新しい家族
「お初にお目にかかります。カノン・ドレイクと申します。本日よりこちらのご家庭で寝食を共にさせていただきます」
カノンは俺の時とは正反対の態度で俺の家族に挨拶をした。
「おい、何してんだよ。てか何だその自己紹介は。俺の時にもそうしろよ。つか帰れ」
俺は飯を作りながらカノンに言う。
「む、帰れとは何だ。あ、あ、あんな事までしておいて…」
「おいゴルァ!何誤解される言い回ししてんだ‼︎つーか自分で言って勝手に恥ずかしがってんじゃねぇぞおぉい‼︎」
しかし、やはりこいつはアレな話題には弱いようだ。
カノンが喧しい時はそういう話題でも振って黙らせようか。
「しかしなぜ貴様の家族は黙っているのだ?こんなにも固まって一体どうしたのだ?」
俺がセクハラ紛いな事を考えているとカノンが俺に聞いてきた。
「そりゃ誰だって固まるだろうよ。いきなりこんな白髪美人を家に連れてくるなりそんな紹介されちゃな」
「ななな…美人って、き、貴様は意味を分かってて言ってるのか⁉︎」
「何照れてんだよ。そこは素直に喜べバカめ」
ウブなアホ女に呆れながら俺は家族の顔を見つめる。
見つめるというか眺めると言った方がいいか。
何にせよ俺はフライパンの火を止め、家族たちに近づき。
チーン
線香に火をつけ鈴をならし、合掌をして冥福を祈る。
「まぁ内の場合は何してもずっと笑顔のまま固まってるだろうよ。これ、遺影だからな」
俺はカノンに向き直って笑いながら言う。
笑う、とは言ったものの実際は寂しそうな表情なんだろうなぁ。
そんな事を思ってるとカノンが口を開いた。
「遺影…か。本物を見るのは初めてだな」
カノンは何故か嬉々としたような表情で言う。
「っておい⁉︎不謹慎にも程があるだろ‼︎」
ちょっとマジで殺意に駆られた俺だが次のカノンの言葉でその殺意はおさまった。
「不謹慎?これでも身内の死に対する悲しみは知っているつもりだ。魔界ではこんな習慣が無かったから、いつでも死者の顔を見れるのが少し羨ましかっただけだ」
頬を膨らませながらも遠くを見つめながら言うカノンに対して少し悪い気がした。
バツが悪かったので、なるべく顔を見ないようにしながらフライパンの前に再び立ち、火をつける。
「そんな事よりゴミよ」
「言葉遣いはともかくとしても、せめて名前で呼んでくれませんかねぇ」
いきなり底辺の呼び名で呼ばれた事にイラっとくる。
まじ何なのこいつ⁉︎
「チッ、おいリク」
「舌打ちは余計だ。つか俺の名前憶えてた事にビックリだわ」
「当然だ。たかが二文字ではないか、ソラよ」
「間違えてんじゃねぇかよ!でもなんか惜しい!」
もはやお馴染みとなってしまった口論をしながらフライパンをふる。
因みに今俺が作ってるのは炒飯だ。
「ふん、貴様の名などどうでもいい。いくつか聞きたいことがあっただけだ」
「へーそうかいそうかい。で、何が聞きたいんだ?言っとくけどあんたへの不満ならもうとっくにカンストしてるぞ。いや、まだまだカンストするには早すぎるか」
「カンストというのはよく分からんがとりあえず首を切り落としてやろうか?」
「分かった。悪かったからそのいつ手にとったか分からない包丁を降ろして、本題に入ってくれ」
俺は首を庇いながら話を促す。
つーか本当いつ包丁を手に取ったんだよ。
これが魔力とやらによるものか?
何という魔力の無駄遣い…
「ふむ、まぁよいだろう。まず今貴様が作っている物は何だ?」
見て分からないのか、と思ったがやはり魔界には馴染みのない料理なのだろうか。
「炒飯だよ。一応俺の得意料理だ」
「ふむ、いためしか」
「何その間違い方⁉︎いやまぁ確かにそう読むことも可能…ってお前絶対炒飯知ってるだろ⁉︎」
てか『いためし』ってイタリア飯の略だったような。
何てセンスのなさだ…
「冗談はさておきその炒飯とやらはちゃんと食べれるのだろうな?」
「当然。自信作だ」
カノンの軽口に対して誇らしげに返す。
実際俺は「炒飯を司る神」としてその名をこの家に轟かせていたのだ。
「そんな事はどうでもいい。私が聞きたいのは別にある」
「今までの話何⁉︎」
こいつの事はもう無視でいいかな。
カノンと話してるとほんと疲れる。
「おい、貴様はなぜ不登校児になったのだ?」
「何いきなり人の過去ほじくっての⁉︎」
こいつの聞きたかった事はこの事か?
