
「……これから取れる油は、祝福の儀式でも使われて……解釈次第だが、死後の復活や平穏にも関係するんだ……うん……」
「ああ、良きスチーム・ヘッドになれるように、という祈りでもあるわけですね。最後の晩餐にはぴったりかもしれません。それにしてもお姉様がそういうことを気にする人だとは思いませんでした。私も教えて貰っていればこれにしていたかもしれません」アイテールのすぐ傍から覗き込みながら、つんつん、と小さな実をつついたりしている。「……それで、お姉様は何をそんなに恥ずかしがっているんです? 何だか隠しているみたいですけど?」
事情は知らないのだろうが、アイテールが弱っているところを見られてオリヴィアは嬉しそうだった。
にまにまとした顔を隠そうともしない。
アイテールは恥じらいを押し殺して、声を絞り出した。
「オリーブ……」
「え?」
「これはオリーブの実だ……正確にはオリーブの実を、オリーブオイルに浸けたもの……」
「オリーブ、です、か。これが、オリーブなんですね……へぇ……初めて見ました……」
「うん、オリーブは……ギリシア神話では……女神アテネがもたらしたと言われる……」
「へ、へぇー。オリーブ……アテネで……」
「つまり私は、最後の晩餐にオリーブの実をリクエストしたんだ……」
「オリーブの、実を……」
言葉が、掠れている。
黒髪の乙女も、すっかり余裕を失っていた。
意味するところを理解したのだろう。すっかり上気してしまった。アイテールに何か言おうとして、言いあぐねた。スカートの下を妙に気にして、裾を掴んでいた。アイテールを見た。すぐに目を逸らした。また見た。視線が合うとすぐに逸らした。
長い長い沈黙があった。
先に口を開いたのはオリヴィアだった。
「お姉様……私の、オリヴィアっていう名前の由来……ご存知ですよね……?」
「うん……」
「……オリーブ、です……」
「うん……そうだな……」アイテールは赤面を止められない。「オリヴィアは……オリーブだ……」
「それを知っていて、最後にオリーブの実を……食べるって……」
「だから見せたくなかったんだ!」アイテールはヤケを起こした。「だってもう絶対そういう含みが生まれてしまうだろう! 意図してなくても!」
「含みも何も……意図してないなら何なんですか!? 意識しますよそんなの!」オリヴィアも真っ赤な顔で反論する。「その……もうどう考えても! そ、そういうことになるじゃないですか?! 私はオリヴィアで、アテネですよ?! そこでオリーブの実を食べるって……あう……」
肩で息をしながら、髪を整えて、視線を逸らす。
ベッドに腰掛けた。それからプレートを持ったまま所在なさげな金色の髪をした少女を見上げ、哀願するような表情で、自身の胸元を緩めた。
「……お好きに食べて下さって、大丈夫ですよ?」
しどけなく体を反らして、無防備な肉体をアピールするオリヴィアに、アイテールは思わず天を仰いだ。
「だから違う、これは、私の元々の宗教の関係なんだ……! これでも昔は結構敬虔な方だったんだから! た、確かに、オリーブにアテネで、君と色々と合致する部分もあって……悩んだが……自室で一人で食べても良いのなら、私はやっぱりこれかなって……」
「……ふうん」
つまらなさそうな溜息に、アイテールは返す言葉が無い。
「市長の権限で問います。ねぇお姉様、答えてください。真実として、全然私は関係ないんですか……? 他の皆はハンバーグとか白身魚のフライとか無難なところを頼んでいたのに」
「……多少は意識した」
「ほら! やっぱりそうじゃないですか! えっち! えっちです! 完全にえっちなやつです!」
「そういうわけじゃない! 私……オレは君の騎士になるんだから、そういう意味合いでも丁度良いかなぁと思っただけだ!」
「言い逃れは出来ないですよ、こんなの……。だって……オリヴィアの前で、オリーブの実、しかもオリーブのオイルに浸けたものを……ひとつぶだけ……食べるんですよ……? かなりえっちじゃないですか、やっぱりえっちですよそれ」
「考えすぎだし、だから勘違いさせないよう隠れて食べようとしていたんだ」
「そこまで拗らせるタイプだったんですか。びっくりしました。嬉しいですけど、マニアックすぎてどう対応すれば良いのか」
「ちーがーうー! だから、誤解だー!」
アイテールの完敗だった。
……だから最後の晩餐を見られたくなかったのだ。
