家にて
かつてないほど疲れる散歩から帰ってきた俺は、とりあえず女の話を聞く事にした。
「それじゃあ色々聞かせてもらおうか。それじゃあまずは名前…いやこう言うのは自分から名乗るものか…」
「いや、貴様の名前は名乗らなくていい」
俺の言葉に女は即答で断ってきた。
「え?なんでさ?」
「貴様の名など興味ないと言ってるのだ。貴様は貴様で良いだろうが」
「あぁそうかいそうかい!俺の名前は霧夜リクだ、よぉく覚えとけカス野郎‼︎」
女の失礼な言葉にムカついた俺は無理やり名乗った。
「リクか…良い名だな」
「え?マジで?」
この女の今までの態度からしてありえない返答だったので少し動揺した。
ていうかなんか怖いな、何か裏があるんじゃないのか?
「あぁ、リクとはまたなんともありふれた名前だな。出しゃばった名前ではなく貴様にはお似合いだぞ」
「案の定かよ!フラグ回収お疲れ様ぁ‼︎」
この女に褒められた事を一ミクロンでも嬉しく思った俺がバカだった…
そう落ち込んでると女が口を開いた。
「まぁひとまず私も名乗っておくとするか。私の名はカノン、カノン・ドレイクだ」
ふむ、女の名はカノンと言うのか。
「カノンって言うよりもガノンとかカロンの方が似合ってると思うがな」
「なんだそのガノンとかカロンと言うのは」
「…何でもありません」
とても俺の知ってるゲームに出てくる敵役だの魔王だのとは言えない。
「ふむ、まぁバカにしてるのは何となくわかるから後で土に埋めよう。いや、土に還らせた方が良いか。貴様はどっちが良い?」
「だから発想が怖いって‼︎何なの⁉︎お前ほんと何なの⁉︎」
この女はほんとロクでもないことしか思い浮かばねぇな。
まぁそこの所はもう諦めてとにかく話を戻そう。
「えーと、まぁひとまず話を戻すとしようか。それで?あんたの正体は一体何なの?」
色々気になることはあるがまずはこれが重要だろう。
こいつの正体を把握し、それを踏まえた上で話を聞いた方が理解しやすいと思ったのだ。
そうこう考えてるうちにカノンは口を開いた。
「私の正体?何と言えば良いものか…。とりあえずそうだな、魔人とでも言っておこうか」
「は?」
「む?」
え、何言ってんのこいつ?
魔人?魔人つったか?
「えーと、魔人?」
「うむ、魔人だが何か?」
「………」
「……?」
落ち着け落ち着け!
そうだ、魔人ってのがどんなのか知らねぇがとにかく話を整理するんだ!
えーと、魔人ってのはまずいない。
それを前提に考えると、魔人ってのは何かの比喩やら宗教に出てくるようなやつと考えるのが常識だな。
そしてこいつの今までの言動を思い返すと頭のおかしいサイコパス女だ。
そこから導き出される答えは、魔人のように酷い女という意味として発言したものと思われる。
つまりはそういう事だな‼︎
「よし分かった。限りなく現実的な解釈に出来たぞ。話を続けてくれ」
「ふむ、そうか。魔人というのは魔界に住んでいるのだが」
「ストップゥゥゥ‼︎」
魔界⁉︎魔界ってなんだ?
世界にはそんな国があるのか?
俺が知らないだけだな、そうだよな⁉︎
「…なんだ?」
カノンは平然とした顔で俺の様子を尋ねてくる。
ここまで普通そうな顔をしてるって事は多分魔界ってのは世界的にも有名な一般常識なのだろう。
そうだ、世界は広いんだ。
魔界とか地獄っていう名の国があってもおかしくはない。
「いや、何でもない。続けてくれ」
とにかく魔界の話はスルーして続きを促す。
「あぁ、魔界で色々とあってな。少々面倒な事になってしまい、私としても都合が悪くなったので仕方なく人間界にやってきたのだ」
カノンは淡々と話した。
なるほど、魔界という国で問題が発生したから人間界に来たのか。
「って、人間界言うてますがな⁉︎完全に人間と魔人は別物でそれぞれ別世界にいるみたいになってるんですけど⁉︎」
「さっきからうるさいぞ!貴様は人の話を落ち着いて聞く事すらできないのか‼︎」
「『人』の話って言った⁉︎お前やっぱ人間なの?魔人なの?どっち⁉︎」
「あぁもう、これでは埒があかんではないか!今話してる事は基本的に人間は知りえない事なのだ!私が何を言おうと全て鵜呑みにして聞いてればいいのだ‼︎」
何なんだ一体…
人間には知り得ないだと?
