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親指姫騎士リリシアの日々1

 執務室の両袖机の前では、五人の騎士が横並びに立っていた。

 その内、四人は男だった。どの騎士も自分の存在を誇るように胸を張り、微動だにしない。絵画から飛び出たような、立派な立ち姿だった。真剣な表情で唇を引き結び、まっすぐ前を見据えていた。


 しかし、一人だけ。

 一人だけ、列の端っこの騎士だけは違った。他の騎士に比べて圧倒的に小柄な女だった。柔らかな紅茶色の瞳は溌剌ながらも聡明な印象を与える。二つ結びの髪はまるで葡萄の房のようにふわふわと癖ついて、わずかな揺れでふわりとなびいていた。野山の花のように可憐で、闊達な雰囲気を纏っていた。

 着こんでいるのは、同年代の貴族令嬢たちのような愛らしいドレスではなく、兄弟たちと同じ男物の騎士服。

 まるで少女が憧れの騎士の真似事をしているかのようで、五人の中で明らかに浮いていた。

 女騎士――リリシア・ルジュレは重たい気分と共に、萎びそうな背筋をなんとかしゃんと正して、他の兄弟たちと同じように前を向いた。


 向かいの椅子には、窓から差し込む日の光を遮るように、大柄な男が腕を組んで座っていた。御年六十近くなる男の顔には、傷跡のような皺が深く刻み込まれ、厳しい表情を浮かべている。五人に放たれる眼光は、年齢に似合わず、氷のように鋭い。かっちりとしたコートは鍛え上げられた筋肉でパンパンに膨れていた。

 ハイドン・ルジュレ。リリシアの父親だ。数年前まで誉れ高い近衛騎士団の団長を務めていた。すでに前線からは退き、今は総監として顧問をしている。

 ハイドンは兄弟たちを順番に睨みつけてから、口髭の整った口元を動かした。


「五人全員、揃ったようだな。では、各々この七日間の騎士団での成果を私に報告しろ。近衛騎士団を背負うルジュレ家の者として、怠慢は欠片ほども許されん。功績のない者が相応の報いを受けることは当然のことだと心得よ。無論、虚偽などもっての他だ。後から調べればわかることだ」

「はい! 父上!」

 リリシアたちは声を張り上げた。

「ギデオン」

 初めに名前を呼ばれたのは長男のギデオンだった。誰もが思い浮かべる騎士の理想とでもいうような、爽やかで精悍な顔つき。こんな時ですら、キラキラと眩しい雰囲気を漂わせていて、見ているだけで、生物としての劣等感を刺激してくる。

 父親譲りのがたいのよさは絨毯に大きな影を作っていた。

 ギデオンは一歩前に出て、尊敬の眼差しで父親を見つめて、敬礼する。

「私は北の森の大規模魔獣討伐において、自身の所有する隊を以て、大きな戦果をあげました。私の指揮のもと、魔獣は一匹残らず討伐し、死者は零名。また、宮廷魔術師と共に、北の森一帯に魔獣を排出していた歪みの処置を行いました!」

 ハイドンは頷いた。

「よかろう。お前の成果はこちらでも聞き及んでいる。そのまま励むがいい」

「ありがとうございます」

「お前はこのルジュレ家の跡取り、そして、次の聖騎士の筆頭候補だ。私からもすでに国王に推薦してある。いずれは私と同じように近衛騎士団団長も担うだろう。我々の期待とルジュレ家を裏切るなよ」

「は、もちろんです。父上。このギデオン・ルジュレ。謹んで聖騎士の座をお受けいたします」

 長男のギデオンは、ルジュレ家の五人の兄妹たちの中でも殊更、優秀だった。若くして自分の隊を持ち、しかもそれが騎士団でもトップの成果をあげている。騎士団長になるのも時間の問題だと専らの噂で、王族や貴族たちからの信頼も厚い。ハイドンが一番に期待する、完全無欠な騎士といっても過言ではない。