何を意図していたところで、オリヴィアにオリーブの実を目撃されれば、深読みされる。見られたら、状況は覆せないのだ。
金色の癖毛を翼のようにばたばたとさせながらアイテールは抗弁し続けたが、「じゃあアイテールお姉様がオリーブの実を食べようとしていた、って皆に言いふらしてもいいですよね……?」と言われてはもうどうしようもない。
誰だって同じように思うに決まっている。
感傷でオリーブの実などリクエストしたのが間違いだった。どう足掻いても文脈が発生してしまう。
「……ど、どうであれ、君と今夜これ以上何かが発展することはないぞ」
負け惜しみめいた金色の少女の呻きに、黒髪の乙女は不敵な笑みで返した。
「私は自分から誰かを押し倒すようなことはしません。これは主義というか、趣味です。私は求めるのではなく、求められたいんですから。でも、お姉様にだけは、くすくす……少しだけ、意地悪をしたくなりました」
「……何をするつもりだ。主義を曲げるとでも?」
「主義は曲げません。ですがこのオリーブの実に関しては権利を主張させて貰います。市長として命じます。ねぇお姉様、このオリーブの実を、私に委ねてください。その実の食べ方を、私に任せてください」
市長としての権限と言葉の力を同時に出されると、アイテールは抵抗が出来ない。
実を言えば、オリヴィアがその気になら、貞操も秘密もあったものではない。普段そうしないのは、彼女が本当に部下を尊重しているからだ。
裏を返せば今回は本気の本気と言うことになる。
「お姉様。ベッドに横たわってください。プレートは私が預かります」
「お、オリヴィア、何をするつもりだ……」
問いかけながら、言われるがままに行動する。
アイテールはベッドに横たわる。「力を抜いてください」という声で脱力してしまう。何をされても抵抗が出来ない。屈辱的だという感情が湧いてこないのは、ひとえに相手がオリヴィアだからだろう。
黒髪の乙女は額に甘い香りのする汗を浮かべながら、アイテールの上に跨がった。腹の上に柔らかな感触が降りてきたが、それでは背丈が合わない。覆い被さってもアイテールを胸に抱くことになるだけだ。
す、す、と焦らせるような調子で、アイテールの腿の辺りにまで降りてくる。
プレートを脇に置いて、アイテールの唇や首筋に触れた。素直に反応するのを楽しみ、愛おしげに頬を撫で、きらきらと輝く髪を指で梳かした。
怪しく輝く黒曜石の瞳には悪戯な光が宿っている。
ぺろりと唇を舐めて、プレートからオリーブの実を摘まみ上げた。
「これはくちづけではありません。オリーブの実を、差し上げるだけです……」
それからそっと実を口に含み、覆い被さって、金色の髪をした娘へと顔を近づけた。
艶めく髪の結界に閉じ込められて、アイテールにはオリヴィアの恍惚とした美貌しか見えなくなる。綺麗だな、とアイテールは思った。
唇が触れる。
水気のある音が耳朶に響く。オリヴィアの舌先がアイテールの唇を押し開く。
まるで見た目通りの少女であるかのように、アイテールが浅い呼吸とともに声を漏らし、体を震わせるのを見て、オリヴィアは一瞬我を忘れたようだった。身体を支える腕を動かして、アイテールに触れた。彼女を知ろうとした。
だが、熱い息を飲み込む動作を静かに、何度も繰り返して、理性を保ったようだった。
ここまでだ、と決めたらしい。
オリヴィアは切なげな目をした。
オリーブの実を舌で押し込む。
己と同じ名を授けられた実を、アイテールの口腔へと、そっと送り込んでくる。
オリヴィアの体熱に熱されていたが、オリーブの実はひんやりとしていて、甘く蕩けるような舌遣いも相俟って、アイスキャンディでも口に含んでいるような気分になった。
黒髪の乙女が、名残惜しそうに、その体を退ける。
「……これが、お姉様が最後に口にする果実。オリーブの実ですよ。よく、味わってください……」
口づけというには短い接触だったが、アイテールはすっかり支配されてしまっていた。
肌は熱を帯び、のし掛かる黒髪の乙女の動きを貪欲に知ろうとする。
口の中の小さな実を咀嚼する。
味は分からなかった。
アイテールの肉体はオリヴィアに触れられることだけを切に求めていた。
「ねぇお姉様。どんな味がしますか……?」
囁いてくる声に、身も心も委ねてしまいそうになる。
それほどまでにオリヴィアの言葉と口づけは熱烈だった。
「もっとオリーブの実が欲しいなら、オリヴィアは、ここにいますよ……。お姉様、どうか答えてください。私を求めて下さいますか?」
