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三日後、世界は滅びます  作者: 冬馬亮


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作曲家ランセルの話 その2



遠くで歌声が聞こえる。



それは美しい、伸びやかなソプラノ。



朗々と響く、その透き通った歌声を俺は知ってる。



あれはいつもの酒場。


俺のピアノに合わせてバーバラが歌うんだ。



軽やかに、伸びやかに。


涙が出るほど懐かしい風景。



全部全部、俺が捨ててしまったもの。



会いたい。


会いたい。


会いたいなぁ。




なんであんなに馬鹿だったんだろ。


なんで金や名声に目が眩んだんだろ。



あんなに。

あんなに幸せだったのに。


バーバラといる時間を何よりも大切にしてたのに。



本当に、大切、だった。


バーバラより大事なものなんて、なかったのに。



気付くのが遅すぎた。





「・・・本当に馬鹿ね。飲まず食わずで弾き続けるなんて無茶をして」




・・・あれ?


懐かしい声が聞こえた、気がする。



今はもう、二度と俺の手に入らない、優しくて温かい声が。




「・・・」



駄目だ。


さすがに体力の限界が来てたみたいだ。

ピクリとも体が動かない。



と、その時。


冷たくて柔らかい何かが俺の口に触れる。


途端、口の中にひんやりとしたものが流れ込んできた。



何の迷いも疑いもなく、それをこくりと飲み込む。



口内いっぱいに清涼感が広がった。



だけど、まだ口の中はカラカラだ。



・・・もっと。



そんな願いが通じたのか、再び口の中に液体が流れ込む。



ああ、美味い。


知らず、笑みが浮かぷ。



地面が微かに揺れた気がした。



それが何度か繰り返され、やがて俺は再び意識の底に沈んでいく。



誰かが、優しい手つきで頭を撫でてくれた様な、そんな気がした。




・・・あれ?



確か、俺は無人のホールでピアノを弾いていて。


ずっと、ただ弾き続けていて。



・・・そう言えば、今日は何日目だっけ?






不眠不休でピアノを弾き続けた俺は、意識を失っていたらしい。



気が付けば、俺は床に転がっていた。



だけど不思議なことに体は楽になっていて。


眠気も怠さも喉の渇きもなかった。



流石に、俺のお腹は何やら主張しているけど。



「・・・」



どれだけ眠っていたんだろう。



ぼんやりとした意識のまま、軽く頭を左右に振る。



そしてふと、ピアノの脇に置いてある何かに気づいた。



上にかけてある白い布を取ると、現れたのはパンやら果物やらの食料と、それからボトルに入った水。



「え、なんで・・・?」



つい、呆けた声が俺の口から漏れた。



ホールの中に人の気配はない。


だけど、誰か来ていたのか?



夢の中の、懐かしい歌声が脳裏に蘇る。


そして、唇に触れた冷たい感触も。



「まさか」



今さら何を都合よく期待してるんだ、俺は。



首を振って、食べ物に手を伸ばす。



本当に、今さらだ。

あんな仕打ちをしておいて、どうしてこんな図々しい考えを持てるんだ。



でも。



ネーブルにブラックベリー、乾煎りのヘーゼルナッツ。


トマトとレタスとハムのサンドイッチ。



俺の好きなものばかりだ。


ご褒美だと言って、給料日にだけ買っていた俺の大好きな。



「・・・」



再び目を上げる。


無人のホール内を見回す。



当たり前だけど、どこにもバーバラの姿はない。



そんな当たり前が、今さら悲しい。


俺には、悲しむ資格もないというのに。



食べ終えてから、懐中時計を取り出して日付と時刻を確認する。



3日目の午後8時だ。



なんだっけ。


学者の説明によると、ちょうど日付が切りかわる時に星がぶつかるんだっけ。



そうか。

じゃあ、あと4時間くらいか。



そうか。



最後にボトルの水をごくごくと飲む。


袖で口を拭いながら、俺は立ち上がった。


もう、俺に残ってるのはこれしかないんだ。



ピアノに手を置く。



せめて、最後は。


大好きだった君に。

裏切ってしまった君に。

俺の夢のために身を引いてくれた優しい君に。



君のために、この時間を、俺の持つ全てを捧げよう。



鍵盤に手を置き、目を閉じる。



思い浮かべるのは、貧しかったあの頃。

物がなくても、いつも楽しくて。


二人、笑っていられた。



指が動き始める。


まるで取り憑かれたかのように。

操られるように。



指が勝手に曲を奏でる。


君の歌を、君の姿を、君の笑顔を、俺の指が音へと変えていく。



目は閉じたまま。

脳裏に君の姿を思い浮かべながら。


それでも指は正確に音を紡いでいく。



君の赤い髪は太陽のようだった。


笑顔はいつも俺を照らしてくれた。


その笑みは、いつだって俺に向けられていたのに。



ごめん。


ごめん。



何度心の中でそう呟いたとして、もう償いようがないけど。


そんな時間も機会もないけど。



あと4時間後には、何もかもが終わりを告げる。


俺も、君も、俺たちが初めて出会った劇場も、全部が粉々に砕け散るから。



俺は狂ったように鍵盤を叩き続けた。



もう時間がない。


あと4時間で完成させなきゃ。



君に捧げる、君のためだけに作った曲を。




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