公園
放課後恒例になった部活動対抗リレーの練習は
成海の作戦を聞かされた次の日も開催された。
千尋の言い分では、成海の作戦を信用してないわけではないが、
準備に万事をきたすのは当たり前。ということだ。
それについて、香織も異論はないので今日も近くの公園で練習に励んでいる。
「藤本先輩」
「何だ」
「それなんですか?」
休憩時間。
ふと、ずっと気になってたことを聞いてみる。
リレーの練習では絶対に必要のない一眼レフを公園に千尋が持ってきたからだ。
今までは手ぶらで来ていたのにどうして急に・・と思う。
「これは先輩の指示だ」
「例の作戦ですか?」
「あぁ」
「でも、何を撮るんです?」
「先輩だ」
「え?」
「俺も意味が分からない。たが撮る対象は先輩だ。
もちろん俺の中で先輩という名称が付くのは依田成海に限る。」
「依田先輩を撮るんですか」
「何かこの公園に来るらしいんだ。
どういう形で来るのかは知らされてない」
「あの、藤本先輩。・・言い合いっこしませんか」
香織は恐る恐る提案してみる。千尋の眉が少し動く。
話を昨日に戻すと「作戦を説明する」と成海は言ったくせに作戦の全容を言っていない。
香織と千尋にそれぞれの役割の指示を仰いだだけだ。しかもお互いには分からないように。
「地味女はともかく、俺のことも信用してなんすか!」と吠えた千尋に
成海は微笑を浮かべながら「落ちつけ」と犬に命令するように言う。
「今回の作戦は生徒会含め陸上部のメンバー・・いや全校生徒に知らせられない
トップシークレットだ。君たちはもちろん信用しているがなんせどこから漏れるか分からない。
だから全部知ってるのは司令官だけが一番安心だと思わない?」
思わない?というのは疑問形は成海の場合、強制するための有無を言わせないものだ。
それでもいつもは従順な千尋も肩を震わせ「俺らは駒ってわけですか」と怒っていた。
成海はそれに対しても「・・分かってくれるよね?」とまた疑問形で返す。
そんなことがあって微妙に嫌な感じで終わったので
香織の「(お互いの聞いた作戦)言い合いっこしませんか?」は千尋に響いた。
少し間合いがあって気まずい時間が流れ始めたので香織が口を開こうとしたとき
千尋は何かに反応して香織に「隠れろっ!」と命令する。
とっさの命令に動けない香織を舌打ちしてから千尋は手を引っ張り
花壇の植え込みに腰をかがめる。
そして千尋の目線に香織が追いついたときようやく状況が飲み込めた。
「・・依田先輩」
公園の正門から成海が歩いてくるのが分かった。
1人じゃなくて誰かを連れている。
目を凝らすと相手は女の人だと認識出来た。
「あれ誰ですか、彼女さんですか?」
「知らねーよ、そんなの初耳だ。
でも、先輩は多分この写真を撮ってほしいと解釈して問題ないだろう。
ちゃっちゃと終わらせてやる。お前は先輩、目線で追っとけ」
そう言うと千尋は一眼レフのピントを合わせ始める。
香織も言われた通りちゃんと成海の姿を見失わないように気をつけた。
「あっ、依田先輩が彼女と手を繋ぎました・・て、あれ?」
「ん、どうした?」
「依田先輩こっち見てます、ていうかバレてる!
これって合図ですかね、藤本先輩早く早く!!」
焦っていたが千尋は何枚かシャッターを切るのに成功する。
それを確認したのか成海は繋いでた手を離して公園を出ていった。
2人は成海の背中を見送りながら安堵の溜息をついた。
「これがどう作戦に役立つんですかね」
「さぁな、全ては依田のみぞ知る。だろ」
「ですね」
「あと、あれはやっぱなしだ。
先輩に言い合いしたのがバレたの想像したら怖くなった」
「ですね」
香織がもう1度深く息を吐いたところでまた緊張が走る。
「何やってんの、化学部さん」
千尋が勢いよく後ろを振り返る。それに続き遠慮がちに香織も後ろを見る。
そこにはコンビニの袋を提げた男子が立っていた。香織には見覚えのある顔だ。
智香がよく生徒会に行くとき一緒に連れてる子で名前は確か・・。
「佑介くん、だよね?」
当たっていたのかキザっぽく肩を軽くすくめると
薄ら笑みを浮かべて香織に目線をやった。
「佑介?」
千尋が訝しむ。その名前に心当たりがあるようだ。
しかし、佑介はそれには応えず再び質問する。
「何やってんの、こんなとこで。
しかも人影のないところで。やらしー」
香織でも冗談で単にからかってると分かる口調なのに
火がついたように千尋の顔が赤く染まる。明らかに動揺した口調で怒鳴る。
「てめぇ、ふざけんなっ!
何の用だ、用件次第ではぶっ飛ばすぞ」
「何それ、ちょー怖い。てゆうかお兄さんのその頭すごいね。
なんていうか噂通り?よくそんなんで停学とか処分免れてるね。
やっぱ理事長の息子は違うっていうかさ・・」
その言葉が言い終わるより早く千尋は立ち上がり
佑介の胸ぐらを掴む。今にも殴りだしそうな勢いだ。
慌てて仲裁に入ろうと香織も立ちあがる。
しかし、佑介は少しも慌てていなかった。
「図星だからってムキになんのやめなよ。みっともないよ。
ここで殴っちゃったりしたらヤバいんでしょ?
お父さんのコネで大した頭もないくせに入学しちゃってさー。
それで反抗期のつもりでそのだっさい頭なんでしょ。
問題なんか起こしたら見捨てられちゃうよ」
「ちょっと!」
静寂が訪れる。
佑介が面食らった様子で香織を見つめている。同じように千尋も。
そこで初めて自分が大声を出したことに気付いた。
「え、なになに。これが美しい友情ってやつ?
仲間のこと悪く言われて腹立っちゃった?」
「おい・・っ!」
取り繕うように早口で佑介が挑発する。
千尋が我慢出来ず右手を振りかざした。
パンッ!
鈍い音がした。
手の平がジンジンと熱い。
佑介を平手打ちで殴ったのだ、・・香織が。
右手を振り上げたまま茫然としている千尋の手を引っ張り
掛け足で公園を出た。佑介が追ってくる様子はない。
公園を出たすぐそこの自動販売機の影に千尋を連れ込む。
まだ胸がドキドキと高鳴っている。今まで感情に任せて声を荒げたことはない。
ましてや、人を叩いたなんて産まれて始めてだ。
緊張が解けたのか頬を熱いものが伝う。千尋は黙って香織を抱き寄せると
「ごめん」と小さく耳元で呟いた。