レブロン王と王弟ラクロスの話 その2
結局、ドリス国の王弟ラクロスは、三日目になるまで、一歩も地下牢の中から出ることはなかった。
時折り、王妃リルエが食事を届けに来たが、ラクロスは感謝して受け取り、それを牢内で口にするだけ。
一日目にレブロン王自ら開けた地下牢の扉はずっとそのまま、解放された状態になっていた。
だが、ラクロスは頑なにそこに居続けたのだった。
決して、兄王から聞いた、三日後にこの世界は滅びるという言葉を信じなかった訳ではない。
もちろん最初は疑っていた。
兄の言葉を鵜呑みにして牢を出たところで、反逆罪で処刑されて終わりだと穿った見方をしていた。
だが、牢番でもなく下男でもなく、他でもない王妃リルエが食事を運んできた時、ラクロスはもしやと思う。
そして、いかにも浮浪児の様なみすぼらしい子どもがここに迷い込んで来た時、その子どもが城に泊まりにきたと口にして、にわかに兄の話は信憑性を帯びたのだ。
兄王が再びここを訪れたなら、話をしてみようかとも考えるようになっていた。
だが、兄は現れない。
あれきり、一度も。
再び子どもがやって来た時、リルエが差し入れてくれたリンゴをその子に与え、話をしてみた。
子どもが言うには、この城に滞在している自分のような者は他にも何人かいるらしい。服装で分かると。
王さまには会っていない。王妃さまらしき人には昨日会ったと言っていた。
ラクロスは不思議に思った。
最初の日以来、兄はここに来ていないというのに、一体どこにいるのだろうか。
もしかして、私の顔も見たくないと?
そんな考えが頭に浮かび、何故か胸が抉られる様に痛み出す。
何故だ、ふざけるな。
顔も見たくないと思っているのはこちらの方だ。
世界統一にちんたらと時間をかけ、平和的に成すのが一番だと腑抜けた政策ばかりを打ち出した臆病者の兄など。
自分は間違っていない。絶対に間違っていない。そう、きっと。
逆らう者は殺してしまえばよかったのだ。
異を唱える者は制裁を下してしまえば、それでよかった。
それが最速だった筈だ。
兄ではなく私が王になっていれば。
そうすれば、今頃はもう世界統一などとっくに。
兄上さえ。
兄上さえ、私の邪魔をしなければ。
「・・・」
--- 今なら、お前が何をしても責める者は誰もいない
私を殺しても誰も何も言わない ---
--- 私の大切な弟よ
お前がそう望むのであれば、私を殺し、三日だけではあるが王座に就くことが出来るのだ ---
--- いつでも殺しに来るがいい
もし、お前が本当にそうしたいのなら ---
「私が、本当にそうしたいかって? 本気で言ってるのか、兄上は」
ラクロスは吐き捨てるように、そう呟く。
兄上は馬鹿だ。
いつだって私を信じて。
ずっと私を庇って。
愛する弟、大切な弟といつも気遣って。
「私のことなど、さっさと処刑してしまえば良かったのだ。それを愚かにも情けをかけて・・・」
貴方がそんな風だから、いつもこちらが迷惑を被るのだ。
判断が鈍る。
憎みきれない。
嫌いになれない。
どうしても最後に躊躇してしまう。
ずっと自分の手を引いてくれていたあの幼い頃の思い出が、私の邪魔をし続ける。
ラクロスは深く溜息を吐いた。
「どうせ今夜には皆が死ぬのだ。もう全てが終わってしまうのだ。だが・・・」
ラクロスはゆっくりと腰を上げる。
「仕方がない。待っていてください、兄上。私から行って差し上げましょう」
扉をくぐり、地上階へと繋がる階段を、ひとつずつ上がって行く。
いきなり外には出ない方がいいだろう。
さすがに昼間の光は自分には眩しすぎる。
日の下を避け、渡り廊下を通って、騎士訓練場の方角へと足を運ぶ。
訓練場の手前には、武器庫があるのだ。
幽閉されてから15年以上が経過したが、それぞれの建物の大まかな配置が変わることは余りない筈。
その読み通り、ラクロスの向かった先に武器庫はあった。
中に入り、手頃な大きさの剣を一振り手に取る。
「別に名剣である必要もない。これで良しとするか」
剣を腰に装着すると、踵を返して今度は王族用の居住棟へと向かった。
「兄上・・・今、参ります」
そんな呟きと共に。




