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10・夜のタウンは危険がいっぱい

 ぽこぽこタウンの夜は、昼間とは違った趣がある。俺とエレジーがやってきたのは、キャンプファイヤーのあるジャングルエリアだった。


 星空を背景に、オレンジの炎が揺れている。さわっても熱くない。炎の表面をなでたりつかんだりもできる。エレジーの服と同じような薄い素材でできている。

 炎の周りにしばらく立っていると、ひとりでに体が踊り出す。同じ動きを繰り返しながら回るだけだが、雰囲気は味わえる。俺はネオンカラーの腕を振り、エレジーは半透明の服をなびかせて踊った。


 夜のアバターたちは疲れを知らない。炎から少し離れた岩場に人だかりができている。行ってみると、大きな岩に紙が貼ってあった。なんと、ウォンテッドと書かれた俺の顔写真だ。


「ナノのやつ、何考えてんだ」


 人混みをかき分けて入っていったが、誰も何も言わなかった。それもそのはず、写真の俺は、下ぶくれの顔にちまちまとした目鼻をつけ、無精髭を生やしている。改めて見ると、本当に黒歴史としか言いようがない。


 変な顔だね、これが害虫だってさ、とアバターたちは言い合っている。捕まえた人にはコイン千枚と庭の拡張チケットが十枚、それに非売品の服が贈られるらしい。破格の報酬だ。


「顔変えても、プロフ画面に反映されるまでに時間がかかるからね」


 エレジーが言った。なるほど、プロフ画面というものがあったのか。


「それってどうやって見るんだ?」

「アバターをクリックして、右上のアイコンを押すと出る」

「クリック……ああそうか」


 無関心のように見えても、誰かがパソコンの向こうで俺をクリックしているかもしれない。カーソルを合わせた時点で名前が表示され、あっと思うだろう。プロフ画面を見られ、変更前の顔がそこにあったらアウトだ。


「別のとこ行く?」

「そうしよう」


 再びぽこぽこワープを唱えた。とにかく別の場所、と思いながら回転し、飛び、振り落とされ、目を開けると巨大な蜘蛛の巣があった。


「うわっ」


 害虫か、と一瞬思ったが、巣は透明テープでできていて、つるつるした丸っこい蜘蛛がぶら下がっている。


「お化け屋敷だ」


 ビロードの階段を、エレジーは駆け下りていく。割れたシャンデリアの下、ドレスやタキシードを着た顔色の悪いアバターたちが歩き回っていた。ろうそくを灯したテーブルには、幽霊やガイコツが座っている。みんなNPCだ。


 エレジーは、初回無料のガチャを見つけて回していた。こんなの当たった、と銀の仮面を見せる。俺も回してみると、大きな布が出てきた。巨大なてるてる坊主のような、白いかぶり物だ。


「あ、おばけポンチョ。いいないいな」

「貸してやろうか」

「ほんと? ラッキー」


 エレジーはおばけポンチョを着て、NPCたちに混じって踊った。キャンプファイヤーで繰り返した動きをもう覚えたのか、それなりに踊っているように見える。


 俺はバネの飛び出たソファーに座った。

 エレジーの飼っているアルパカのことが、なぜか頭に浮かんだ。色とりどりのアルパカの毛で、エレジーは服を作る。無課金で集めた服や小物を、あれこれ組み合わせてコーディネートする。

 いったいどれだけ続けてきたのだろう。俺はエレジーのことを何も知らない。学生なのか、働いているのか、主婦なのか、独身男なのか、引きこもりのネトゲ廃人なのか。


 踊るエレジーは、真っ白な火の玉のようだった。


「だめだ、ガイコツにさわっちゃった」


 エレジーが俺の隣にワープしてきて言った。おばけポンチョを脱いで、紫の風船のような姿に戻る。


「ダンスはもういいのか?」

「ダンスじゃないよ。ガイコツやミイラにさわらないようにして、奥の扉まで行くとアイテムがもらえるんだよ。プリズムも手伝って」


 てっきり踊っているのかと思ったら、必死でモンスターから逃げていたらしい。笑いがこみ上げたが、俺がやればもっと悲惨なことになる。俺の視点では、画面全体が見渡せないのだ。


 そこへ、新しいアバターが二人現れた。一人は七三分け、もう一人はライオンのような髪型の男だ。


「で? そのコインはいつくれるんだよ」

「だからお前のパスワード教えろって」

「教えたじゃん」

「メアドだけじゃだめだっつっただろ。パスワードだよパスワード」


 おお、何だかやばそうな会話だ。そう思っていると、階段の途中で二人の動きが止まった。調べられている。クリックされている。反射的に感じ、俺は背を向けた。いや、背を向けても意味がない。


 二人が近づいてくる。刺叉のような長い棒を構えてこっちに向かっている。


「プリズム、これ!」


 エレジーがおばけポンチョと銀の仮面を投げてよこした。俺は急いでそれらを身につけ、NPCの群れに紛れ込んだ。

 ふわふわ動く幽霊やガイコツたちの間を、俺は走り回る。どっちだ、どれが害虫だ、と背後で声がする。執拗に追ってくるマウスポインタが、見えなくても確かに感じられた。


 すぐ近くをエレジーが走っている。赤い目をきらりと光らせ、合図を送る。俺はうなずいた。


「ぽこぽこワープ……」


 その時、ガイコツが現れた。頭でっかちで、愛嬌のある顔をしたガイコツだ。ミツケタゾ、と嬉しそうに言い、白く尖った指先でエレジーの袖をとらえる。


「来い! 早く」


 俺の体は回転を始め、空気にほどけていく。ビロードの床と壊れたシャンデリアが歪み出す。ガイコツがカタカタと笑っている。


「エレジー!」


 ガイコツの腕を振り切り、エレジーもワープの波動に乗る。どうやら間に合ったらしい。俺は息をつき、激しい風に身をまかせた。


 意識が飛んでいき、また戻ってくる。

 背の低い茂みの中にどさりと落ちた。普通なら枝や棘が刺さって痛いところだが、ぽこぽこタウンの植物は柔らかいので何ともない。

 ここはどこだろう。俺はこそこそと顔を出した。


「害虫どこだ」

「張り紙変わってたね。なんか髪青くなってた」

「あ〜、害虫駆除してナノちゃんとちゅっちゅしたいよお」


 やっぱりだ。刺叉を持ったアバターたちが、ここにもたくさんいる。俺は急いで茂みの中にしゃがみ、身を隠した。

 参った。ほぼ全てのユーザーが、あの貼り紙を見て報酬に目がくらんだに違いない。


「おい、エレジー」


 返事がない。

 おい、と揺さぶってみると、それはエレジーではなく、枝に引っかかったおばけポンチョだった。

 茂みをかき分け、前後左右を探った。緑の間から、外を見回した。エレジーはどこにもいない。


 空はいつの間にか朝焼けの色に変わっている。星が一つずつ消えていく演出を、じっくり眺める余裕はなかった。

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