「よし。次、タフトール」

「はい! 俺は隊内で最も多く魔獣を討伐しました。その数、二十四体。また、王妃の護衛に任命され、隣国での慈善活動に付き添い、見事、帰国までその役目を果たしました。王妃からもお褒めの言葉をいただき、評判は上々です」

 次男、タフトールは見目のよい男だった。王子様然とした甘い顔立ちで、王妃や王女たちに引っ張りだこらしい。

「次、カイ」

「は。私は二部隊との合同演習にて、一部隊の隊長を討ち、戦況を動かす決定打を打つことができました。これによって名をあげ、隊内での昇格を果たしました」

「次、クラーク」

「はい! 俺はギデオン兄さまと共に、北の森の大規模魔獣討伐に参加いたしました! 周りの者と協力し、討伐困難だった巨大魔獣を二体、討伐しました!」


 四人の兄弟たちは、胸を張ってハイドンに自分の成果を報告した。

 これが、ルジュレ公爵家のルール。

 七日に一度、ルジュレ公爵家当主のハイドンの前に立ち、自身の七日間の成果を報告し、評価してもらうこと。

 リリシアが物心ついた時から変わらぬ慣習だ。幼い頃は、剣の素振りだったり、学校の成績だったりを、報告していた。騎士団に入団してからは、その騎士としての成果を。

 父曰く、一刻も早く立派な騎士となるよう、個々の成長を促進させるために必要なことらしい。

 ただ、リリシアからしてみれば、単なる「吊し上げ」でしかない。

 リリシアは、この時間が砂を噛んだ方がマシだと思えるほどに、大嫌いだった。


「次、リリシア」

 ハイドンはリリシアを見た。どくどくと心臓が嫌に跳ね、だらだらと背中から汗をかき始める。兄弟たちの視線が体の半分に突き刺さる。

 緊張したってどうせ無駄なのに、この後どうなるかなんて容易く想像できるのに。何度繰り返しても、慣れることのない鼓動に対して、リリシアはもはや苛立ちさえ感じていた。

 やや間をあけて、答える。


「私は――私は、特に、なにも。この七日間は特に何もすることがありませんでした」


 ここが緊張のピーク。この先の展開は転がり落ちるだけなので、これを超えれば鼓動の速さは元に戻る。だからこの緊張感はただリリシアに負担をかけるだけで、何の意味もない。本当にむかついてしまう。

 ハイドンは失望しきって、すぐにリリシアから目を逸らした。まるで急にリリシアが見えなくなったかのようだった。兄弟たちは、流行りの過ぎた芸を馬鹿の一つ覚えのように披露する猿でも見物するようにニヤついて、必死に笑いをこらえていた。


「……騎士団に入団してから一年になるか。……情けないものだな。いつまでたっても、騎士として、成果のひとつも挙げられないとは。こうも惨めな有様になるか。他の兄弟たちは、ルジュレ家の人間として当然の責務を果たしているというのに」

「……」

「私はな。リリシアよ。ルジュレ家の人間の癖に、女に生まれてしまったお前を哀れだと思った。そんなお前でも騎士の道を歩めるよう、女のお前に他の兄弟たちと同じ労力を注ぎ、同じ土壌を用意した。騎士団に入団できるよう、便宜も図ってやった。……だが、結果はどうだ。これでは、騎士どころか、人間として見苦しいにも程がある」

