触手
狩猟者の約束事として、再会、出会いがあったら酒を飲みかわすのだが、昔のことがちらついてどうしても仕事中はアルコールに手がつかない。
そのためかメアリーは俺の様子を見て、酒は一杯だけにとどめ、ルークはいつも通り酔わない程度に抑えている。
酒は少ないが話のネタは色々とあり、それなりに盛り上がったが新大陸までのリーダー様が交代の呼びかけに来た。
「おい、犬。貴様の番だ」
「あいよ」
慣れた悪口なのと、言ってきた相手に見覚えがあるので軽く返事をして返す。
何かとこちらを目の敵にする奴だが、仕事には誠実なので下手にことを荒げなければ問題ないのは実戦済みだ。
メアリー、ルークは唖然としているが、反応するよりも先に俺が先に喋る。
「じゃ、悪いが見張りにいく」
「行ってらっしゃーい。僕はもう少しここに居るよ」
「あ、私も一緒に行きます」
予想はしていたがメアリーはそう言いついてくるようで、席を立ちあがる。
「まずは船首と交代だ。わかったら行け」
それだけ言い。リーダーは去っていく。
それから2日が過ぎ、見張りや操舵などローテーションが行われたが特に問題なく、航海は順調だった。
3日目の夜だが今日も特に問題はなさそうだ。穏やかな海を眺めつつそんなことを思うが、武器だけはいつでも抜けるように気を張る。
隣で武器を置いて寝袋に包まり、穏やかな寝息をたてるメアには少し呆れるが……。
「おー、すごい。すごい! 大陸でも見たことないよ! カリンにも見せたいなー」
「っ!!」
後ろから突然声がして、反射的に振り返るが――子ども?
「あ、ごめん。ごめん。驚かせちゃった? 私コリン! よろしく!」
「え、ああ」
「いやー。お兄さんの持つ双剣が気になっちゃって、鍛冶師の性だね」
サロペットと呼ばれる服に身を包んだ少女は誇らしげに両手を腰に当て、ない胸を強調する。
鍛冶師……? こんな小さな子が? いや、それよりも――
「……お前は大陸をしっているのか?」
「知ってるも何も、向こう出身だよ。今回は荷物の買い出しのついでに、外を知るためについてきただけだし」
さも当然の様に少女はそれを口にし、無邪気に語りかけてくる。
「それよりも、お兄さん。その剣を見してくれないかな? 船酔いでさっきまでダメダメだったせいでほとんど武器とかみせてもらえてないんだ」
「……少しだけだぞ」
「いえーい! 話が分かる!!」
職人にはどこでも気難しい。例えこの少女が鍛冶見習いだとしても、大陸側に精通している以上心象は悪いよりはいい方がプラスはなくても、マイナスにはならないはずだと、考え少女に双剣の片方を渡す。
渡された剣を眺めたり、触ったり、叩いたりと色々しつつ少女は自分だけの世界に入っていく。
――おー、ここはこうするんだ。あれ? この素材初めて見た。あ、ここだけ切れ味ちがう! 重心はここだし、中も叩いてわかるぐらい別の素材が使われてる。――なにこれ?
ひとしきり没頭したかと思えば、最後にそんなことを呟きこちらに顔を向けてくる。
「ねぇ、ねぇ、お兄さん。大陸ついたらこれもっと詳しく見せ! お礼はするから!」
「なんでそこまで――っ!!!」
「きゃっ!!」
少女に問いかえる前に激しく船体が揺れる。それも波による揺れではなく。もっと別の何かだ。
状況はわからないが、寝袋のメアを蹴り起こし、海に目を凝らす。
遅れて、状況を察知したルークや他の奴らも甲板にやってくるが、その時には後戻りできないほど状況は深刻化していた
「マジかよ」
「避けろ!! 落ちてくるぞ!!」
誰かのつぶやきと、叫び声が広がる。
直後。
激しい音と共に甲板の真ん中にそれは振ってきた。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaっ!!」
明りに照らされたそれは、吸盤が付いた白くて太い触手だった。
「な、何ですかあれは!?」
「クラーケンだ。船が潰される前にどうにかするぞ!」
「ど、どうやってです!?」
メアが叫ぶがそれに答えるよりも実際に見てもらう方が早い。
甲板の真ん中にある触手に一振り。
ギュニュっと嫌な音をたてるが気にせず振り抜き、切断する。
「GYAAAAAAAAAっ!!!!」
海の中から一際甲高い声が響き、更に2本、3本と触手が襲い掛かってくる。
揺れる船体で止まった者は触手に押しつぶされていく、メアはなんとか避けているが、小さな鍛冶師は船首にしがみつくので精一杯なのか動けずにいる。
「総員。火だ!! 火を使え!! クラーケンの弱点だ!!」
「大砲打つ準備しろ!!」
「やってるわ、バカ野郎!!」
混乱の中、リーダーが叫ぶ、その時――
見えてしまった。
見てしまった。
舌打ちをしつつ駆け出す。
他の所に巻き付いていた触手が狩猟者に受けた攻撃に悶え、暴れながら船首へ向かう。
「っ!?」
「ラァアアアアアッ!!」
間一髪間に合ったが……。
グラッ。
メキッ、メキキ……――
船体が軋み、真ん中から崩れ始める。
誰が見てもわかるほどの重傷だ。この船はもう駄目だ。
判断すると同時に水に浮く防具以外を脱ぎ捨てる。メアにも指示をだし、鍛冶氏の少女に水中でもしばらく息ができるアイテムを渡す。
「こ、これ!!」
「いいから使え。俺は狩猟者だ。慣れてるから大丈夫だ」
ぽんっと頭に手をやり撫でる。
そこにいつの間にか来ていたルークが、
「新大陸の海路には入っているから運が良ければ、生きて会えるね」
「そうか、それは朗報だな」
「何で、二人は落ち着いてるんですか!」
「いや、だって……なぁ?」
「そう、そう、焦っても変わらないから――おっと時間だ」
そう言ったルークを合図に、船が割れる。
それに飲み込まれる前に、ルーク、鍛冶師の少女、メア、俺と言った順番で横へ走り、少しでも安全な場所に飛び込んでいく
飛んでいる最中、向かってきた触手を切り捨て、荒れ狂う海に身を任せた。
最後に見たのは、メアの顔だった