金髪幼女
「そこに座りなさい」
腕と指を真っ直ぐ伸ばして俺の後方を刺した。
始業式での騒動が収まってから1時間が経とうとしていた。
この小説の主人公、池浦一樹は、ストレングス学園の最上階、150階の学園長室で正座させられていた。
「へ?」
命令形で発せられた言葉に、一樹はとりとめもない返事を返した。
──確か前回、「(次にこの金髪幼女が口を開いたとき、俺はもう死んでいる)」なんて言っていたような……。うん、言った。確かに言った。この金髪幼女が口を開いたとき、俺は確実に殺される意味を込めて、ケンシロウを演じたんだ。
一樹は、自分自身がメタな発言をしていることに気付いていなかった。
「……き」
「…ずき」
「かずき」
「一樹!」
金髪幼女が俺の名前を叫ぶ。
「は、はい?」
疑問形混じりの返事。
それを聞いた金髪幼女が、短いながらも心配の言葉を伝える。
「大丈夫?」
「は、はい!大丈夫です。多分…」
こんな人でも心配はしてくれるのか。
俺は少し感動した。
「ふ~ん」
納得したのか、ただ流しただけなのか。俺にはよく分からない返答だった。
「まあ、いいわ。それよりも…」
金髪幼女は、再び指を刺して言った。
「そこに座りなさい」
指が刺された方向に目をやる。
「そ、ソファー…ですか?」
頭にはてなが3つ出来た。
「そう、ソファーよ。そこに座りなさい」
俺の後ろに来客用の黒色ソファー。
どこの学校でもありそうな、良質の素材が使われている普通のソファー。窓から差し込む光を反射して、より良質の良さを示している。
ここに座れ? 今、そう言った?
理由も分からず、今は従うしかないと、ソファーに腰掛けた。
すると、
「よいしょ…」
金髪幼女が俺の膝の上に背中を向けて座ってきた。
「な、なに…してるんですか!?」
「見ての通りよ。分からないの?」
分かるか! いきなり幼女が俺の膝の上に座ってくる光景を見て、理解しろ、なんて言われても出来るか!
「もっと詳しく説明してください!」
今のこの状況を理解する説明をしてもらわないと、いくら幼女でもいろいろとヤバイ。
「去年の仕返しよ。一樹くん」
「…………」
去年の記憶が呼び起こされる。
去年の春、俺は別件で始業式には参加出来なかった。その翌日、学園長室に呼び出しを受け、この部屋にやって来た。学園長室のドアの前に立ち、ノックして決まり文句を述べる。
「1学年、池浦一樹です」
「入りなさい」
ドアの向こう側から可憐な返事が返ってきた。
入室の許可を得た俺はドアノブを右に回し、失礼します、と一言から言って入った。
ここで皆に問いたい。世界でも名高い学園の最上階にある学園長室のドアを開けたとき、どんな女性がいるのが普通だろうか。答えは様々だろう。俺だったら、スタイルよくて髪が長くて、そしてそれを後ろで結んでいて……、スーツ姿なら申し分ないな。そんでもってとてもとても若々しい女性がいてくれたら、この先の学園生活は薔薇色な予感がしないだろうか。俺はする。そんな予感がする。だから俺は、そんな女性がいることを望む!
ドアを開けた俺は、状況が読めなかった。読めるわけがない。金髪で手足も細く、肌の色も色白で、瞳は真っ直ぐ俺を貫いている。
ここまでは良い。
ああ、ここまでは良いのだ。
後は体型さえ、体型さえもう少し大人だったら、何も言うことはなかった、うん、何も言うことはなかったよ(泣)
そこには金髪の幼女が立っていた。
──ようこそ。学園長室へ。
俺は驚いた。目の前に小学生並みの幼女。綺麗というよりは可愛いといった方が正しい。ふりふりのロリータファッションに身を包む幼女は、俺の手を引っ張って、ソファーに座らせた。
「(ええと、こういう時は、保護した方がいいのか? 警察に届けるべきか? ま、まずは様子を伺うしか…)」
幼女は俺に対面してソファーに座った。小さな身体がソファーに埋もれる。
「さて、池浦一樹。改めて、入学おめでとう」
「あ、えっと、ありがとうございます」
ん? 今、名前、呼ばれた?
