エピローグ【 残された網 】
事件から半年が経った、ある春の日。
志村涼一は、警視庁の窓辺に立ち、桜の花びらが風に舞う様子を眺めていた。フィクサーXの拘束、システムの完全解体、そして押収された膨大なデータの解析――長い後始末の日々が、ようやく一段落しようとしていた。
「結局、被害額の全容は?」松永が資料を片手に尋ねた。
「未来都市Kの一件を含め、確認できただけで数十億円規模だ。被害者の中には、いまだ資産の一部しか取り戻せていない人も多い」
志村は、あの夜、事情も分からぬまま自分の資産が消えたことに気づいた資産家の顔を思い出していた。矢野とし子のように、被害を被害とすら認識できなかった高齢者たちの姿も、脳裏をよぎる。人間の善意と信頼を燃料に変える仕組みは、システムを止めたところで、簡単には消え去らなかった。
「フィクサーXの取り調べは進んでいるのか」
「本人は、素直に供述しています。ただ……」松永は言葉を濁した。「彼は最後まで、自分のシステムを『失敗作』とは思っていないようです。むしろ、次に誰かが引き継げば、必ず完成すると」
志村は小さくため息をついた。「蜘蛛」から「フィクサーX」へと受け継がれた思想は、一人の男の拘束によって完全に断ち切られたわけではない。案件屋たちが刻んだ象形文字、都市インフラの脆弱性、そして人間の善意に忍び込む隙間――それらはこれからも、この世界のどこかに存在し続ける。
「人間を排除しようとした男を、最後に追い詰めたのは、やっぱり人間の執念だった」
志村は静かに呟いた。それは慰めであると同時に、警告でもあった。技術がどれほど進化しようとも、それを動かすのも、それを悪用するのも、そしてそれに立ち向かうのも、結局は人間だ。
デスクの上に置かれた、あの古い象形文字の写真を、志村はそっと引き出しにしまった。この事件の記録としてではなく、これから先も続くであろう、終わりのない戦いを忘れないための、一つの符牒として。
窓の外では、東京の街が、何事もなかったかのように、いつもの喧騒の中にあった。だがその光の一つ一つの裏側に、まだ見ぬ次の「網」が、静かに張られ始めているのかもしれない。
志村は、そう遠くない未来に、また新たな事件の報せが届くことを、どこかで確信していた。
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