天の邪鬼
そして言ってる間に体育祭前日となった。
その日の放課後、香織は個人的に成海と会い
最終打合せを化学室でする予定になっている。
時間厳守で早く来すぎるのもダメ、と言われたのは
多分その前に成海が千尋と打合せしているからだろう。
だから少し時間に余裕があって暇だったので
例のごとく校舎をふらふらと彷徨っていた。
校舎に慣れたといえ、購買や体育館、移動教室など
自分のテリトリー内でしか行動がないため他はまだあやふやで
初めて見る景色が新鮮でよく考えもせず歩くて行く。
だから、知らなかった。
もし知ってたら絶対に近寄らない。これは事故だ。
香織の目の前には「生徒会」というテンプレートが・・。
発狂しそうになる口を慌てて手で塞いで耳を澄ますと
中から人の声がするのが聞こえる。
なんの話をしてるかは分からないけど、多分聞いちゃダメなのに間違いない。
すぐにその場から去りたかったが腰が抜けて座りこんでしまう。
「どうか見つかりませんように」そう祈り物置の影に身を潜めた。
それから数分が経つ。
まだ打合せの時間まで余裕はあるが苛立ちが募る。
中から人が出てくるんじゃないかとすごく恐かった。
「んじゃ、終了っ」
そんな軽快な声が響き「終わったのか・・」と他人事のように考えてから
すぐに「生徒会終わったら中から人出てくるじゃん!」と慌てる。
案の定、ぞろぞろと人が出てくる気配がしてこちらに向かってくる様子が分かった。
「あ、ねぇ。先輩たちー」
「なんだ、持田」
「なんかそーいや先生が呼んでたよ。
生徒会がどうちゃらってさ。行かないと」
「先に言いなさいよ、分かったわ」
そのやりとりがあって集団が行く方向の向きを変える気配がする。
香織はその奇跡のような展開に胸を撫で下ろす。どうやら助かったらしい。
「良かった・・」
「良くねーよ」
「え」
見上げると佑介の顔が。
悲鳴をあげそうになって佑介に慌てて押さえられた。
「え、何で。何でいるの。
だって職員室行ったんじゃ・・」
「あー、嘘だよ。なんか生徒会室から出てきたらアンタいて。
よく分かんないけど咄嗟に嘘付いちゃったわ。
見つかったらどうせマズイんでしょ、なに偵察かなにか?」
「違うの、時間潰して校舎ぶらぶらしてたら偶然、生徒会室見つけちゃって。
すぐに立ち去ろうって思ったんだけど腰が抜けて動けなかった・・」
「はぁ、そんなデマを信じろとでもいうわけ?馬鹿じゃねぇの。
どうせ化学部のあの腹黒そうな部長にでも命令されたんだろ」
「・・ほんとに違うの」
「え?!・・ちょ、何で泣くんだよ」
涙が溢れていた。
これは自分の言うことを信じてもらえなかった悲しみではなく
単に生徒会のメンバーに見つからなくて良かったという安堵が遅れてきたものだった。
佑介がどういうつもりか知らないが助けられた。
でも、佑介はそのことに気付かないらしく
「泣くなよ、めんどくせぇな。
悪かったって。信じるから、ほら使え」
とハンカチを渡してきた。
「鼻水とか付けたら殺すからな」と憎まれ口を叩くのは忘れてないが
いつぞやの公園のときには気付けなかった佑介を見た気がした。
有難くハンカチを頂戴する。
「なんで助けてくれたの?」
「咄嗟だよ、咄嗟に。
あー、まぁ。敢えて言うなら自分にビンタした奴に興味湧いた」
あぁ、忘れた。そんなこともあった。
今さらながらに思い出して申し訳なささで赤くなる。
「アンタのこと大人しいと思ってたからよ。
なんかあんな感情に任せて叩かれるなんて正直驚いた。
そんなに大切だったりするの?」
「え?」
「鈍いな、あの金髪のお兄さん」
「いや、あれはなんていうか。違うよ。
だって佑介くんがヒドイこというから」
「・・俺も叩かれてちょっとは言い過ぎたとは思った。
いや、反省とかしてはないし後悔も全くない。
でも言い過ぎたとは思った。だから悪かったな。
だってあのお兄さん面白いかったから、あんなムキになっちゃって」
「天の邪鬼」
「あ?」
「天の邪鬼って智香が言ってた。
佑介くんは天の邪鬼でコンプレックスがあるって」
「何だよ、コンプレックスって」
「お兄ちゃん、て」
「あぁ、聞いてないの。アンタんとこの部長言いそうなのに」
「聞いてない」
「じゃあ、俺がわざわざ言うこともねーな。
いずれは知る話だろうから別にいいんだけど。
でも俺は別に兄貴をコンプレックスなんて思ってない。
てゆーか、むしろ尊敬すらしてるよ。なんだ、コンプレックスって。
黒瀬は何か先輩とかに尾ひれのついた話聞いたんだろうな。
だって、普通嫌いだったら同じ学校なんてこねーじゃん」
つまり、智香のブラコンていうのは合ってたんだ。
智香が意味を取り間違えていただけで。
「いずれ世話になるよ」
「何に?」
「んー、まぁ別に今言わなくてもいいだろ。
そのハンカチ、お前の涙ついたのとかいらねーからやるわ。じゃあな」
そう言って背中を向けた。
その背中にお礼を叫ぶと、最初に会ったとき同様
少しキザっぽく振り向きもせずひらひらと肩手を振ってみせた。
佑介は案外思ってたほど悪い人じゃないのかもしれない、天の邪鬼なだけで。
香織はそう思いながら打合せの時間が迫ってることに気付き走り出した。
「依田先輩っ」
「んー、時間正確だね。香織ちゃん偉いよ」
「良かった・・」
どうやら間に合ったらしい。
時間も正確ということでもう千尋の姿はない。
途中ですれ違うこともなかった。
いずれ千尋と佑介はお互いに仲良くなってほしいな、と心の隅で思う。
「じゃあ、打合せだけど」
「はい」
「これを香織ちゃんに渡すね。手はずは作戦会議のときに教えたけど・・」
どうかな?と成海は首を傾げる。
香織は差し出された白い封筒を受け取りながら言った。
「この封筒を陸上部部長の丸山さんに渡せばいいんですよね」
「そう、それも部活対抗リレーが始まる1種目前にね」
「これ中身、確認してもいいですか?」
「いいけど、途中放棄は絶対にさせない。
中身を知ったうえでちゃんと渡せる勇気があるなら」
息を飲む。中身は気になるが内容を知って後悔するなら
見ない方がいいのかもしれない、と思う。
「・・見ません」
「懸命な判断だね」
にこりと成海は笑って、ぽんぽんと手の平を香織に落とす。
「香織ちゃんが、ちゃんとしてくれれば
俺たちに勝機が来る、必ずね」
「は、はぁ」
「じゃあ、明日は頑張って。ファイト!」
満面の笑みの成海に苦笑いを返す。
いよいよ明日は体育祭なのだ・・。




