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三日後、世界は滅びます  作者: 冬馬亮


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ある奴隷商人の手下の話



立派な体格の青年が小柄な少女を地面に抑え込んでいた。


少女がよほど暴れたのか、青年の額には玉のような汗が浮かんでいた。



「まったく・・・いい加減に諦めろよな。毎回毎回、捕まえに行かされるこっちの身にもなれってんだ」



ぶつぶつと文句を吐きながら、男は胸元からロープを出すと両手首をそれで縛り付けた。



「ほら、さっさと立て。もうこれで何回目だ? いつまでもこんなだとそろそろロルゲンさんに始末されるぞ? お前はただの商品なんだ。諦めて大人しく売られろよ」



ぐいっとロープを引かれ、少女はよろよろと立ち上がる。



「あ~あ。今回は随分と手間取っちまった。戻るのに日をまたいじまうよ」



こりゃ、ロルゲンさんに怒られるぞ、と青年はぶつぶつと文句を言った。



ロルゲンとは、ドリス王国の南部一帯で幅を利かせている奴隷商人の名である。



かなり悪どい手を使って目当ての商品(・・)を手に入れて売り捌く手口から、あちらこちらで恨みを買っている人物だ。


だがロルゲンの周りには屈強な護衛たちが何人もついており、誰も手を出すことが出来ずにいた。



この少女リルも、その美しさに目をつけられ、ある日突然に彼の手下に拐われ商品とされた。


だがこの少女は諦めなかった。


どれほどの折檻を受けても脱走しては捕まるを繰り返し、昨日もまたそれを実行したのだ。



青年ダンテスは、その度にリルを捕まえに行かされていた。



時々ロープをぐいっと引っ張りながら移動を続けるダンテスは、反抗的な態度を隠そうともしない少女に呆れたような視線を向ける。



「なあ、リル。お前、どうして逃亡を繰り返すんだ? いつも失敗して、その度にひどい折檻を受けるはめになるのにさ」


「・・・」


「だんまりかよ? まあ別にいいけど。理由を知った所で、お前に協力する気なんかさらさらないしな」


「・・・」


「でもさあ、どうせ逃げ出すんなら、せめてもっと上手くやれよ。いつもすぐに捕まっちまってさ。今回が初めてじゃね? 一日近く逃げ回れたの」


「・・・」



リルと呼ばれた少女は何の返事もしないまま。


だがダンテスはそれを気にする風でもなく、べらべらとしゃべり続けた。



「なあ、リル。お前、ロルゲンさんとこから逃げて何がしたいの?」


「・・・」


「何か理由があるから毎回懲りずに脱走するんだろ? ぼこぼこに殴られてもさ」


「・・・」


「やっぱりだんまりか。まあいいけど」



ダンテスとリルはその後も歩き続けた。



リルを捕まえた場所は森の奥深く。


半日以上歩き続けてようやく森を抜け、人家がちらほらと現れ始めたのだが。



「・・・ん?」



ダンテスが何かに気づいたらしく、ぴたりと足を止める。



「なんだ? 村の様子がいつもと違うな」



ダンテスはリルの両手を縛ったロープを木に繋ぐと、「大人しくしてろよ」と言い残して様子を見に行った。



もちろん言われた通りにリルが大人しくしている筈もない。


何とかロープを外そうと奮闘したが、時間が足らず、ダンテスが戻って来た。


仕方がない、また別の機会を探そう、そうリルは思ったが、ダンテスの様子がいつもと違っている。



ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべている顔は、今は酷く厳しい表情で目つきも鋭い。



そんなダンテスを初めて目にするリルは、身の危険を感じて一歩後ずさった。



ダンテスは無言でポケットからナイフを取り出すとぷつりとリルを縛っていたロープを切った。



「・・・え?」



予想外の行動に呆けた声を上げたリルに、ダンテスはスッと紙袋を差し出す。



「もうお前は自由だ。好きな所へ行け。この中にはメシが入ってる。道中で食べろ」


「・・・どういうこと?」



この時ばかりは、リルも行けと言われてもすぐ行く気にはならなかった。



目の前の男は、逃亡奴隷のリルを捕まえるためにロルゲンから派遣された男だ。なのに。