それにしたってもうちょっとマシな聞き方は無かったのかよ。
「む、いきなりとは何だ。お前が話しやすいように前振りを振ってやっただろうが」
「前振りって炒飯の件か⁉︎あれお前の気遣いだったの⁉︎余計話す気なくしてどうすんだよ‼︎」
まさかあんな優しさの欠片も感じられないような話がこいつの気遣いだったとは…
カノンってもしかして、コミュ障?
「とにかく質問に答えろ。貴様、頭が悪いというわけではないのだろう?ならばなぜ不登校なのだ?」
「ん?頭が悪いというわけではないって、何でそう言い切れるんだよ」
カノンの突然の言葉に質問で返す。
「貴様、私の話に平然とついてきていたではないか。飲み込みも非常に早かったし、意外と頭のキレる奴ではないかと思ってな」
なるほど、そういう事か。
まぁ確かに俺も学校では成績不振というわけでは無かった。
まぁだからと言って勉強は嫌いだしマトモにやってなかったのでそこそこの成績で収まっていたが。
「あぁ、カノンの言う通りだ。つっても悪くはないと言うだけだがな」
「やはりそうか。ならば何故学校に行かないのだ?充分学校でもやっていけるだろうに」
「そんな単純なものじゃねぇんだよ。人間関係とか色々あるだろ」
そう、俺が学校に行かなくなったのは人間関係で色々トラブったからだ。
「つまり貴様はぼっちなのだな」
「ぬおぉい!どうやったらそんな結論になったんだよ⁉︎いや間違っちゃいねぇけど…」
「それはさておき、一体何があったと言うのだ?」
くっ…、ボケの次にいきなりマジになるのはやめて欲しい。
まぁ何があったかは話しても話さなくてもどっちでもいいことなので話そうかな。
「いじめだよ。みっともないアホみたいないじめだ」
「いじめ、か。ちょっと聞かせてみろ」
「直球だな…。まぁいいけど…」
ーーーーー
俺は学校で孤立していた。
理由は単純な事で、人と関わるのが苦手だからだ。
どうにも他人のことは簡単に信用できない性分でな。
そんなこんなで孤立していた俺は、まぁいわゆる不良という奴らに目を付けられた。
最初は小学生レベルの程度の低いいじめだった。
ちなみに俺はというと当然相手にしていなかった。
そんな俺の態度が気に入らなかったのか、或いは抵抗しなかったことが原因か、とにかく俺に対するいじめは定石通りといった感じにエスカレートしていった。
暴行に脅迫、窃盗やカツアゲなどの犯罪行為にまで発展していった。
それでもなお俺は何もしなかった。
そしてついに、その日は来た。
俺は奴らに無理やりコンビニに連れて行かされた。
奴らは周囲の目を盗んで店の商品を取り、俺の鞄の中に忍び込ませた。
ようは俺を万引き犯に仕立て上げたのだ。
俺は何度も店員に説明をした。
「俺はやっていない」ってな。
でもそんな俺の声は届かなかった。
周囲は俺が犯人だと決めつけていた。
それ以来俺は学校に行かなくなった。
ーーーーー
「誰にも縋ることが出来なかったんだ。唯一俺の味方になってくれていただろう家族は、その時にはとっくに他界してたからな」
カノンは俺の話に口を挟むことなく、ただ静かに耳を傾けていた。
「当時の俺は強者ぶる愚か者で、家族の死を理由に自立する事にこだわり過ぎていた。きっとそのせいでこんな事態になったんだろうな」
カノンはやはり真剣に俺の話を聞いていた。
今までこんな事話したこと無かったのに、何故よりにもよってこいつなんかに話しているんだろうか。
そんな気持ちとは裏腹に、俺の口は勝手に次の言葉を発していた。
「己の弱点をひた隠しにしていなければ、もっと違う結末だったのかもしれない。もしかしたら、いじめ自体無かったかもしれないな」
カノンは表情を変えることなく、ただ俺の顔を見つめている。
普通こんな話を聞いたら、大抵の人は悲しそうな表情をするだろうに。
こいつはそんな上辺だけの感情で取り繕うことはしなかった。
まるで歴史の勉強をしているかのように、ただ過去にあった事実を無感情に受け止めているようだった。
「さてと、これで俺の話はおしまいだ。ほら、炒飯出来たぞ。とりあえず食えよ」
俺は何事も無かったかのように出来たてホヤホヤの炒飯を皿に盛り、カノンの前に置いた。
実際何事も無かったのだ。
俺はただ過去の話をしただけで、カノンはただ俺の話を聞いただけなのだから。
「ふむ、貴様も何かと苦労してるのだな」
「へー、同情してくれるんだ」
「同情などではない。ただの世間話だ」
「いや世間話でまとめるなよ」
カノンの相変わらずの物言いに苦笑、それと同時に少し嬉しくも思った。
よく「かわいそう」っていうやつがいるが、かわいそうという言葉は嫌いなのだ。
だってそれって、そう言われてる者の立場にも立ったことすらない奴らが、優越感に浸りながらも同情してますよアピールするための言葉だろ?
