再来
始業式のあった今日は、午前授業で終業だった。本来ならこのあと、司達と遊びに行って気分転換するはずだった、のだが……。
《終礼時 所:廊下》
「池浦くん、学園長先生が「あとで学園長室に来なさい」とのことでしたので、よろしくね」
俺を廊下に呼び出した朝倉先生からのその発言に俺は絶望した。
司と遊ぶ予定が……。いやそれよりも、またあの金髪幼女と会わないといけないのか。
そう思うと罪悪感に包まれて気が持たない。いくら「あれ」がイタズラだったとはいえ、あそこまでするのは本気のイタズラとして成立するのか?
「…………」
現時点では分からない。やっぱり本人の所に行くしか方法はない。これでもし、本気のイタズラだったら……。あの金髪幼女め、いつか絶対に俺に惚れさせてやる!
今回の俺も通常運行。そんな俺に司が横から断りを入れる。
「じゃあ一樹。俺、先に楓ちゃん達と行っとくから」
「達? 楓のほかに誰か誘ったのか?」
「エイルちゃんとイリヤお嬢様」
「ああ、なるほど。よくこの短時間で仲良くなったな」
「まあ、席が隣近所だからな」
俺はエイルとイリヤの席を見る。
確かに近い。エイルは楓の前で、イリヤは俺の右隣。仲良くなるのも無理はない。
「そういうことだから、お前も早く来いよ! どうせ学園長先生に呼ばれてるんだろ? じゃ、またあとでな!」
俺は片肘をつきながら司の背中を見送った。
「…………」
はあぁ〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰っっ。
行きたくねぇ〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰っっ。
両手を前につき出して机に伏せた。
これからどんな顔して学園長室に行かにゃならんのだ。次またあんなことされたら、いくら相手が幼女でも押し倒してしまうぞ。俺の理性が聖剣エクスかリバーになるぞ?
……なんて言ってられないよな。
教室には俺だけが残っていた。廊下を見渡しても残響の1つとして耳に入らない。
カバンは……、置いてくか。
俺はカバンを置いて教室を出ていった。
《同時刻 所:ストレングス学園 正門》
「あっ、来た」
楓が司を見て反応する。それにつられてエイルとイリヤも司を視界に捉える。
「ごめん皆、待った?」
「ううん、全然。それで司くん。一樹は? 来れそう?」
「学園長室に行ってからだけど、多分来るよ。あいつなら」
「そうよね。一樹が来ないわけないものね」
「よし! それじゃあ、行こうぜ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ストレングス学園の制服──黒を基調としたデザインの学生服に身を包んだ四人が街中を歩いていた。
「それで、どこ行こっか」
「やっぱここは、エイルちゃんとイリヤお嬢様のために町案内ってのはどうかな?」
四人の中で男が1人、神宮寺司が天上楓に提案する。
「あっ、それ良いかも。エイルちゃんとイリヤ、まだこっちに来たばかりなんだよね?」
銀色の髪に黒いリボンが特徴の美少女が口を開く。
「はい、そうなんです。ここ来て6日目になります。この町は建物が多くて、道に迷いそう……」
「別にそんな心配することはないよ、エイルちゃん」
「そうよ、道に迷わないように私たちがいろいろ教えてあげる」
「あ、ありがとうございます!」
「あと、敬語はこれから禁止ね」
「敬語?」
楓の発言に疑問を抱くエイル。その疑問に楓が答える。
「そっ、私たち、もう友達なんだから、友達同士が敬語で話し合うのっておかしいでしょ?」
「楓さん…」
「だから、その「さん」付けも禁止。楓で良いよ」
「俺のことも司って呼んで! むしろ呼んで下さい!」
「ふふっ、分かった。楓ちゃん、司くん」
エイルは二人を見て満面の笑みで微笑む。
「イリヤ、貴女も同じだからね?」
忘れてはいまいとイリヤにも声をかける。
「私は最初から呼び捨てなんだけど?」
「それもそうね」
始業式から今に至るまで、イリヤは楓をずっと「天上楓」とフルネームで呼んでいる。それに対して司は、
「イリヤお嬢様、俺の事は司とお呼び下さい」
この調子である。
「貴方って本当にぶれないわね」
「あのイリヤお嬢様の隣にいられるだけで俺は幸せです」
「はぁ~」
イリヤは盛大な溜め息を吐く。
「変なのになつかれちゃったわね、ねぇ天上楓、これ何とかして」
「そういうのは一樹に言って、一樹なら何とかするわ」
「一樹? 一樹ってあの池浦一樹?」
「そう。あの黒縁眼鏡をかけたやつよ」
「貴女って池浦一樹と仲良いの?」
「最悪よ。それはもう底辺に達するくらいに」
「じゃあ、今朝、手を繋いで教室に入ってきたってのは?」
「な、なんで知ってるの!?」
「皆、噂してたもの。嫌でも耳に入るわ」
「…………」
楓は少し俯いて、
「一樹はね、私の幼馴染みなのよ」