息も絶え絶えに、アイテールは、返事をした。
「……しょっぱい……」
「え……」
「デミグラスソースの味がする……」
「ええ!?」
思いも寄らぬ言葉に、オリヴィアは目が醒めてしまったようだった。
電流でも流されたのかと言うほど動揺した。
アイテールに跨がったまま「さ、三回も歯磨きしたのに……」と顔を背けて息を吐き、己の口の中を確かめていたが、何の痕跡もありはしまい。
ブラフだからだ。
「……嘘だよ」と口の端から垂れる唾液を拭いながらアイテールは言った。「強いて言うならペパーミント・アイスクリームのような風味がした。いや、危なかった。本当に一線を越えてしまうかと思った。聞いてはいたが、君は信じられないほどキスが上手だな」
「え……あっ……だっ……騙したましたね、お姉様! せっかくいいところまで行ったのに!」
「何事も先手を取った方が有利だが、後手でもそれなりの立ち回りはある。覚えておくと良い」
ベッドに横たわるよう命令された時点で仕込みはしていた。
このままではオリヴィアに押し切られる、と直感したアイテールは、思考を掻き乱される寸前から、逆転の一手を考えていたのだ。
出来上がったムードを破壊するにはどうするか。
簡単だ。台無しになるようなことを言えば良いのである。
どうせキスぐらいはしてくるだろう。ならば変な味がしたとか適当に言えば足る。
オリヴィアはシチューが好き、特にビーフ入りのやつが好きなので、最後の晩餐もどうせそれだろうと当たりを付けた。その味がしたと言えば、オリヴィアは準備を怠ったと誤認して大層ダメージを負うだろうと計算していたのだ。
まさしく目論見は的中した。
しかし、もしもオリヴィアがさらに強気だったら、勝負は分からなくなっていたことだろう。
「つ、続きをしませんか……?」と未練がましく尋ねてくる乙女を「しない」と一蹴する。
頬を撫でてやり、自分の上から立ち退かせて、金色の髪の少女は、部屋をうろうろしながらジャージの胸元をぱたぱたとさせて熱を逃がす。
「はぁ……。折角のオリーブの実がどこに入ったのか分からないじゃないか」
「今回で攻略完了だと思ったのに……酷いです」
「人をゲームキャラのように言うんじゃない。まぁ、でも……今回は惜しかった」
「……諦めませんからね?」とオリヴィエはベッドの上で言った。「いつか私のことしか考えられないようにして上げますから。大好きだよって、夢中で言わせて見せますから」
「楽しみにしているよ。これからも宜しく、オリヴィア」
アイテールは肩を竦めた。
去り際、オリヴィアがこれからお互いを呼ぶときどうしましょうか、と尋ねてきた。
「デフォルトのボディは男性に切り替えるんですよね。お姉様、オリヴィア、では何だか変ではありませんか?」とのことだった。
そこはもうアイテールと市長とか、主任と市長とかで良いだろうとアイテールは雑に切った。オレがこのボディの時は何と呼んでも良いが、とアイテールが胸元を叩くと、では私のことも名前で呼んでくださいね、とオリヴィアははにかんだ。
「しかし、お姉様と呼ぶのは現時点でもかなり変だぞ」とアイテールは指摘した。「分からないな。どう見ても外見はオレの方が年下なのに」
「見た目が幼いの、自覚はあるんですね
」
「まぁその点はコンプレックスの塊だが……それで? どうなんだ」
「ふふ。最後まで気付かなかったようですね」オリヴィアは得意満面に胸を張った。散々人の体型に文句を付けてくる癖に、中々ボリュームがある。「実は私は……お姉様よりも年下なんです!」
「その手脚の長さで臆面も無く年下だと言われても困る」
どう見ても二次成長期は終わっているプロポーションだ。全体的にすらりとしていて、背丈もある。
それぐらいの体格が欲しかったなとアイテールはいつも思う。
「嘘じゃ無いですよ。だって私、製造されてまだ四年ですから」
「四年?!」アイテールは瞠目した。「じゃあ年齢固定型のクローンだったのか。幼年教育をしっかり受けたティターニアだとばかり……」
「そこは努力の賜物です。だって市長になるんですから。くすくすくす……だから、お姉様はまさしく、私にとってお姉様だったんですよ。年が近そうなのはお姉様だけでしたし。でも、ごめんなさい、中々製造されて四年ですとは言えなくて」
「四年は驚いてしまう、うん……」
「あ、お姉様への厭味とか、馬鹿にしてるとか、そういのが全然無かったわけではないので、大丈夫ですよ
安心しなくて良いですよ」
「そうだろうな。君はそういうやつだ」
