毛皮被り
トンチャ村は吹雪の中にありました。
メティとアリはジャガイモとタマネギとニンニクとパプリカ入りのサラミ、塩とペッパー、ローリエ、トウガラシでスープを作りました。
トンチャ村では冬の当たり前の食べ物で、春になるまではほとんど毎日夜はこればかりです。
「今日の恵みに感謝します」
「感謝しまーす!」
2人は祈りを捧げてから木の匙で食事を始めました。
ジャガイモはほくほくとお腹を満たし、タマネギはとろりと甘く、少しだけ入ったサラミはスープに美味しいだしを加えてくれます。
身体がぽかぽかしますね。
「アリ、明日の雪かきは気を付けないと」
「うん。お昼からは教会?」
冬の間、2人は午前中は自分達の小屋と、住んでる人が年を取ったりして自分で雪掻きのできなくなった家の雪かきをして、村長からお給金をもらっていました。
教会の手伝いもよくします。
「それは明後日。明日は森でマフさんの手伝いをするよ」
「うへぇ、マフさん怖いよ」
「仕事をくれる人を悪く言わない。食べ終わったら、歯を磨いて、書き取りと算数の勉強をしましょう」
「うへぇ」
メティは教会で勉強を少し教わっていたので、アリにも勉強を教えて上げていました。
トンチャ村の冬の夜はとてもとても、長いものでした。
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お日様が昇って、吹雪がやみ、雪掻きの仕事が終わると、ヨモギのお茶と干しぶどうのビスケットでお昼ごはんをすませたメティとアリは林道を通って森へ向かいました。
「犬舎の掃除をしろ。ノミが付くから、終わったらシカマツの葉で燻せ。早くに終わったら、裏でユキノシタの葉でも摘んでこい。余計に薪をやる」
森で暮らすマフは猟師ですが、森の仕事ならなんでもしていました。
若い時は西の領との戦争に行っていた、岩のような男でした。
「はい」
「ここの裏手の森は狼が出るよ、毛皮被りも!」
「アリ」
アリが文句や突拍子もないことを言い出したのでメティは慌てました。
「毛皮被り等迷信だ。俺は20年ここに住んでるが一度も見ない。言い訳せずに、犬舎に行け!」
雷のように怒鳴られ、2人して身を縮めて慌てて犬舎にゆきました。
マフの犬舎ではクルマルとトビスケという大きな犬が飼われています。猟犬です。
多くの人に飼われた幸せな犬達は友達になれる動物ですが、マフに厳しく躾られた狩りをするこの哀しい犬達はマフ以外には懐かず、メティとアリを唸っておどします。
「恐ろしい子達!」
「こんなのより毛皮被りの方が怖いよ」
「まだ言ってる! 手を動かそう」
クルマルとトビスケは唸って2人をおどしますが、今は掃除の為に、予備の狭い犬舎に入れられて窮屈そうにしていました。
冬の間、犬達は凍えてしまうので夜は作業小屋の土間に上げられていますが、昼間はワラの敷かれたここで過ごします。
トイレの躾は厳しくされていましたが、もう一月掃除をしていないので酷い物でした。
「まずはワラを換えよう」
「臭いし、ノミがいるよ」
「犬もノミも生きてるからね!」
2人は手ぬぐいで口と鼻を覆い仕事にかかりました。
痒くなりながらワラを取り出し、火事にならずあとで燃やしやすいところに積み、痒いまま、犬舎をきれいにそうじしてワラを換え、痒いまま積んだ古いワラを燃やして掃除は終わり。
それから残り火で犬舎の近くに投げるように置かれていたシカマツの葉に火を付け、油紙の団扇で交代であおいで、ごほごほ咳き込みながら付いたノミを追い払い、犬舎の仕事はぜんぶ終わりました。
「ウルルっ」
「アゥっ」
クロマルとトビスケはうなって早く掃除の済んだ広い犬舎に入れろ、とさいそくしてきましたが、それは2人の仕事ではありません。
「あとで親分に移してもらって」
「お前達、噛むからさ!」
仕事は早く済んだので、燃やしたワラとシカマツの葉に雪を掛けて踏んで、消えたのを確かめてから、2人は作業小屋に置いてある獣避けの鈴を付けて、マフの家の裏手の森に入りました。
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そこはモミの木が深く入り組んだ所で、雪が浅く、ユキノシタやシロハツキノコがよく採れる場所だった。
「ユキノシタを採ってこいって言われたから、シロハツは私たちでもらっていいよね? 今日は着替えて洗濯して湯浴みしないといけないし、薪だけじゃ足らないもんね!」
メティは少し興奮してユキノシタよりもキノコばかり採って籠に入れていました。
「森は、怖いよメティ」
アリは早く終わらせてマフの家の敷地に戻りたかったので、急いでユキノシタをかぎ棒で浅い雪の下から探しました。
2人も雪でかじかんで指を真っ赤にして、採るものを採り終えました。
少し、日が傾いて、冷たい風が吹き込みだしていました。
「いけない。アリ、もう戻ろう。アリ?」
気がつくと、アリの姿はどこにもありません。
「アリ! アリ!」
籠を手放し、メティはアリを呼び続けました。
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どれくらいぶりでしょう? すてきな白樺の葉の束も使って蒸し風呂に入って清潔な綿の服に着替えたアリは席に着きました。
その椅子は樫できていて、ずっと前からアリを待っていたようにしっくりくる座り心地でした。
