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13・お山の大将

 いいことを思いついてしまった。


 俺は庭へ出て、よく育った野菜を手当たり次第にとってバケツに放り込んだ。タマネギ、サトイモ、にんじん、キュウリ、大根、ナス、ゴボウ、アスパラガス。レアアイテムのポマトやハクランも見つけた。


「寄せ鍋作るの? エレジー、羊の肉も入れたい」

「羊か……羊はちょっとな」


 良さそうな枝豆を引っこ抜き、鞘を取っていく。バケツを持ち、振ってみる。まだまだ入りそうだ。

 エレジーは畑を歩き回り、花や実をつついた。


「こっちに珍しいのがあるよ」


 見に行こうとすると、頭上で風が渦巻いた。明け方の空から人の姿が浮かび上がり、落ちてくる。

 クマの着ぐるみに身を包んだテディが、取ったばかりの枝豆の上にどさりと横たわった。


 覗き込むと、テディは着ぐるみに半分隠れた目で笑った。


「プリズム、帰らなかったんだね」


 ああ、と俺は言った。テディがざっくり刺叉にやられるところを見ていたので、とりあえず生きていてほっとする。


「死んだと思ってたでしょ」

「えっ」


 画面越しに心を読まれたようで、言葉に詰まる。

 思ってたよ、とエレジーがすかさず言った。


「何で生き返ってるの? ゾンビなの?」

「きみはうるさいから黙っててよ。プリズム、これ預かってくれない?」


 テディはお腹のファスナーを下ろし、服の中からざらざらと何かをこぼした。はらわた、ではなく金色のコインのようなものだ。一つ拾い上げてみると、星の絵がついたメダルだった。


「それはね、月間方向転換回数で優勝した時のだよ」


 おびただしい数のメダル、メダル、メダル、ミニトロフィー、ベルト、カップ、バッジ。それぞれに絵や紋章が彫ってあり、『最強半眼ザムライ』や『挙動不審大賞』など、意味のわからない称号がついている。


「何これ。全部ゴミじゃん」


 エレジーがメダルの山を足でつついて言った。テディは慌てて山をかばうように覆い被さった。


「きみにはわからないだろうね。これは、僕がぽこぽこタウンで生きてきた証なんだよ。ちょっとしたことでも、積み重ねていけば記録になる。僕が消えてもね、この記録は残るんだ」

「消える? まさかお前も」


 テディは山に突っ伏していたが、やがて顔を上げた。目は見えないが、口元は笑っている。


「さっき、運営から通告が来た。害虫駆除を自作自演したってことで利用停止。罰金は免れたけど」

「自作自演?」

「自分で投げ込んだ害虫を、自分で駆除する。そうやって、徐々に記録を増やしていったんだ」


 俺は持っていた枝豆を落とした。貴重なゴールドビーンズが、鞘からこぼれて転がる。テディはにやにやしながら立ち上がった。


「プリズムは人がいいねえ。穴があるのは自分のパソコンだけだと思ってた? 全部自分のせいだと思ってた?」


 そういえば、と思う。

 俺の部屋にゴキブリが出たのは、テディと会った後だ。トンボ騒ぎの時も、甲虫騒ぎの時も、テディはその場にいた。ナノが巨大な靴下を持ってきた時も、もちろんいた。


「お前か……!」


 俺はメダルをわしづかみ、テディの顔面に投げた。大きなハエのついたトロフィーとカップも、へし折る勢いで投げつける。

 テディは散らばるメダルを集めながら、ごめん、ごめんと言った。


「エレジー、全部溶かせ。いや、ブタの餌にしろ」

「オーケー。アルパカにもあげていい?」


 待ってよ、とテディが言った。


「僕たち仲間でしょ? 同じ穴のムジナじゃん。勘弁してよ」


 テディはメダルを拾っては落とし、せわしなく歩き回る。やがて、諦めたように座り込んだ。


「わかったよ、僕が悪かった。メダルは全部好きにしていいよ」


 クマの頭をしょんぼりとうつむかせる。

 どうしたものか。テディには一応恩がある。俺を逃がそうとして、ブタを飛ばせてくれた。あそこへ来なければ、運営に目をつけられることもなかったのに。


「やっちゃいなよ。こういう手合いは、許すとまた同じことするから」


 エレジーが言った。

 いや、と俺は首を振った。


「害虫のことはもういいよ。それと、ここのスペースも自由に使って。俺はしばらく……いやずっと、戻らないと思うから」


 エレジーとテディは手を止め、俺のほうを向いた。

 明け方の空が、いつの間にか昼の青空に変わっている。隣の庭やその向こうの木立が、くっきりした色を帯び始める。もうすぐ復旧が完了するのだろう。遠くには、ちらほらと人の姿も見えていた。


 タウンが復旧したら、エレジーもテディも消えてしまう。操作主はすぐに次のアカウントを作るかもしれない。でもそれは違う。同じ人が作ったとしても、それは違うのだ。


「で? 最後は何をやらかすの?」


 先に口を開いたのはテディだった。

 俺は野菜を入れたバケツに目線を落とした。バカなことを考えている。ここへ来た時から、時おり頭をよぎったことだ。そんなことをして何になる。何にもならない。でもやりたい。消えてしまう前に。


 顔を上げると、エレジーが笑っていた。赤い瞳が太陽のように光っている。


「やろうよ。エレジーも手伝う」


 え、と俺は言った。

 テディはメダルを集めて土に埋めながら、僕もやるよ、と言った。


「ちょっと待て。何のことかわかってんのか?」

「わからない。教えて」


 エレジーが言い、テディも小刻みにうなずいた。

 まったく、こいつらには危機意識というものがないのだろうか。俺はため息をついて笑った。


「あのな、俺はこの世界を……」


 その時、またしても風が渦巻いた。

 見覚えのあるセミロングヘアのシルエットが浮かび上がり、落ちてくる。


「ごきげんよう、皆さん」


 青いワンピースを風にそよがせ、ナノが現れた。テディのメダルの山の上に、すっと降り立つ。


「面白そうなお話ですね。私も混ぜてください」


 ナノはメダルをざくざくと踏み、近づいてきた。あああ、とテディが声を上げる。

 何しに来た、と俺は言った。


「そんな怖い顔しないでください」


 ナノは頭をくりっと傾け、笑みを浮かべる。


「私も、利用停止になっちゃいました」

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