まさか本当に魔人とか魔界とか、そういった非科学的なものは存在するのか?
まぁここで色々考えてても確かに埒があかない。
ここはカノンの言う通り、ひとまず全てを鵜呑みにし、受け入れながら聞くしかないのだろうか。
「はぁ…分かったよ。とりあえずはお前の話を全部受け入れて、そういうものなんだなと思って聞くよ」
俺は渋々といった感じでそう言った。
「そうか、じゃあ私が何を言おうとも落ち着いて聞き入れろよ?」
カノンは念を押すように言ってきた。
「分かってるって。お前が何言おうと動じず受け入れるよ」
「それは良かった。ならば今すぐその指を切断して指輪を外して」
「そういうこっちゃねぇんだよ‼︎いいから話の続きをしろやボケ‼︎」
やはりこいつの言う事は受け入れない方が良いかもしれない…
そんな事を思っているとカノンは残念そうにため息を吐いた。
「はぁ…男が約束を破るとは、何たる不甲斐なさだ。あ、不登校児の時点で不甲斐ないな」
「いいから黙ってさっさと話せ」
「む…黙ればよいのか?話せばよいのか?」
面倒くせぇなコイツ。
しかしここでまた何か言えば話は進まなくなるのだろう。
「まぁよい。仕方ないから話の続きをしてやってもいいぞ」
何がまぁよいのかは謎だが何も言わないでおこう。
「とにかく人間界に来た私の目的は、この地の者と契約をする事だ」
「あぁ、なんか契約だの何だのと言ってたな」
「うむ、魔人は誰か一人の人間と契約する事ができてな。契約をすると互いに力を譲渡、つまり両者ともにより強くなる事が可能なのだ」
「へぇ、そうなのか」
なるほど、互いに力を譲渡か。
魔界で何やら問題が発生したようだが、武力による解決が可能なのであれば、契約を行い力を上げて解決を図るというのもアリだろう。
しかし、力の譲渡が契約ならば一つ問題があるのだが…
「なぁ。魔人ってのはどんなもんかよく分かんねぇけどさ、なんか特殊能力だとかそういった類のものはあるのか?」
俺は契約の問題点をはっきりとさせるべく順を追ってカノンに質問をしていく事にした。
「あぁ、ある。魔人にはマナというものが宿っている」
「マナ…、漫画とかでよくあるが一言でいって『力』のことか」
「物分かりが早くて助かるな。貴様の言った通り、マナとは力の事だ。マナは主に、身体能力を飛躍的に向上させる効果を持つ」
「やっぱそうか。通りで俺の全速力の走りに平然とついてこれたわけだな」
これで契約の問題点ははっきりとした。
契約は互いの力の譲渡の事らしい。
そして魔人にはマナという譲渡可能な力を持っていた。
しかし、ならば人間は一体何を譲渡するというのだろう。
「しかしいきなり何故こんな質問をしたのだ?」
「契約して力を譲渡する場合魔人はマナを譲渡するのだろうが、人間は一体何をするのかって事が気になってな」
「ほう、こいつはまた何とも…」
俺の言葉にカノンは何やら満足そうに頷きながらボソボソと何かを言っている。
「何言ってんのか知らねぇけど、とりあえず俺の質問に答えてくれない?」
そう、カノンは契約によって両者ともに強くなると確かに言った。
つまりは今俺が気になった問題点も、実際のところは何かしらの原理やら理論やらがあって、確実に魔人にも利があるようになっているはずなのだ。
ならば答えは必ずあり、こいつはそれを知っている。
「なるほど、ただの人間以下ではないようだな」
「おいこらどういう意味だ。お前はどんだけ俺の事を過小評価してんだ」
カノンの相変わらずの言葉に俺はジト目で返事をする。
「フッ、過小評価か…確かにそうだな。私は貴様を過小評価し過ぎていたかもな」
「え?あぁ、うん…」
何だこいつ、態度がちょっとマシになったような気が…。
てか今笑ったよな?
