6・模様替えはセンスが重要
隣の庭主がブタを飼っていて、毎日可愛がっていたが、今朝見たらポークジンジャーになっていた。一枚もらって食べたら、これがなかなかおいしい。昨日まで丸々ころころ歩いていた奴とは思えない、濃厚な味だった。
何かお返しできるものはないかと、自分の庭の野菜を物色していると、テディがやってきた。
「ちょっとね、手伝ってほしいことがあってさ」
畝の向こう側に立ち、トマトの茂みの間からこっちを見て言った。相変わらず眠そうな目と保護色のような服だ。
「害虫駆除なんだけどさ、例の」
害虫というのは、ぽこぽこタウンの外から入ってきた虫や生き物のことだ。コンピューターウイルスとかハッキングの類ではなく、パソコンの外、つまりは現実世界から直接入り込んだもののことを言う。
そんなことがあり得るのか。あり得てしまう。ソースは俺。
「俺はやめとくよ」
「そんなこと言わないでさあ。プリズム、操作うまいんだから」
テディが畝をまたいで来る。害虫をやっつけて運営側に突き出すと、それなりの見返りがあるらしい。イベントに有利なアイテムや、非売品の服やアクセサリー、はたまた現金など。
「ねえお願い」
テディは俺の周りをぐるぐる走り、お願いお願いと繰り返す。畑の作物を踏み荒らし、綺麗にそろえた畝も台無しにしてしまう。さすがに腹が立ったので、模様替え用のブロックで囲んで動けなくしてやった。
「うわあ、なにこれなにこれ、どうやって出ればいいの」
テディは手足を動かした。どこにも移動できないとわかると、今度は跳ね出した。それでもブロックを越えられない。ワープで抜ければいいと思うのだが、もう放っておこう。
使っていないブロックがまだあったので、空中に配置してみた。自分がその上に乗り、さらに上にブロックを置き、またその上に乗り、それを繰り返していくと見事な螺旋階段ができた。近隣の家と庭が見渡せる高さまで積み、座るスペースを作った。
これはいいラスボス席だ。ちょうどパソコンの画面を見ているような感じで、辺り一帯の動きが見える。スーファミ世代の俺には、視界の狭い3Dより、すごろく盤のような2Dマップのほうがしっくり来る。
テディの言っていた害虫は、思ったよりも近くで暴れていた。かなり大きい、甲虫のような姿だ。緑がかった丸い体で、飛びかかるアバターたちを跳ね返し、吹っ飛ばしている。
甲虫は時々後ろ足で立ち上がり、威嚇する。体当たりもする。建物よりも大きいので、アバターたちが束になってかかっても、簡単に跳ね飛ばされてしまう。死ぬんじゃないかと思う。でもアバターなので死にはしない。
「お?」
思わず目をとめる。
なんと素手で甲虫を殴り続けている人がいた。まさかと思ったが、本当に素手だ。ステッキやバッグすら持っていない。
あの女の子だ。ゴキブリ退治の時の、青いワンピースとこげ茶色の髪の子だ。
よく見ると、彼女は甲虫の攻撃を一度も受けていない。他のアバターに紛れて近づき、腹の下から一撃を入れ、少し下がって今度は上からジャンプして、羽の間を狙う。甲虫が踏みつぶそうとしても、その一歩先に着地している。
なんという動きだろう。最高のBGMをつけてあげたい。
「あれは運営だよ」
耳元で声がし、ぎくりとして振り返る。テディが追ってきたのかと思ったが、エレジーだった。
「え。あいつNPCなの?」
「NPCではないけど、運営側が操作してる」
エレジーがいつになく真剣なので、俺も眼下の景色を黙って見つめた。
やがて、女の子は甲虫の脳天を叩き割り、仰向けになった腹に最後の一発を入れた。潰れた体から深緑色の液があふれる。足と触覚をひくひくさせ、やがて動かなくなった。
食い入るように見たが、虫がグロいことと女の子が可愛いこと以外はよくわからなかった。
ふと、女の子がこっちを見た。一瞬だが、俺の目を見て微笑んだような気がした。
「あの目と口のパーツは売ってない。運営専用だと思う」
「そ、そうなのか?」
「エレジーが言うんだから間違いない」
何とも腑に落ちない理屈だが、ここは素直に納得するしかない。
それよりも気になることがあった。
アバターは殴られても死なない。しかし虫は死ぬ。
踏み荒らされた畑はしばらくすると元に戻る。しかし虫は生き返らない。
「エレジー、もし俺が」
エレジーの赤く透き通った目は、違う方向を見ていた。そこには、俺の作った階段を上って押し寄せてくる、大勢のアバターたちがいた。
「ちょ、なんだあれ」
「暇なんじゃないの。害虫もいなくなったし」
「だからってなんでこっちに来るんだよ」
「何かのイベントだと思ったんじゃない? プリズム派手だから」
派手、と言われても、今着ているネオンカラーのスーツはエレジーにもらったものだ。俺の青い髪にぴったりだと言って、わざわざ持ってきたのだ。
「せっかくだから何かやってみようよ」
「何かっていわれてもなあ」
隣の人にもらったポークジンジャーを食べないでとっておけば良かった。適当にジャンケン大会でもして、勝者にご馳走すれば良かったのだ。
「エレジーは飾り付けを手伝うよ」
「そんなことしてる場合か」
「だってみんな、すごく遅いよ」
言われてみると、アバターたちはいくら走っても上までたどり着かない。人や物が多すぎて、画面が重いのだろう。膝を痛めた人のように階段を上っては、直立したまま引き返したり、その場で激しく足踏みをしたり、とてももどかしい。
「とりあえず垂れ幕用意するね」
そう言って布を広げるエレジーの仕草も、こっちはこっちで遅い。エレジーいわく、自分のブラウザはキョロメだから、火狸やソファレを使っている人よりはずっと早いというが、大して変わらない。
そうこうしているうちに、先頭のアバターがすぐそこまで上ってきてしまった。よりにもよって、スキンヘッドに革ジャンを着た、いかにも怖そうなおっさんだ。
俺はエレジーから布をひったくり、マジックで乱暴に文字を書いた。
『プリズムだけど何か質問ある?』
イベント名も思いつかないので、これでいいだろう。
「速いね。プリズム何のブラウザ使ってるの?」
「ETだけど」
はい、第一問終了。はからずもイベントは上々の滑り出しとなった。たどり着いたアバターたちがぞろぞろと並ぶ。階段を埋め尽くし、庭中に列を作っている。総勢、五十人かそれ以上。
始まったからにはやるしかない。何とかして、この量をさばこう。
最初の方どうぞ、と俺はにこやかに呼びかけた。