90話──勝者とは2
「……」
魂の質量問題。
亡くなった瞬間に、体重が数十グラム減少するとかしないとか。
試行回数や実験方法の曖昧さからとても信憑性に欠ける問題だが、この際正しいか正しくないかは関係ない。
魂があるか否か。
命が消える瞬間とは。命の優先度、存在価値。
それら全て、言ってしまえば哲学のような考えだ。証明ができない世界。信じる者、信じない者、そもそも興味が無い者。考え方は十人十色。しかし、手放しに否定できない世界。
誰もが一度は考えるであろう死後の世界。
輪廻転生の考えの元では、死後生まれ変わり新たな生物として再び天寿を全うするだろうと、次の生を願い、遺体は尊い存在として丁寧な扱いを求められる。
お別れであり、これまでの感謝を伝える最後の機会。
セイジも同じよう、ハッキリと意識しているわけではないものの、日本人として死者を敬う気持ちは持っていた。
死者は尊重されるべき。命無き遺体でも、敬意を表し、正しく弔うべき。
どんな残虐非道な極悪人だったとしても、最後は墓に埋葬される。墓荒らしは禁忌。
死体から生前の許可無くして臓器摘出などの悪行はもってのほか。
いくら恨みを買っていたとしても、個人の都合や因縁で残った遺体、遺品を荒らされて良いわけがない。
しかし。
しかしだ。
死人に口なし。
この言葉があるよう、死者はなにも語れない。広く捉えれば、指摘や抵抗をすることができないということ。
誰にもバレないのであれば、貧困であったら、相手が金品を持ち歩いていたら。そのような条件が重なれば、どんな人間であろうと盗みを働くだろう。
自分はそんなことしないと言っても、実際にそんな状況に追い込まれたことがないから簡単に善人ぶれるのだ。
戦利品だと遺品を頂くこと。それは勝利者の特権ともいえる行為。
だがそれは、装備品、所持品を奪う略奪行為だとも捉えられる。物は言いようなのだ。
全てが公平に定められたルールだとしても、特別だから、これは例外だと言い逃げることができてしまう。それが許される。人間の情の緩さ。
だから、セイジは漁る。
「……」
死人が着用していた衣服を破く。
好き勝手に破って、遺品も漁って、己の物として奪っていく。
「ッ……」
ワーサーのローブを破って、簡易的な包帯として腕の傷を覆う。アドレナリンが切れたセイジは、傷口が刺激されたことで布を巻く手が止まる。
だが、自分で傷付けた結果だというのに凝視できないくらい酷い状態。人前に出すことに躊躇いが生まれるほどのグロさの腕だ。
唇を噛んで、静かに巻いていく。
血を拭ったりと身なりを整えることも含め、身体を最低限整えていく。
頭にも額を覆うように布を巻き、それから右目を隠す為にナナメに巻いた。
ズボンの左右のポケットにはワーサーが持っていたなにかの錠剤の小瓶を入れ、ナイフも刃先を布で保護して、腰に巻いたローブ残りで包んで固定。
煙や爆弾の黒球はトリガーがわからないため、ゆっくり移動させた後は、それ以上は触れずに放置。
それから、ワーサーが被っていた仮面も手に取り、ナイフと同じように腰に巻いたローブの背中側に挟んだ。
「……?」
遠くで爆発音が聞こえ、衝撃が響いて足元が震えた。
「誰か戦ってる?…………助けか?」
味方だと信じて響いてきた方向に向かうべきか。
それとも無視してただ上を目指して歩くべきか。
「……」
どうしようかと考えながら、セイジはワーサーから離れた。
ワーサーのような人間とは出くわしたくない。何人もワーサー並みの強者がいるなんて考えたくないが、とにかく安全、安定を考えるなら上を目指すべき。
ただ、洞窟の大まかな形状がU字のような感じになっていて、片側は行き止まり。そしてセイジが進んだ方向が行き止まり側だとしたら余計に体力も時間も食うことになってしまう。
どちらにせよ──
「とりあえず、進まないとか……」
セイジはトボトボと疲労困憊の足を動かし、アリスの元へ向かった。
それから隣にしゃがんで、無反応なアリスの膝裏と背中に手を差し込み、割れ物を扱う時以上に慎重に優しく、その体を持ち上げた。
だらんと、腕と首とを重力に引っ張られて垂れさせるアリスを、数秒間見つめて、目を瞑り、
「……」
ゆっくりと瞼を上げたセイジは、前を向いて歩き出した。
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