王子シャールと王女アレクサンドラの話 その3
「ん・・・」
たっぷりと愛され、少し気怠さが残る体。
アレクサンドラがゆるゆると上半身を起き上がらせると、隣には規則正しい呼吸で眠るシャールの顔があった。
射す光に、シャールの長いまつ毛が目の下に影を落とす。
疲れているのだろう、深く眠っている様だった。
わたくしのもとに来る為になる、夜通し馬で駆けてくださったのだもの。
それだけでもお疲れでしたでしょうに、昨夜はあんなに・・・
初夜のことを思い出し、アレクサンドラの頬にさっと朱が走る。
ふと視線を下げれば、自分の身体のあちこちにシャールが愛した印がついていた。
小さな赤い花を散らしたような、シャールの熱い想いが込められたそんな印に、アレクサンドラはひとり胸を押さえる。
今日が最後。
今日は発表があった3日目だ。
学者からの報告によれば、今日の夜に星がこの大陸に落ちてくる。
ベッドの天蓋を覆う幕をそっと開け、ガウンを羽織って忍び足で窓へと向かう。
一昨日よりも昨日よりも、さらにこの大陸に近づいて来ている上空の巨大な星。
空に浮かぶただの星とするならば、水色に輝くその星は美しいとすら思えるのに。
「・・・お前が、わたくしとシャールさまの未来を奪うのね」
誰一人逃すことなく、この地にいる全ての生きとし生けるもの全てを呑み尽くして。
半年後、アレクサンドラとシャールの婚姻をもってただ一つの王国となる筈だった平和な未来も、それを待ち望んだ民も、何もかもを粉々に打ち砕いて。
「・・・これが運命なのだとしたら、ただ受け入れるしかないけれど」
そもそも、自分たちにはそれに抗う力などない。
アレクサンドラは明るい光の下で目を細め、昼間でもはっきりと見える星を見つめた。
「ん・・・サンドラ?」
契りを交わし夫となったシャールの声が、アレクサンドラを現実へと引き戻した。
「何を見ていたの?」
「星ですわ。今夜、わたくしたち全てを滅ぼし尽くす星を」
この世界に生きる者全てを殺す星なのに、とても美しい色をしているのです、そう口にしようとしただけで、涙が溢れた。
「サンドラ、泣くな」
「だって」
「泣いても星は落ちてくる。それなら私に君の美しい笑顔を見せてくれ」
そう言ってアレクサンドラを包み込むシャールの腕も、やはり震えていた。
「シャールさま。お願いがありますの」
シャールの言う通り、無理にでも笑みを浮かべれば、少し気分が楽になる気がした。
ぎこちなくても、それでも自分のために笑みを浮かべようとするアレクサンドラを抱きしめながら、シャールは「願いとは?」と聞き返す。
「今夜、ずっとわたくしの側にいて下さいませ」
「・・・勿論だとも」
ぎゅっと腕に力を込めた。
「一緒に夜空を見上げて、あの星が落ちて来て全てが終わるまで、ずっと隣にいて下さいね」
「ああ。約束する」
「最後まで、最後の瞬間まで、わたくしを離さないで。ずっと抱きしめていて」
「・・・必ず」
腕の中で泣き濡れるアレクサンドラの髪に、そっとシャールは顔を埋めた。
「離れるものか。最後の時を君の隣で過ごすために、私はこうして夜通し駆けて来たのだから」
「ああ、シャールさま」
どうして、何故、と問いかけても、誰も答えてはくれない。
自分に出来ることは、ただ愛する人の側にいて、抱きしめてあげること、それだけしかないから。
それのなんと無力なことか。
戦乱の世の終わりを象徴する存在となる筈だった二人でも、ただこうして何も出来ないまま空を見上げるしかないのだ。
「共にいよう。最後まで」
初夜を迎えたばかりの二人は、その次の日の夜には終わりを迎える。
きっと、間に合ったことを喜ぶべきなのだろう。
だが、それでも。
そう出来るほど簡単に、この世界の不条理を受け入れられる訳はなかった。




