メリット
「なんかね、急に先輩がリタイアすることになってさー」
「・・へぇ、どうして?」
「彼女が浮気してたんだって!今、すごい修羅場だよ」
「・・そうなんだ」
「それでね、うちって陸上部の中でも陸上してんの4人でさー。
部長が抜けるとなると先輩たち大慌てよ!
私が生徒会の方やるの知ってるから一応他の部から助っ人入れれるか
今、先生たちと協議してるみたい。でも時間の問題かな。
もうあと何人かでこのプログラムも終わるし」
「じゃあ、智香は陸上部の方に?」
「うん。うちの部ってさ、毎年リレー勝っちゃうから
その分の活動費削られてて。部活としても必死なのよね。
私もそんな事情知っててまで生徒会は行けないかな、て。
あーあ、阿部先輩にまた嫌味言われちゃう」
「そう、残念ね」
白々しいにも程があった。
その陸上部部長の丸山先輩の修羅場には香織が一役かってるし
なにより陸上部の内情を知った上での犯行だ。
でも、そんなこと智香には言えない、大根演技で通した。
「だから、もう香織と戦うこともなくて・・。
逆に良かったかな!応援してるね、頑張れ!!」
うーん、胸が痛い。罪悪感で潰れてしまいそうだ。
その純粋無垢な応援に曖昧に頷くことしか出来なかった。
そのとき、部活動対抗リレー文化系部活動の部という放送アナウンスが流れる。
香織は申し訳ない気持ちを抱えつつも立ち上がった。
部活動には積極的でないため5人超えれば大きい部活だが
その数は他の学校とは比較出来ないほど多い。
そのためリレーは2部制だった。
厳正なるくじ引きの結果、化学部と生徒会は後半となる。
香織は胸の動機が酷かった。
心臓の波打つ音で周囲の音が掻き消されるほどで頭は真っ白になる。
心なしか吐き気を催し潰れてしまいそうだ。
その様子を見かねて何度か成海が声を掛けてきたが
それもプレッシャーにしか聞こえない。
自分がこんなに緊張しやすいのか、と泣きたくなった。
スタートのピストル音が怖い。ちゃんと走れる気がしない。
あんなに練習したバトンだって・・受け取れるかどうか。
「おい」
いつのまにか隣に千尋が来ていた。
何か声を掛けるなら止めてほしい。
頼むから今は1人でいたい。
「おい、こら返事しろ」
口を開くが声も出ない。
つくづく自分に呆れる。
それを見かねて千尋は強引に香織を立たせた。
そしてぐいぐいと引っ張り歩いき始めた。
途中、成海が何か言いたげな顔をしていたが察するように止める。
着いた場所は体育倉庫裏で人が全然いない。
自然と目線が上がらず千尋の顔は分からないがきっと怒ってるだろう。
声を絞りだすように懸命に話掛けた。
「・・あの、ごめんなさい。ちょっと緊張しちゃって。
でも平気です、もう大丈夫ですから。
藤本先輩、リレー始まるから行きま」
続きは言えなかった。
千尋が自分の胸に押し付けるように香織の頭をくっつけたからだ。
苦しくて息も出来ないし声も発することが出来ない。
でも・・すごく気持ちが軽くなるのが分かる。
「どんだけミスしてもいい。こけてもいい。
バトンも落として構わない。
なんでか分かるか?・・俺がいるからだ。
香織が失敗しても、その失敗全部俺が引き受けてやる。
だから安心しろ、大丈夫なんだから」
耳元で小さい声だが懸命に喋られた。
涙が出てきそうになって慌てて千尋の胸元に顔を強く埋める。
そしてやっとその時、香織は自分の気持ちに気付く。
全部全部、自分に嘘付いてきたけど、私本当は千尋を・・-。
「成海、よくもやってくれたわね!
私たちの切り札でもある黒瀬さんを封印するとは」
「え、なんのこと?」
「とぼけないで!分かってるのよ。
丸山くんのアレ、成海の仕業なんでしょ」
「知らないよ、言いがかりは止めて」
「阿部先輩、止めましょう。
こいつら何言ってもシラを切ります。
もう過ぎたことを悔やむのは止めましょう」
「高橋、でも!」
「気持ちは分かります。
でも黒瀬がいなくても十分勝てる見込みがあります」
「どいうことなの、高橋」
「桃地香織です、俺の調査によると桃地はすごく運動神経が悪いとか!
それに対して我々は勉強面やり―ダ―シップ性に加えて
運動神経も兼ね備えるエリート集団です。
ぬかったな、依田成海!何のメリットもない無能を入れたのが間違いだ」
「そういうことね!
確かにあの子はドジそうね、成海こんなところでミスするなんて」
高笑いをする阿部さゆりと勝ち誇った顔をする高橋学を見て
「やれやれ」と成海は思う。
隆久もそうだけど、俺が何のメリットもない子を入れるわけがない。
香織ちゃんはすごくメリットがある人材だ。
確かに彼女個人ではそれが発揮出来ずよく分からないとは思うが・・。
でも、相乗効果として結果的に大きな利益を生む。
それを生徒会のメンバーは全然分かっていない。
4月当初、化学部は人数不足で悩んでいたが
成海はその現状打破を千尋に頼んだ。
「誰でもいいから連れてきて」
千尋は成海ともう1人の先輩にしか懐かない忠犬のような性格で
でも逆に懐くとすごく従順で仲間を大切にするという特性を知っていた。
だから、敢えてメンバー選びは千尋に任せた。
そして、結果連れてきたのは桃地香織という子で
すごく平凡で普通な女の子だった。
でも、どんな理由であれ千尋は香織を連れてきた。
自分で選んだ、という点がすごく大切である。
彼女に部活動対抗リレーという無理難題を押し付けたのは
香織が運動音痴であるのを承知で言った。
ここで他の部から適当に助っ人を連れてくる、とかも考えられたが
敢えてその手段は選ばなかった。
千尋がきっと「自分の連れてきた女が運動音痴なせいで先輩を苦しませてる」と感じ
香織に放課後に練習しようと持ちかけるのは容易に想像出来たからだ。
結果、本当に千尋と香織は練習を毎日のようにして知らず知らず絆を深めていくのに成功する。
次に千尋の過去を持田佑介に暴露し、あの日、公園に呼び出した。
あの性格の佑介なら千尋に要らんこと言って怒らすのは目に見える。
そこでどんな化学反応を起こすかまでは想像に至らなかったが
多分、あの様子だと何かしらの進展があったようだ。
こうして千尋に香織という存在をどんどん刷り込ませ
自分の子分という認識をつけさせるように成海は頑張った。
しかし、さっきのアレはどうやらそれを超えてしまったらしい。
思わず声を掛けそうになったが千尋の顔を見て確信した。
千尋は香織に恋愛感情を抱いたに違いなかった。
追い込まれた香織を見て
千尋はきっと自分の力を遥かに超える馬力を出せる。
香織は結果的に化学部にとって大きなメリットとなるのだ。
だから丸山作戦が失敗して生徒会の方に黒瀬智香が出ようとも
成海には勝算が十分にあった。
丸山作戦はオマケと言ってもいい。
成海は阿部さゆりと高橋学にそれを言おうかとも思うが
何だかそれも面白くない。やめておこうと思いとどまる。
そして、部活動対抗リレーは幕を開ける・・。