「……」

 リリシアは心を無にして黙り込んだ。報告日のたびに、聞かされてきた呪詛。もう慣れたものだ。もはや、ただの音の羅列と化して、左耳から右耳に流れていく。

「ああ。無様を晒し続けるお前の言い分も聞いてやろう。申し開きがあるならば、今すぐ、この私にしてみせよ。なあ。リリシア」


 心底、軽蔑するようにハイドンは威圧たっぷりに吐き捨てた。隣からクラークとタフトールが鼻で笑う息遣いが聞こえた。

「……申し訳ありません」

 ここで口答えをするのは得策ではない。ただ話を長引かせるだけ。リリシアは奥歯を嚙み締め、嫌悪を表情に出さないようにぐっと堪えた。

 ――心を無にするの。心を無に。何も考えない。考えない。

 ハイドンはため息をついた。


「口答えすらできぬか。……やはり、女など、剣を握らせてもたかが知れているというもの。錆にすらならん。まったく」


 ――成果以外どうでもいい貴方に何を言っても無駄だからよ。立派な騎士にしたいとほざいておいて、私がどうしてそうなったのかということを一切、切り捨てるから。

 拳の中で爪を立てる。それが精一杯の怒りの表し方だった。


 ルジュレ家は、これまで多くの優秀な騎士を輩出してきた。家の歴史を遡れば古く、このレタラント王国の騎士団の創設から携わり、その功績を以て公爵位を賜った。以来、国の治安維持を司る大貴族の一角として重鎮し続けている。ルジュレ公爵家の当主は代々、近衛騎士団団長職を務め、騎士団全体を統率してきた。

 その運命を神に定められたかのように、ルジュレ家は長い間、男系家族だった。男しか生まれない。傍系には女も生まれるが、ここ百五十年、直系の血筋には存在しない。当然、ハイドンの子どもたちも五人全員が男として生まれると誰もが疑わなかった。

 そして百五十年ぶりに、ルジュレ家に女の赤子が誕生した。それがリリシアだった。母親はその時の出産で大量出血し、リリシアの顔を見ることなく死んだ。だからルジュレ家では女のリリシアが末っ子だった。


「我がルジュレ家が築き上げてきた栄誉に、お前はどこまで泥を塗るつもりか。出来損ないめ……やはり生まれた時に、死んでおくべきだったのかもしれぬな。母親もろとも」


 ――私だって、好きで騎士になったんじゃない! 貴方が騎士以外の道を許さなかっただけよ!


 突然、父親のコネで入団してきた――実際には無理やり入団させられた――リリシアを、男社会の騎士たちは煙たがった。

 入隊したところの隊員たちは、あからさまにリリシアを爪弾きにした。リリシアを任務から締め出し、ろくな仕事も回さない。集合場所も時間もわざと間違えて知らせるのも当たり前。

 それだけではない。保管していたリリシアの騎士服は何度も切り刻まれ、体を売って騎士団にいるとあらぬ噂を吹聴されたこともある。そのせいで襲われそうになったことだって、何度も。

 そんな状況で、成果も何もあるわけがない。


 でも、ハイドンにはそんなリリシアの事情など、関係ないのだ。騎士としての成果さえあればいい、その過程はどうでもいいし、ましてや成果を出していない人間の言葉なんて聞くに値しない。そういう人間だから。

 だからこの時間は耐えるしかない。それが一番早く終わらせられる。


「……まぁ、よい。もはや、出来損ないは出来損ないらしく、石ころのようにそこらで転がっておればいい。お前など、いてもいなくとも、どうでもよいことだ。ルジュレ家には、優秀な兄たちがいるのだからな。お前のような、騎士服を着ているだけの女とは違って、国の未来を背負うにふさわしい、将来有望な騎士たちだ。ギデオンなどは次の聖騎士に選ばれることも疑いようがない。お前はそれを嚙み締めながら、目立たず、虫のように息を殺して這いつくばるがよい」

「……はい」


 ――何も言わない。何も言わない。何も言わない。


 この時間はまだマシな方だ。ハイドンはとうにリリシアを切り捨てている。なじられはするものの、それだけだ。黙っていれば、それ以上は追及されないし、ハイドンの優越欲がひとりでに満たされるのを眺めているだけでいい。

 もっと嫌なのは、この後。

 この後に地獄のような時間が待っているのだから。

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