レブロン王と王弟ラクロス
たった一つの大陸。
そして、そこに建つ二つの王国。
それがこの世界の全てだった。
そんな世界のある朝、突如として大陸上空に巨大な物体が目撃される。
それは日々、大きさを増していった。
地上へと近づいていたのだ。
民たちが驚き惑う中、学者たちはそれが巨大な星であることを発表する。
それからすぐに、二国の王が同時に発表を行った。
--- 今から三日後に、この世界は滅ぶ ---
その発表に国民はまず驚き、疑い、嘆き、そして最後に現実を受け入れた。
国王たちは言った。
「各人は残る三日を悔いのない様に生きよ」
貯蔵用の食糧庫は国民に開放しよう。
王城の各部屋も同じく開放する。
各々もその職責から解放される。
各自、自由に生きるように。
何が起きても、刑罰に問われることはない。
大切な者たちとの時間を取り、世話になった者に感謝を、愛する者にその心を、諍いがある者同士は可能であれば関係の修復を、遺恨があればそれを晴らせ。
皆、思い残すことがないように行動せよ。
だが、何をするとしてもこの事だけは心に留めておくように。
即ち、今から三日、この三日だけが、私たちに与えられた時間であると。
パン屋はありったけの材料でパンを焼くと無償で提供し、それから店を閉じた。
八百屋や魚屋、酒屋などもまた、すべての商品を無料で人々に持っていかせた。
それはまた宝石商も、服飾品店も、雑貨屋も同じだった。
彼らは言った。
生きられてあと三日。今さら金もうけをして何になろう。
音楽ホールも、図書館も、美術館も、すべて解錠し、その扉は開け放たれた。
国境の門に立つ兵は消え、見張りも家に戻った。
ある者は旅に出、ある者は家族の元へ帰り、ある者は恋人のところへ行き、ある者は趣味や娯楽に没頭した。
その間、犯罪が起きなかった訳ではない。
だが意外なことに、その三日間で起きた犯罪の数は、予想を大きく下回るものだった。
国民への発表を終え、人の気配の消えた謁見室に座していたドリス王国のレブロン王は大きな溜息を吐いた。
「・・・お疲れさまでございました、陛下」
静かに開いた扉の向こうから、妃のリルエが声をかける。
「・・・お前ももう、公務に縛られることもない。好きにしてよいのだぞ」
「そう仰る貴方はどうなのです? やり残したことはないのですか? あと三日なのですよ?」
ゆっくりと近づいてきた王妃は、落ち着いた声でそう語りかけた。
「やり残したこと・・・か」
王はぽつりと呟いた。
「やり残したことは、そうだな、一つだけある」
王妃は微笑んだ。
王が何を思ってそう言ったのか、分かっていたからだ。
「でしたらすぐにおやりあそばせ。時間は飛ぶように進み、三日後には終わってしまいますのよ」
「そうだな・・・これが最後なのだ。あいつに会いに行ってみよう」
レブロンはゆっくりと立ち上がった。
そして、今はもう人のいない王宮の回廊を、いつもと変わらぬ威厳を保ち、静かに歩いて行く。
そうして東の塔に入り、最奥の階段を下りていくと重々しい鉄の扉が現れた。
静まり返った城の中、ここに来るまで、レブロンはただの一人にも会わなかった。
ギイ、という音と共に扉を開ける。
まず見えたのは、太い鉄格子。
そしてその先には、恐々しい鉄柵とは裏腹の、豪華な家具や装飾品で整えられた部屋。
ソファには一人の男性が寛いでいた。
男の姿を認めたレブロンは、歩を進め、柵に手をかける。
「・・・ラクロス」
己の名を呼ばれた男はゆったりとした笑みを浮かべ、礼をした。
「これはこれは、兄上ではありませんか。かような罪人のところへ、何故わざわざこの国で最も尊きお方である国王陛下がいらっしゃったのですか?」
「・・・お前をここから出してやろうと思ってな」
王の返答に、ラクロスは眉間に深く皺を刻む。
「・・・タチの悪いご冗談はおやめください。王座を狙う野心家の弟をこの牢に閉じ込めたのは、他ならぬ貴方でしょうに」
「罪人はすべて牢から出した。例外はない」
「・・・は・・・?」
訝しむ弟をよそにレブロンは懐から鍵束を取り出すと、鉄格子の鍵穴にその一つを差し込み、解錠する。
ギイイ、と音をたてて開いた鉄の扉を、ラクロスは凝視した。
「・・・これは一体何の罠ですか?」
「罠でも何でもない。牢番が既にいなくなっていることくらい、お前も気付いていただろう。私に護衛がついていないことも」
「・・・」
「先ほど、全国民に向けて発表をした・・・この世界は三日後に滅びると」
「は?」
レブロンは弟の目を真っ直ぐに見つめた。
「本当だ」
「・・・馬鹿な」
「ああ、馬鹿馬鹿しい話だ。突如現れた巨大な星が、三日後にこの地にぶつかり世界の全てを消し去る。逃げられる場所などこの世界の何処にもない・・・我ら全ては確実に滅びるのだ」
「そんな」
ラクロスは兄の顔をじっと見つめる。
兄の方は、そんなラクロスを静かな瞳で見つめ返した。
「もはや城にほとんど人は残っておらぬ。牢番も文官も庭師も警吏の者も、皆自分が思うところを思うがままに行うために帰って行った」
「嘘だ」
「何をしようと何をすまいと、すべて自由だ」
「・・・嘘だ」
「何をしても、もはや咎められることもない。皆、自分の願いを叶えることだけで精一杯だ」
「・・・嘘だ・・・っ!」
「ラクロス」
鉄格子の扉が開かれても未だそこから出ようとしない弟に、レブロンは優しく語りかけた。
「今なら、お前が何をしても責める者は誰もいない。今なら・・・私を殺しても誰も何も言わない」
「・・・」
「あの時はお前に殺されてやる事は出来なかった。私はこの国を治める必要があった。だが・・・今ならお前が願いを叶える機会がある。私の大切な弟よ。お前は・・・お前がそう望むのであれば、私を殺し、三日だけではあるが王座に就くことが出来るのだ」
王であり兄でもあるレブロンの言葉を聞いたラクロスの顔が酷く歪む。
「ラクロス、私はこの城から動きはせぬ。いつでも殺しに来るがいい・・・もし、お前が本当にそうしたいのならな」
そう言って、レブロンは弟に背を向けた。
過去作ですが、個人的には一番お気に入りの話です。
完全に私個人の好みに突っ走った短編集ですが、読んでいただけると嬉しいです。