「幼馴染み?」
「ええ、そう。小さい頃から私にべったりで鬱陶しかった」
楓はどこか懐かしげに昔話を続ける。
「何かあればすぐ泣くし、私が言わないと何も出来ないし、ずっと私の後ろで震えてたし…」
──でも…。
「…でも、強くなった。あいつはあいつなりに成長していった。気付いたら私の方が下になっちゃてて、今じゃ見上げることが多くなった」
それを見ていたエイルが、
「(楓ちゃん、もしかして、一樹さんの事…)」
その時、ガラスが割れる音がした。町中に響くくらいの大きな音。
「な、何?」
辺りを見回す。音源よりもガラスの破片の方を探すが、見当たらない。
「あ、あそこ!」
エイルが指を刺して皆に伝える。指先の方向に、ストレングス学園第一棟舎が目に映る。
「か、一樹さんです!」
「一樹!?」
第一棟舎の最上階から飛び出す人影。エイルだけが、それが一樹だと認識出来ていた。
「エイルちゃん、こんな遠いのによく見えるね」
「え、うん、まあね」
司の発言にエイルはその場しのぎの表情をとった。
「とにかく、行こう!」
楓を先頭に四人が、ストレングス学園第一棟舎に向かって走り出した。
《30分前 所:学園長室》
本日三回目、タイトルで言うと「プロローグという名の人物紹介2・4・5」「金髪幼女」でいろいろあったこの学園長室。正直、もうここには来たくはなかったのだが、学園長がお呼びとあるならば行かないわけにはいかない。あの人を怒らせると何をしてくるか分かったもんじゃない。あの手この手で仕掛けてくるのは目に見えている。これ以上、俺に災いが降り注がれないように……。
ドアの前で深呼吸した後、ドアをノックして決まり文句を述べた。
「二学年、池浦一樹です」
…………。
返答なし。
もう一度、ドアノックから試みる。
「二学年、池浦一樹です」
…………。
やはり、返答なし。
「…………」
よし、帰ろう。
後ろを振りかえって帰ろうとした瞬間、学園長室から異様な殺気を感じた。
うっ、この殺気は……。
間違いなく、金髪幼女のものだった。
はぁ~。
大きな溜め息を吐く。
いるなら返事くらいしてくれてもいいんじゃないか?
と、思いつつ学園長室のドアを開いた。
「あれ?」
誰もいなかった。殺気の1つも感じられない。
「おかしいな、いると思ったんだけどな」
辺りを見回しても誰もいない。クローゼット、引き出しの中、どこを探してもいなかった。
「さすがの幼女でもこんな狭い場所には入れないよな」
すると再び、さっきと同じ異様な殺気を感じた。
「(うっ、またか…)」
辺りを見回す。しかし誰もいない。
どういう事だ? 殺気は感じるのに人の影すら存在しない。
「学園長先生? どこですか? 隠れてないで出てきてください!」
予想通りの返答なし。俺は右手を顎に当てる。
「ふ~ん、(ここは少し、鎌をかけてみるか)」
俺は、きっとどこかにいる金髪幼女が聞こえるように、
「少し眠くなってきたな~、先生が帰ってくるまで寝とくか~」
俺はソファーに仰向けで横になった。
そしてそれはすぐに来た。
はあ…、はあ…、はあ…。
喘ぎ声。知っての通り、金髪幼女のものだ。
俺はもう少し様子を見ることにした。
「か、一樹…くん? お、起きてる? お~い?」
無論返事などしない。隙を見て、最良の場面で驚かす。
「ね、寝てるのね。ふ~ん…」
目を閉じていても、至近距離で囁かれる言葉は、今の状況を想像するのに十分だった。
「そ、それじゃあ、今だったら…、…ス出来るかも…」
ハッハッハ! 予想通り! お前がキスをしてくるのは分かってたんだ。さあ、いつでも来い! 寸前で抜け出して身動き取れないようにしてやる!
「っ、…一樹…」
来い! 来い! 来い!
「よいしょ…っと」
よいしょ…っと? すると腹部になにやら重みを感じた。加えて温かみも感じる。
ん? なんだこれ? どういう状況…。
俺はほんの少し目を開いた。
「(なっ、なにっっ!?)」
金髪幼女が馬乗りしてきたのだ。言い換えるとマウントポジションというやつだ。
なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?
これじゃあ、俺の方が身動き取れな…。
「一樹、起きてるんでしょ?」
俺は目を見開いた。それと同時に現状況を一瞬にして把握する。フリフリのロリータファッションに身を包んだ金髪幼女を予想していたが、そんな軽いものではなかった。
「し、下着!?」
彼女は、小悪魔的表情を浮かべて俺を見ていた。
「もう、逃げられないわよ? か・ず・きっ…」
ああ、なるほど、鎌をかけられたのは俺の方か…。
ストレングス学園の150階は、この学園長先生が呼び出しをしない限り、誰も来ない。
これはマズイ…。
誰も来ない一室で男と女が二人きり。このあと起こる出来事は、誰がどう考えても無修正では見せられないものになると、一樹は予感していた。