その点カノンは同情してる素振りは全く見せない。
きっと本当に同情なんてしてないんだろうな。
そんなカノンの態度が俺には嬉しく思えたんだ。
「誠に遺憾なことだが、私と貴様は契約された。貴様の指が切断されるなどしてその指輪が外れない限り、私と貴様の付き合いは終わらないのだ。ならば貴様の事を知る事は重要なことだろうが」
カノンは照れくさそうに炒飯をスプーンでグサグサしながら言う。
いや炒飯食えよ。
「お前みたいな奴でも相手を知ろうとする努力はするんだな」
「…殺すぞ?」
俺の皮肉に対してマジに答えるカノン。
ホント可愛いのかおっかないのかどっちかにしてくれ。
「ふん、とにかく次の質問だ。……お、これはまた何とも美味ではないか」
俺の炒飯を食いながらカノンは話を進める。
「貴様はなぜ私の話を信じたのだ?」
「なんだ、そんな事か」
カノンが真剣な表情だったのでどんな変な事を聞かれるかと思っていたが、案外普通だったのでホッとした。
「そんな事って、私はマジメに聞いてるのだが」
カノンがふくれっ面で言う。
何故こいつはたまにこんなにも可愛くなるのだろうか。
「まぁカノンの言ったことは別に信じちゃいないよ」
「む、そうなのか?」
俺の言葉にカノンは意外そうな顔で聞き返してくる。
「お前の話は理解した。でも完全には信じちゃいない。だって当然だろ?いきなりこんな厨二臭い事言われて素直に、はいそうですかって言えるわけがない。アニメや漫画じゃあるまいしな」
こんな風に言ってはみたものの、実際はあって欲しいとも思っている俺がいる。
人を信じれなくなって、学校にも行かなくなって、ずっと暗く静かな家で一人で過ごしてきたから。
だからかな、本気で誰かを信じてみたいとも思っているんだ。
「それでも願望を言えば、信じたいかな?」
気づけば俺は、思っていた事を口にしていた。
「信じたい…か。まぁそれもいいだろう。むしろ全てを簡単に鵜呑みにするような男では、私の契約者として相応しくないしな」
カノンはやれやれというように口を開いた。
なんだかんだ言ってこいつは、根はいいやつなのかもしれない。
口は悪いが俺の言う事をちゃんと受け止めてくれたし、こいつも俺が契約者である事を渋々認めたようだし。
また誰かを信じる事を、今日から始めてみるのもいいかもしれない。
「ま、貴様の作る炒飯も絶品だし、しばらくは貴様と一緒に居てやる」
「そりゃこっちのセリフだ。しばらくお前と一緒に暮らしてやるよ」
カノンの軽口に軽口で返す。
「ふん、どちらでも良い事だ。とにかくよろしく頼む。リク、私が今日から貴様の新しい家族だ」
カノンはしかめっ面で、でも照れくさそうに少し微笑んで言った。
「あぁ、こちらこそな」
新しい家族と言われて顔がニヤけそうになるのを堪えながら俺は応じる。
いつかこいつにも、俺の過去について話す日が来るのだろうか。
そんな事を思いながら俺たちは最初の晩餐を始めた。