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2・顔を変えてみよう!

 顔のパーツは、無料で簡単に変えられるらしい。


 ぽこぽこタウンでは、どこにでもワープで移動できる。ぽこぽこワープ、と唱えると行きたいところへ行けるのだ。

 何度か試し、自分専用の小部屋へ飛んでみたり、また広場に戻ってみたり、適当な店や休憩所へ行ってみたりした。そのたびに体が高速回転し、あちこち引っ張られる。便利だが、あまり楽ではない。


 勝手がわかったところで、パーツ屋さんへ出向いてみることにした。


「ぽこぽこワープ」


 しかし、たどり着いたのはパーツ屋ではなくパンツ屋だった。アバターにパンツは必要ないと思うがけっこう混んでいる。二枚セットで百円のワゴンに群がる女たちが、じろりと俺を見た。

 失礼しました、と言ってそそくさと立ち去った。


 お洒落なヘアサロンや女性向けのショップが建ち並び、すれ違うアバターはみんな似たような顔をしている。一見楽しそうだが、話しているのをよく聞くと、こんにちは〜、どこ住んでるの、年いくつ、の繰り返しで、あまり盛り上がっていない。


「こんにちは、プ、プリズムです」


 そう言っても、誰も足を止めなかった。この名前は唇に力がいるな、と思う。


 なんとか自力でパーツ屋を見つけた。ガラス戸を開けると、店内は全面鏡張りだった。俺の下ぶくれ顔が四方八方に映り、嫌がらせとしか言いようがない。

 バンダナを巻いた男のアバターがカウンターに座っている。これは店員、NPCだ。


「パーツ変えたいんですけど」

「はい。どうぞ」


 店員はカタログを広げ、俺のほうに向けた。輪郭と眉が十種類、目が二十種類、鼻と口が十五種類ほどある。その他にオプションで、髭や眼鏡も選べるようになっている。肌や髪の色も細かく設定できるようだ。


「無料のパーツはこれだけです。有料のは……」

「あ、無料でいいです。どれが人気なんですか」

「人気のは有料ですね」


 店員はきっぱりと言った。さすがに運営側、巧妙に課金を促してくる。

 そこへ、別のアバターがドアを開けて入ってきた。薄紫の膨らんだスカートに、道化師のような帽子をかぶった女だ。


「顔変えるの?」


 女はカタログを覗き込んで言った。透き通った赤い目をしている。


「この髪と、この目がいいんじゃない」

「え、どれ」


 つけてみますか、と店員が言った。カタログには、ひとつひとつの項目の下に、「試着する」というボタンがついている。


「やってみようよ」


 女は勝手にボタンを押した。鼻はこれで、輪郭はこっちで、と手際よく決めていく。その間、俺の顔はものすごい力で押され、こねられているようだった。整形というよりはツボ押しに似ている。

 はいできた、と女は俺の前に鏡を置いた。


 映っているのは、見たこともない顔だった。


 これ本当に鏡か、と疑いたくなるのだが、俺がまばたきをすれば映っている奴もまばたきをするし、首を傾けてみても同じことをする。

 髪は長めでサラサラ、卵形の輪郭に二重まぶたの目、片側が持ち上がった口。やや癖がありそうな、でも中性的で清潔感のある顔。

 誰これ。いや本当に、誰ですかこれ。


 色はどうする、と女が言った。

 色、と聞き返す暇もなく女はボタンを押した。豪雨に打たれたような感覚の後、鏡の中の俺は、髪が青くなり、目が薄水色になっていた。


「なにこれ。こんなのが流行ってんの?」

「別に、エレジーの好み」


 プリズムさんによくお似合いです、と店員も言った。規定通りの台詞なのだろうが、結局それで決めてしまった。

 パーツ屋を出ると、女もついてきた。


「最初って、勢いで変な顔にしちゃったりするよね。エレジーもそうだった」


 この女、エレジーというらしいが、よく見ると靴もペンダントも凝ったものを身につけている。道行くアバターたちとは違い、個性がある。


「女の子って、しょっちゅう顔とか変えるもんなの?」

「エレジーは女じゃないよ」


 俺は足を止めた。

 エレジーを見て、少し考える。それはつまり、男が女のアバターを操作して、着せ替えたりして楽しんでいるということか。うん、それはわりとメジャーな遊び方だ。

 そうじゃない、とエレジーは言う。


「このアバターは男だよ。男子用のパーツしか使ってない」

「え」

「ちなみに最初は髭のおっさんだった。面白いと思ったけど、ブサイクは三日で飽きるね」

「え……」

「服は男女共用ね。帽子は去年のイベントで、服と靴は無料のガチャで貰った。エレジー、課金しない主義」


 俺はエレジーの顔をまじまじと見た。見たところで、アバターには髭の剃りあともないし、喉仏もない。目を見てもルビーのように赤いばかりで、どこが男子用なのかさっぱりわからない。


「プリズム? ログアウトしたの?」

「してない」

「じゃ、フレンドなろうよ」


 俺はぼんやりと思っていた。ここは理想郷かもしれない。顔は好きなようにできて、男も女も関係なくて、横着しても太らなくて、部屋はいつも清潔で、パンツは二枚で百円。

 ここは理想郷かもしれない。


 まだベッドとクローゼットしかない俺の部屋で、素早く走り回る黒い奴を見たのは、その夜のことだった。

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