4・アルパカを追って
ぽこぽこタウンでは、各自が庭を持っている。
部屋を出るとすぐそこが庭で、動物を飼ったり畑を耕したりできる。土はふかふかで、野菜や花の種が毎日配給される。
トマトの種をまけば三時間で実がなり、ジャガイモの苗を植えれば半日で収穫できる。洗って適当に切ればサラダになるし、煮ればスープになる。自分で食べてもいいし、ほかの人におすそ分けもできる。
ある時、小麦を植えてじょうろで水をやっていると、庭の柵を越えてアルパカがやってきた。アルパカは俺の小麦をむしゃむしゃ食べ、満足そうに鼻の下を伸ばして帰っていこうとした。
「おい待て」
俺はアルパカのしっぽに手を伸ばしたが、アルパカにしっぽはない。本当はあるんだろうけど、アバターなので省略されている。
アルパカはお飾りのようなひづめで器用に走り、柵を跳び越えていった。俺も柵によじ登り、追いかけた。
隣の庭に踏み入り、バラの木をかき分けて走る。アルパカは棘のある枝を容易に噛み切り、先へ進んでいく。俺は息を切らしながら追い、また柵を越えた。
そこでは、庭の主がカブを抜こうと奮闘していた。ランニングシャツにハーフパンツ姿の男は、俺を見ると大げさに喜び、走ってきた。
「ちょうどいい。手伝ってくれ」
男に腕をつかまれ、カブ畑に連れていかれる。綺麗に並んだカブの葉の中に、ひとつだけ不格好に大きいのが混じっていた。
「これがどうしても抜けないんだよ」
男がカブを引っ張り、俺が男を引っ張り、うんとこしょ、どっこいしょとやってみたが、やっぱり抜けない。もう一人呼んでこないとなあ、と男が言った時、俺の背中を誰かが引っ張った。
振り返ると、アルパカがシャツに噛みついている。
あっと叫んだ瞬間、俺と男は尻もちをついた。アバター三人分くらいの大きさのカブが、根もとから抜けていた。
はっはっは、と男は笑い、俺の背中を叩いた。アルパカにこすりつけられた毛が、もうもうと舞う。
「いやー助かったよ。今からスープを作るけど、よかったらご馳走するよ」
「あの、急いでるんで」
「もしかして始めたばっかり? 食事をふるまうと、お互いにポイントが加算されるんだよ。そのポイントで珍しい種を買ったり、たくさん溜めれば服や家具とも交換できるし、それから」
「失礼します!」
後ろを見ると、アルパカはもういない。四方を見回してみたが、影さえ見当たらなかった。
「何か探してたの? ぽこぽこワープで飛んでみたら?」
男は鍋をかき混ぜながら言った。
そうか、その手があった。アルパカが行きそうなところへ先回りすればいい。
男はまだ何か言っていたが、俺はワープを唱えた。体が回転し、肌が震え、向かい風を全身に浴びながら突っ切っていく。
着いてみると、目の前にいたのはエレジーだった。
「プリズムじゃん。おはよー」
エレジーは前とは違う、黄色い衣装を着ていた。やっぱり風船のように膨らんだデザインで、綿毛のような飾りがついている。
「ここにアルパカ来てないか」
「アルパカ? どのアルパカ?」
なんと、そこは大牧場だった。丸木の囲いの中に、ざっと二十匹、いやもっとたくさんのアルパカがいる。白、茶、グレーは当たり前、ピンクや水色のまでいた。
「ど、どれだかわからん」
白いのだけでも五匹。みんな同じ顔に同じ毛並み、ひづめの大きさも同じだ。大人しく歩き回り、時々丸くなって寝ている。増やしすぎたかな、とエレジーは頭をかく。
「ここお前の庭?」
エレジーはうなずく。毎日収穫して料理して、いろいろな人と交流すると、ポイントが貯まって敷地を広げたりもできるらしい。さらに、土を良くして作物を丈夫にもできるのだとか。さっきの男はそれを言おうとしていたのだろう。
エレジーの庭は、アルパカ牧場と綿花畑が大半を占めていた。毎朝、毛と綿を収穫して布を織り、衣装を作るのだそうだ。
「アルパカは便利だよ。エレジー、服作るのがいちばん好き」
「俺の小麦はどうしてくれる」
「小麦なんてたくさん余ってるよ」
エレジーは部屋へ行き、山のような小麦粉の袋を持って戻ってきた。
「はい。もっとあるけどいる?」
「こんなに持てねえよ」
「じゃあエレジーも持つ」
小麦粉を抱えて俺の庭へ飛ぶと、ちょうどトマトとジャガイモができていた。畝の真ん中あたりに、金色の蝶がひらひら飛んでいる。
「あれは天使だよ」
エレジーが言った。よく見ると確かに、キューピーのような頭をした天使だった。ぽっこりとした腹と太ももが重そうで、時々落ちそうになりながら羽を動かしている。
「トマトとジャガイモを隣同士に植えると、たまに天使が来て、ポマトにしてくれる」
「ポマト?」
「地上にトマト、地下にジャガイモができるの」
それは別に、どのみち両方植えてるんだから、意味ないんじゃないのか。
そうは思ったが、せっかくなので天使のいる株を収穫してみた。トマトを摘んで籠に入れ、ジャガイモを掘り出してしまうと、天使はあくびをしながら消えていった。
小麦粉は、ひと袋開けて水でこねるだけでピザ生地になった。ジャガイモとトマトを乗せて少し火であぶると、あつあつのピザが出来上がる。チーズもベーコンもないのに、なぜか出来上がる。
「エレジー、トマト嫌いだけどピザは好き。あとラザニアも」
「甘いな。俺はあだ名がピザだ」
ふちはカリッと固く、具はジューシーなピザを、口いっぱいにほおばる。いくら食べても太らない。
おいしい、とエレジーが言う。ああおいしい、と俺も言う。
本当においしいのは俺だけで、他の奴らは画面越しに見ているだけだと思うと、得をしたような物足りないような、なんとも複雑な気分だった。