侯爵令嬢ロザリンドと平民騎士の話
「・・・本当に、最後までここにいるつもりなの?」
「勿論です。最初から俺はそう申し上げておりますが」
この遣り取りも、これで何回目だろうか。
ロザリンド・アムウェル侯爵令嬢は、ひっそりと溜息を吐く。
「でもね、ギルバート。今日が最後の日なのよ? 今夜、星が降って来たらそれでわたくしたちは終わりなの。それに、もう全員がその職務から解かれているわ。最後に会っておきたい人とか、行っておきたい場所とかはないのかしら?」
ギルバートはにっこりと微笑んだ。
「自分が会いたい人はロザリンドお嬢さま、そして行きたいのはロザリンドお嬢さまが行かれる所です」
「・・・ねえ、ギルバート。別に今さらわたくしに会いたいも何もないでしょう。お前を拾った日から、ずっと一緒にいるのだから」
思わず額に手を当てるロザリンドだったが、お付きの騎士であるギルバートは気にする素振りもなかった。
「・・・死ぬ前にやっておきたい事とかもないのかしら?」
ニコニコと「お嬢さまの護衛をする事ですかね」という言葉が返ってくるのは、もう想定内だった。
非常に簡単な話。
星がこの世界を滅ぼすという国王からの発表を受け、この屋敷でも全ての使用人や家令たちが去ることになった。
だが、ただ一人、ギルバートだけがそれを断固拒否したのだ。
それもまた至極単純な理由、愛するお嬢さまロザリンドの側にいたいという事で。
最後くらい自分の好きなことをしなさいと怒るロザリンドに対し、好きなことはお嬢さまの側で護衛をすることだと答えるギルバート。
発表があってからずっとこの調子で、はや最後の日となった。
今夜には星が全てを消し去ってしまうのに、まだこの二人は2日前に始めた問答を延々と続けている。
「・・・全くもう。頭が痛いわ。あの発表があってから、予想もしていない事ばかりで」
「お労しいことです」
頭痛の種の一つである事が間違いないギルバートは、尤もらしい表情で頷く。
ロザリンドはまた一つ、溜息を吐いた。
--- 3日後に世界は滅ぶ ---
大陸中を揺るがし、絶望に叩き落とした両国の王からのお言葉で、それまでのロザリンドの平穏な生活はひっくり返った。
まず婚約者であった公爵令息が婚約の解消を告げてきた。
かねてより想い人がいたらしく、その女性と一緒になりたいと。
なんでもお忍びの時に知り合った平民の女性だそうで、これまでは家のことを考えてその人との結婚を諦めていたのだが、最後の3日はその人と一緒に過ごしたいとか何とか書いてあった。
それでも結局のところ、ロザリンドが婚約の解消を受ける前に、元婚約者の令息はさっさと屋敷にその平民女性を連れ込んだらしいのだが。
・・・まあ、こんな事態になってもまだ悠長に婚約解消の手紙を書き送ってくる辺り、まだ誠意があったと見るべきなのかしら、それとも感覚がズレてるだけ・・・?
考えても仕方がない、そう思ったロザリンドは軽く頭を振った。
そして・・・
もう一つの頭痛の種である護衛騎士をちらりと見る。
視線に気づいて、ギルバートも柔らかく微笑み返した。
ギルバートもいきなりだったわよね。
全使用人を職から解いて家に帰らせようとした時、自分は孤児だからここが自分の家だと言い出して居残った。
貯めた給料で買った小さな家があるにも関わらず、である。
その挙句、無口でいつもほぼ何の会話もなく背後で控えていた彼が、いきなり人が変わったかのように「お嬢さまの側にいたい」「好きだ」と口走るようになったのだ。
何とかして自分の好きなことをさせようとしても、お嬢さまの護衛がしたいとただそればかり。
・・・いくら昔に路上で拾われた恩があるからって、なにも「好きだ」と嘘を吐いてまで側にいようとしなくていいのに。
今日が最後なのよ?
お前には最後くらい楽しいことがあってもいいと思ってるのに。
それをわざわざ、しなくてもよくなった仕事を、敢えてし続ける意味が分からない。
まあ確かに、家事が出来るギルバートがいてくれて色々と助かっているけれども。
悶々と考え続けるロザリンドを観察していたギルバートは、ふうと大きく息を吐いた。
「ギル?」
「・・・全く。ここまで言ってもまだ通じてませんか。俺の気持ちは」
「ギルの、気持ち?」
「そうです。俺の気持ちです」
ロザリンドは小首を傾げ、思案する。
「通じているわよ。ええと、恩を返そうと思って必死になってくれてるのよね?」
「うん。やはり通じてませんね」
鈍いのは知ってましたが、ここまでとは。
そう続けられ、その意味は分からずとも馬鹿にされたことだけは理解したロザリンドが抗議の声を上げようとして。
ちょん、と柔らかい何かがロザリンドの唇に当たった。
「へ・・・?」
突然のことに驚いて固まったロザリンドを、彼女の護衛棋士が悪戯っぽい笑みを浮かべて見下ろした。
「お前、今・・・」
「伝わりました?」
「へ? つた、伝わるって何が」
「俺の気持ちです。ロザリンドお嬢さまのことが大好きな、俺の気持ち」
「・・・拾ってもらった恩義じゃなく?」
「もう一回キスしましょうか?」
すうっと目が細められ、自分の不正解に気付く。
「いえ! いえいえいえ、だ、だい、大丈夫よ! 分かった、よく分かったから!」
「本当に? また変な勘違いをしていませんか?」
「してない、してないから、大丈夫だから!」
両手で顔を覆い、焦った声を上げるロザリンドは、表情が隠れて見えないまま言葉を継いだ。
「・・・のよ」
「は?」
「・・・は、わたく・・・つこい・・・たのよ・・・」
だが、ぽそりと小さく呟かれた声は、ギルバートには拾えない。
腰を屈め、よく聞き取ろうとしたところでロザリンドがもう一度言葉を繰り返す。
「・・・お前は・・・わたくしの、初恋だった、って・・・言ったの」
ギルバートは目を丸くした。
そんな話は今まで一度も聞いたことがない。
「路上に座り込んでいたお前の、眼が・・・綺麗で。生きようと必死なその強い眼が素敵だと思って、どうしても気になって、それで・・・」
「それで俺を拾って下さったのですか?」
未だ顔を覆ったまま、ロザリンドがこくりと頷く。
「ああ、お嬢さま」
ギルバートは跪いてロザリンドの手を取った。
そしてその掌に唇を落とす。
その行為の意味は、『あなたが欲しい』だ。
「ずっと・・・お前が好きだったわ。お前に生きて、幸せになって欲しかった。結婚して、家族を持って、たとえそれがわたくしじゃなくても」
「・・・幸せでしたよ? 貴女の側にいられただけで」
ギルバートがふわりと笑う。
「ああでも。今、最高に幸せですね。俺の一方的な想いじゃないって分かっただけで」
「ねえ、ギル」
ロザリンドがおずおずと口を開く。
「本当にいいの? 最後まで・・・わたくしの側に護衛としている、それだけで?」
「・・・勿論です。最後まで貴女のお側におりますよ・・・ああでも」
悪戯っぽく片眉が上がる。
「貴女の忠実なる番犬に、ご褒美を下さるなら嬉しいです」
「・・・ご褒美・・・」
ロザリンドは少し考えてから頷く。
そして、二人はもう一度唇を重ねた。




