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バトン

化学部の走者順は成海、香織、千尋である。

それに対して生徒会は隆久、さゆり、学であった。

その他にも文化系部活動はいくつかあるがメインどころはその2つで

他の部活動は半ば諦めムードが漂っている。


ピストルが鳴ると一斉にスタートから走り出す。

その光景に香織はまたドキドキと胸が痛いくらい脈打つが

どうにか自分を奮い立たせようと頑張れる。

それは、アンカーでスタンバイしてる千尋がちらちらと何度も

こちらを確認するように見てきて心配させたくないと思えたからだ。


走ってくる成海は2番目だった。

成海は自分では足が遅いと言っていたが普通に速い。

でもそれ以上に隆久の方が早く5メートルほど差をつけて1番だ。

さゆりが隆久からバトンを受け取る直前、香織に聞こえる音量で


「バトン受け取るの失敗しないようにね」


と馬鹿にした口調で言ってくる。

気にしちゃダメだ、と香織は思うが緊張が襲ってきてしまう。

視界が真っ白になる。成海の姿がよく見えない。

どうしよう、どうしよう。心の中がざわざわする。


「香織ちゃんっ!」


成海の声が聞こえる。

ハッと顔を上げるとすぐそこに成海がいて。

バトンを確認することが出来なかった。

香織が悲鳴のようなものを小さく叫ぶと同時にバトンが地面に落ちる。

成海の表情が固まるのが分かった。

香織が動くことが出来ず後から来た走者に何人か抜かれる。


動揺して動けない香織より先に動いたのは成海だった。

バトンを拾い上げると手渡しで香織の手に握らせるように持たせる。


「大丈夫、ほら走って」


背中を押されるように叩かれると

香織はバトンを握りしめて無我夢中で走った。

何人に抜かされたか分からない。

1番を走る学とどれくらい離れるのかも見当がつかない。

それでもアンカーで待ってる千尋のことだけを考えて懸命に四肢を動かした。


息が切れて足がもつれ、喉から血のようなものが込み上げてくる。

ダメだ、走れない。と思ったとき金髪が見えた。

そしてもう1度、足に力を入れるとバトンを精一杯伸ばす。


「ご、ごめ、・・なさい!わた、し・・」


「任せろ」


その一言が香織に響く。

バトンの感覚がなくなって、ちゃんと渡せたと思うと力が抜けた。

邪魔にならないような場所で倒れるようにへたりこむ。

目線だけ千尋の走ってる姿に焦点を合わせようとした。

でも必死に見ようとしてもぼやけてよく見えない。

風のように走る金髪が綺麗だ、とだけ思った。



『一着は化学部です!』



放送アナウンスが鳴り響いた。








「いやぁ、圧巻だったね!

 香織がバトン落としたときは正直もう無理だなーて思ったんだけど

 本当にすごいよ、藤本先輩。めっちゃカッコ良かったわ。

 あれ何人抜きだろうね。最後、高橋先輩が抜かれたとき鳥肌立った。

 これはファンも増えちゃうだろうなぁ、私も依田先輩から変わろうかな!

 てゆーか、あの逸材は是非陸上部に欲しいんだけど無理かな~。

 もう生徒会の面々あんだけ差があったのに・・あの悔しい顔ったらないわ。

 私、笑っちゃダメなんだけど、もう本当に笑い堪えるの必死でさ。

 でも、香織もよく頑張ったよ!ねぇ、大丈夫?まだしんどい?」


「・・いや、平気だよ。ちょっと水飲んでくる」


「あ、はいはーい。気をつけてね」


「うん」


延々とラジオのように話す智香が暑苦しくその場を離れた。

2部制で行われたリレーはそれぞれの1着のタイムで最終的に判断するのだが

それにも余裕のタイムで勝ってしまった。本当に千尋はすごい。

なのに、それと比べて自分の不甲斐なさに本当に腹立たしい。

あんな嫌味ったらしい奴の言葉に負けてしまいバトン落として迷惑しか掛けてない。

体育祭終り、理事室で理事長から現金が渡されるらしいからその時2人に謝ろうと思う。

さっきのリレー終りに話しかけたかったが千尋はゴールしてすぐに女子に囲まれるし

成海に関しては新聞部の取材を受けていて、とても話せる感じではなかったのだ。


「おめでとう」


「・・佑介君!」


給水場に行くと佑介がいた。

一応、佑介は生徒会なのでちょっと気まずい。


「見てた、お前すごい運動音痴なのな。

 あんなバトン落とせる奴もそーいねーっていうか」


「だよね、ほんと不甲斐ない」


あはは、と無理やり自虐っぽく笑ってみせる。

それに対して佑介はふっと真面目になった。


「走り方も不細工だし最悪だけど、ちょっとカッコ良かった。

 なんかすごい必死なのが全身から伝わってきてさ。感動した。

 あの、この前公園で会ったときジャージだったよな・・。

 もしかしてリレーの練習とかしてたんじゃねぇの?」


「・・うん」


「てゆーか、お前って一生懸命だよな!