「・・・わざと逃して私を殺す気なの?」


「まさか」



ダンテスは鼻で笑う。



「あと二日でこの世界が失くなるんだってよ。何をしても自由。死のうが生きようが、罪を犯そうが何のお咎めもなし。悔いのないように生きろとさ」


「・・・誰がそんな」


「国王」


「嘘でしょ」



あんなに望んでいた自由だというのに、リルは頑なに動こうとしない。



そんなリルに呆れたような視線を送ったダンテスは、顎でくい、と村を指した。



「自分の耳で聞いてくれば? 俺はもう行く。やる事があるんだ」


「どこへ」


「お前に言う義理はない。お前もやりたい事があるんだろ? さっさと行けよ、間に合わなくなるぞ」



そう言い捨てると、もの凄い勢いで走り去った。


今までに見たこともない真剣な顔で、ぎっと睨みつけるような目で、リルと一緒に行く筈だった道を。



リルはしばらくの間呆然と立ちすくんでいたが、やがてノロノロと袋を開けて中の食べ物を手に取った。



パクリと噛む。


半日ぶりの食事だ。



自由になった実感が未だ湧かず、ただ無言でぱくぱくと食べ続けた。



食べ終えたリルは、一つ息を吐くとくるりと向きを変えた。



ずっと行きたかった場所に戻るために。


人買いに拐われてから、ずっと気にかかっていた、置いて来てしまった小さな弟。



シャン。お姉ちゃんが今、戻るからね。



あと半日も歩けば到着する距離。


リルは故郷に向けて歩き出した。





ダンテスは走り続けた。


息が切れる。

胸が苦しい。


だけど、一分一秒が惜しい。


一刻も早く戻りたいのだ。


ロルゲンのところに。



ぐっと拳を握る。


まさか殺されてやしないよな?

あいつ、あちこちで相当な恨みを買ってる筈。



間に合え。

頼む、間に合ってくれ。



細身とはいえ、使い走り兼用心棒として身体はそれなりに鍛えている。


三、四時間走り続けるなど造作もなかった。



・・・見えた。


ロルゲンが経営する奴隷市場。

その最奥にロルゲンの居宅がある。



「・・・」



開けっ放しの扉を見て、ダンテスは舌打ちをした。



遅かったか。



屋敷の中に飛び込むと、血まみれになったロルゲンが床に転がっていた。


あれだけいた護衛の姿はどこにもない。



「ロルゲンさん・・・っ!」



ダンテスが駆け寄る。



「お、う・・・ダンテスか・・・」



ゼエゼエと息を吐きながら、苦しげにロルゲンが返事をした。



「どうしました? 誰にやられたんですか」


「恨みを、買った奴らの・・・顔なんか、いちいち・・・覚えて、ねぇよ・・・」


「そうですか」


「傷は深い、が・・・致命傷じゃ、ねぇ・・・こうして寝てりゃ、治る、さ・・・」


「ロルゲンさん、無駄に体が丈夫ですもんね。でも・・・良かった」



ダンテスがほっと安堵の息を吐く。



こんなに懐かれていたのか、とロルゲンが顔を綻ばせたその時。



「・・・っ!」



ロルゲンの腹に、ダンテスのナイフが突き刺さった。



「俺の分が残ってて、本当に良かった」


「ぐ・・・うっ、ダ、ダンテス、なぜ」



ダンテスは満面の笑みを浮かべてロルゲンを見下ろした。



「なぜ? ・・・ああ。『恨みを買った奴らの顔なんかいちいち覚えてない』んでしたっけ?」


「・・・っ、まさか」


「長かったなぁ。父を殺され、母と姉を奴隷にされた。アンタの居場所を探し当てた時には、もう母さんたちは売られた先で殺されてた。挙句、アンタの胸糞悪い商売の片棒を担がなきゃなんなくてさ」



ロルゲンの顔が痛みで歪む。


ダンテスは、自分で刺し込んだナイフの柄を、足でぐりぐりと踏みつけた。



「アンタは復讐を恐れて護衛を山ほど付けてたからな。ずっとチャンスを伺ってたけど、正直もう無理かと諦めかけてたんだ・・・でも」



窓から外を眺める。



「星が俺にチャンスをくれた。お前をこの手で殺すチャンスを・・・ああ、父さん。母さん、それに姉さんも。俺の手は薄汚くなっちまったけど、これで漸く俺も皆のところに行けるよ」



薄れゆく意識の中、ロルゲンの目に最後に映ったのは、そう言って涙を流すダンテスの姿だった。




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