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命の選択

作者: 加倉千早
掲載日:2010/05/30

 その男が親しげに振る舞う様に、アキラは居心地の悪さを感じた。御婦人方に受けそうな笑みを浮かべる、愛想のいい男だ。


「ルールは簡単。一定時間内に敵を倒せばクリアだ。ゲームは得意かね?」


 上から目線なのは許そう。しかし、何か気に食わない。


「まあ、人並みには」


 アキラは素っ気なく答えた。銃撃戦よりも、剣を振り回すタイプのほうが得意だ。


「昔、僕も嵌ったものだよ。鬼畜武者シリーズ。罪もない通行人を手当たり次第に斬りまくる、爽快アクション。知ってる?」


 顔に似合わずマニアックだな。


「それ、今は販売禁止になってる奴じゃ?」


「そう。あんな神ゲーをプレイできないなんて、今の子供たちは可哀想だな」


「いや、あの当時でもR指定だったはずだろ」


「カリギュラ効果。禁止されると却ってやりたくなるものだよ。ちなみに、カリギュラ効果というのは、ローマ皇帝カリグラをモデルにしたアメリカ映画『カリギュラ』が語源でね」


「訊いてねえし」


「とにかく、R指定なんてものは、やってください、と言っているようなもので、ほら、殺人も禁止されてるからやりたくなるという」


「アホか。おまえ、頭おかしいんじゃねえか?」


「そうかも知れないねえ。だって僕は、残虐なゲームが大好きだから。まあ、そんなわけだから、好きな武器をひとつ選びなよ」


 相変わらずの笑顔。残虐そうに見えないところが、逆に不気味でもある。笑顔の下に、どれほどの闇を隠しているのか。いや、興味はない。目の前の男がどんな変態だろうと自分には関係ないし、どうでもいい。


 それよりも、武器だ。古今東西の、多種多様な武器が並べられている。ざっと見渡しただけでも、五十種類はありそうだ。武器屋か、ここは? レアな武器でも売ってるのか?


 日本刀もある。手に取ってみたが、意外と重たい。これを片手で振り回していた昔の武士は化け物だな。


「これ」


「お目が高い。この武器はレイピアと言って、十六世紀の」


「知ってるよ。だから選んだ」


 レイピアくらいの重さなら扱える。ここで重い武器を選ぶ奴は馬鹿だ。


「そうか。ならば案内しよう。君の戦場へと」


 男の顔からは笑みが消えていた。


 案内された扉の前で、アキラは立ち止まった。


 敵を倒せばクリア。敵を倒せばクリア。敵を倒せばクリア。ぶつぶつと何度も繰り返した。ためらわない。ためらえば、負ける。正念場だ。この先にこそ未来がある。未来への扉を、アキラは押した。


 やけに眩しい。まるで、古代ローマの闘技場だ。五万人くらいは収容できそうな観客席が人で埋め尽くされている。人がゴミのように見えた。


「進みなさい」


 後ろから声がした。


 行くしかない。後戻りが出来ないところまで、来た。


 アキラはゆっくりと歩を進めた。


 敵は、どんな奴だ?


 闘技場の中央に、何かが置かれている。籠だ。アイテムでも入っているのか?


 アキラは恐る恐る近付いた。


 籠の中は、赤ん坊だった。どういうことだ?


 答えは、観客が知っていた。殺せ、殺せ、と大合唱している。


 まさか、この赤ん坊が敵だとでも言うのか?


 冗談じゃない!


 アキラは頭の中が混乱してきた。俺は今、何をやろうとしている? なぜ俺は、こんな場所に立っている? 落ち着け。俺は、未来を勝ち取るために、ここへ来たはずだ。


 殺人罪。死刑、もしくは闘刑。敵を殺せば減刑され、死刑は免れる。模範囚なら、十年で刑務所から出られることもある。そう聞かされた。だから、戦うことを選んだ。


 しかし、赤ん坊は殺せない。そこまで堕ちたくはない。


 殺せ、殺せ、の大合唱が頭の中に響く。頭がおかしくなりそうだ。


「嫌だ!」


 アキラは叫んだ。


 赤ん坊を殺すくらいなら、自分が死んだほうが百倍マシだ。


 昔は残虐なゲームも店頭に並んでいたと聞く。今では、裏ゲーとしてネットで取引される程度だ。社会は、残虐な考え自体を否定するようになっていった。行為に及ばなくても、考えるだけで罪だというわけだ。


「おまえら、腐ってやがる。この子を殺すくらいなら、おまえら全員ぶっ殺して、俺も死ぬ!」


 レイピア。なんという脆弱な武器を選んだものだ。どうせなら、クレイモアでも選べば良かった。


 アキラは剣を抜くと、観客席に向かって走り出した。途中で息絶えてもいい。腐りきった連中を、ひとりでも多く道連れにして死んでやる。


 それから先は、何がどうなったのか、よく分からなかった。


 気が付いたら、学校の体育館よりも遙かに広い、しかし何もない殺風景な部屋に、ぽつんと立っていた。


 後ろから声がした。


「懲役十五年。それが君の刑だ」


 振り向くと、アキラを案内してくれた担当官の姿があった。鬼畜武者シリーズを「爽快アクション」だとか「神ゲー」だとか抜かしていた頭のおかしい男だ。


 なんだろう。この例えようもない安堵感は。なぜだか救われたような気分になった。


 懲役十五年。俺は、やり直してもいいのだろうか?

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