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1・プリズム誕生

 自分そっくりのキャラクター、つまりはアバターを作って動かすゲームが流行っている。

 思ったより息が長い。

 たぶんみんな好きなのだ。仮想の街や広場を歩き回り、他のプレイヤーと交流するのも、ちょっとしたミニゲームをするのも、自分に似た顔の(でもちょっと美化された)キャラにあれこれ服を着せるのも、老若男女問わず、みんなが根本的に好きな遊びなんだと思う。

 豪華な服や家具を買いそろえるも良し、カードゲームやモグラ叩きに没頭するも良し、一日中誰かとチャットをするも良し、忘れて放置するも良し、と楽しみ方もいろいろだ。

 いろいろな楽しみが、もうすでに、されつくしてしまったということだ。


 そこで俺は、アバターを作るのではなく、自分がアバターになってみることにした。

 さっそくパソコンを立ち上げ、「ぽこぽこタウン」のトップページを開く。そして体を折り曲げて、できるだけ小さくなり、液晶画面に頭をねじ込んでいった。静電気で髪が逆立ち、頬がぶるぶる震え、肩がつかえてひどい音を立てた。

 頭蓋骨と背骨が痛む。握りつぶされるように縮んでいく。もっとスマートに、するする入っていけるのかと思ったら違った。狭い隙間にうっかりはまって無理矢理出ようとしている時のように、全身の肉と関節がちぎれるほど痛い。もう少し痩せていれば良かった。もしくは柔軟なら良かった。


 ようやく体が縮みきり、画面に入ることができた。入るというより、染みこんでいくような感じだった。

 そうして染みわたり、染み出していくとそこには別世界があった。鮮やかすぎる緑の地面と、どこまでも水色な空と、暑くも寒くもない空気。ころころした二頭身の人間たちが短い手足で駆け回っている。

 とりあえず成功。疲れ切って寝転んだ。そうはいっても、俺はもうアバターになっている。できる動きが限られているため、実際はぺたんと尻もちをついただけだった。


「なにあれ。なんか来たよ」

「なに? だれ?」

「ぷぷ。変な顔」


 近くにいるアバターが集まってきた。少女漫画のような顔をした女が三人、眼鏡をかけた黒髪の女が一人、小麦色の肌で金髪の男が一人、クマの着ぐるみを着た性別のわからないのが一人いる。


 こんにちは、と俺は言った。アバターたちはその場でぴょんぴょん跳ねたり、おじぎをしたりした。もっと静止画のような、無表情な世界を想像していたが、実際に入ってみるとまあまあリアルに見える。ちゃんと笑ったり、目を閉じたりもする。


「ねえ、なんでそんな顔にしたの?」


 ふわふわの髪をリボンでまとめた女が言った。

 そんな顔って、と俺は聞き返した。


「だから、なんでそんな不細工にしたの?」


 そこにいる全員が笑った。ぶさいくぶさいく、とクマの着ぐるみが繰り返す。

 ああそうか、と思う。こいつらは全員、自分好みのパーツを選んで顔を作っている。現実の自分より少し可愛く、かっこよく、場合によってはかけ離れた外見になっているのだ。


「実際こういう顔だし」

「えー。リアルと同じなんて嫌じゃない?」


 変えなよ、変えなよ、と全員が口をそろえて言った。俺のログイン方法だと選びようがねえんだよ、と説明したところで伝わらないだろう。多分。

 それにしても、このアバターたちはやたらと口が悪くて正直だ。


「せっかく会ったんだし、ポコともになろうよ」


 俺が言うと、また全員が笑った。ポコともだって、ポコともポコとも、とクマの着ぐるみが走り回る。


「ポコともなんて言わないよ。普通にフレンドって言う」

「あ、そうなの?」

「始めたばっかり?」

「うん」


 アバターたちは顔を見合わせ、しばらく固まった。おそらく、パソコンの前で操作主がそれぞれ考えているのだろう。

 やがて、金髪の男が口を開いた。


「名前は?」


 俺の名前は山本吾郎という。ネットで書き込みをする時は、いつも本名だった。が、今ここでヤマモトです、ゴローですと名乗れば、また大笑いされるに決まっている。

 ハンドルネームなんて考えたことがなかった。何にしよう。ふと見ると、空に虹がかかっている。現実世界ではとうてい見られない、くっきりとした七色の虹だ。昼間の空に太陽ではなく虹をかけるとは、制作者もなかなか気が利いているではないか。


「プリズム」


 人工的に虹を作る装置のことを、たしかそう言った。口に出してから、しまったと思う。案の定、全員が腹を抱えて笑い転げていた。アバターにもこんな動きができるのか。何かのイベントで、もしくは課金して身につけたのかもしれない。


「なにそれ少女漫画」

「似合わね〜」

「似合わなすぎ」


 いや違う、今のは名前じゃなくて、と言おうとしたが、アバターたちの笑いっぷりがあまりに豪快で、言いつのる隙がなかった。


「プリズム」

「プリズム〜」


 女たちがきゃっきゃっと笑う。インターネットを始めたばかりの頃、ハンドルネームはよく考えてつけましょう、とネットマナーサイトに書いてあるのを見たが、まったくその通りだ。


 リボンの女が近づいてきて、丸い手鏡を出した。


「はいプリズムさん、自分のお顔見てみようね」


 ちらっと見ただけで、鏡を投げ出しそうになった。

 これはひどい。

 元々良いとはいえなかった顔が、さらに大変なことになっている。下ぶくれの輪郭、くすんだ茶色い肌、目は小さく、鼻はぼってり。垂れ下がった前髪、うっすらと生えた髭。この上なくキモい。体はどのアバターも共通なので、細い。なぜ立っていられるのか不思議なほど、不自然に細い。だぼっとした部屋着が、小太りだった形跡を残している。


 顔を変えよう。今すぐ変えよう。


 アバターたちが笑いながらひゅんひゅんと消えていくのを見送り、俺は立ち上がった。

 ここはひとつ、プリズムとして生きてみようじゃないか。

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