そして、星は落ちる
「思っていたより怖くないものね。トーマ、貴方と一緒だからかしら」
ストナが呟いた。
「俺もだよ、ストナ。お前と一緒だから、何も怖くない」
新妻の手を握りしめながら、トーマは柔らかく微笑んだ。
「ねえ、ママ。パパも見て。お星さまがあんなに近くに見えるなんてふしぎだねえ。このままじゃぶつかっちゃうよ」
床に伏すアリーの横で寝転がっていたユリエンが、窓から外を見上げて目を丸くする。
最後の痛み止めを妻に手渡しながら、トルミはそうだなと呟き、そっと涙を拭った。
「わたくしたちは、望んで遅く生まれた訳ではないのです。ですからシャールさま。どうかそれ以上、お心を痛めませぬよう」
アレクサンドラは、膝の上に広がる金色の髪を優しく指ですき、慰めの言葉をかける。
「・・・ありがとう。全ては私たちの預かり知らぬところで起きた事だが・・・せめて、せめて民にこれ以上の苦しみが臨まない事を願うよ」
今にも地上にぶつかりそうな巨大な星を前にして、シャールは己の無力を嘆いていた。
「・・・出来た。曲が・・・やっと。ああ、バーバラ、君の曲が出来たよ・・・」
最後に君に聞いてもらいたかった、そんな呟きと共に、ランセルは意識を失った。
「・・・馬鹿な人。私は聞いていたのよ。ここで、ずっと」
壇上に近づく足音と共に赤毛の女性が現れ、ランセルを抱きかかえる。
「素敵な曲だったわ。ありがとう・・・ランセル」
バーバラはランセルの額に口づけを落とした。
「絵の具もぜんぶ使い切った。もう思い残すことはないよ」
広場の壁という壁。
そして、石造りの道の至るところを絵で埋め尽くしたジャスティンは、筆を置くと満足そうに頷いた。
「どれも素晴らしい絵なのに、もうすぐ全部壊されてしまうのね。残念だわ」
名残惜しそうにあたりを見回すレイラに、ジャスティンは仕方がないさと肩をすくめた。
「ねえ、あなた。名前を付けましょう。星が落ちて来る前に、ちゃんと間に合って生まれて来てくれたこの子に名前をあげたいの」
リタは隣で眠る生まれたばりの我が子を見つめ、夫にそう頼む。
「もちろんだとも。男の子だった時と女の子だった時と、ちゃんと考えてあったんだ。この子の名前はアーシャ。アーシャだよ」
リクソンが誇らしげに名前を言う。
するとリタも、そしてベッドの側に集まっていた子どもたちも皆、嬉しそうに、だけど少しの悲しみもたたえて、口々にアーシャと赤子の名を呼んだ。
最後の日に生まれてきた赤子は、家族に囲まれ、すやすやと眠っていた。
星は迫る。
いよいよ勢いを増し、その地へと向かう。
そして、あらかじめ告げられていた通り、夜の十二時に星がこの地にぶつかった。
巨大な水色の星は、この世界の何もかもを呑み尽くしていく。
ようやく想いを遂げた恋人たちを。
やっと故郷に帰り、家族と再会出来た奴隷の少女を。
ずっと良心の呵責に悩まされていた青年を。
これまで、民に平和な暮らしをもたらす事のみを目標に生きてきた王を。
最後まで己の職務を全うした医者を。
愛する家族を亡くした悲しみに打ちひしがれる者たちを。
ぜんぶ、ぜんぶ呑み込んで。
そうして、この世界には何もなくなった。
やがて。
これらの国々の記録を収めた文書の入った箱が海の底から引き上げられ、かつて存在した王国に、それぞれが如何にして最後の時を懸命に生きたかを後の人々は知ることになる。
だがそれは、まだ遥か先の、遠い未来のこと。
【完】