不覚にも可愛いと思ってしまった。
まぁ実際可愛いんですけど。
「さて、貴様の問いに対する答えだがな、もちろん魔人にも利はある。人間と契約した魔人は、人間を媒介として限界を超えたマナを引き出す事ができるのだ」
「マナを…引き出す?それなら限界を超えたと言うよりも、限界まで引き出すと言った方が正しいんじゃないのか?」
俺の指摘にカノンは感心そうに頷きながら再び話し始めた。
「うむ。確かにそれもある。だが人間と契約し、信頼関係を築く事により魔人も『マナの器』として成長するのだ。もちろん人間もマナの器となり成長する。よって、本来の限界を超えたマナまで引き出せるのだ」
「ふーん、器ねぇ…」
カノンの言葉に納得する俺。
簡単にまとめると、マナというのはいわば水のようなもの。
そして魔人は、ひいては魔人と契約した人間はその水を入れるための器らしい。
その器は契約を行う事によって大きくなり、より多くの水を利用する事ができる。
大体はこんなところだろう。
「よし、あんたの言わんとしてる事は理解できた。話の続きをしようか」
「うむ、そうだな」
俺の言葉に頷くカノン。
「それで何となく分かってきたんだが、俺がはめたこの指輪はあんたとの契約の証でいいんだな?」
「あぁそうだ。非常に残念な事に、それをはめた時点で契約は成立。そして誠に遺憾なことに通常なら、契約した者のどちらかが死ぬまではその指輪は基本的に外れる事はないのだ」
「やっぱりか…」
カノンの言葉に素直に頷く、というのも今までの話でこの事は何となく理解できていたのだ。
しかし、となると俺はこの厨二の塊のような、それでいてこいつの話した事が仮に事実ならばとんでもない、そんな女と生涯を誓っての契約を結んだ事になる。
その事を改めて思うと非常に複雑な気持ちになる。
「全く…、本来なら私はもっと力も財も豊富な優秀な人間と契約を交わしたかったのに。この事ばかりは貴様を恨むぞ」
カノンは恨めしそうに言う。
「はいはい、悪かったって。でもだったら何であんな道端に置いといたんだよ?」
俺はカノンの言葉を軽く流して気になっていた事を聞く。
「あぁ、そのことか。少々ややこしいのだが、実は魔界と人間界を行き来するのは何気に大変なのだ」
「ふーん」
魔界と人間界がどこまで違うのかとか何一つわからないが、とりあえず相づちをうつ。
「魔界と人間界を結ぶには大量のマナが必要になる。しかしそれ以前に魔界と人間界は繋がりが薄いのだ。それも皆無と言っていいほどにな。だから人間界と繋げる場は非常に限られてくるのだ」
「そのうちの一つがあの神社とでも言いたいのか?」
カノンとは家の近くの神社で会った事を思い出しながら、俺はそう尋ねた。
実際神社でお祈りをした後、目を開けたら突然カノンが目の前にいたのだ。
「そうだ。神社には神が宿っているとされているだろう?そして人間は神を信仰している。つまり人間界での非科学的なものが信じられてるというわけであるのだ」
「なるほど。魔界なんてあり得ないものだが、同じく神というあり得ない存在が信じられている神社では多少なり繋がる事が出来るということか」
「そういう事だ」
だからあの時カノンは突然現れたのか。
「しかしマナが足りなかったのか、或いは繋がりが弱かったのか、何にせよ何らかの原因で指輪だけが先にこの世界に飛ばされたのだ。まるで、何かに引きつけられるように」
カノンは残念そうに言った。
そんなに俺と契約するのが嫌なのか?
まぁ俺も嫌だが。
「ひとまず話すべき事はある程度話したか。貴様もしっかり理解できているようだしな」
「ん、そうか。じゃあ帰ってくれ」
カノンの言葉に即答する俺。
実際こいつとずっと一緒にいると疲れるし。
しかしこいつの言った事は本当なのか?
ただの厨二…とも思えなくなってきたし。
そんな事を考えているとカノンが口を開いた。
「む…何を言っているのだ?私もここで暮らすに決まっておろう」
…………。
「え?」