1 目薬
私は先端恐怖症である。
あっちむいてほいという遊びを知っているだろうか。じゃんけんをして勝ったほうは指を、負けたほうは首を、掛け声とともに上下左右のどちらかに向ける。方向が同じになれば指で指したほうの勝ち、別々になれば仕切り直してじゃんけんをする。
小学生に入りたての少年少女というものは見るものすべてが新しく、ひとたび興味を持てば何にでも全身全霊で突撃するものだ。そして、一度はしゃぎだせば止まらない。私は絶対に小学校の先生にだけはやりたくない。そんな猿とほとんど変わらない奇声を上げる集団に、例に漏れず私も属していた。
あるとき、あっちむいてほいをすることになった。目新しい遊びに盛り上がり、場の空気は最高潮になっていた。私の対戦相手の少年はクラスでも目立つ暴れん坊将軍。じゃんけんは相手の勝ち、賢しい私は相手の動きを見てから少し遅れて動く戦法をとっていたため、ギリギリまで正面を向いて指の動きをよく観察していた。それがトラウマの始まりであった。
何を考えたのか、はたまた何も考えていなかったのか、憎き暴れん坊将軍は私の顔めがけて人差し指を突き出してきた。幸い指は眉毛を掠っただけで私に怪我はなかった。しかし、迫りくる人差し指、健康的な爪、それをスローモーションで鮮やかに記録してしまった私の脳は、尖ったものは危険だという至極当たり前の事実を強く本能に刻み付けてしまったのだった。
そうして先端恐怖症になった私の人生は、一言でいえば針山で生活しているようなものであった。
駅の階段で前を進む人が傘を持っている腕を振りながら上っていたら青ざめる。人に指さされるなどもってのほかだし、黒板の前にいる学校の先生にチョークを向けて指名されただけでも動悸がする。
そんな私に、この、岩にできたくぼみがたまたま顔に見えるといった具合のふざけた面構えをしている目の前の医者は、目薬をさせというのだ。
それは死刑宣告に近かった。いや、死刑ならば他人が手を下してくれる分まだ良い。私は、これから目の調子が良くなるまで、したくもない自殺を毎日決められた回数繰り返さねばならない。待ち受ける地獄の日々を想像しただけで胃がキリキリと痛んでくるようだった。
黄昏色の空の下、憂鬱な気分で家に帰った。
やるなら早いほうがいい。目薬を取り出し、決死の覚悟で蓋を取った。
いざ参ると意気込んだものの、限界まで伸ばした腕、しかもぷるぷると震えている指に押し出された目薬は文字通り二階から目薬であった。不規則な荒い息で、左手で瞼を強引に開き、血走った眼球に涙を浮かべながら目薬を差すその姿は誰にも見せたくない。人に手伝ってもらうことも考えたが、誰かに先端を向けられるよりは自分でやったほうがまだマシだと判断した。
何度も挑戦したが、一滴たりとも眼球に直撃してくれない。反射的に顔がよけてしまうのだ。
顔中を薬品まみれにしたところで私は別の策を考えた。何かに染み込ませて、それを目に触れさせればいいのではないか。
しかしそれは目薬の無駄遣いであるとすぐに思いとどまった。こんなバカげた考えさえ許容しそうになるほど私は追い詰められていた。
私は諦めて、昨日買っておいた食材を使って数日分のシチューを作ることにした。料理は気晴らしに最適だ。
鍋にお湯を入れて沸騰させる。凍らせておいた骨付きの鶏肉を入れて、沸騰するまでの間にじゃがいも、ニンジン、玉ねぎを切っておく。沸騰したら鶏肉の灰汁を掬い取って野菜を入れ、もう一度沸騰したらシチューのルーを入れ、溶けたら牛乳を入れる。あとは蓋をして少し煮込むだけだ。
私は無心で鍋の蓋を見ていた。透明の蓋の内側では水蒸気が張り付いて水滴となり、ゆっくりと外側に向かって流れ落ちていくという現象を繰り返していた。
そして私はひらめいた。
シチューを作り終えて、改めて目薬を手に取った。私は顔を九十度傾け、先端を目の端とこめかみの間に添えて、指に力を入れた。押し出された薬品は涙が逆流するように筋を作って眼球へと吸い込まれていった。
「よし!」
まるで応援しているサッカーチームが点を決めたときのサポーターのように激しく喜びの声を上げた私は我に返ると、改めて、この世は生き難いと痛感したのであった。




