5・イベントは課金が必須
ぽこぽこタウンでは、定期的にイベントが行われる。みんなで協力して神殿を建てたり、オレンジゼリーの海で泳ぎを競ったり、内容は様々だ。活躍したプレイヤーには豪華な衣装や家具が与えられるので、徹夜で挑む人もいるらしい。
今日は草原エリアで宝探しをするというので、さっそく行ってみた。
ひと昔前のテレビゲームのような明るい緑色の草地に、大勢のアバターが集まっている。着飾ったのもいれば、こざっぱりしているの、アンバランスなの、素っ裸のまでいる。イベントはもう始まっているようで、みんなしゃがんで草の間をかき分けていた。
「黄金の鮭を探すんだよ」
そばにいた男が顔を上げて言った。眠そうな目をしていて、鼻のあたりにうっすらそばかすがある。個性的だが、どこかで見たような感じもする。アバターにはよくあることだ。
「草原なのに鮭?」
「穴を掘るとね、土の中から出てくる。光るのは一瞬だから見逃さないように」
試しに草を探ってみると、ぐにゅっとしたものが手に当たる。光沢のあるピンクの生き物が吸い付いてきて、慌てて手を振り払った。ヒルだったらしい。
きらんきらんと音がして、あちこちで金色の鮭が跳ね上がっている。アバターたちはそれを手づかみで取り、バケツに放り込む。普通の魚や、ナマズなどもいるようだ。
ヒルに吸われたせいか、体がだるくなってきた。入り口でもらったスタミナドリンクを飲み、土を掘り続ける。それでもまたすぐに疲れてくる。
「ドリンクのセット買った?」
そばかす男のバケツには、あふれるほど魚が入っている。
「スタミナ切れたら、二時間置かないと回復しないよ。ドリンク二十個は必要」
ドリンク販売所には、人が列をなしている。なるほど、課金者向けのイベントだったというわけか。
男はドリンクをごくごく飲み、穴を掘る。魚のほかにも、小さい虫やカエルを掘り出し、一緒くたにバケツへ入れていく。
俺はあきらめて男の作業を手伝うことにした。バケツを押さえ、入っている魚や生き物たちが逃げないようにした。
「いいよ、そんなことしなくて。優勝とか狙ってないから」
「え。どう見てもやる気満々じゃん」
「僕はね、害虫駆除が目的だから」
害虫駆除とは何だろう。ふと、俺の部屋にいたあの黒い虫を思い出す。
「あ、いたいた。プリズム、鮭とってんの?」
振り向くとエレジーが、もこもこのかぼちゃパンツ姿で立っている。今日はアルパカレースがあるから宝探しはパスすると言っていた。早く終わって、報酬の服を見せに来たのだろう。
何それ似合わない、と男が言った。
「げ、テディ」
エレジーは男を見て、露骨に嫌な顔をした。
テディと呼ばれた男は、ふふんと鼻を鳴らしてエレジーを見上げた。
「相変わらず楽しそうだね。無料ガチャにくじ引き、それに今日はアルパカレース? ご苦労なことで」
「そっちこそ。毎日毎日地面に這いつくばって、犬みたいね」
害虫駆除って何、と俺は言った。エレジーは馬鹿にしきったようにテディのバケツを指さした。
「虫とかゴミとか集めるだけの、退屈でしょうもない仕事」
「ところがね、それが豪華アイテムになっちゃうんだよ」
テディは自分の着ている木の葉模様の服を揺らして見せた。
「たくさん集めると特別な服がもらえるし、大物を仕留めれば賞金だって出るんだよ」
仕留めたことないじゃん、とエレジーが言い、テディは重そうなまぶたをぴくりと動かす。
「あるよ。今日これから」
そしてまた地面にかがみ込み、草をかき分け、掘り始める。
エレジーは歩き回り、周りの人のバケツを勝手に覗いている。裸の女にも、ヤクザ風の男にも平気で近寄るし、近寄られたほうも別に何も言わない。素敵な世界だ。
「プリズムって、もしかしてあのプリズム?」
テディがつぶやいた。その時、掘っていた場所で何かがうごめいた。ジジジジ、と音を立ててプロペラのようなものが回る。テディはぎゃっと叫び、立ち上がった。
出た、出た、と周りの人たちが集まってくる。
太いチューブのような胴体に、ぎらぎらした複眼を持った巨大トンボだ。アバターが一人、いや二人は乗れそうな大きさで、土の中から跳ね上がる。
