第二話
「崎雪君、何してるの?」
崎雪仁は2年B組の教室にいた。時計の針は午後5時を回ったところだった。オレンジ色の光が差し込む教室の窓辺で、仁は意識を手放していた。
「おーい、崎雪君!こら仁!しかと?!」
色素の薄い前髪から“I―アイ―”特有の赤みがかかった瞳が覗いた。
「・・・・・麗羅」
「こんな時間にこんなところで、何してるの?黄昏ですか?」
「違うよ、麗羅を待っていたんだ。」
「えっ、仁あなた何考えてるのよ。今日は委員会の会議と入学式の準備があるって言ったじゃない。・・・もしかしてずっとここにいたの?」
「そんなことどうでもいいよ。仕事は終わった?いっしょに帰ろうよ。」
さりげなく自分の意見を強調する仁。
「もう、何考えてるのよ。」
「どうしても麗羅といっしょに帰りたかったんだよ。」
やけに素直にものを言う目の前の恋人に麗羅はなんとも言えない感情を覚えた。
「何言ってるの・・・?仁、いつもいっしょじゃない・・・」
パリィン!
麗羅の言葉を遮るようにガラスの割れる音がした。一度ではない、次々と何かが割れる音がする。
「ふふ、敵さんのお出ましだね。」
「どういうこと?」
「悠里の占い聞いてないの?今日はこの学校の運勢は“凶”だよ!」
はっと仁の顔を見上げると瞳が真紅に染まっていた。
「麗羅、人が残ってないか確かめてきて?それから、あの人への知らせも忘れないでね!!」
「わかってる、仁も油断しないでね。」
「仰せのままに。」
言葉を発すると同時に仁が駆け出したのを見ると麗羅も教室を飛び出した。久しぶりなことに驚いていたが珍しいことでも無かった。彼女らが通う桜丘高校はそういうとこだ。“I―アイ―”である生徒を狙う輩は少なくない。もっとも彼らの目的は力だけにあり、保持者である生徒の意向など完全に無いものとされる。手に入れるためなら手段は選ばないし、その激しさは増していくばかりだった。その中でも代表的なのが「ロロ・キスアーク」と呼ばれる組織だ。おそらく今回もその組織の回し者だろう。戦闘向きな生徒もしくは教師によって排除されているのに、諦めというのを知らない組織はなおも策を投じてくる。呆れも半分混じりながら麗羅はため息をついた。
***
その男は学校にいた。日本の教育機関はこんなに綺麗なのか・・・そんな他愛もないことを考えながら校内散歩を楽しんでいた。久しぶりの外周りの仕事だ。ったく、まだ人さらいみたいなことしてんのかあのおっさんは。暇だったし好きなようにしていいらしいし、まぁ細かいことは知らねぇ。何故か結界張ってなかったし、ていうか時間間違えたかなぁ。誰もいないし。泣き出しそうになりながら男は足を進めた。無駄足だったかなとため息をつきかけたとき、生徒と思われる声が聞こえた。
「・・・・。」
いや、生徒ってだけでIじゃなかったら何にもならないよな。声かけてみるか。男は懐から扇子を取り出した。これは能力を効率よく使うための補助道具だ。今回は風で行こうっとそんなことを考えながら教室を覗くと4人の女子生徒がいた。
「そこのお嬢さんがた?僕とお話しませんか?」
声をかけた瞬間、うち一人が腰を僅かに低くするのが見えた。I見っけ。ほかの3人は状況がわかっていないようだ、おそらくIではないだろう。Iと思わしき少女が口を開いた。
「おじさん、だぁれ?先生?保護者?・・・それ以外?」
「んー強いていえば・・・それ以外?」
「何しに来たの?」
「人さらい。」
「ふーん。・・・で、誰を?」
「・・・君とか?」
「だよね。」
「うん。」
慣れてんなぁ。この子、戦闘員か?
