三
そしてやっと、少年は塔の一番上までたどり着きました。目の前には、小さな、しかし丈夫そうな木の扉があります。
意外なことに、このあたりはあまり寒くありません。先ほどまでどこが階段かわからないほど分厚くすべてのものを覆っていた氷はなく、吐く息も透明です。
少年はかじかむ手をあげて、扉を叩きました。
「だれ?」
と驚いたような女性の声が小さく返ってきます。
「ご飯を持ってきたんだ!」
と少年は答えて扉をあけました。
扉は軽く、ドアノブをひねると音もなく開きます。その瞬間、ほっとするような温かな風が部屋の中から吹いてきて、凍った少年顔をやさしくなでました。
部屋はたくさんのランプでオレンジ色に照らされ、暖炉には大きな火が燃えています。
「あの氷の階段を登ってきたの!?」
部屋に入った少年をめがけて、冬の女王様が駆けてきます。
真っ白い肌に曲線を描くたっぷりとした長い金の髪。垂れた眉にぱっちりと大きな目。明るくて、元気そうな若い女性です。少年の想像していた冬の女王様の姿とは違いますが、この塔の一番上に住んでいると言うことは、彼女が冬の女王様なのでしょう。
「そうだよ!」
と少年は誇らしげに答えました。そして、女王様の顔を見て、首をかしげます。
「女王様、泣いてたの?」
彼女の大きな目は真っ赤に充血し、ほほにはまだ涙のあとが光っています。
「だって、みんなが口をそろえて、私の季節を嫌いと言うんだもの」
と冬の女王様は答えました。
冬の女王様は、少年から食事の入ったバスケットを受け取ると、それを暖炉の前に置いて、部屋の端に少年を案内しました。そこには大きな窓があって、国の様子が見渡せます。
女王様が手のひらで窓の曇りを拭くと、下の風景が良く見えるようになりました。
今は雪がやんでいて、薄く日が差しています。そのせいで、白い雪に覆われた通りも屋根も木も、とてもまぶしいです。その間を身をちぢこまらせて歩く人々が黒い点になって見えました。
「この塔には不思議な魔法の力があって、国の人たちの声が聞こえるの。でも、みんな冬のことを嫌いって言うわ。白くてキラキラしてて、とってもきれいなのに。真っ白い塗り絵の世界みたいでとっても楽しいのに。私、ここから白い世界に想像で色を塗っていくのが好きなの。あの家の屋根はピンク色で、向こうの橋は黄色で、って風景を見ながら考えるの。それなのに、みんな――。私、悲しくて……」
女王様はまた泣きはじめてしまいました。
少年はすすり泣く女王様の隣から、窓の景色を見下ろしました。女王様の言う通り、きれいです。
「きれいだね」
と少年が言うと、女王様は涙を拭いて、少しほほえんでくれました。
冬の女王様は曇ったガラスに指を走らせました。六角形を基調とした模様は左右上下対称で、とてもおしゃれです。
「これは雪の結晶よ。あの白い雪は、こういう六角形の小さな結晶が集まったものなの」
と女王様が自分の描いた模様を指さして言います。
「え? 本当に!?」
少年は驚きました。
「本当よ」
と答えが返ってきます。
「すごいや」
と少年が言うと、女王様は先ほどよりも深くほほえんでくれました。
次に冬の女王様は窓を開けます。冷たい風が吹き込んできますが、あたたかい部屋にいるので、そんなに寒いとは思いませんでした。
「これ、かわいいでしょう」
と女王様が手に取ったのは、窓枠に置いていた雪の塊です。大きい雪玉の上に小さい雪玉が重ねられ、小さい雪玉には木炭の破片で顔が描いてありました。
「わぁ! なにこれ!? 雪の人形!?」
またしても、少年は驚きました。
「雪だるまよ。雪を粘土みたいに固めて好きな形を作るの。うさぎやクマや、場所さえあれば大きな像だって作れるわ」
答える冬の女王様は少し誇らしげです。
「本当に!? すごく楽しそう!! 僕、自分よりも大きな像を作ってみたい!!」
と少年が言うと、女王様はにっこり笑ってくれました。
「僕、冬は嫌いじゃなかったけど、女王様の話を聞いて、冬が好きになったよ!」
と少年が言うと、
「うふふ、ありがとう」
と女王様は声をあげて笑ってくれました。
そのあとも、女王様は冬の素晴らしさを語ってくれます。それを聞く少年の目は、陽光に照らされた雪よりもキラキラしていました。
「とっても嬉しくなったわ。一人でも冬の素晴らしさがわかってくれたのだから、もう塔を下りようかしら」
たくさんお話をしたあとの冬の女王様の顔は、とても晴れやかでした。
「ちょっと待って!」
しかし、少年は女王様を止めました。
「僕、みんなに冬の良さを伝えてくるよ! だから、もうちょっとだけ冬でいて」