「やっつけろ」
「どけ、俺のだ」
「私が先よ」
みんな宝探しはそっちのけで、バケツを放り出して走ってくる。巨大トンボはぐねぐねと体を動かし、羽ばたきで風を起こす。あんな大きな羽にさわったら、指がちぎれ飛んでしまう。アバターの指なんて、一本ぐらいなくてもそんなに変わらないが、俺は困る。
「害虫っていうのは、よそから来た生き物だからね。だいたいはこっちに合わせて縮むんだけど、たまにね、でかい奴がいて」
テディはその場であたふたと足踏みしながら言った。
「よそから来たって?」
「タウンで生まれたんじゃないってこと。どっかから入り込んできたんだね」
「で、誰がそれを駆除するって?」
テディはあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返し、それが、それが、と言う。
「僕はね、文字を打ちながらマウスを動かすのが苦手で、あのトンボの動きに、どうにもついていけなくて」
「じゃ喋らなきゃいいじゃん」
「わかるでしょ、こうやって文字を打って、手を離して、こう、マウスを持って」
わからない。残念ながら俺にはその苦労がまったくわからないのだ。
誰かがトンボの尾をつかまえている。他のアバターもよってたかって、手持ちのステッキや楽器などで叩く。トンボは飛ぼうとしてもがいたが、ついに頭をやられ、ぼたりと地面に落ちた。ジジ、ジジ、と動く羽を、アバターたちが次々にむしった。
テディは同じ場所をいつまでも走り回り、地面を叩いたり踏みならしたりしている。その動きに見覚えがあった。そして顔も、うろ覚えだがやっぱり見たことがある。
テディ。テディベア。クマのぬいぐるみ。
「思い出してくれた?」
テディはそう言って立ち止まる。そう、この顔だ。俺が初めてログインし、広場に出現した時、寄ってきた奴らの中にいた。忘れもしない、クマの着ぐるみを着た一番あやしい奴だ。
「あの時はね、びっくりしたよ。きみ、明らかに変だったもんね。ワープとは違う、何もないところから急に顔が染み出してきて、しかも不細工で、体もめりめり出てきて、いきなり実体化して、しかも不細工で、その後普通に動いてて、しかも不細工で」
俺はそこにあったバケツを手に取り、テディの顔面に投げつけた。ブサイクと言われたからではない。それよりも何かがやばいのだ。よくわからないが、とてつもなくやばい気配がする。
「まあずいぶんと、変わっちゃってぇ……何ていうのか、キモ可愛い」
「可愛いはいらねえよ」
「キモいキモいキモいキモい」
テディは眠そうな目をしばたたいて笑った。
「きみの現れ方、まるで、害……」
テディはそう言ったきり、ころんと倒れた。スタミナがちょうど切れたのか、パソコンがフリーズしたのかもしれない。とにかく、こいつは操作が下手だ。
そうこうしているうちに、トンボの所有権が決まったようだ。最後に叩いてとどめを刺した人が引きずっていくのが見える。特に強そうでもない、甘い顔立ちの男だった。ただ単に、誰よりも早くトンボの頭をクリックしたのだろう。
ぼんやりと、あの女の子のことを考えていた。海辺のカフェで、俺が放ったゴキブリを一発で仕留めた女の子。あの子なら、他を寄せ付けない手さばきでトンボを捕まえていたかもしれない。
「行こうよ、プリズム」
エレジーが大荷物を抱えて戻ってきた。俺たちがトンボで騒いでいる間、参加者たちのバケツを漁って回り、黄金の鮭をくすねていたのだ。そして優勝賞品の、木彫りのカワウソ像をゲットしていた。どう見てもいらないのに、参加賞の鮭ステッカーまでもらっていた。
「ああ、行こうか」
俺は転がっているテディを一瞥し、その場を去った。草の上にはトンボの羽がまだ落ちていて、踏むと生々しい感触がした。模型やロボットとは違う、もっと近しい感触だ。
エレジーは俺の背中にステッカーを貼った。ふざけやがって、と俺も自分のをエレジーに貼った。すると直ちに疲れが取れて、体が楽になった。サロンパスのようなものだったらしい。