プロローグという名の人物紹介2
この世界の人間には、『重力』『生命力』『破壊力』といった力──『力』という能力を持つ者がいる。しかし、全世界の人々がその『力』を持っているわけではなく、どういう意図でその能力を得たのかも分からない。それを研究する研究者も多く、どうすれば複数の『力』を所有できるのか、他人の『力』を奪うことは可能かどうか、新しい『力』を創ることは可能かどうか、なかには『力』を悪用して世界征服なんて企んでいるものもいる。目先の利益だけに捕らわれて、自分の『力』に殺される人も少なくない。
『力』──1000年前、この能力による世界大戦があった。100年間におよぶその大戦は、人の命を奪っては蘇生、奪っては蘇生の繰り返しだったという。その世界大戦を経験した人間は、片手で数えられるほどの人数しか存在しないが、今でも生きている。年はもう100を優に超えているそうだ。すごい「生命力」だ──誰もが口を揃えて言った。それもそのはず、その中の1人の『力』は、
『生命力』──生命を操る能力。
自分に限らず他人の生命力も自由自在なのである。いつでもどこでも何をするにしても、人の命を永遠のものにしたり、奪うことだって容易である。
だからその人はその大戦で、
────世界を滅ぼした。
この世界の生命力をすべて奪った。
すべてが一瞬にして地に伏した。
その人は願った。
──争いや戦いが一切ない、平和な世界が欲しい。
それから1000年後、世界は均衡を保ち続けている。『生命力』の能力は偉大であり脅威である。またいつか、世界が滅んでしまわないように、世界はその人の願いを聞き入れ、争いや戦いをしなくなった。それでも、その人がその気になったら、再び世界は──、
「そうならないために、貴方がいるんでしょ、一樹」
「…………」
一樹は何も応じなかった。
ストレングス学園の第一棟舎の最上階、150階にある学園長室まではエレベーターを使うのが常識だと俺は思っていた。今日この日までは……。
「エイルはエレベーターなのに、どうして俺は階段なんだ!?」
「遅刻した罰よ」
教室に向かう途中、何かが俺の頭に覆い被さり、目の前が真っ暗になった。気づいたら学園長室の床に正座させられていた。
「こんな拉致の仕方より、もっと穏便な方法があったろうに……」
「これが最善策だと思ったのよ」
「この幼女め……」
「なにか言った?」
金髪幼女の学園長先生は、引き出しからムチを取りだし、床に叩きつけた。
「ヒっっ!!」
床に正座をさせられていた俺は、目の前に叩きつけられるムチの音と軌跡を恐怖の目で見ていた。
「あまり私の癪に障るようなことはしない方がいいわよ、一樹くん??」
ムチをバンバン床に叩きつけながら俺に忠告をする金髪幼女は、このストレングス学園の最初で最後になるかもしれない初代学園長。名をセラ・ヴィ・インモータル。性別は女。この学園を創立したのもこの人で、今年で創立699年になる。長年、このストレングス学園の学園長を勤めてきている。その証拠に金髪が床までたどり着いている。世界最古の学園として名高いこの学舎は、年端のいかない人間の『力』を誤った方向に矛先が向かないように矯正するという名目で創立されたと聞く。が、そんなことなかった。
「私がその気になれば、いつでも貴方の生命力を消すことも可能だってこと忘れたのかしら?」
ほぼ紙一重で、ムチは俺を避けて床に叩きつけられる。
「(こいつ、わざとやってんのか!?)」
満面の笑みなのに鬼ようにも見える金髪幼女は俺をライオンのようにあしらっているが、どこか楽しそうな様子だった。
そんな俺と金髪幼女を後方から見ていたエイルは、学園長先生に自分の存在を知らせるために俺の真横に並んで言った。
「お久しぶりです。学園長先生、いや、セラさん」
エイルの存在を認識した金髪幼女は、ムチを降り下ろすのを一旦止めてエイルに顔を向けた。
「'さん'付けは止めてって何度もいってるでしょ、エイル」
「そういうわけにはいきません。いくら貴女の見た目が小学生だからって年の差は歴然ではありませんか」
「私は、エイルが生まれてからずっと貴女のこと見てきたのよ。もう家族といっても過言ではないわ」
「……分かった、セラ。改めて久しぶり!」
「うん!久しぶりね、エイル!!」
金髪幼女がエイルに抱きつく。エイルは手に持っていた学生カバンを床に置いて、頭を撫でる。
「髪の毛、また伸びたね。束ねたりしないの?」
「めんどくさい、エイルやって」
「ふふっ、はいはい、始業式が終わったらね」
「まるで姉妹だな……」
しばらく俺は蚊帳の外の状態で彼女たちを見ていた。
「セラ、そろそろ……」
「もうちょっと、このまま……」
金髪幼女はエイルの腰まで腕を回してなかなか離れない。
「あ、あのぉ……」
俺は恐る恐る声をかけた。
「なに!!??」
すごい睨まれた。その隙にエイルは金髪幼女の腕をほどいて会話が出来る間合いをとった。
「それでは学園長先生、私はこれで失礼します」
「えっ?もう行くの?もっと話そうよ、エイル」
寂しげな顔をした金髪幼女は、エイルを引き留めるべくエイルの手を握った。
「もうすぐ始業式ですから、話はまた後程……」
「……それもそうね、それじゃあ、また後でね、エイル」
「はい、それでは」
エイルは金髪幼女に一礼をして学園長室を出ていった。
金髪幼女はどこか寂しげな様子でうつむいた。しばらくした後、金髪幼女は俺の真正面まできてこう言った。
「貴方に1つ、お願いしてもいいかしら」
「なんですか?」
「エイルのこと、守ってくれないかしら」
「……どういうことですか?」
「詳細は言えない、でも貴方しか頼めないことなの」
「守るって言っても、何から守ればいいんですか?」
「つべこべ言わず彼女を守りなさい!!いいわね!!」
「は、はい!!」
返事をしてしまった以上、もう断れない。いや、最初から断る気もなかった。あんなに可愛い美少女と接する機会が増えるのなら断る理由なんてどこにもなかった。
「……強引で、本当に……ごめんね、一樹」
「えっ?」
発せられた言葉は小さく、正直何を言ったのか分からなかった。
「何か言いました?」
「なんでもないわ。さぁ、早く行きなさい。そろそろ始業式よ」
首を右に90度回して時計を見る。針は9時28分31秒を回っていた。
「わっ、もうこんな時間……」
「早く行きなさい」
「はい!それでは失礼します!」
金髪幼女に一礼して学園長室を出ていった。
──エイルの事、よろしくね、一樹。
学園長室を出る際に聞こえたその言葉はやはり小さく、聞き返そうかと思ったが、優先事項を考え、始業式に参加するべく廊下を全速力で疾走した。