「よく来たよく来た。綺麗になった。さぁ食べろ。燻したサーモンで煎ったクルミとクインスチーズを巻いて岩塩を振った。お前は好きだろう?」
贅沢に薪を使った温かな小屋で、給仕をする毛皮被りは、しきりに皿の料理をアリに勧めました。
それは村長さんの好物で、酒場で大人の人達が景気の良い時に食べる物でした。
マフは「サーモンとクルミはそのまま食べる物で、クインスチーズはパンか塩クッキーに入れて焼く物だ」と嫌っていましたが。
「こんな美味しい物は初めてだよ!」
贅沢を知らないアリは、あまりの美味しさに舌が痛くなってしまうくらいでした。
「たくさん食べろ。よい香りがするようになる。お前はオレを知っていた。オレがいると思った。オレを恐れた。とてもよい子供だ。シハハハっ」
毛皮被りは不思議な笑い方をしました。
「さぁ次は、ウンディーネも凍える小川でしっかり二月あくを抜いた、どんぐりのケーキだ。メープルと、セサミの油、魔女のキャラウェイを使った。タンポポの種の煎り茶も飲め飲め」
それはとても木のフォークが刺さり難いくらいにもちもちと甘く柔らかく、食べてる内にフワフワした気持ちになる不思議なお菓子でした。
苦い黒いお茶も香りはよく、このお菓子によく合いました。
「ずっと貧しかったな? 寒かったな? よい家の子供のように遅くまで寝ていたかったな? ああそうだ、わかっている。お前は大きくなれば奉公に出される。わかるか? お前はこれから大人になってもずっと辛いんだ。お前の姉は、もっと辛い」
幸せに食べていたのに、急に毛皮被りは酷いことを言い出しからアリは小さな手で小さな耳をふさぎました。
「どうしてそんな嫌なことを言うの?」
「お前が知っていることをオレは言っている。お前はオレの言葉から逃げられない」
耳を塞いでも毛皮被りの声は聴こえました。アリは泣きました。
「交代しようか? オレも昔そうしたんだ。オレも辛かった。だが、とてもとても昔だ。オレは、好きにできる、この森で暮らし、何年も何十年も過ぎた、もう飽きた、だから交代しよう。アリ。この毛皮はお前にやる。だからお前の皮をオレにくれ。よい香りになった、お前の、皮。交代しよう、アリ。お前は、逃げていいんだ、森は、静かで、お前の好きにしていい」
アリは息がはやくなって苦しくなりました。
「ここには全部ある。嫌なものは、忘れろ。言え、オレと、交代すると。言え、アリ。シハハハっ」
「ぼくは」
着替えた時に、全て捨てたつもりでいた、アリはそんなに好きじゃないシロハツキノコが一つ、袖から転げ落ちました。
形のよい物で、メティは喜ぶだろうと籠に入れた物でした。
アリは熱い煎りタンポポのお茶のカップを毛皮被りに投げ付けて悲鳴をあげさせて、温かな小屋の出入り口に走りました。
「待て! オレの皮!」
小屋から出ると冷たい風が吹き付け、アリの服は元の貧しい犬舎とシカマツの煙のにおいの消えない服に戻り、満たされたお腹も腹ペコに戻って、蒸し風呂で治った指も霜焼けとあかぎれだらけになりました。
風の中、アリは走ります。すると遠くから、
「アリ! 私のアリ!」
「アリー!」
メティの呼ぶ声と、マフの太い声、犬たちの唸り声が聴こえてきました。
「待て! 待て! こっちを見ろ! こっちを見ろ! お前は間違えているぞ!」
後ろからさっきまでとは違う、恐ろしい声で毛皮被りの声が追ってきます。
今まで分からなかった、獣のにおいもしました。
アリは獣避けの鈴の紐をちぎると、メティたちの声のした方に力いっぱい投げ付けました。
鈴は音を鳴らして飛び、大きなシカマツの木の幹に当たって、一際大きな音を立てました。
毛皮被りのにおいと恐ろしい息づかいと足音はどんどん近付いてきます。
シカマツの木に向かってアリは必死で走りました。
あともう少しというところでアリは大きな獣の足で踏みつけられて倒されてしまいました。
「もういい、首だけ持ってゆく」
生温かい牙の口が近付きました。
「ワウワウ!」
「ウルゥ!」
クロマルとトビスケが飛び掛かり、大きな獣はうなって身をよじり、アリの上から離れました。
そして、ど! と、矢がその獣の右目に刺さり、それは悲鳴を上げて森の奥深くに逃げ去ってゆきました。
「アリ!」
走ってきたメティが泣いてアリを抱き寄せました。
「ああ、アリ! 私のただ一つの宝!」
「メティ、うわーん!」
アリは大声で泣き出しました。
2人は弓や山刀を持ったマフと犬達に守られてマフの小屋に帰りました。
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それから3日後、マフとトンチャ村の男たちみんなで狩りを行い牛のように大きな右目に矢の刺さった狼がしとめられました。
狼は教会で清められてから焼かれ、砕いた灰は川に流されたのでした。
その日の夕暮れ、アリは窓の外を見ていました。メティは節約した火が細く灯る暖炉の近くで干したシロハツキノコはやっぱり売ることにして、できのよい物の仕分けをしていました。
外は晴れていましたがとても冷たく、空気のいくらかが凍って煌めいていました。
ちょうど、冬は使えない雪に埋まった畑の向こう、林の影に、男の子ようなものが見えました。
「毛皮はなくなったね。もう、お帰り」
アリが呟くとその影の男の子は手を振って、林のどこかへ元気よく走り去ってゆきました。