「うん、呼んだ。それで、どうして私が君をここに呼んだか、聞いてるかな?」
「いや、何も…」
「そうか。それなら良かった。私から直々に話そうと思っていたのだ」
幼女は、安堵の表情で話を続ける。
「まずは自己紹介から。私はセラ・ヴィ・インモータル。この学園の学園長を勤めている」
「が、学園長!?」
「うむ。今年で698年目になる」
「698年目?」
俺は困った。とても困った。理解不能な解答が返ってきて大いに困った。
698年目? なに言ってんの、この幼女。
「あのう、冗談ですよね?」
「冗談ではない。私は、この学園が創設されてから一度もこの役職を手放したことはない」
余計分からなくなった。
彼女の言うことが正しいのなら、今目の前にしている幼女は、年が俺よりもずっと上ってことになる。
そんなことがありえるのか、いや、ありえない。
唐突に反語を取り入れる。
そうでもしなければ話が続かない。
よくよく考えれば、こんな小学生が学園長を名乗ってる時点でおかしいことに気付くべきだった。
どこの学校に小学生を学園長にする教育機関があるかよ。
考えた末、俺は1つの答えにたどり着いた。
──迷子。
それしか答えは出てこなかった。
「お嬢ちゃん」
「え?」
俺は彼女の頭に、ポン、と手を置いて、
「君、迷子ならそう言ってくれたら良かったのに。お兄さんが家まで送るよ?」
幼女は、かぁぁ〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰っと赤面した。すると、彼女は立ち上がり、
「私は迷子じゃなああああああああああいっっ!!!」
バシッ! 平手打ち炸裂。頬が燃えるくらいの痛さ。
「いって!」
俺はソファーから叩き飛ばされた。
「こっ、この私の頭を、よくも撫でたわね……」
「べっ、別に、頭くらい撫でてもいいだろ、減るもんじゃないだし…」
「私は、子供扱いされるのが嫌いなのっ!」
「いやいやいや、どう見たって子供だろ?」
「うるさいうるさいうるさいっっ!」
涙目で子供のようにわめく幼女。誰がどう見ても子供にしか見えない。
「ぐすっ(泣)、許さないわよ、一樹。いつか必ず、貴方の事……」
これが、俺と金髪幼女の初めての出会い。今思えば、変な出会い方だったと思う。
回想していた俺の意識は、膝の上に座っていた幼女によって取り戻される。
「私はね…」
目線を照り映える金髪に向ける。
「私はね、あの時、貴方に頭を撫でられて、とても悔しかった。貴方よりも年が上なのに、見た目で下って判断されて、とても悔しかった。だから、いつか一樹に私のこと女として見せてやるって誓ったの。いつか貴方が、私に欲情するくらいに、そんな女になってみせるって誓ったの」
「…………」
「私ね、自分で言うのも変かもしれないけど、負けず嫌いなのよ」
「負けず嫌い?」
「そうよ。この700猶予年間、ずっとこの幼女体型で過ごしてきたけど、年下に見られたのは貴方が初めてよ」
「(幼女体型には自覚あったんだ)、っていうか、俺が初めてなんですか?」
「ええ、貴方が私の初めて、奪っちゃったのよ」
「意味深な言い方は止めてください」
「ふふっ」
右手を手元に寄せて笑う幼女。
仕草だけは大人なんだよなあ。
「ねぇ、一樹?」
「はい、なんですか?」
金髪幼女が身体ごとこちらを向けてくる。いわゆる対面座位状態。
「ちょ、先生、何して……」
目の前に顔の整った幼女、いわば美少女が頬を赤らめて上目づかいで俺を見つめる。
何この状況!?どこのエロゲーだよこれ!?
そんな俺をよそに、金髪幼女が口を小さくして囁いた。
「…………一樹って、好きな子とか…いる?」
「!?!?」
衝撃と疑問が頭のなかを交差する。
「い、いません」
今の時点での本音が出た。実際その通りなのだ。
これまで、恋という恋をしたことがない。
分かりやすく言い換えれば、誰かを好きになったことなんて一度もない。それなのに、何、この胸のざわつきは……。恋? いや、違う。これは、むしろ……。
「ねえ、……一樹」
金髪幼女が更に距離を詰める。
「私のこと、一人の女として見てくれてる?」
「な、なにを言って…」
更に距離を詰める。それはもう、これ以上密着出来ないくらいに抱き付かれていた。
「ねぇ…、一樹…」
「ちょ、ちょっと待って」
金髪幼女の息が、俺の口元にかかる。
頬を赤らめて、目を潤わせて、よく見れば耳も赤い。とても真剣で、そしてどこか切ない表情。
「……先生」
「……一樹っ」
俺は最低だ。こんな美少女を1人の女として見てもいなかった。ここは男として、彼女、いや、セラの気持ちを受け入れるのが普通だろう。でも……、
唇が触れる寸前、俺はそれをかわし、彼女を抱き締めた。
「先生、ごめんなさい!」
「え?」
技を繰り出した。
「『刹那之無効』!!」
青白い光が彼女を包む。
しばらくして、光は一瞬にして消えた。
セラは気絶していた。
「ごめんなさい、先生」
セラをソファーに寝かせ、クローゼットにあった毛布を肩まで被せた。俺はセラに一礼してから学園長をあとにした。