ある孤児の話
この三日間は夢のようだった。
街中を気ままに歩きながら、テトはそう考える。
スラム街に生まれたテトは、幼い頃に親を亡くし、それからずっと路上で暮らしていた。
レストランや食堂のゴミ箱を他の子ども達と競って漁り、かろうじて食料を確保する毎日。
八歳の子どもに出来る仕事などほとんどなく、スラム街の元締めの下っ端として使い走りをして、その駄賃をもらうのがせいぜいで。
そのわずかな駄賃すら、仲介費と称してほとんどを搾取された。
お腹いっぱいにご飯を食べた事など一度もなかった。
身体だって、いつも薄汚れていて、週に一度、川で水浴びをする程度だ。
もちろん、服は着たきりスズメだから、行水の時に川ですすぐくらいしか出来なかった。
殴られるのも、騙されるのも慣れていた。
汚らしい、あっちに行けと言われるのも。
それがどうだ。
テトは空を見上げる。
あの星のお陰で、この三日間は夢のような暮らしだった。
金儲けをする意味を失った商人たちは、商品をそのまま店や倉庫に放置した。
良識ある店主は、残っていた材料で商品を作っては無償で配っていた。
食べ物や服に不自由しない暮らしなんて、生まれて初めての経験だった。
しかもだ。
テトは生まれて初めてお城に足を踏み入れた。
城を開放すると聞いたからだ。
大きな石造りの城はとんでもない広さだった。
庭や塔や大きな広間など、あちこち見て回った。
その時に偶然に入りこんだ地下室みたいな所にいた男の人からは不機嫌そうに追い払われはしたけど、でも別に酷いことはされなかった。
他にも城の中をうろうろしている人たちがいたけれど、王さまと王妃さまには会っていない。たぶんこことは別の、特別な場所に住んでいるのだろう、そうテトは思った。
やがて一日目の夜が来て、テトは城の中の一つの部屋で夜を過ごした。
ずっと路上に寝っ転がって眠っていた身体には、城のベッドはびっくりするほど柔らかくて。
あまりにフカフカだったから、しばらくの間ベッドの上でぴょんぴょんと飛び跳ねて遊んでしまったくらいだ。
生まれて初めて、身体が痛むことなく朝までぐっすりと眠った。
今までテトは、必死になって生きてきた。
決して楽とは言えない生活。夏は焼けつく日射しに晒され、冬は厳しい寒さに凍える。
天気が悪い時でも、雨風を凌げる場所はテトよりも大きな子たちが占領してしまうので、たいていはびしょ濡れになる。
それでも頑張って生きてきた。
わざわざ死を選ぼうとは思わなかった。でも、死ぬのはいつでも構わないと思っていた。
だって、この世界はテトみたいな子どもに優しくない。生きるのは辛すぎた。本当は楽になりたかった。
だから。
王さまからの発表を聞いた時、心からほっとした。
やっと死ねる。そう思って。
星が落ちてきたら、一瞬で死ぬのだろう。きっと苦しくもなんともない。
それだけでもご褒美のようだったのに、なのにこの三日間は。
テトは店先に置いてあったパンをかじる。それから牛乳をこくりと飲んだ。
町の真ん中の広場には、ものすごく綺麗な絵がいっぱい描かれている。
道を歩けば、どこからか美しいピアノの音が聞こえてきた。
今、テトはシミひとつない、清潔な衣服を身につけている。
・・・ああ、幸せだなあ。
テトは呟いた。
夢みたいだ。
クソみたいな人生だった。いつ死んでもいい人生だった。きっと、ろくでもない死に方をするんだろうと、そう思っていた。
なのに。
テトは三度目になる城に足を踏み入れた。
少し勝手の分かってきた城内を進んで行く。
王妃さまには二日目に会った。王さまには結局会えなかったけど。
あれから気になって、地下にいた男の人のところにもまた行ってみた。二回目はテトに嫌な顔をしなかった。
むしろその人は、テトを見てリンゴをくれたのだ。
テトは今日、最後の夜を城のベッドで過ごす。
星は、三日前よりも随分と大きくなった様に見えた。
手を伸ばせば届くのでは、とそう思うほど。
毛布にもぐり込みながら、テトは窓に目を向ける。
外は真っ暗で、迫りくる星の様子をベッドから見る事は出来ないけれど。
楽しかった。この三日間は幸せだった。
お腹いっぱいに食べて、ふかふかのベッドでぐっすり眠った。
この三日間があった、それだけで頑張って生きてきてよかったと心から思う。
最後にご褒美をもらえた気分だった。
きっと今夜、眠っているうちにすべてが終わるのだろう。
こんな終わり方ならいいか、そう普通に思う自分がいる。
「お休みなさい」
自分以外に誰もいない部屋で、テトはそう呟いた。
もう明日はない。でも。
それでいいや。
テトは微笑みながら眠りについた。