「ところで、お嬢さん。お名前は?」
男はドキドキしながら聞いてみた。
「・・・自分が先に名乗りなさいよ。」
「あっそうだね!僕は日下安章です。・・・どうぞ?」
「・・・神田まい。」
「可愛らしい名だ。」
「だまれ。ここから立ち去れって言いたいところだけど、そんなことしてくれないのでしょう?」
「はぁ、お分かりいただけて幸いです。そして一つお願いが、私といっしょに来ませんか。」
「死ね。」
その瞬間視界がぐらついた。安章は床に手をついた。
「ぅあっ・・・な、にを・・・」
まさかこいつ奏者か・・・。奏者というのは自然の理を操る能力者の通称である。奏者はとても珍しく数える程しかいない。マジかよ、この学校・・・なんでも揃ってんじゃねぇか。
「私、酸素の奏者なの。酸欠で死ねばいいんじゃないかな。」
小娘ごときになめられてるし、死ぬのは嫌だな、うん。
「悪いな。」
安章は扇子を振り下ろした。一陣の風がまい達4人を襲う。
「なっ・・・!」
窓ガラスが割れ破片が飛び散る。
+++
「ふぅ・・・、やりすぎたかな。意識朦朧としてたから、仕方ないな。すまないねお嬢さん。」
安章の前には制服がズタズタに引き裂かれている4人の女子生徒が横たわっていた。健康的で真っ白の肌と真っ赤な血のコントラストが映えて綺麗だなとか思っていると。ふいにか細い声がした。
「っふ・・・貴様・・・・」
「おや?まだ意識が有るのか、ふふっ頑丈だね、神田まい。やりすぎたと思うから謝るよ。」
「近寄らないで」
「気ィ強いんだね。でも君の負けだよ?」
屈んで、まいの頭を掴み自分の顔に近づかせて嘲笑った。
「君たちは勘違いしている。力があるからといって自分は強いと過信している。それは人間らしい考えだけど、君らは無力だ。どちらかというと能なしの方が強いんじゃないかな。」
「放して」
「それはできないね、君を拐いに来たんだから。ね?」
立ち上がろうとしたとき背後に気配がした。振り向こうとした瞬間脇腹に鈍い痛みを覚えた。その衝撃で教室の端まで飛ばされる。これは肋骨何本か逝ったな。痛みに思わず呻く。
「痛ぅ・・・!」
顔を上げると瞳を真っ赤に染めた生徒が立っていた。
「好き勝手やってくれたね。こんなことしてタダじゃ済まないよ。」
近づいてきた生徒はもう一発蹴りをいれようとした。それをギリギリのところでかわした安章は、自分が居た場所を見て肝を冷やした。こんなの高校生の、いや人間の蹴りじゃねぇだろ!コンクリート製であろう壁はトラックでも追突したのかと思うくらい損傷していた。やべぇムリだ。高校生相手に本気を出す気なんかさらさらない。よってここは撤退だ。うん。見逃してくれなさそうだし、全力で逃げよう!
「ごめん、用事思い出したから帰るよ。その子も置いてくから。」
「ダメ」
「だよねぇ」
今度はものすごいスピードで椅子が飛んできた。えぇ、何この子!とか考えているうちに生徒は目の前に居た。嘘だろ・・・。またも衝撃に襲われる。
「君、名前なんていうの。何の能力?お兄さんは日下安章って言うんだけど、27歳だよ!」
「・・・崎雪仁。超体力。」
なるほど。リストに載ってたかな。どっちにしろ今日はムリ。安章は転移装置のスイッチを押してその学校をあとにした。
***
通知画面に彩音の文字が浮かぶ。
「彩音さん!組織のやつが学校にぃ!!てか、なんで電源切ってたんですか?!無事ですよ!仁が撃退しましたから。・・・・えぇそうです、久しぶりでびっくりしましたけど。はい・・・あ、ちょっ」
プーップーップーッ
「あぁ!あの人切っちゃったよ!もぅ!」
「麗羅、人は残ってた?」
「えっ、あ・・・少しいたね。多分Iばっかりだったから問題ないと思う。けど・・・」
「・・・けど?」
「・・・仁あなたやりすぎよ」
二人の前には鉄骨が見えてしまっている壁があった。
「窓ガラス無いし。」
「・・・ごめん。」
「いいよ、頭にきたんでしょ・・・」
周りがざわざわしだし。駆けつけた先生たちは惨状に目を見張る。しかし、取り乱す様子もなく事態の収拾を急ぐ。
「君たち怪我はないかね。」
「この頃は音沙汰無かったのに。なんてこと・・・。あら、理事長。」
教室の入口にこの学園の理事長である彩音の姿があった。
「けが人は?あ、仁、麗羅あなたたち帰っていいわよ。もう遅いし、学校は明日も平常運営よ。詳しいことは明日でいいわ。さぁ帰って」
「はい、理事長。」
+++
仁と麗羅は仁の家に居た。
「日下安章、27歳。風を纏って、転移装置を使っていた・・・と。」
「うん。」
「知らない男ね。しかも転移装置を持っていたなんて、私でも作るの苦労するのに。そんな奴が組織にいるのね。」
「気をつけないとね。」
この日彼らは思いもしなかった。これがすべての始まりだったことを。
知る由もなかった、彼らを待ち受ける未来を。