 自分の感情に従って動いてる感じがする。

 そういのすごい素直なとことか頑張ってるとことか」


「それは違うよ」


「え?」


「私、以前はこんなに自分の感情さらけだせる子じゃなかったし

 何かに向かって一生懸命に頑張るとかすごく苦手だった。

 昔の私にリレーしろって言っても絶対やらないと思う。

 変わったんだよね、変わらせてくれたんだと思う・・」


「・・それって金髪の兄ちゃんが?」


「うん」


そこまで言って顔が赤くなった。はっきり肯定してしまったことに。

佑介くん相手に何を告白してるんだ、自分は?と焦る。


「あと、依田先輩も・・化学部にって感じ」


と余計に付けたしたのは逆にマズかっただろうか?

おずおずと佑介の顔を伺う。

でも、特に気には留めてなかったようで

「へー、そう」とぶっきらぼうな返事が返ってきて安心した。





それから体育祭は着々と進行し若干の遅れはあったものの無事に閉会した。

香織は教室集合を終えるとその足で急いで理事長室に向かう。

昨日、間違って生徒会室に行く前に通りがかったのですぐに場所は分かった。

ふと近くまで来て気付く。理事長室の前に誰かいた。


「桃地さん・・だよね?」


初対面の人でどう見ても高校生には思えない大人びた外見で

制服も着用しておらず私服だった。

けど、その強気な瞳を持つ顔が誰かとダブる。誰だ、この人は。


「初めまして、持田康晴です」


「え、持田?」


その名字って確か・・。と考えたとき

後ろから声が聞こえた。


「あれ、先輩どうしたんですか?」


振り返ると成海と千尋だ。

2人ともすごく驚いた顔をしてる。


「香織ちゃんていうのが見たくてさ。

 理事長に無理言って学校内に入らしてもらったんだよ」


「あ、そうなんですか」


成海と持田康晴が普通に会話してることに頭が混乱してきた。


「あの依田先輩、誰ですか?」


「・・成海、もしかして俺のこと説明してくれてないの?」


「いや、なんか面倒くさかったんで。

 それにまだ【正式】な部員として認めてなかったんでね」


「相変わらず酷い男だな、お前は。

 それで【正式】にするの、しないの?」


成海は香織のことをチラと見て怪しく笑う。


「もちろん、【正式】ですよ。

 彼女は化学部にとってメリットのある人物でしたから」


「そう、それは良かった。じゃあ、俺の方から自己紹介するけどいい?」


「はいどうぞ」


「じゃあ改めて、俺の名前は持田康晴。今は大学1年生で去年ここを卒業した。

 あと香織ちゃんの学年にいる佑介は俺の弟ね」


「じゃあ、化学部を発足したのは」


「そう、俺だよ。・・もう成海は化学部の存在意義も話してないんだね。

 俺はもともと生徒会長だったんだよ。でも、生徒会っていう名目がある以上

 何かと学校側に目をつけられて自由に活動出来なくてね。

 それに嫌気が差した俺は当時同じ生徒会にいた高校2年生の成海に声を掛けて

 反生徒会の部活動を立ち上げることにしたんだよ。生徒会に出来ないことをするね。

 まぁ、化学部っていうのは適当。化学室が空いてたから。

 あとはそこにいる千尋くんの腕を買って入れた。それで3人で活動してたんだ。

 でも申し訳ないことに、ずいぶん隆久には迷惑掛けたよ。

 俺が生徒会を退部したあと高校2年生だったのに生徒会長したんだから」


「・・そうだったんですか」


「あー、それでこれ理事長からだって」


康晴は成海に分厚い封筒を渡す。


「まぁ、息子には会いづらいんだろうね。でも褒めてたよ、理事長。

 なんか千尋、去年より早くなったんじゃない?というか強くなった?

 もしかして・・香織ちゃんのメリットってそこだったりするわけ?」


「ちょ!持田先輩、うっせっーすよ」


「さすが持田先輩、ご名答ですよ」


「そうか、良いメリットだな。それは。

 じゃあ益々の活躍を祈ってるよ、成海」


「任せて下さい」


「じゃあね」


そう言い残すと康晴は帰った。

最後まで会話に置いてけぼりの香織はちょっと不満だ。


「あの私のメリットってなんですか?」


「うーん。千尋、説明してあげたら?」


「・・先輩でも怒るっすよ」


「ははは、ごめん」


こうして長かった体育祭は幕を閉じた。

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