陸上部
香織と千尋が化学室に行くと
すでに成海が待っていた。
「ごめんね、急に呼び出して。
・・さっそく本題にうつるけど
香織ちゃんに確認したいことがあって」
「なんですか?」
「黒瀬智香の件なんだけどね。
彼女、兼部なんでしょ?陸上部と。
生徒会と陸上部の優先順位はどっちが高いのかなぁ、て」
それはすごく簡単な質問だ。
生徒会の活動は週2らしいが陸上部は週6で
2つが被った日は智香は先に陸上部に行くのを知ってる。
そのせいで、阿部さゆりの嫌味が日常茶飯事で智香がうんざりしてるのも。
「陸上部ですよ」
「そう」
満足げに成海が微笑む。
香織と千尋にその真意は掴めない。
「どういうことっすか、先輩」
「体育祭のプログラムだけど部活動対抗リレーは
文化系が終わってから体育会系の部活があるんだ。
そりゃ、体育会系の方が花形だし見てて盛り上がるからね。
このプログラム順にここ2年変わりはない。
今年もそうだと考えて問題ないはずだ。
んで、陸上部は強いから毎年勝つのも恒例になっていて
それを考慮して年度初めに陸上部はあらかじめ少しだが
活動費を削られているそうだ。
だから部活動対抗リレーにどれだけ力を入れるかが分かるよね」
何故、成海が陸上部の内情にこれほど詳しいのか。
香織は首を傾げるが、千尋は大人しく聞いているので
成海の情報網がすごいのは当たり前らしい。
だから、香織も大人しくしていることにする。
「つまり、陸上部は優勝はすごく大切なんだ。
奴らに黒瀬智香を出場させるように差し向ける。
原則として兼部している者は部活動対抗リレーは1つの部でしかの
参加を認められていない。
このルールを上手く活用すれば生徒会を出し抜ける。」
「でも、そんなに上手く行きますか?
誰かが出れないところで
違う誰かを引っ張っててくるのは目に見えますけど」
千尋が不安げに聞く。もっともな意見だ。
香織にもそう簡単に物事が運ぶとは思えない。
でも、成海の表情は至って穏やかなまま崩れない。
「陸上部と1口に言っても様々だ。
高跳び、幅跳びなんかも陸上の一種。
現在、陸上部のメンバーは8人もいるが
実質走りに特化している者は4人だけだ。
リレーの人数は3人だからギリギリなんだよね。
しかも、その内の1人である黒瀬智香は生徒会の方に
出るからリレーメンバーには余裕がないのが分かる」
「まさかですけど、先輩・・。
そのメンバーの誰かにケガさせようとか思ってないっすか」
「やだな、千尋は俺がそんなエグい性格に見えるわけ?」
「・・いや、違いますけど」
若干口籠ったのは普段の成海を知っていて
強く否定出来ない現れだろう。
しかし、成海は満足そうに頷いた。
「それでね、俺の考えた作戦なんだけどさ・・」
香織と千尋に作戦を伝えたのち、
千尋は化学室の鍵を職員室に返すため渡り廊下を歩いていた。
「あっれー、成海くんじゃん」
わざとらしい。
わざとらしすぎる。
その声は成海が1番苦手な相手の声だった。
「吉川・・」
「今、部活終わったんでしょ。
どう?部活動対抗リレーのほうはさ」
「吉川のおかげで大変楽しいことになってるよ」
「あぁ、うちの黒瀬さんでしょ?
入学当時から目をつけてたんだよね。
成海は何か知らなかったみたいだけど。
情報網だけが取り柄じゃなかったっけ」
「俺にそんな長所を見出してくれて有難いね。
もちろん、入学前から知ってたよ」
「ヘぇ、入学前から。
じゃあ、なんで手をつけなかったの?」
「まさか吉川が彼女を頼るなんて日和った真似はしないかな、
て少し信じてたところがあったんだよね。
まぁ、過大評価だったみたいだけど。おかげで焦ったよ。
吉川は相当自信がないのが良く分かった」
「苦しいぞ、人選に気を配るのは当たり前だろ。
その点、成海は何のメリットもないような子入れたみたいだけど」
「メリットあるかどうかは吉川が決めることじゃないよね。
ていうか、持田佑介くんだけど何で入れたの?嫌がらせ?」
「どうだろう、彼には困っててね。
兄弟よく似ててさ。遺伝子ってすごいよね。
おかげですっごく扱いづらい。
まぁ、淡い期待をしてるのかもしれない。
持田くんを入部させたら成海の考えが変わるかも、ていうね」
「・・残念だけど、変わらないよ。
せめて持田佑介くんの手綱をしっかり握っておけよ。
遺伝子が強いなら同じことが繰り返されかねない。
そうなるなら俺としては大歓迎なんだけどね」
「ご忠告ありがとう」
「是非、転部の際には化学部を勧めるように言っておいてくれ」
それだけ言い残すと
まだ何か言いたげな吉川を残して
成海は逃げるように職員室に駆け込んだ。
本当に苦手だ、あいつは。