「でもそれだって……羨ましかったんです。お姉様が好きなのは、見た目が好きだからというのもあるので」
「こんな頼りないボディの何が良いんだ。自分で言うのもなんだが良いのは顔と乳ぐらいだぞ」
「……私に少女だった時代はありませんでしたから」人造の姫君は目を伏せた。「小柄で可愛らしいお姉様に嫉妬してたんです。お姉様は、まるで本物の妖精みたいに可憐で。それは、手に入れることが出来ない姿ですから」
「……そうか」そっと手を伸ばし、頬を撫でる。「気付いてやれなくて悪かった」
「謝ることじゃないですよ」
腕組みしてアイテールは考える。
「しかし打ち明け話ばかり聞かされるのも不公平な感じがする。オレも秘密を一つ教えておこう。実は入所時20歳だったというのは、嘘だ。徴収されたとき、混乱を防ぐために継承連帯に書類を偽造してもらった」
オリヴィアはおかしそうに笑った。
「そんなの、見たとおりじゃ無いですか。十代後半と言われても信じられないぐらい、お姉様は可愛いんですから。年齢を誤魔化しているなんて嘘にも鳴りません」
「うーん……オレの『兄』であり、一家の長子ということになっている人物だが……あいつの本名はドミトリィ六世という」
「そうなんですね」素直に頷いて、首を傾げた。「……ドミトリィ……六世?」
「年齢は保護されたとき十九歳、今年で二十三だな。この間、子供が産まれたらしい。実に三年をシェルターで、五年を泥沼の放浪に費やしたわけだ」
「つまり放浪時代のお姉様は十三歳だった、ということでしょう? 今よりさらに可愛かったんでしょうねぇ。……あれ、待ってください。何かおかしくないですか。妹であるお姉様がドミトリィ五世で、お兄さんがドミトリィ六世? どういうことです?」
「そしてオレの『妹』は現在十八、今年で二十二。六世とは年子だ。出産経験は無い。ところが、放浪の途中で増えた三人目の姉妹とは、血の繋がりがある……」
「待って……待ってください。え、まさか……」
「オレは当時から全然姿が変わっていないんだ。不死身というわけでもないが。似たような体質の母は普通に死んだし。さて、オレは子供たちの何で、実年齢は何歳なんだと思う?」
「……『お姉様』って言う呼び方……もしかしてめちゃくちゃ失礼でした?」
「何でも良いよ。どう呼びたい? というか、お姉様とまだ呼びたいか?」
「もちろんです」恥じらって頷く。「どんな過去があっても、お姉様はお姉様ですから」
オリヴィアが抱きしめることを求めたので、アイテールはそれに応じた。
「これからも愛しています、お姉様。お姉様も、私をいつか愛してくださいね」
「オリヴィア、君なら大任を果たせる。オレはいつでも傍に居る。いつまでも信じていてくれ」
「もしも私の心が暗くなったら、迎えに来てくれますか?」
「必ず迎えに行く。いつでも迎えに行く」
「良かった。ひとりぼっちだと、寂しくて泣いてしまいますから。ちょっとしたことで、市民のことなんて守れなくなるかも。でも、そのときは……置いていったりしないでくださいね」
「寂しい思いなんてさせない。ずっと一緒だ。辛くなったすぐに呼んでくれて良い」
「ふふ。お姉様がいつでもいてくれてるなんて……とっても嬉しいです。ああ、素敵な夜でした。色々なことを知れたし、たくさん前進した気がします」
ドアを開ける。
黒髪の乙女は、金色の髪の少女に視線を流す。
ゴシックドレスのフルリを翻し、オリヴィアは柔らかな笑みを浮かべた。
「それでは、祝福された不死に生まれ変わったら、また会いましょう! おやすみなさい、アイテールお姉様。これからも宜しくお願いしますね。永久に。この世界が終わるまで」
「おやすみ、オリヴィア。これからも宜しく頼むよ。永久に。この世界が終わるまで」
そうして二人は別れた。
困った娘だが、と戸締まりをしながらアイテールは思う。
オリヴィアは良い子だ。
きっと未来を切り拓ける。
でも一人では泣いてしまうだろう。<イージス>として、アイテールとして、可能な限り支えてやらなければならい。
予期しない災害が無い限り、アズール・ミレニアム・ファクトリーは、千年は安泰だと確信できた。
就眠前の歯磨きをして、ペパーミント味のキスを思い出す。
年頃の少女のようにときめいてしまった自分が恥ずかしくて、少し笑ってしまう。
灯を消す前に、家族の写真立てを戻して、目に焼き付けた。
それから、ふかふかのベッドの中で、アイテールは幸せな気持ちで眠った。




